[6-27] Record 211 残された道
まるで禁書のおとぎ話の、天界へ通じる道みたいに、広い銀色の通路の奥からは光が溢れて、辺りを輝かせていた。
新品のダクトの中みたいな、つるつるして無機質な空間。
その中に、いくつもの影がわだかまり、有機的な汚れがぶちまけられていた。
散乱する金属片は、破壊されたロボット兵と……剥がれ落ちたバトルスーツの装甲。
あるいは、有機的な中身がまだ入っているものもあった。
そこから滴る血液が、銀一色だった空間を惨劇の赤に染めている。
「悪いな……俺らの誰かが、最後の最期に……独りで戦うことになるとしたら、俺だと思ってたんだが」
割れて欠け、残存する部分にはスーツの機能停止を警告する赤い表示が、ノイズ交じりに表示されているバイザー。
その下で、ジョイは笑っていた。
無理をしてでも、いつも通りの、軽い笑い方を彼はしていた。
「お前に任せることになるとはな、エヴェリス……」
壁に背を持たせたまま、首だけを動かして、ジョイはエヴェリスを見上げていた。
彼女が護衛機兵を撃ち抜いた『邪気弾小銃』は、まだ銃口から黒紫の硝煙を噴いていた。
エヴェリスが戦う予定は無かった。彼女に求められる役割はハッカーで、それで終わりの筈だった。
いくら仲間内で最大の魔法適性を見せた彼女であっても、斬った張ったには向いていない。宝の持ち腐れと思いつつ、彼女には後方支援の役を割り振った。
それでも。
最後の門番にトドメを刺したのは、満身創痍のジョイではなく、後方から駆けつけた彼女であった。
ジョイが率いていた突撃部隊は、彼を除いて全滅していた。いや、ジョイすらも、もう……
エヴェリスは、メカニックドローンを展開しつつ、自身は治療キットを取り出す。
「じっとしてて。今、修理と治療を……」
「やめとけ」
ジョイは、深く抉れてバトルスーツの装甲も肉も無くなった側腹部に、止血用の粉末剤を自分でぶっ掛けながら、言った。
スーツの生命維持装置で辛うじて命を繋いでいるようだが、さて、この薬で何秒、長生きできることか。手が震えて滑り、薬筒を取り落とし、ジョイは舌打ちをした。
「時間が惜しい、お前だけでも先に進め。俺はもう戦えねえ。後は、生きるか死ぬかの違いでしかないんだ。どっちでも似たようなもんさ。勝ち負けに比べたらな……」
「でも!」
「死んで惜しい命でもねえ」
「!?」
砕けて、配線だけでぶら下がっていた装甲を、ジョイはめくった。
その下には当然、深く抉れた傷がある……ことになるのだが。
もぎ取られた肉の奥に輝いて見えるものは何か。
血の滑りすら寄せ付けぬ、銀色に輝く骨だった。……鋼銀の骨格だ。
サイバネ化手術を受ければ、人間だって骨を金属製のものに置換できるが、これはどう見ても、そう言った類いのものではない。
生来のものだ。
生まれたときから……製造されたときからの。
「俺が優秀すぎることとか、妙にしぶといところとか、疑問に思わなかったか?」
「合成人間……!」
肉体を培養し、戦うために必要な知識を植え付けられた合成人間。
死んでも死んでも、新たな肉体に記憶を移して蘇る、不死の戦士。
鋼銀の骨格に肉を付けて身体を形成するのが、最新のやり方だ。
「見ろよ、この優秀な培養兵を。ちと優秀すぎて製造器を乗っ取っちまった。死ぬ度に、記憶模型転写だけアップロードされて、肉体が再生産されるって寸法だ。多分、これで終わりだけどな。屑鉄野郎が消えたら、俺も……」
「……何度? それが、あったの?」
「はは! 死んだと思ったのに帰ってくる奇跡の男! 六回ぐらいは心当たりあるだろ? ところがビックリ、そのうち本当に死んだのは二回だけだ。俺は三人目ってとこだな。俺ってば、なんて優秀なんだ!」
ジョイは心の底から自分の戦果を誇る調子で、自慢話のように、そう言った。
彼なりの気遣いなのだと、エヴェリスにも当然分かった。知らないところでジョイが二回も死んでいた、そのたびに替わりの身体で現れたのだと聞いたら、仲間として普通は衝撃を受けるわけで。
「何もかも偶然、成り行きさ。でも理由は重要じゃあない。理由が、経緯が、どうだろうと、今の自分を、世界を正すため、使おうって……」
ジョイはそこで咳き込んで、バイザーの割れ目から血を吐いた。
そして前触れなく話を変えた。残された時間は短く、大事なことから順番に、話すべきだった。
「なあ……受け取ってほしいものがあるんだ。この流れで渡すもんが、指輪じゃなくて、済まないが」
ジョイのバトルスーツの腕部ギアが高周波の唸りを上げ、駆動した。
スーツの手の先端は短い爪状の刃が、ちょうど猫の手のように格納されている。最後の最後に使う格闘武器や、土砂・瓦礫などを退ける掘削作業用だ。
その手をジョイは、割れた装甲の隙間から、己の肉体に突っ込んだ。
「……何を!?」
「お前に……! どうしても必要な、ものがっ……! あるっ……! 一番確実な方法でっ! 持ってきた!」
血肉を裂いてかき分け、ジョイが掴み出したもの。
それは、流れる彼の血よりも更に赤い、掌に収まるほどの宝珠であった。
見ているだけで、うなじの後ろの毛が逆立つような感覚を、エヴェリスは味わっていた。
「魔法遺物!? そんな、身体に埋め込んで持ってきたの!?」
旧き時代――
デウス・エクス・マキナが全てを管理し始めるより前、神々が人と共にあった時代の、奇跡の品だ。
「本当は俺が使うはずだった、次の世界への……最後の扉を開く鍵だ。コレが無きゃ、あのクソ鉄屑を壊しても……どうにもならねえ。繰り返すだけだ……」
ジョイは宝珠を、エヴェリスに押しつける。
小さな宝珠の重さを手に感じたとき、エヴェリスは、いくつかの事象が決定的になったのだと感じた。
輝かしく幸福な勝利ではなく、しかし行かねばならぬ道が、彼女の前にあった。
ジョイの表情は複雑だった。
悲しみと、最低限の役目を果たせた安堵と、不安と不甲斐なさ……
「……別人とも同一人物とも言えねえ、なんとも曖昧なやつだが。一つ確かなものの話をしておこうか。俺三人、全員、お前のことを……結構いい女だと思ってたぜ」
はっと、エヴェリスは息を呑み、スーツのバイザーのHUD表示には心拍数の注意表示が躍った。
「……ずるい!」
「え?」
「ずっと、こんな風に考えてたんでしょ!? じ、自分だけ秘密を抱えて、いつどうやって話そうかって。その時に私がどう思って、どう反応するか、考えて!」
胸のうちがグチャグチャで、言いたいことの半分も言葉にできなかった。
言葉の代わりに、涙が溢れて、頬を伝い流れては、フィルターを通してスーツの顎下部分から排出されていく。
「私はっ……! 心の準備とかできてないし! 今初めて、一気に、全部聞いて! 何が何だか分からないに、決まってるじゃない!」
「そいつぁ……道理だな。済まなかった……」
ジョイは、もう疲れ切っている様子で、なんとか笑った。
いつもの誤魔化しの巧言令色も、もう出てこない。
「お前が……全部終わらせてくれ。そして、始まる……」
半開きのジョイの口から、それ以上、言葉は出てこなかった。
エヴェリスは、割れたバイザーの穴に手を突っ込んで、彼の目をそっと閉じた。
「ジョイ……私……あなたの物語を描く、から。全部、伝えて……皆の中で……あなたが生きる……」
デウス・エクス・マキナを倒せば、世界が変わる。
全てを剥奪するような恐ろしき支配を脱して、人は自由になる。
その世界でエヴェリスは、物語を紡ぐだろう。
誰にだって語り聞かせることだろう。
最高の仲間たちを、エヴェリスの大切な人を……永遠のものとするための物語を……
「……行こう。私は『常闇を齎す者』。神を貶め、喰らう……大逆の魔女だ……!」




