[6-15] シーシェパード不要
シエル=テイラ亡国とノアキュリオ王国の戦いは、主力軍同士が実質作戦無しの正面衝突を演じる壊滅的な悲劇となった。
この損害を受けてシエル=テイラ亡国軍は同盟領まで撤退。
双方が睨み合うように立て直しを図る中、シエル=テイラ亡国の後詰め軍が突如動き出した。
この『北翼軍』は、緒戦の戦場とノアキュリオ軍の主力を北側から迂回するように、シエル=テイラ本国を経由してノアキュリオ領に侵攻。
ノアキュリオが対シエル=テイラ防衛の要として備えを進めてきた、国境のエルシウス砦を急襲した。
城壁を染め上げる、目に眩い黄金と純白は、大神の祝福が宿る陽光の象徴。
聖なる力を宿すための色だ。
しかも形が妙だった。分厚く、前後から支えられた台形状のそれは、壁と言うよりも堤防だ。
一般に、城壁は対魔法防御を固めやすく、攻略するには質量攻撃をしこたま叩き込んで打ち壊すのがセオリー。
では、不壊の城壁は作れるのか?
絶対無敵はあり得ないが、無敵に近づける試行錯誤の一つが、容易くは砕けぬ堤防型城壁だ。
魔法で土を盛って形だけ作るならすぐだが、堤防型城壁の芯まで作り込み、魔化して強度を高めるには工数が掛かる。相応の時間とコストも。
シエル=テイラ亡国が領土を回復してから、内を固める間にこの砦を仕上げたのだから、ノアキュリオもあながち無策無能ではないのだ。
しかし、攻める側には妙な手札が増えていた。
……風が唸る。
その次の瞬間、壁上の兵士の一人の上半身が、血煙と化した。
壁上には、定置魔弓が等間隔に配置されている。
その射座に付いていた繰機兵の頭を打ち抜かれたのだ。
兵士たちも無防備に身を晒していたわけではない。胸壁(城壁上部の遮蔽壁)に身を隠しつつ、魔法の防衛障壁を張りつつ射撃していたのだ。
しかし胸壁に隠し切れていない部分をピンポイントの狙いで、しかも障壁ごとぶち抜かれたのだ。
砕かれた仮想実体の障壁が、光の粒子となって散っていく。
どうどうと血を流して崩れ落ちる兵士への、手向けの花の如く。
「なんだ!? 何をされた!?」
「何か飛んできたような……」
言いかけた隣の射手の左胸が、腕ごともぎ取られた。
血まみれの肉片と共に、壁上に転がったのは……真鍮色の投げ槍、もしくは銛だ。そんなものが四、五本ばかり、ガランゴロンと打ち合わされて鳴りながら散らばった。
「銛? こんなもので……」
生き残った兵士は首を傾げる。
こんな銛で何をどうしたのか、と考えたが、考えている場合ではなかった。
亡国軍が突撃を開始し、恐ろしい地響きが伝わってきたからだ。
「く、くそっ!」
兵士は射座に飛びつき、定置魔弓の回転ハンドルを握る。
その矢を一発も撃たぬ間に、彼は死んだ。
死ぬ寸前に、彼は風の唸りを聞いた。眼前で光の壁が破れ、自分に向かって飛んでくる穂先を見た。
そして。
堤を切られて水が溢れ出すように、それは始まった。
「イ……『イルカ』が攻めてきたぞぉっ!」
亡国の突撃の最前列に立つのは、大盾を持った使い捨てのアンデッド。主にスケルトンだ。
そいつらに守られた陣列の中に、変なものが混じっていた。
イルカだった。
半透明の面覆が着いた、変な兜を被ったイルカたちが、鉄の蜘蛛みたいな自動歩行器に尾ヒレを突っ込んで、突撃の陣列に混ざっている。
そいつらの周囲にはフワフワと、何やらよく分からない魔法動力機械が浮かんでいた。
大陸東側の海に生息する魔物・念力海豚である。
サイコイルカは極めて知能が高く、念動力や念話の力に長けた種族。
海棲の魔物だが、彼らは独自の機械技術を持ち、それを用いて地上へもやってくるのだ。ちょうど、今のように。
ちなみに彼らはそもそも肺呼吸だし、歩行器を壊されても自前の念動力で短時間なら空中浮遊できるので、地上での活動がそこまで無茶というわけでもない。
彼らは如何にして壁上を射貫いたのか?
銛撃ち銃だ。
イルカたちの歩行器の脇には、馬鹿でかい弾帯がぶら下がっていて、そこには替えの銛が何本も差してある。そして攻城弩の如き大型の射出装置が、ふわりと浮かんで壁上に狙いを定めている。
無論、普通はサイコイルカの技術でも、銛で障壁などかち割ることはできない。なにしろ、せいぜいマグロ・ハントにでも使うようなサイズの、攻城武器としては小さすぎる『矢』だ。
ところが、それが通る。
『次弾、装填っ!』
チームを組んだ五匹のサイコイルカが、合図によって精神を同調させる。
そして、まるで一匹が全ての引き金を同時に引いたかのように。
『撃てえ!』
完全に同時に、完全に同期して、同じ一点を狙い、銛を放った。
壁上の射手へと。
焦点射撃は、城壁の上に張られた魔法の障壁を叩き割って、その向こうの敵をぶち抜いた。
都市や砦に使われる障壁は、大砲などの重い一撃を受けるには強い。
分散させて衝撃を防ぎ、魔力を注入すればまた再生する。
しかして一点に、寸の間も置かぬ立て続けの衝撃を受けると限界を超える。
これは放置されていた脆弱性と言うよりも、誰も突けないから塞ぐ必要が無かった穴だ。
今、それを狙う者が現れた。
サイコイルカたちと、シエル=テイラ亡国だ。
この焦点集中射撃技術はシエル=ルアーレに搭載するため、亡国と、東部沿岸のサイコイルカたちとの提携研究によって編み出された。
シエル=ルアーレでは城壁からの砲撃に用いているが、研究成果を分かち合ったサイコイルカたちは少し変わった方に転用した。
自前の精神感応能力を活かし、精神同調を介して集中射撃をするための武器を誂えて、よりコンパクトな障壁破りを可能にしたのだ。技術と種族特性の合わせ技である。
いかに堅牢な城壁も、そこから反撃できないなら無意味。
姿を現した敵は次々、イルカの戦列狙撃兵(あるいは『戦列猟兵』とでも言うべきだろうか?)に撃ち抜かれ、城壁には梯子が掛けられた。
王国兵に最後の抵抗として押し返されて、よじ登ろうとした亡国兵ごと倒されていく梯子もあったが、イルカたちの歩行器はその脇を平気でよじ登っていく。
まるで重力の方向が変わったかのように、あるいは壁を這う蜘蛛のように、金属の脚で登攀していくのだ。
「ひっ……」
壁上の王国兵は、異様な装備で間近に迫った海棲獣に、おののく。
剣を抜こうとはしたが。
『お前を消す方法、教えてやろうか?
これだよ!』
歩行器に収められていたラッパみたいなものが、見えざる力によって抜き放たれ、王国兵に向けられた。
耳が痛くなるような一瞬の高音。
直後、兵は空気を吹き込まれすぎた風船のように、血と肉片を撒き散らしながら爆発した!
「おい、なんだそのイカした武器は」
腕力だけで城壁をよじ登ってきた獣人兵が、後続のためにロープを垂らしつつ、半分呆れたような調子で言った。
『見てくれよ、こいつぁ最新の破壊喇叭だ。人間にぶち当てたら内側から破裂して目玉が飛び出すんだぜ! 楽しいだろ!?』
イカレたイルカは、引きつったような高周波の声でゲラゲラ笑いながら念話で応じた。
『おっしゃあ! お楽しみはここからだぞ、野郎ども! 人間どもをブチブチにぶち殺して、そこら中に愉快な用水路を掘って、ぜぇーんぶ工場にしてやらぁ!』
『焼け!』
『潰せ!』
『煮込みにしてやる!』
『『『ヒャーッハハハハハァー!』』』
イルカたちの歩行器は、火花が散るほどの勢いで堤防状城壁の内側急斜面を滑り下り、砦に攻め入っていく。
「……あれ、大丈夫なの?」
『あーゆーノリだから、彼ら』
ルネは壁の手前で羽ばたいて滞空し、砦に乗り込んでいく軍勢を指揮する位置に付いていた。
傍らを舞う小型ゴーレム『スカイフィッシュ』からはエヴェリスの声が聞こえる。
『特に戦闘時はね、サイコパワーを高めるためにフグ毒由来の興奮剤でハイに』
「わかったもういいわ」
サイコイルカたちと亡国は、大陸東部に潜伏していた時期に関係を築いていた。なにしろ城を作るための技術者が足りなかったのだ。そんな状態では猫の手も借りたい……と言うか、イルカの手を借りた。
そして彼らを、此度は傭兵として引き込んだ。
サイコイルカは高度な知能と技術を持つが、彼らの工学には地上の資源と環境が必要なのだ。そのため彼らは頻繁に、人族への襲撃を行っている。
目当てのものが報酬として手に入るなら、傭兵になるのもやぶさかではない様子だ。
「さて、そろそろ……」
砦が発する不快な気配が、徐々にしぼんでいた。
魔物を寄せ付けないための聖気の結界は、おそらく砦の奥底から展開されているのだろうが、城壁の輝かしい装飾を傷つけて貶め、各所の防塔の設備を壊していけば、出力を下げることはできる。
ルネは一つ羽ばたき、城壁を越えた向こう側、激しい白兵戦が展開されている砦内部に降り立った。
そして、香水でも入れるようなアンティークの小瓶を取り出した。
「使ってもよさそう、かな」
瓶を傾け、中身を一滴、垂らす。
地に流れた黒い血液が。
ほんの一滴だったそれが、異常な広がりを見せて、真っ黒な池となる。
そこから、百は軽く超える数の手が突き出す!
そして、まるでその場の地面に最初から潜っていたかのように、蒼白な肌をした人型のものたちが這い出してきた。




