表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
373/379

[6-19] こんなガキなら

 屍の竜が力強く羽ばたくと、大地がみるみる離れていく。

 鬣を掴んで背中に乗っているルネの髪を、暴風がなぶった。


「速攻は断念! プランCに従い攻撃部隊を撤収させて戦闘態勢!」

『はっ! また、空行騎兵の増援を要請致します』

「そうなさい! サイコイルカの部隊は対竜戦闘部隊に合流するよう誘導して!」

『了解致しました!』


 小型の飛行ゴーレムは、ドラゴンの飛行速度には流石に負ける。随行する『スカイフィッシュ』もルネと同じように、口らしき部位でドラゴンの鬣をくわえ込んでしがみ付いていた。

 ルネはうなる風に負けないよう、ゴーレムに向かって声を張り上げて、遠話で地上に命令を下す。


 地上にて指揮を執るマニオは空行騎兵を呼ぶと言った。

 単純に戦闘力としても恐るべき力を持つ空行騎兵だが、戦略的な特徴としては、やはり長距離の移動が抜きん出て早いことが挙げられる。なにしろ空を飛べるのだから、地形も障害物も無視して移動できるし、その速度も十分である。

 故に、事前に準備して連れてこなくても、ある程度の距離内に待機してさえいれば、緊急時に呼び寄せることが可能。と言うより、そのつもりで多方面を睨む位置に空行騎兵を待機させ遊撃部隊とするのも、戦略のうちだった。


 ……当然、ドラゴンにも同じ事が言える。

 しかも、戦力としてはさらに強大。あんな速度で飛べるなら、睨みがきく範囲も広かろう。


 ――想定はしていたけれど……本当に全面共闘してくるなんて。


 『黄昏の群れ』は復讐の機会を窺っていただろうし、シエル=テイラ亡国の勢力伸長に危機感を抱いていたのも本当だろう。

 と、なれば。ノアキュリオとの衝突に乗じて、漁夫の利を得ようとするのは、現実的なプランだ。だからシエル=テイラ側は戦場に、ドラゴンと戦うための備えを持ち込み続けた。

 それでも今ひとつ、『黄昏の群れ』が本当に戦場に出てくるか確信が持てなかったのは、国同士の争いには(それが人族国家と魔王国の戦いであったとしても)ひたすら静観を貫き、群れを育てることだけに汲々としてきた“黄昏の竜王”の過去の姿勢ゆえだ。

 実際、繁殖能力が乏しいドラゴンにとって、群れの仲間を一頭でも失うのは大損害だろう。命を賭して戦うことの意味が、人族社会とは比べものにならないくらい重いはず。だからこそ彼らは、誰にも攻め入れない魔境の王国を築き上げるのみで、無闇に支配領域を広げようとしてこなかった。


 ――もしも……


 もしも“黄昏の竜王”が、シエル=テイラ亡国の()()()()()()()()()を今になって認識し、これ以上育つ前に叩き潰すべきだと判断したなら。

 敵は想定より賢いし、亡国は高く評価されていると言えよう。


 天を舞う六頭のドラゴンは、突撃してくるルネを緩やかに包囲するように散開した。


『おぞましい! ドラゴンすらアンデッドにすると言うのか!』


 警戒しつつの迎撃体勢だ。

 牽制のサンダーブレスが一発、降ってきた。ルネは一瞥もせず。

 雷光は、ルネと乗騎を灼く寸前に急角度で逸れて、空のどこかへ飛んでいった。空間を歪めて逸らしたのだ。


 次いで、ルネは耳鳴りと頭痛を覚えるほどの魔力を感知。

 直後、火砕流にも等しいほどの火の雨が降ってきた。攻撃魔法すら人族とは格が違う。

 純粋な出力勝負なら、相手が一頭でも、おそらくルネは押し負けるだろう。


 ――でもブレスじゃなくて、ただの炎なら……


「≪窒息坑道サファケーションピット≫!」


 ルネが魔法を使った瞬間。

 迫る炎の嵐はルネの手前で、全て掻き消えた。


『なんだ……? どうやって防いだ?』


 頭上のドラゴンが訝る。

 本来なら、ドラゴンの大魔法など防げるはずのないほどの、(彼らにとっては)微弱な魔力しか感じ取れなかったはずだ。


 種を明かせば簡単で、ルネは周囲一定範囲の酸素を押し出して退けただけだ。非常に地味だが、範囲内の生物を一呼吸で昏倒させ、常人なら瞬時に死に至らしめる恐ろしい魔法である。ルネと、臨時の乗騎としたドラゴンゾンビは、当然どちらも既に死んでいるので呼吸の必要は無い。

 理屈上、魔法の炎は火種も酸素も要らずに燃えるはずなのだが、魔法に対する防御は概念のぶつけ合いだ。相手が仕掛けを見抜いて、さらなる屁理屈を持ち出してこない限り、この防御は破れない。


 ――対抗できないことはない。とは言え、また連携ブレスが来たら厳しい。先手必勝!


 地上の兵が動けるよう、上空のドラゴンの動きを止め、可能なら討ち取るのがルネの役目だ。


 散り消えた炎の残滓を突き破って、ドラゴンゾンビは突進飛翔する。

 そしてちょうど手近な場所に居たサンダードラゴンに狙いを定めた。


『羽虫め!』


 サンダードラゴンは前肢を天に掲げた。

 そこに落雷。

 雷光が形を為し、長大な雷の槍と変じ、それをドラゴンは擲とうとする。


 その時ルネはドラゴンゾンビの背の上で、足を鬣に縛って立っていた。

 そしてルネが手を向かい合わせにすると、両手の間で、赤いものが舞った。

 いくつも、いくつも。

 擦れあい、それはザラザラと硬質な音を立てる。


「……≪連鎖念動チェインキネシス檻籠ウィッカーケージ≫!」


 ルネがさぁっと手を広げると、飛蝗の大群にも似た深紅の風が解き放たれた。

 それは手裏剣状に細切れに分割された、大量の赤刃だった。


 いかなる術者も、同時に使える魔法は一つ。ルネも、このくびきはまだ破れていない。

 だが、工夫のしようはある。


 ≪念動テレキネシス≫の魔法のように、物体一つ一つに理力を掛けて動かすのではなく、操作したい全ての物体を呑み込んで一つの方向へ押し流す、曲がりくねった小川のような力場を形成する。そしてそこに刃を流すのだ。

 さすれば、細切れに分割された無数の刃を編隊飛行させることも可能だった。無論これだと飛ばし方に融通が利かず、あらかじめ定めた通りの軌道で動かすことしかできないが、そこは使い方次第だ。

 この『赤刃手裏剣』戦法に使うためだけにルネが作らせた、オーダーメイド魔法であった。


『……はあ!?』


 今まさに、雷そのものの槍を投げつけようとしていたドラゴンが、迫り来る刃の飛蝗を見て目を剥いた。

 恐るべき速度で這い回る巨大な蛇のように、不規則な軌道で大群は飛ぶ。

 独自の能力とオーダーメイド魔法を組み合わせた唯一無二の戦術だ。当然だが、これが何なのか、どういった脅威なのか、どう対処すればいいのか、一目では分からなかったらしい。


 サンダードラゴンは、手にしていた雷の槍を横薙ぎに振るった。迫る赤い大群の、頭を叩き潰すように叩き付けたのだ。

 一閃。三日月のような電撃の軌跡が描かれて、衝撃波が空を薙いだ。

 直撃した赤刃は、流石に消し飛んだ。だがそれは無数に細分化された赤刃の一割にも満たぬ数だった。

 水の流れに剣を突き立てても、遮ることはできない。残りの赤刃は暴威に煽られながらも、するりと抜けていく。

 そして、投網を広げるかのように分散し、標的のサンダードラゴンを押し包んだ。


『カアアアアッ!!』


 サンダードラゴンがブレスを吐いた。

 上下左右前後の全周囲を薙ぎ払うべく、身をよじって回転しながらブレスを吐き散らした。黄金の滝のような雷のブレスだ。

 ドラゴンのブレスは単なる魔法攻撃とは異なり、恐るべき破壊の圧力を伴う。力場は歪んで消し飛び、赤刃は蒸発した。

 だが、赤き死の群れは十分に数が多く、十分に素早かった。一部を撥ね除けても、ブレスで吹き散らすことは、まるでかなわず。


 無数の赤刃手裏剣が、サンダードラゴンの肉体を、()()した。

 さらに振り子のように引き返して、二度、三度。


「  ア     」

「小さな蜂でも、人を殺せる。赤い羽虫はドラゴンを殺す」


 空中で数千の斬撃を受け、『焼く前のサイコロステーキ』と化したドラゴンが、ばらけた。

 血も肉も鱗も甲殻も内蔵も、散って、舞って、降り注いだ。


 赤い雨が降る下に、何が居るだろうか。


「オオオ……オオオオ……」

「血……血ダ……」


 漆黒の魑魅魍魎が、崇拝の儀礼の如く諸手を天に掲げ、禍々しき慈雨を浴びていた。

 量産型吸血鬼の群れである。


 吸血鬼の起源まで遡れば、彼ら彼女らは竜のサガを帯びていたという。

 吸血鬼が用いる皮膜の翼は、しばしばコウモリに喩えられるが、竜の因子こそが『材料』だったのではないか、とも。

 それ故か、人の血と同じように、竜の血は彼らに馴染む。

 そして、栄養価は桁違いだ。


「オ、オオ……オオオ……!」


 歪んだ歓喜の声と共に、闇が沸き立った。

 竜の血を浴びた吸血鬼たちは、身体に鱗が浮き出し、ツノと尾が生え、翼も力強く変化していく。

 まるで伝説にある竜人。もしくは、戯画化された悪魔そのものの姿だ。


 直後、吸血鬼たちの半分ほどが天を目指して飛び立った。

 砦を覆う闇の日傘から出た吸血鬼たちは、当然ながら日光に身を灼かれるが……焦がされながらも、すぐには消えぬ。吸収したドラゴンの力で耐えているのだ。


『“真白の虚”卿まで……』

『おのれ、アンデッド!』


 一方、上空ではブレスの集中砲火がルネを見舞っていた。

 ドラゴンゾンビは穢れた炎のブレスを吐き返しながら、翼を傾けて高度を下げるも、横合いから一撃を食らう。

 死にたての綺麗な死体なので、甲殻の防御力も健在。(元)レッドドラゴンにファイアブレスが当たっても、大したダメージにはならぬ。

 とは言え衝撃を受けてドラゴンゾンビは突き落とされ、空中で錐揉みに一回転して体勢を立て直し、翼を広げて滑空し、追撃をどうにか回避した。


 さらに、生き残りのドラゴンどもは、雲が爆ぜるほどの大声で咆える。


『オオオオオオオ……!!』


 ただ音量がでかいというだけではなく、音ではない何かが、声より早く強く響いてくる。人には理解しがたい『情報』が乗せられているとルネは感じた。


 ――遠吠え? ……これは応援を呼んだかな。


 二頭、墜とした。逃げるにせよ戦うにせよ、助けを呼ぶのは妥当だろう。

 問題は、相手が……特にドラゴンたちが、どこまでやる気なのかということだった。当然だが『黄昏の群れ』が総出でやってきたりしたらお終いだ。どうしようもない。

 だがそれもまた机上の空論である。

 敵の狙いを見極めて、それを挫き、最大限の戦果を食い逃げするべきだ。


 地面とほぼ垂直になるほど身体を傾け、ドラゴンゾンビは急旋回。

 その背中からルネはちらりと、横目に下方を見やる。

 上昇してくる竜化吸血鬼の編隊。日光にも耐えている。これなら敵の攻撃で墜とされるより早く燃え尽きることはないだろう。どうせ使い捨てだ、これでいい。

 さらに地上では、ドラゴンの動きを封じるための高射兵器が位置に付き始めていた。


「誤射は気にしないで援護させて。後は、わたしがる」


 鬣に食らいつくスカイフィッシュが、ルネの言葉を地上に伝えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>砦を覆う闇の日傘から出た吸血鬼たちは、当然ながら日光に身を灼かれるが そういえば以前、複合魔法<<真理広報劇(プロパガンダビジョン)>>に使った<<曇天(ディムスカイ)>>とかあったけど、あれだと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ