[6-28] エンシャント・サイバーゴス
竜が座す山の峰に、その日、小さきものが客人として訪れた。
一頭一頭が強大な力を持つドラゴン……
その中でも、特に力のある者たちが、“黄昏の竜王”の周りには侍っていた。
十頭ばかりが居並んでいるのだから、その様はまるで山嶺をそのまま天へ延長したかの如し。否、山脈はこのように恐ろしい眼光で人を睨みはすまい。常人なら、視線だけで恐怖のあまり、心臓が痺れて死ぬだろう。
しかして客人は、まるで何も感じていないかのように、警戒の視線を受け流していた。
それは、魔女だった。
鎧のように重く分厚いローブで全身を覆い、何らかの魔法触媒らしきものをぶら下げ、顔を隠すようにツバ広のとんがり帽子を被った魔女。
とは言え、装いのほとんどは魔女らしく禍々しい黒ではなく、純白だ。
いわゆる白魔女。
魔女に近い呪術的な技を用いながらも、邪悪に与しない姿を示す装束である(実際には、新奇なファッションを常に求める冒険者たちによって、理念を無視して濫用されがちだ)。
……あるいは、正真正銘の魔女が自らを偽って人族世界に取り入るために、こんな格好をする。
彼女は後者だった。
人間の基準で言えば美女に分類されるのだろう。だが彼女は肉体のほとんどを隠し、顔すら帽子の下に垣間見えるのみ。まるで自らの姿を世界から隠蔽しようとしているかのようだ。
そんな中、奇妙にテカテカ艶めく蔓草のように太いリボンで、髪を一房縛って垂らしているのが特徴的だった。両端に金属片が付いた、赤・緑・青の三本を絡め合わせたリボンを、彼女は旗印の如く晒していた。
『貴様が、儂らの見ておったノアキュリオ王国の正体か』
「正体とは、またご大層ね」
竜王は火の粉と共に声を噴き、嘆息じみて呟く。
魔女は気負う様子も無く応えた。
「此度こうして出向いたのは、盟約を結ぶに当たっての、私の誠意と思ってもらえるかしら。私個人として『黄昏の群れ』とは相互不可侵でいたい。状況が変わっても、末永く……」
周囲のドラゴンたちは少し、たじろぐ。
と言うのも彼らは、この魔女がノアキュリオ王国の代理人としてやってきたものと考えていたのだろう。だがこれでは、ノアキュリオをいつか離れると。ともすれば裏切ると言っているようなものではないか。
魔女は淡々と要求を述べ、それを竜王だけはじっと無言で、探るような視線を投げかけつつ聞いていた。
「同意していただける?」
『儂らは無益な戦を好まぬ。自ら戦うことがあるとしたら、身を守るためか、取り返しの付かぬ破壊を止めるためよ』
「取り返しの付かぬ破壊とは……」
『群れの縄張りの存在すら脅かす破壊、その全てだ。シエル=テイラ亡国が、狙っているようにな』
「ならば、心配はご無用。私たちが戦う必要など無いわ」
魔女は、怖じることなく恥じることなく、静かに大嘘をついたと、竜王は見て取った。
しかして彼女との相互不可侵協定は、たとえ数十年程度だとしても意味があるのだと、理解してもいた。実際当面はお互いに争う意味が薄いわけだが、それをしっかり協定としておくことには意味があるだろう。
「もちろん、今のところ私はノアキュリオ王国に箒を預けている身の上だから、ノアキュリオが『黄昏の群れ』と協力できるよう、そして万一にも『黄昏の群れ』を害さないよう、私の方から、よくお願いをするわ。いかがかしら」
『大筋では諾、としよう』
竜王の口の中には、焦げ付いた炎の味がした。
今は、群れのドラゴンをこれ以上失いたくない……と、群れ中が思っている状態だ。士気は低い。
“黄昏の竜王”自身も、切り札を切らされた。それどころか、虎の子の遺物を破られ、破壊された。竜王が二頭居るのと、一頭しか居ないのでは、戦力として天地の差がある。
シエル=テイラ亡国に対抗するためにも、少なくとも今は、ノアキュリオ王国と関係を深める必要があった。つまり、この魔女と連携しなければならない。
今のノアキュリオの宮廷は、彼女の意に反する決定などできないだろうから。
竜王は、顎を噛み締めたまま、僅かに牙を軋らせる。
――シエル=テイラ亡国と戦えば、儂らの手の内も知れよう。戦力的に疲弊もしよう……小賢しくもノアキュリオ王国が、そう狙っているやも知れぬ、とは考えていた。だが……まさか唯一人が、己のために巡らした奸計とは。
丸呑みにできない獲物があったとしたら、どうするだろう。
肉を引き裂き、噛み千切ってから、喰らうのだ。
この魔女ははじめから、最終局面を思い描いて盤面を動かそうとしている。
自分にとって最後にして最大の敵になるのは“黄昏の竜王”だと、彼女は判断していたのだ。だから、こうした。亡国と食い合わせ、手札を暴き、消費を強いた。
策は見事すぎるほどの成果を上げた。魔女が交渉に現れたのは、竜王の側が、交渉するしか無い状況に追い込まれたからだ……
* * *
客用に設えてある麓の館に魔女が下がった後も、ドラゴンたちは凍り付いたように、その場に残っていた。
こと、竜王の取り巻きのドラゴンたちは、状況が理解しきれない様子で呆然としていた。得体の知れぬ魔女の訪問に、万一にも長が害されることが無いかと警戒し、集まった者たちだ。
しかして魔女の存在は、彼らの想像を超えていたらしい。
『長よ。あれは何者ですか。何も見えませぬ』
取り巻きのうち一頭が、恐る恐る、竜王に問うた。
ドラゴンは矮小な人のように見た目だけで他者を判断することも、愚かな獣のようにニオイで他者を探ることもない。天地の理を知り司る感覚こそが、彼らにとって最たる判断基準。
その観点からして、かの魔女は、明らかに異質だったのだ。
竜王は配下の者の疑問に、直接は答えなかった。
『あの魔女を信用するな。決して、気を許すな。奴は味方ではない』
味方ではない、というのも少し控えめな表現だったが、今はただ、そうとだけ竜王は告げた。
『あれはノアキュリオ王国のために動いているわけでも、人や、神のために動いているわけでもない。あれは何者の味方でもないのだ』
『それは、どういう……』
『儂は少しばかり長く生きておる。そのために、知るべきでないことを知ったなら、黙することも務めよ』
『はっ』
竜王の言葉は絶対だった。
上位者の命令だから、と言う以上に、群れのドラゴンたちは竜王を絶対的に信頼している。
あの魔女については知ること自体が良くないのだと、そして必要なときには伝えられるのだろうと、竜王の端的な言葉からでも判断するには十分だった。
竜王は空を睨む。
400年前の大戦からこちら、比較的平穏な時間だったと思っている。
だが、歴史の果てから遂に『終わり』がやってきた。
魔王に協力し、“怨獄の薔薇姫”に協力し……そこまでは看過していた。しかして此度、己の前に姿を現したことを以て、遂に竜王は彼女の本気を悟るに至った。
――まさか、あれが今、再び動くとは。では“女公爵”と“機神”は、どう出るか……
“深淵の女公爵”と、“偽りの機神”……
彼女らは、魔女と同じ側に属するものだ。無論、だからと言って味方とは限らないのだが。もし全てが魔女の思い通りに進んで、彼女らが魔女と共に動いたとしたら……終焉の景色が脳裏をよぎる。
もはや玉座にふんぞり返ってもいられない。己は戦い生き抜くことを宿命づけられた野生の魔獣でしかなく、戦いの地平に引き戻されたのだと、竜王は思わざるを得なかった。
連絡無しでの更新遅延となり、申し訳ありませんでした。
年末が殺人的に多忙な状態で何もできませんでした。
年が明けてどうにかなる状態になったので、更新ペースを少し上げていきます。
本年もよろしくお願いします。
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