[6-21] チートにはチートを
超越的な英雄に限れば、能力は男も女も違わないのに、それでも戦場に男の方が多いのは何故だろうか。何故、伝統的に戦いは『男の仕事』とされるのだろうか。
確かに一般兵の能力だけを見ると、どうしても筋力に勝る男の方が優れる。性格的にも闘争や暴力との親和性が高い。
だがそれ以上に深刻な問題は、魔物との戦いを考えた時、吸血鬼の存在がネックになることだ。
吸血鬼の能力【魅了の魔眼】は、異性を魅了して隷属させる。
その数は、魔軍との戦いでは無視できない程度に多く、また吸血鬼のほとんどは男である。
故に、女が半端に混じっている軍は、敵に吸血鬼が一匹居るだけで機能不全を起こしかねない。
戦いが『男の仕事』とされる所以だった。
では、女の吸血鬼と相対したとき、その男ばかりの軍はどうなるのか。
……女吸血鬼は、存在が確認され次第、全力を以て討滅するべきで、あとは突然出会わないように祈るばかりの厄災であった。
数自体は少ないのだから、なんとかならないでもない。
直接出会った者以外にとっては。
「ひっ……はっ……あ、あぁっ……な、なん……と…………」
リベラは膝から崩れ落ち、感涙にむせびながら跪いていた。
浮世の全てはゴミのような些事だったのだと、リベラは知った。
地位も金も国家も家族も自分の命も、何もかもどうでも良い。目の前に存在する至高の主に仕え、その望みを叶える歓びに比べたら、何もかもが霞む。
黒髪赤目の、人のような猫のような吸血鬼は、冷たく蔑んだ目でリベラを見下ろして睨み付けながら、吐き捨てるように命令する。
「兵には砦内で身を守らせ、その間に、主立った指揮官を集めよ。
ただ、その中に女が混じっているなら、内通者の疑いがあるという名目で先んじて捕らえておくこと。集めるのは男だけでよい」
「はい! 直ちに! あなた様のために誠心誠意、この身を賭しておつとめ致しまする!!」
「寄るな、人間。汚らわしい」
「は、ははっ! 汚らわしくて誠に申し訳ありません!」
主に嫌われることへの絶望的な恐ろしさと、彼女の関心が自分に向けられていることの歓喜を、リベラは同時に感じていた。
「私は人間が嫌いだ。声を聞くのも嫌だ。余計なおべっかや追従は無用、必要な言葉のみ口にせよ」
「はっ!」
リベラはすぐに動き出した。
必死だった。自分は汚らわしい人間なのだから、それでも主に認めてもらえるよう、できること全てを忠実にこなしていかなければ、と。
* * *
ルネは羽ばたいて高度を下げ、エヴェリスの『戦闘機』に並んだ。
「どうして今日は、敵の目がある前線に?」
「私だって必要なら表に出てくわよ。姫様が居るなら、いざって時は姫様を盾にすれば、ほぼ生き延びられるし」
「…………忠誠心のある臣下を持てて幸せだわ」
エヴェリスが自ら戦いに出ることは、本当に必要な時を除いては無い。
それは戦いを嫌う裏方気質だからではなく、自分の存在を表に晒すこと自体が嫌なのではないかとルネは見ていた。彼女の黒幕ムーブは平時からだ。
しかして。
戦いに出てきたら出てきたで、ちゃんと楽しそうなのが彼女だった。
「必殺の作戦を決められた、敵方にしては必勝の一戦。ひっくり返せたらデカいでしょ」
「確かに」
「それに、ドラゴンたちの出方もある」
炎のブレスが二人を襲った。
閃光のように鋭く収縮され指向性を持ったエネルギーを、ルネは空間を歪めて逸らす。
そのまま二人はドラゴンたちにとって直角になる方向へ編隊飛行した。
「群れの仲間が次々墜とされてるんだから、“黄昏の竜王”も切り札の一つや二つ、投入するはず。仲間の命が最優先だから、下手に援軍を突っ込ませるんじゃなく、道具の方をね。
長い時の流れの中で、ドラゴンの群れが集めた奇跡の秘宝。そんな『竜の重宝』が投入される! ほぼ確実に! 我が目で見ないわけにはいかないし、奪えるもんなら奪って徹底リバースエンジニアリング廉価量産したいじゃない!?」
破壊の『ビット』を飛ばしつつ、牙を剥き出すようにエヴェリスは笑う。
ドラゴンは宝を蓄える性質がある。
“黄昏の群れ”ともなれば、蓄えた宝は、ただの金銀財宝に留まらないだろう。
ほぼ確実にずるい物が含まれている。それを想定して動かなければならないし、相手が全ての切り札を吐き出しきってからでなければ、最終的勝利はあり得ないのだ。
そんな特級のイレギュラーが起こる。確実に、今から。
エヴェリスはいつも通りの戯けた物言いだが、彼女が対処すべき事態であるのは確かだった。
レッドドラゴンが吠えると、花火大会が同時に三つ行われているかのように、空中に大量の爆発が発生した。
ルネとエヴェリスは飛び別れる。
そしてルネはメチャクチャに羽ばたいて、子どもの落書きみたいな軌道で飛び、連鎖する爆発を回避した。
空中に突然発生する大量の爆発を回避するのは、一見不可能に見えるが、ルネは爆発の寸前に魔力が収縮される気配だけで攻撃を読んで避けたのだ。
一方、共に飛ぶ竜化吸血鬼どもに、そんな知性は無い。
そして、避ける必要も別に無い。
彼らは何匹かが墜とされながらもドラゴンにまとわりつき、鱗を突き破って牙を立てた。
『話す余裕はある?』
スカイフィッシュがトレイシーの声で話しかけてくる。
「今はね」
『じゃあ、そーだね。ボクの言い訳聞いといて』
空気の密度の変化によって、ルネの前方の景色が歪む。
飛来する不可視の衝撃の刃を、ルネは剣で切り払いながら応答した。
『まずドラゴンが相手じゃ諜報活動も何も無いのは前提として、今回の一件はノアキュリオ側の動きが全然見えなかった。
だから、仮説①。これは完全に勝手にドラゴンたちが便乗で襲ってきただけ』
「……そうじゃない可能性は?」
『仮説②。ノアキュリオの王様が諸侯に相談せず、自分と、ごく一部の側近だけでドラゴンとの同盟を決めた』
「それはそれで……ちょっと想像しにくいかな。勝手な諸侯をなだめすかせて調停しようとして、結局どうにもならずに四苦八苦してるのがノアキュリオ王ってイメージだし」
『だよねー。ただ、ね……先の戦いに投入された極秘建造ゴーレムの件と言い、あっちの王宮に変化があったかも知れない、とは思うんだ。ちょっとね』
なんとなく、こちらの作戦の裏を搔かれているような……
と言うか、そもそもどこかで計算の前提を間違えているような違和感。それはルネも、うっすら感じていた。
敵を過大評価しても良くないが、過小評価は当然、もっと良くない。
敵が変化したなら、それを見極めて対応すべきなのだ。
『王宮って言うか、下手したら王様一人だけが豹変した可能性もあるかなって』
「国難に際して腹を括った、ってこと?」
『かも。いずれにせよ変化があるのは確実だから、なるべく早めに探ろうと思ってる。深く、ね』
巨大に伸長した呪剣の一撃を、爆圧で防がれてルネは後退。
相手の首の旋回が間に合わない速度で飛んで、ブレスを回避した。
そこで、トレイシーが叫ぶ。
『……待って、姫様! 敵影を確認!』
瞬間、ルネは魔力と感情の察知能力を周囲に張り巡らせ、ハリネズミが針を立てて警戒するように周囲を探った。
『単騎……そして、おそらく……“黄昏の竜王”だ』
「ええ!?」
『まさかの登場? しかも単独で?』
地上の指揮所と直通のはずの遠話通信に、エヴェリスが当たり前のように混ざってきたが、もちろんルネはこの程度で驚いたりしなかった。エヴェリスのやることだ。
『……観測できる数字がおかしい。何か妙な……とにかく、約1分後にご到着! 備えて!』
トレイシーが言うのと前後して、ルネも、その存在を知覚した。
濃く、旧く。岩のような風合いを帯びた、赤の巨体。
それが、遠くの山の端から姿を現した。
確かに単独だ。
だが、その重圧は七頭編成のドラゴンたちさえ凌駕する。
空が割れそうな程に、低く強く響く羽音。
その体躯は、錯覚だとは分かっているが、天地につっかえて山を跨ぎ超すほどの大きさに思われた。
『うわっ……そう来るのか! えげつないお宝持ってるじゃない!』
エヴェリスは目にもとまらぬ速度で指を動かして、飛行座席の周囲に浮遊する計器をいじり回していた。それから真鍮色のゴーグルをかけ直し、辛うじて露出していた口元にスカーフを巻いて、更に露出を減らした。
『あれは、竜王陛下の『複製分身』だわ!』




