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[1-52] 段階的怪談的会談

 そこは街壁の一部。街門を守る側防塔の中だった。

 重厚な石を積んだ丸い部屋には、鎧を着たふたりの男だけが居る。


 アンデッドに攫われたと思ったら、とんでもないニュースと共にひょっこり返ってきた男。弓兵のハンフリー。


 そしてもうひとり。外見から年齢を推察するなら四十路近い。着ているのは青黒く輝くオリハルコンの鎧。濃紺の房飾りは王属の騎士団長だけに許されるもの。軍人らしい引き締まった体躯だが、整えているはずの黒髪が何故か無精に見える。

 第二騎士団長バーティル・ラーゲルベックその人だった。


 バーティルは机の上に置いた幻像通話符ヴィジョナーに手を置いている。符を起動して、ペアになった符に呼びかけているのである。

 これはハンフリーが持ち帰ったものだ。幻像通話符ヴィジョナー通話符コーラーと違い、使っている者の姿の幻を映し出して通話の相手に見せる力がある。

 声だけでは伝わりにくいニュアンスも相手に伝えられる……と言うと便利そうだが、実際はこんなものが通じるほど近くに居るなら直接会って話せばいいわけで、あまり使い道の無いマジックアイテムだ。

 

 ただし、今この時に限っては非常に有用だ。

 戦場で敵将同士が会談を行う際に、直接出向くという危険を冒さず顔を合わせるのに、幻像通話符ヴィジョナーは使われていた。


 幻像通話符ヴィジョナーを起動して30秒も経たぬうち、バーティルから机を挟んだ反対側に光の人影が立った。

 バーティルからすると見下ろすような身長差だ。


 この国では忌み子とされる……しかし、あまりに美しく幻想的な銀髪銀目。

 子どもらしくあどけない顔立ちだが、立ち姿からは貴人としての振る舞いを身につけているように見てとれる。ちょっとたどたどしいのは子ども故のご愛敬と言うべきか。

 清らかな純白のドレスを着ているが、しかしそのスカートには不気味で禍々しい赤薔薇が描かれていた。


 ――この少女が……“怨獄の薔薇姫”……


 今まさにシエル=テイラを滅ぼしかけている怪物とは思えなかった。


 幻像通話符ヴィジョナーが映し出した幻像は、バーティルと手を重ねるように手を伸ばしている。彼女もまた陣の奥深くで、机の上に置いた幻像通話符ヴィジョナーに触れているらしかった。よく見ると彼女の幻は足が宙に浮いている。踏み台を使っているのか、それとも向こうの机はバーティルのものより低いのか。


 呆けかけたバーティルだが、すぐに我に返って礼をする。


「シエル=テイラ王国第二騎士団長、バーティル・ラーゲルベックです。幻像通話符ヴィジョナーには映っていないでしょうが、先程あなたからの言伝ことづてを持ち帰ったハンフリーも同席しております」

『ルネ・“薔薇の如き(ローズィ)”・ルヴィア・シエル=テイラと申します。突然のお願いにこうして応じていただけたこと、感謝の言葉もありません』


 幻像の少女は片手を符に置いたまま、もう片方の手だけでスカートをつまんで礼をした。


『先程、一度繋がりかけて切れてしまいましたが……』

「ああ、すみません。騎士団の本拠からでは通じませんでしたので、より近い場所へ移動して再使用しているのです」


 こう言ってはもはやどこにバーティルが居るかほとんどバレたようなものだが、まさかいきなり魔法をぶち込んできたりはしないだろう。

 それに、街壁の魔法防御力はかなりのものだ。少なくとも、初撃を耐えてバーティルが逃げるまでくらいは保ってくれる。


『あら、それはそれは……幻像通話符ヴィジョナーのため、わざわざご足労いただきましたようで申し訳ありません』

「いえ、構いません。お気遣い無く」


 ルネが本当に裏表無く済まなそうにしていたので、バーティルはなんだか、殺伐とした計算をしていた自分がかえって悪いような気分になった。


『お話の前に念のため確認したいのですが、この会話が他の方に盗み聞かれている可能性はありませんか?』

「……皆無とは言えませんが、その危険は非常に低いかと。この部屋は前線の指揮拠点として探知阻害が行われており、魔法による覗き見や盗み聞きは遮断されます。

 物理的な盗み聞きに関しても無いでしょう。この部屋には私とハンフリーのみ、そして周囲に人はおりません」

『本当ですか? 王を名乗る王弟も……第一騎士団長も……神殿の方や……なんらかの見張りの方も……聞いてはいませんね?』


 疑り深いと言うよりも、ルネはただ不安げに見えた。

 闇を恐れる子どものようで、相手が超越的なアンデッドモンスターだと分かっていても庇護の情をそそる姿だ。


「はい。私も武人として、隠れ忍ぶ者の気配を察知することにかけては多少の自信があります」

『そうですか……』


 ほっとした様子のルネを見て、バーティルは少しだけ胸が痛む。


『分かりました。では本題に入りましょう。

 ……と言いましても、おそらくわたしのお願いは察しが付いていることでしょうね。

 あなたには僭主ヒルベルトを裏切り、わたしに荷担してほしいのです』


 来たか、とバーティルは思った。

 予想はしていたが面と向かって言われると、それは心臓を鷲づかみにされるような気分だった。

 クーデターで玉座に着いた現王を裏切り、弑し奉る……


『わたしは無用の殺生をする気はありません。復讐を遂げた後にこの国が栄えるも滅ぶも興味ありません。

 もし、あなたが乱を望まず、この地の安寧のみを求めると言うのであれば、早く戦いを終わらせるという一点においてわたしたちの利益は一致するはずです』


 ルネは胸に手を当てて、懇願するように述べる。

 バーティルはポーカーフェイスでその様を見ていた。ルネの言葉全てに信を置くことはできないが、しかし、こんな物言いをするアンデッドなど彼女の他に居るだろうか。聡明で物の道理を分かっている子という印象だった。


 こんな子がクーデターの熱狂の中で無残に首を落とされたと思うと痛ましくてならない。

 しかし、情に流されて首を縦に振ったりはしなかった。


「率直に申しまして、懸念はふたつ。

 まず、シエル=テイラの敗北は本当に避けられないのか。そしてあなたは本当に民を傷つけずに居てくれるのか。

 これが保証されない限り、私が裏切ることは国を害する結果となりましょう」

『当然ですね。ですが、お言葉を返すようですが……』


 銀色の目にほんの一瞬、冷たい光がちらついた気がした。

 ルネは笑う。悪戯っぽく。


『『シエル=テイラの敗北は本当に避けられないのか』と問うなら、『本当にわたしを討ち取れるとお思いなのですか?』と言わせていただきたいものです』

「っ……!!」


 バーティルは言葉に詰まる。

 彼女がどれほどの力を持つかは既に見た。あの結界破りだ。神聖魔法使い30人以上が力を合わせて織り上げたというのに、ただの攻撃魔法ひとつでルネは打ち破ってしまった。

 その後の空中戦の勝利も鮮やかだったが、あれはまだ力を隠しているという印象だった。おそらくは結界破りに使った魔力の回復を待っていただけ。全力なら遠距離からの魔法攻撃だけで空行騎兵は全て撃ち落とされていただろう。


『その観点から言うなら、今起きている戦いは枝葉に過ぎません。あなた方が雑兵の命をどれほどつぎ込んだところで、わたしはそれを鎧袖一触に薙ぎ払うでしょう。

 わたしを討ち取れるほどの猛者は多くないはず』

「居ない、とはおっしゃらないのですね」


 仮にも戦闘の専門家である騎士たちを雑兵呼ばわりとは大きく出たが、それを大言壮語とは思わない。ただの事実だ。

 第二騎士団を預かり、地位相応の力を持つはずのバーティルでさえ、一騎打ちでルネを倒せる気はしない。


 ――だが、ローレンスならあるいは?


『逆も然りです。

 この戦いの勝敗を決定づけるのは、おそらくわたしと第一騎士団長の直接対決となることでしょう。その戦いを見れば、あなたも為すべきことが分かるのではないでしょうか』


 もし“怨獄の薔薇姫”を誰かが倒せるとしたら、それはローレンスを置いて他に無いだろう。

 それはバーティルも同感だった。


『最後の戦いまで味方戦力を多く残していれば決戦において優位に立てましょう。わたしとしては万全の状態で戦うため、手勢を多く残しておきたいのです。

 そしてあなたは……もし、第二騎士団が無事であれば、どちらに荷担するとしても大きな力を発揮できるはずです。

 第一騎士団長は以前、わたしを破っています。その際の戦法をご存じですね?』

「ええ」


 知らないはずがない。

 ルネと戦ったのはローレンスと第一騎士団だったが、あの戦法を閃いたのは他ならぬバーティル自身だ。


 ――もし第二騎士団をローレンスのサポートに付ければ……第一騎士団が全滅していても同じことができる、か?


 ローレンスは他と隔絶した強者であり、バーティルはとてもローレンスに及ばない。しかし部下である個々の騎士の実力は第一騎士団と比較しても遜色ない。


 バーティルは目まぐるしく計算を巡らす。

 起こりうる状況の変化。ルネ自身の実力。アンデッドの兵団。

 あまり考えたくないことだが、市民をアンデッド兵から守ることを諦めてヒルベルトの守護とローレンスのサポートに全力を挙げれば、ルネを討ち果たす事はできる……だろうか。いや、倒せずとも撃退できればノアキュリオの援軍が間に合うはず。


『第二騎士団さえ無事であれば、あなたはどちらに味方すべきかギリギリまで見極められるのでは?』

「つまり、お互いに様子見をするのが得策だとおっしゃりたいのでしょうか」


 いきなり『裏切れ』とは言わず、『裏切るに値するか考える猶予を与える』と言っているわけだ。


『第二騎士団はアンデッド兵を滅さず、アンデッド兵は第二騎士団を殺さず、ということです。

 わたしとしては第二騎士団を積極的な誅戮の対象とは見なしていません。必要が無ければわざわざ殺そうとは思いません。

 早く戦いを終わらせることは、お互いの意に沿う結果であると思いますが』


 そして沈黙が流れた。

 もしルネを倒すのが第一目的なら、様子見などもってのほかであり第一騎士団と力を合わせるのが最上だが……


 ルネは心持ち緊張したような表情でバーティルを見上げている。その姿は、『最強のアンデッド』という虚勢を張って強大な国家に向かい合う哀れな少女としか思えなかった。

 バーティルの頭の中では様々な計算と、今後の動きに関するシミュレーションが動いていた。


『……民を害さないという点に関しましては信じていただくしかありません。

 既にわたしは多くの命を奪っておりますが、幸いにも今、わたしは冷静です。無用の殺生を行う気はありません。

 今日、ここまでの戦いで非戦闘員の命を奪わなかったことを全てとお考えいただきたく』

「ぬう……」

『では誠意の証として、わたしの本陣の反対側に当たる西側街道に居るアンデッド兵を撤退させるというのはいかがでしょうか?

 王都からの避難を望む者があれば、ここを通ればよろしいかと』


 思ってもみなかった言葉がルネから飛び出した。

 これにはバーティルも面食らう。


「なに……? 完全包囲状態の優位を捨てるとおっしゃるか」

『それよりも、あなたに信用していただくことが肝心です』


 ――頃合いかな……


 ルネの譲歩をこれ以上引き出すより、この辺りで落としどころを作った方が良いだろうとバーティルは判断した。決裂しては何にもならない。


「……分かりました。ひとまず様子見には応じましょう」

『ありがとうございます!』


 ルネの顔がぱっと明るくなる。感極まった様子だった。


「ですがこれは、あくまでも様子見。私はこの国の行く末のために行動するのです。その点をお忘れなく」

『はい、分かっています。

 より緊密な連携のため、必要に応じてまた連絡を取らせていただくと思います。その際はよろしくお願いします』

「承知しました。では、くれぐれも約束を違えませぬよう。

 ……ああ、それと最後にひとつよろしいでしょうか」

『何ですか?』


 機嫌を損ねるかも知れないと少し思いながらも、バーティルは聞かずにはいられなかった。

 ルネの人物像をもう少し探りたい、という好奇心から。


「何故、兵を退かれたのですか?」


 このまま戦うという手も充分に取り得たように思うが、ルネはワイバーンの死体ひとつを土産に一旦兵を退き、睨み合いにまで駒を戻した。その意図が気に掛かった。


 問われたルネは狼狽えた様子も無く応じる。


『皆様の奮戦を目の当たりにして一筋縄ではいかないと考え、このまま攻め続けるよりはあなたと交渉すべきだと考えたからです』

「……そうですか」


 第一騎士団はクーデターに与したから殺し、第二騎士団は積極的に動かなかったから殺さない……?

 別に第二騎士団は前王に味方して戦ったわけではないし、個々の騎士団員を見れば現状に疑問を抱く第一騎士団員もヒルベルトを熱狂的に支持する第二騎士団員も居る。

 ここまでのルネの行動は単純明快なようでいて、そもそもどこか不自然なのだ。


 緒戦の一当ては、自分を交渉の席に引っ張り出すための示威行為デモンストレーションだったのでは。第二騎士団に被害を出さなかったのもそのためなのでは……と、思ったがバーティルはそれ以上何も言わなかった。

 こうした交渉の席ではお互いに欺瞞を認識しつつも建前を大切にして話し合うものだ。


 ――痛いとこを突かれて狼狽えるなら可愛げもあるが……この程度の腹芸はできるか。全く、嫌んなるぜ。


 全てが計算尽くだとしたら子ども離れした狡知だ。間違っても10歳児のすることではない。

 ……まあ普通の10歳児はギロチンで殺されたところからアンデッドとして蘇ったりはしないだろうけれど、それはそれとして。

 感情のまま行き当たりばったりに暴れる子どもだと思うのは危険だ、とバーティルは考えた。


「分かりました。では、今度こそこれで」

『はい。あなたの選択があなたの望む結果に繋がりますよう祈っています』


 バーティルが礼をして顔を上げると、既に幻像通話符ヴィジョナーの接続は切られていた。


 幻像通話符ヴィジョナーの効果が確かに切れているのを確認すると、バーティルはすぐにポケットの中から折りたたんだ札を取り出した。

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