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[6-22] クローン・ロン

 分身。

 それは、魔法としては比較的高等で、かつ古典的な題材だ。自分が二人、三人存在して、仕事を分担できたら……ということは、いつの時代の人も(人ではない存在も)考える。


 常人が、自分の複製を手に入れることは案外、容易い。その技術を持つ(大抵の場合は邪悪な)術師に当たれば良い。

 だが強大な術師や、ドラゴンのように力あるものが、自分と同等の力を持つ複製を手に入れようとしたら一筋縄ではいかない。

 第一に『そんな強大なものをどうやって作るのか』という問題。

 第二に『力ある分身をどうやって本物オリジナルが制御するのか』という問題。


 『それ』が元々、人族に齎された天の助けなのか、魔物たちに与えられた邪悪な加護なのか、もはや知る者は“黄昏の竜王”だけだ。

 だが、そのアイテムは存在した。

 己の完全なる分身を生み出す奇跡の逸品。

 言葉の綾ではなく、本物の奇跡。世界の法則の一部なのだから、道理は通用しない。『在るものは在るのだから仕方が無い』というのが奇跡の理論だ。


 そして制御の問題も無かった。

 複製体が、自身の消滅を恐れたり、主義を違えたりして、本物に反旗を翻すことなどあり得ない。

 ……己を省みて、そう確信できたからこそ、“黄昏の竜王”は、『それ』を使ったのだろう。


「クールな攻略法……何か、ある?」

『多分、複製分身デコイを形成している核か何かが、体内に存在するはずだから……なます切りにして核を摘出すれば、一撃で倒せることは倒せる』

「それを一撃とは言わないのよ」


 エヴェリスは遠話通信で、冗談めかして無茶を言った。

 つまり、正面からぶつかるしかないという意味だ。


 赤錆びたような色合いの巨竜は、己の羽ばたきによって吹き荒ぶ熱風の中、地に舞い降りた。

 確かにドラゴンは空を飛べるが、そんな事にエネルギーを使わずに破壊に専念した方が高い攻撃力を発揮できるに決まっている。

 彼らが空を戦場としたのは、重力に縛られた卑小なる地上のものたちに対して、一方的な優位を取るためだ。


 だが。

 “黄昏の竜王”に、そんな策は必要ない。


 そして。


アアアアアアッ!!』


 薙ぎ払うようなブレスを吐いた。

 鋭い閃光の如き熱線が、大地に、砦の構造物に、赤熱した一本のラインを刻む。

 直後、打ち込まれた炎のエネルギーが爆発した。

 大地は燃えながら溶解し、炎の大河を生み出した。天すら焦げて昏く燻り、地獄の如き様相だ。


 敵も味方もあったものではない。

 ほんの一撃で、地上の命が、千か万かは消えた。


『……姫様』

「消費する。この場の全てを」


 一撃を見て、ルネは判断した。

 戦果をつまみ食いして逃げ帰るなど、もはや不可能だ。

 この場に用意したもの全てが、どのような形であれ、費やされて消える。なら、それを有意義な形で使うべきだ。それしかできない。如何に辛くても。

 そのために作った国だ。


「……例外について。トレイシーは絶対に巻き込まれないように退避」

『大丈夫、もうしてる』

「エヴェリスは危険を判断したら独断で撤退を」

『了解だとも』

「ミアランゼは……絶対に退かないわよね」

『はい。そこが姫様の戦場たれば』

「分かった。必要ならわたしが首根っこ咥えて逃げる」

『ああっ、そんな……そんな素晴らしいご褒美を……』


 飛行するルネの眼下、地を響かせて、竜王は歩み進む。

 足跡は燃え上がり、そこから溶岩が溢れた。


 視線が交錯する。

 解体ハンマーでぶん殴られたような衝撃を、ルネは錯覚した。

 自分ですら、それほどの圧を感じたのだ。地上で対峙する者たちの受ける圧力プレッシャーは如何ばかりか。


「……攻撃せよ!」


 ルネは遠話による通信ではなく、敢えて、拡声杖マイクを通して咆えた。

 魔法によって拡声された、天を割るほどの叫びが響き渡り、それが号砲となった。


 竜王に向けられた全ての砲門が火を噴いた。

 実体砲弾。魔力投射。鎖を引いて飛ぶ係竜索アンカーバリスタ

 人を射るには、それを貫くに足る矢をして。

 なれば巨竜を射るには、相応に巨大な『矢』をして。


『小賢しいっ!』


 竜王は後肢で立ち上がり、襲い来るものを睨み付け、燃える前肢を振るった。

 炎が巻き起こる。

 巨竜は炎の竜巻か、あるいは燃え上がる彗星となった。

 炎の壁を前にして、実体砲弾は爆ぜ砕け、煽られ、逸らされる。打ち出された魔力も威力を減じて、鱗すら貫くに至らず。


 だがその、弾き飛ばされて天を舞う係竜索アンカーバリスタの一本を、ルネの魔力が絡め取っていた。


『……ぬっ!』

「≪多段念動射出マルチステップシュート≫」


 尻尾の鎖が千切れた巨大な鎗に、蒼雷が迸る。

 そして、天使のヘイロウのような光輪状の魔方陣が、大鎗の柄を幾重にも纏った。


 光輪が一枚砕けて、鎗は竜王目がけて射出された。

 さらに砕けて加速。

 砕ける。加速。


『こんな物でっ!』


 係竜索アンカーバリスタの鎗が竜王のマズルごと、顎下の逆鱗を貫くか……という刹那。

 飛来する穂先目がけて、竜王は前肢を掲げた。

 人が、誰かを制止するために掌を向けるのと同じように。


 係竜索アンカーバリスタは瞬時に赤熱し、溶解した高温のミスリルと化して、竜王の甲殻をびちゃりと打った。

 無傷だ。焦げもしない。


 そして。


『ゴアアアアアアア!!』


 竜王が咆えると、彼を取り巻く炎が解き放たれた。

 炎の嵐は大地をめくり上げながら急速に範囲を広げ、焦げ砕けた大地から溶岩が噴出する。

 ルネは急降下し、自ら炎の大渦へ飛び込んでいった。


 灼熱の嵐が散ったとき、もはや大地には溶岩の他に何も……


 否。

 残っている。

 黒く歪んだ異界断層の壁が屹立し、その背後の扇状の空間は燃え残り、炎の嵐から陣列を守っていた。

 ルネが生み出した盾だ。


 壁が、割れて散る。

 それと同時に、盾の裏に隠れていた竜化吸血鬼ドラクルの編隊とルネは、竜王に襲いかかった。


 死体にたかるハエのように、竜化吸血鬼ドラクルは竜王に食らいつく。

 炎が爆ぜる。

 竜王の魔法によって、十、二十の竜化吸血鬼ドラクルが、まとめて焦げた塵に変えられていく。


 その最中を縫ってルネは飛翔。

 長大に変化した魔刃を、振るった。


『ぬぅん!』


 爆発。

 竜王の一睨みが炎と化して、呪詛の刃を消し飛ばした。


 そして竜王は、交差させた己の前肢に、炎のブレスを吹き付ける。

 掌……と言えるのかは分からないが、彼の掌の中で、炎が圧縮されていく。


『灼け朽ちるがよい!』


 その前肢の中に生み出されたのは、炎の大剣だ。竜王は、剣には剣で対抗してきた。

 砦と背比べをするほどに大きな竜王が持っても『大剣』と言っていい大きさなのだから、実際の尺は、どれほどか。遠近感が狂う。


 竜王は、その剣を、ただ振るう。

 圧倒的な力が、世界を二つに分断した。


 ルネは防ぐことも避けることもできた。

 だが。

 防御を()()、反撃を選んだ。


「姫様!」


 ルネの前方に割って入る者あり。

 ミアランゼだ。

 彼女の翼は、常の倍以上に肥大化し、竜の鱗と甲殻を纏っていた。

 撃墜されたドラゴンの血を飲んで、その力を一時的に借り受けているのだ。


 ミアランゼは傘を差し掛けるように翼を広げ、振り下ろされる灼熱の大剣からルネを守る盾になった。


「……!!」


 炎が二人を呑み込んだ。

 歯を食いしばってミアランゼは、声すら漏らさず堪える。

 いかにアンデッドの身なれど、存在そのものを脅かされる痛みは堪えがたいはず。だがそれは彼女にとって、苦痛ではなく誇りである。


 レッドドラゴンの鱗と甲殻が、いかなる炎も通じぬはずの装甲が、規格外の暴炎によって焼き潰された潰瘍と化していく。

 しかして、守られたルネは無傷!


『ぐぬうっ……!』


 炎の大剣が振り下ろされたのと同時。

 竜王がうめいた。

 深紅の飛蝗が……細切れにされた手裏剣状の魔刃の群れが、竜王の左肩を深く裂き、片翼をもぎ取っていた。

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― 新着の感想 ―
あれ?ルネもノアキュリオ軍やコクソンとかに結構使いまくって次第に対策されてったってあったような? それはそうとミアランゼ…姫様に首根っこ咥えられてる自分を想像してちょっとはあはあしちゃってませんか!?…
黄昏の竜王 どことなく世紀末覇者みたいな雰囲気がある
ルネも2-36で魅了スキル使ってますよ
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