[6-12] UNKNOWN UNIT
肉の蛇が這いずり回る、血のプール。いや、もはや地底の海と言うべきか。
その中から、湧き上がり、起き上がる影があった。
いくつも、いくつも。
「血……」
「血ヲ……」
「更なル……チを……」
吸血鬼であった。
ボコボコと泡立つように自ら捏ね合わされた肉が、人型になり、這い出してくる。
血の海から生まれた魔物たちは、血を編んで布としたボロボロのトーガみたいなものを纏い、皮膜の翼で羽ばたき舞い上がる。
「この巨体……吸血鬼の製造工場ってわけ……」
その光景を見下ろしていて、流石にルネも唖然とした。
通常、吸血鬼が生み出せるモノには限りがある。
まず主に奴隷となる、言うなれば『血を吸うゾンビ』同然の、下等吸血鬼。
また吸血鬼が吸血鬼を生み出すことも可能なのだが、大抵は生涯に一体のみ、対等のパートナーとして。と言うのも己の力を分け与えることになるからだ。
真祖のみが無限に吸血鬼を生み出せる、とされる。その光景を目にした者は、この世界全体でも、決して多くなかろうが。
この工場に、どうやって、どんな材料が供給されたかと問うなら、想像通りのやり方だろう。
見渡す限りの血の海の中から、湧き上がる吸血鬼。
それらは正気とも思えぬ様相で襲いかかってきた。あるいは、戦闘のための機能だけを与えられた『廉価版』かも知れない。
目を紅く光らせ、虎狼のように牙を剥き、血を固めて生み出した串刺槍を手に、吸血鬼の軍勢が迫る。
「「≪血染槍衾≫」」
一瞬。
背中合わせに滞空していたルネとミアランゼは、前後左右上下の全方向に無数の槍を生み出した。
血のように紅い呪詛の槍が……うに、あるいは栗のイガの如く、外向きに二人を包む。その数は幾百か。
直後、それは破裂!
全周包囲で迫り来る吸血鬼を、全方位に飛んだ血の槍が迎撃した。
不死なる者を呪詛で蝕むことはできぬが、ただ単純に貫くことはできるのだ。
粗製濫造の吸血鬼ごとき、心臓を正確に穿たずとも、消し飛ばして余りある!
包囲が一気に後退した、と見るや。
ミアランゼは鋭く羽ばたき、翼を畳んで急速滑空。
一直線にエリザ本体へ突撃した。
当然ながら、血の池からはさらに吸血鬼が湧き出してまと割り付こうとする。
が。
「はあああっ!」
ミアランゼは己の両腕に爪を立て、交差させて引き裂く。
裂けた前腕から彼女の血が噴き出した、かと思うや、虚空に三日月を描くかの如き、一閃!
舞い飛ぶ血を操り、長大な刃と成し、己の周囲を旋回させて吸血鬼たちを叩き斬ったのだ。
「「「血の霧を武器に……? 面白い技を使うじゃなぁい」」」
ミアランゼが向かう先で、白と黒と赤の美女が笑っていた。
彼女の手が、つい、と持ち上げられて。
「「「真似をしてみようかしら」」」
指先一つ、動かした瞬間。
「!」
血の海が形を変えた。
広大な地下空間を満たしていた液体が形を得て、触手のように持ち上がり、うねり蠢く千万の刃となった。
それは当然、至近距離のミアランゼ目がけ振り下ろされる。
「≪衝撃弾≫!」
だがミアランゼが防御するよりも早く、血の触手剣は爆発四散!
ルネの放った理力魔法が割って入り、攻撃を吹き飛ばしたのだ。
とは言え、二本や三本を吹き飛ばしたところで、血の触手剣は無数に存在する。
それは次々、空中の二人目がけて振り下ろされる。
「≪断流風瀑≫!」
暴風の障壁が、それを引きちぎりながら撥ね飛ばす!
だがその頃にはもう、四散したと思った血の剣が再び形を成し、絡みつこうとしていた。
「ああもう!」
払いきれない無数の触手剣が連携。
まるで毛糸玉みたいに絡み合い、二人を微塵に刻みつつ包囲圧殺!
……する、寸前。
ルネはミアランゼを抱え、5メートルほど離れた中空に浮かんでいた。
得意の≪短距離転移≫ではなく、異界を渡っての瞬間移動であった。
「ありがとうございます、姫様……」
「蒸発させたり凍らせても動きそうね、アレ」
広大な地下空間の闇の奥から、蠢く影が、無数の羽音が近づいてくる。
エリザは悠然と、愉快そうにルネの方を眺めていた。
ルネもまた、睨むように見下ろしつつ考えていた。
――『懐に招き入れた上、わざわざ正体を明かして戦う』? 何のために? 落とし所どこよ? あくまでも、格を問うつもり?
そう考えると多少、業腹ではあった。
弱点を晒してじゃれつき、殴り合っても平気な相手だと、舐めているとも言える。
とは言え、それも決して驕りとは言えないだろう。相手は古株だ。この世界に存在した年数の桁が違う。彼女はまだ本気に見えないが、小手調べだけでも、馬鹿馬鹿しいほどの圧力を感じる。
エリザの狙いが分からない。
と、言うよりも……彼女は何を見たいのだろうか?
――共に不死者。手下を生み出す能力。異界創成。それだけに……こっちを知っているつもり、かも知れない。
ミアランゼの血霧にも、同質の技を、遥かに勝る物量で返してきた。
自分の方が優れている事を前提に、こちらがどの程度劣るか確かめている、とでも表現すればいいのだろうか。
単にそういう振る舞いをすることで挑発している、とも取れるが。
そして実際、正面から戦うだけなら、あしらわれて終わりだろうという予感もした。
ならば。
「ミアランゼ。3番試薬を」
「はい!」
命ずるや、ミアランゼはアンティーク調の注射器をどこからか取り出す。
そしてそれを、何の躊躇いも無く左胸に突き立てた。
「あれを使う気かな、姫様」
宙に浮いた箒に横座りして、戦いを眺めていたエヴェリスが身を乗り出して問う。
「問題ありそう?」
「いいえ、全く。
私は貴重な実戦運用データを頂きましょうとも」
雲霞の如き、吸血鬼の大軍が迫る。
その中で、ルネは左腕を高く掲げた。
「開門……接続……」
その手の先に空間の裂け目が生まれ、巨大な金属塊が落ちてきた。
小異界・『怨獄』に仕舞い込んで持ってきた、兵器だった。
「「「……へえ……」」」
まるで、大砲の砲身だけを切り出したような円筒形の物体だ。
片端にはちょうど、人の腕が入るだけの穴が開いていて。
そこにルネが左腕を差し込むと、歯車で轢き潰しながら呑み込んで固定し……
繋がった。
「「「そのご大層な玩具で何をするつもりかしら」」」
「見れば分かるわ。
起動!」
ルネは魔力を流し込むと共に、生来の腕であるかのように、その魔動機械に意思を伝える。
途端、それは、花開く!
まるで分銅か、大砲の砲身みたいだった無骨な金属塊が、内に秘めたものを展開した。
地下空間を白々とした光が照らしだした。
至近にまで近づいていた吸血鬼たちが灰と化して散り、血の触手剣すらルネの周囲では力を失って、単なる液体となり、崩れ落ちて飛沫を上げる!
ルネの腕の先にくっついているのは、ルネ自身よりも大きい、超巨大な魔力灯だった。
占術用の水晶玉みたいに綺麗に丸い照明器が、白々しく温かい光を投げかけている。
それを収めていたカバー部分は、折り畳まれて組み替わり、まるで刺突剣の鐔みたいな形の傘を形成。投げかけられる光を、ルネに対してだけ遮っていた。
エリザは小手をかざして光を遮り……青白く滑らかだった手が、うっすら赤く焼けているのを見て、首を傾げた。
「「「…………太陽?」」」
「その通り。
『試製超越兵装、太陽貶し』!
熱と光と、言うなれば擬似聖気を生み出す兵器さ!」
いつの間にか紐水着とサングラスの姿になり、器用にも箒の上で足を組んで寝そべっていたエヴェリスが、得意げに言う。
太陽は大神の座。生きとし生けるものの背中を照らす守護。
その光は邪気を祓い、特に吸血鬼など一部のアンデッドには、それ自体が強烈なダメージを与える。
太陽光は、ただ強烈な光量の照明器を作れば再現できるというものではない。太陽は太陽であるからして、他の何かで代替することはできないはずだ。
だがエヴェリスは邪悪な魔女の身でありながら、それを成した。『ここに太陽が存在する』と、世界に誤認させる装置を作り出した。魔力を供給するルネはアンデッドであるはずなのだが、それでも問題なく機械は駆動している。
「この兵器の本当の強さ、お分かりかい?
これを作れるのが私たちの強さって事よ」
「「「“探求の魔女”。あなたの助力かしら」」」
「惜しい。
私も忙しくて、こんな使い道が少なくて優先度が低い試作兵器にまで、時間を割いてられないからね。
手が空いた部下にアイデアだけ渡して作らせたのさ」
エヴェリスの口出しに野暮な解説を付け加えるのであれば……
この兵器は決して、即座に役立つものではない。当然だが太陽の光なんか作ったところで、敵より味方に被害が出る。
だがそれでもエヴェリスの思いつきは試作された。いつか役に立つかも知れない新技術だからだ。
それも、彼女という天才が最後まで手がけたのではなく、配下の技術者集団に仕事を割り振った。それが可能なだけの人材を集め、体制を整備している。
これは、力の話だ。
一つの装備が持つ性能や、瞬間的な技術力の話ではなく、国力の話だった。
“深淵の女公爵”ほどの力を持つアンデッドたれば、疑似太陽光を浴びようとも、即座に致命傷とはならぬ様子。
だが彼女が生み出した、配下の吸血鬼たちは別だ。
近場に居た者は次々、骨灰と化して霧散。
消滅を免れた者も、おぞましい悲鳴を上げながら後退していく。
そこへ。
「姫様の御前だ。
……頭を垂れよ!」
赤・黒・緑の三色が入り交じる暴風と化して、ミアランゼが襲いかかった。
全身に血管のように葉脈を浮かばせ、肌もうっすら緑がかったミアランゼは、水中を泳ぎ狂う魚のように飛翔。
血霧の大爪を振り回し、そのたびに数体ずつ、吸血鬼を叩き斬る!
尻尾の先に生えた花は普段より瑞々しく咲き誇っていた。
「あれも、ウチの技術と言えば技術かな」
エルフたちの自然魔法は植物の扱いに長ける。
植物の因子を取り込んだミアランゼは、自然魔法の技術を用いることで、ある程度の体組成変更すら可能になっていた。植物度を高めれば、日ざしの下で力を増す。
この技術は、元はと言えばミアランゼの治療のため行っていた研究の成果だが、それが活用され、寄生植物によってアンデッドを強化する『冬虫夏草計画』も動いているところだ。
煌々たる疑似太陽を掲げ、ルネは舞い降りる。
そして、魔法で己の体重を支えて、エリザの目の前の空中にズンと着地した。
「……いかが?」
エリザは身を灼かれながらも悠然と、緩慢な拍手をした。




