[6-18] スカーフェイス
飛来するドラゴンは、見えている範囲では七頭。
だが、これほどのドラゴンが一度に戦いに出てくる時点で異常事態である。ドラゴンたちが完全に戦う体勢に入ったのだとしたら、山の向こうからぞろぞろと新手が押し寄せてきても不思議ではない。
降り注ぐ雷のような、強烈な戦意。目で見て触れることさえできそうに思えるほど色濃い、敵意。それがどちらに向いているかは、ルネには明らかだった。
「現刻を以て……『黄昏の群れ』は我が亡国に敵対したものと見做す! ドラゴンの撃墜および討伐を許可する!」
ルネは傍らを飛ぶ銀色のゴーレム『スカイフィッシュ』に宣言する。
この言葉は即座に全軍に、そして後方にも伝えられ、国としての決定になる。
どれほど敵対的な関係の相手であっても、戦うことが決まる前に、勝手に戦ってはならない。事態を勝手に悪化させてはならない。
戦いの形態とは、お互いの存亡を賭した全面戦争に至る前にも数多の段階が存在し、そこでブレーキを掛けることが利益となる場合も多いからだ。
ルネは今、その段階を進めた。
『おい、聞いたかよ!』
『ちょっと羽トカゲどもを怖がらせてやろうぜ!』
地上にて侵攻中であったサイコイルカ部隊のうち、近場に居た三部隊が遠話を聞いて、即座に連携。
魔力投射砲の砲身にも似た、円筒形の物体を取り出すと、そいつに脚を付けて地面に固定し、印刷済みの魔方陣シートを周囲に拡げて繋げた。
ノアキュリオとの戦争の中、いつドラゴンどもが横槍を入れてくるか分からないと、ルネは備えていた。何しろ、ご丁寧に向こうから非難声明を空に響かせて挑発してきたのだから、準備しておいて当然だ。
これは、備えのうちの一つである。
ドラゴンの咆吼が近づいてくる。
『我が群れの領域を侵せし、卑小なる者どもよ! 竜王陛下のお怒りをその身に刻むがいいっ!』
翼を折りたたんだ高速飛行の体勢で、飛行機雲のような航跡を引きながら、先鋒のレッドドラゴンが突っ込んでくる。
彼が食いしばった牙の隙間からは、今にも炎が吹き出そうな程に激しく火の粉が漏れていた。
狙いは砦の外周、ちょうど城壁を乗り越えようとして動きが鈍った軍勢。
そこに空中からブレスを吐きかけようと……
『アレを見ろ! 姫様がお待ちかねだ!』
『よっしゃ、あそこだな! ……発射あ!』
……したところで、ドラゴン目がけて地上から何かが飛んだ。
サイコイルカたちが発射したのは、長い長い、軽くて丈夫なミスリル銀の鎖を付けた、錘であった。
『なっ!?』
鎖の先端は、まるで獲物を狙う蛇のように空中で自ら飛ぶ方向を微調整して、ドラゴンの後肢に命中。錘は脚の周りを遠心力でグルグルと回り、巻き付いた。
ドラゴンと人族が戦った記録を紐解けば、やはり焦点になるのは、『空を飛ぶドラゴンをどうやって地上に引きずり落とすか』という点だ。
無論、空中戦でドラゴンを倒した記録もあるのだが、それはそれとして。
丈夫な鎖の片端を地上に固定して、もう片方の端を空中のドラゴンに結び、動きを封じるというのは、典型的な戦法の一つだった。
だが、イルカどもの悪ふざけはこれで終わりではない。
鎖がドラゴンの脚を引いた。
地面に真っ直ぐ引っ張るのではなく、鞭のようにしなり、横方向に。
この鎖は念動系の魔力をよく受け、操作がしやすいように加工されていた。サイコイルカたちの集団的念動力によって鎖を動かし、叩き付けようとしているのだ。
砦の尖塔の一つへと。
その、叩き付けられる先の塔に、突然、屋根が増えた。
『何だこれは!?』
そこは要人の避難場所か何かと目される、屋根の尖った塔であったが、塔の屋根の上に、更に尖った真っ赤な屋根が重ねられたのだ。塔全体が赤く染まり、まるで血に染まった槍の穂先の如しだ。
その上にルネが立っていた。赤い屋根は、ルネの呪いの赤刃であった。赤刃の形状は自在である。ならばこうして建造物に被せて纏わせれば、常識外れの巨大な『槍』に仕立てることも可能だった。
その塔目がけて、ドラゴンは墜落していく。
念動によって振り回される、強大な鎖に牽引されて。
羽ばたいて抵抗しようとするが、無駄だった。
ルネは空中に身を躍らせ、落下してくる巨体から退避。
深紅の塔が、竜の腹を貫いて串刺しにした。
裂けた臓物がレッドドラゴンの背中の穴から押し出され、腹からは怒濤の勢いで血が流れ落ち、赤に赤を重ねて染めていく。
ドラゴンがもがくほどに、その体重のせいで塔に深く突き刺さっていき、傷口を拡げていった。
そして内臓が致命的に損傷したか、だらりと下がった頭からも大量に血を吐いて、ドラゴンは動かなくなった。
『ヒャハハア! 俺たちのボーナスになるため飛んできたようなもんだぜ!』
『本当にありがとうございましたァーっ!』
サイコイルカたちがアシカのように、ヒレを叩いて拍手をしていた。
『“広けき赤暮”卿!』
『馬鹿者……!』
後続のドラゴンたちが惨劇を目の当たりにして、畳んでいた翼を拡げ、突進的な飛行にブレーキを掛けた。
『貴様ら、相手を侮るな! これで分かったな。こちらを殺しうる相手だ!』
リーダー役と思しきドラゴンが号令を掛ける。
するとドラゴンたちは戦列を形成するように散開し、飛行の速度を揃えてにじり寄ってきた。
強大すぎる故に、個の力に頼りがちなドラゴンに、“黄昏の竜王”は数の力で戦うことを教え込んだのだ。
『薙ぎ払え!』
六頭のドラゴンが一斉にブレスを吐いた。
炎の性を持つレッドドラゴン四頭と、風の性を持つイエロードラゴン(サンダードラゴンとも言う)二頭。
混ぜ合わされて地上に打ち下ろされた六頭分のブレスは、視覚的には輝かしい流星群か、白い矢の嵐にしか見えないほどだ。
そしてその光は地に墜ちるや、連鎖的に大爆発を起こす!
「ぎゃーっ!?」
誰かの悲鳴が光に呑まれ、ぷつりと断ち切られた。
砦の一角が消し飛んでいた。クレーターだけが残った。
尋常の魔法では破れないはずの、対魔法防御を施した塁壁さえ、カップで抉ったアイスクリームのように消えていた。
その周囲に居た兵がどうなったかと言えば……死体の形が残った者は、それだけでもかなり幸運な部類だ。
あまりの威力。
一瞬、戦場を静寂が支配した。
魂を震わせる激震に加えて、衝撃的な規模の破壊。
その時、敵も味方もなく、地上に生きる者たちは皆、恐怖と畏怖を思い出したのだ。
故にこそ、討たねばならぬ。
全てを超えた先にしか勝利は無いのだから。
「本当は、こんな上玉を雑に消費したくないけど……」
ルネは皮膜の翼で羽ばたいて滞空しつつ、赤刃を再形成。
普段使っているものより、遥かに長く刃を伸ばした超々長剣とした。
そしてそれを、横薙ぎに振るった。高さを変えて、二度。
尖塔が両断された。
ドラゴンを串刺しにした塔が、突き刺さった死骸の上下で輪切りにされて、蹴飛ばされたダルマ落としのように、ぐらりと傾き崩れ落ちる。
当然ながらドラゴンも転げ落ちていき……
「バオオオオオッ!」
着地の寸前、歪んだ雄叫びを上げて、屍竜は再び羽ばたいた。
ルネがドラゴンゾンビの背中に飛び乗ると、腹に大穴を開けたそいつは、血と瓦礫と肉片をこぼしながら高度を上げ始めた。




