[6-9] だって、映えるし
巨大ゴーレムは、幾度目かの『砲撃』を準備していた。
騎士の兜を模した頭部の、面覆の隙間に当たる部分から蒼白の光がちらつき、急速に光量が増していく。
内部で練られているエネルギーが臨界点に達したとき、それは解き放たれて破壊の嵐を巻き起こし……次は、一瞬で何人死ぬのだろうか?
「畜生っ!」
狙われている将兵が、蛇に睨まれたカエルのように立ちすくみ、末期の悪態をついた。あの面覆の奥には巨人の目など存在しないはずなのに、恐るべき死の眼光を感じた。
何もできない状態だった。まず、あまりの出力でどんな防御も貫いてくるから防御は無意味。
遮蔽も無意味だ、全て吹き飛ばされ塵となるほどの威力だから。もし、砦の地下施設が狙われたら、地面を掘削して貫いてしまうのではないかと思われる。幸いにも地下施設の隠匿術式が効いているのか、今見えているものの方に興味があるのか、ゴーレムが地下施設を狙う素振りはなかったが。
では回避はできるのか? 観察する限り、単純に魔力投射が太いから厳しいというのもあるが、かつ、ゴーレムは約1秒ほどの発射時間内に器用に狙いを変えて一定範囲を薙ぎ払い、逃げ散ろうとした者も含めて焼き尽くしている。
とかく、隙が無い。必殺技は、必ず殺す技だから必殺技なのだ。
そして標的の選び方も嫌らしかった。
最初は、自分を拘束する最大の脅威であった係竜索の射手。
それがちょろちょろ逃げ回るようになると、続いては指揮所の櫓。
将軍が姿をくらますと、出し惜しみをし始めた。よもや打ち止めか、残りの魔力は手足を動かして暴れる方に使う気かと思ったが……
格納庫から大型砲を持ち出し、ゴーレムの手足がギリギリ届かないだけの超近距離から砲撃を叩き込もうとしたところ、狙いをまるっきり見透かしたように、砲を視認するなり魔力の充填を開始した。
数秒後に、砲は消し飛ぶだろう。それを運んでいた繰機兵たちも、ついでのように死ぬ。
狙われていると気づいた者たちが逃げ散り始めたが、人間の足で逃げる程度の速度では無意味。
逃げあがく者。祈る者。泣き叫んで母を呼ぶ者。
その全てを一切頓着せず呑み込む、破壊の光が……
放たれる。
だがそれは、鏡に当たった光のようにがくりと曲がって、兵たちの手前で綺麗に逸れて斜め上に飛び、雲を貫いた。
「な……んだ!?」
目が潰れるほどの膨大な光量の中で、兵たちは腰を抜かしていた。
この光は死者を導くものか。否。まだ肉体は健在である。エネルギーの余波によって巻き起こされる暴風が、服を(存在する者は髪も)ばたつかせていた。
光が止んだとき。
へたり込む兵たちと巨大ゴーレムの間に立つ者があった。
『冷たい厳粛さと死の恐怖を纏う、戦慄の美貌』。
実際に彼女を目にしたことがある人間たちの、多くの評価は一致する。
だが。
その姿が状況次第で、これ程頼もしく希望に満ちたものと思えるのか。
「姫様!?」
「お、お、お助け頂きっ……感謝の念に堪えません!」
彼らの主君たるルネが、そこに居た。
「……職責を全うなさい。邪魔は、わたしがさせない」
小さな肩越しの鋭い視線が、銀の光が、太陽よりも明るく彼らの行く道を照らした。
*
ルネは魔剣を手に、吸血鬼の翼で羽ばたき、飛翔する。
日の下ではあるが、翼が焼けることはない。外見的には何故なのかよく分からないだろうが、翼の表面に世界観の断層を生み出して、この世界において日の光が持つ『意味』を遮っているのだ。
ゴーレムはハエでも払うように、腕を振り回して叩き落とそうとするが、その動作は吸血鬼の飛翔に対してあまりに鈍重だった。
『係竜索を使ったのか! よく考えたもんだわ!』
ルネに随伴飛行する小さな銀色のドローンが、何本もの杭が突き刺さったゴーレムを見下ろして、エヴェリスの声ではしゃいだ。
遠話通信の向こうには彼女がいる。異常事態を察知して、緊急招集を掛けたのだ。
「鹵獲、必要?」
『まあできるならして欲しいけど無理よ!
こいつを壊さずに止めるのはキッツイだろうし! この最終兵器なら鹵獲防止用の自壊術式くらい仕込んでるっしょ!』
「……自爆装置付きなのね」
ルネは微かに苦笑しながら納得する。
ゴーレムに限らず、魔力を流す回路で動く兵器一般は、鹵獲して敵に使われることを防ぐ自壊機構が組み込まれていることも多い。
自ら回路を焼き潰す機構を備えておくとか、機能に致命的な影響をおよぼす穴を簡単作業で開けられるようにしておくとか、やり方は色々ある……はずなのだが。
何故か、魔動兵器を作る連中はどいつもこいつも自爆装置を載せたがる。もちろん自爆装置には自爆装置の有用性があると分かるのだが、それにしても過剰に自爆装置を載せたがる。さらにその熱意は、兵器が大型化するほど高まるのだと、ルネは最近、理解しつつあった。
『だから迅速にスクラップでよろしく!
技術的にお勉強できることは無いと思うけどね! 予算感とか、パーツごとの建造時期とかだけでも重要な情報だし!』
「分かったわ」
この最終兵器の投入に、エヴェリスもトレイシーも驚いていた。
決戦兵器だか最終兵器だか知らないが、これほどのイカレたクソデカゴーレムを作ろうとしたら、どこかで予兆を掴めて然るべき。だが大量の物資の購入も、技術者や工房の動員も、大規模な予算の承認も……何も見えなかった。
シエル=テイラ亡国が本格稼働する前に作られて、それきり死蔵されていたという可能性もある。しかし、ともすればノアキュリオ王国の情報戦能力を過小評価していたのかも知れない。もしくは、シエル=テイラ亡国の諜報体制に不備があったか、両方か……
今後のためにも、答え合わせが必要だった。
方針は決まった。
からかうようにゴーレムの周囲をひらひら飛んでいたルネは、翼を畳んで姿勢を変え、急降下。
腕を突っ張って落とし穴から抜け出そうとするゴーレムを、至近距離からの砲撃が押し返した。
相手の防御は巨大な質量と、対魔法装甲の合わせ技。
ここまで来たら動く城壁だ。正攻法なら城壁を破壊するのと同様に、質量攻撃で削っていくことになる。実際、係竜索や蒸気式破城鎚は有効打になっているように見える。
だがルネは、魔法合金の巨人にとっては爪楊枝のようなサイズの魔剣で、掠め飛びつつ斬り付けた。
その小さな剣で、血の出ない傷が、ゴーレムの腕に刻まれた。
――よし、斬れる!
切断する魔法……ではない。厳密には。
魔剣の刃部分を異界への門として、刃に触れた微量の物質を異界に吸い込んでいるのだ。
要するに、どんな硬いものでもとりあえず斬る技である。
この技、開発してみたはいいものの、人が相手だとあまり意味が無かった。ここまでしなくても斬れるし、単に斬るだけでは致命傷にならぬ場合も多いからだ。だが頑健で重厚な対魔法装甲には、存在意義を否定する一撃!
「……流石に、長さが足りないか」
ゴーレムの腕に付いた傷は、人間に例えるならリストカットをした程度のものだった。
いくら装甲を斬れても、こんな小さな傷では意味が無い。
ならば、大きな傷にすればいいだけだ。
「よいしょっと!」
ルネが、さっと魔剣の刃を撫でると、それは途端に伸びた。
血と呪詛から編み出す魔剣は、普段はチャンバラするのにちょうど良いサイズで使っているが、ルネの能力が及ぶ限りは大きくも小さくもできる。
ルネ自身の身長を遥かに超えて、もはやフラッグポールのように長くなった深紅の魔剣。
それをルネは、一閃!
禍々しく赤い残光が、地上に墜ちた半月の如くに、瞬く。
それが消えたとき、巨大ゴーレムの片腕はすっぱり切断され、断面からは血の代わりに金属部品をボロボロとこぼしていた。
*
「なんたることだ……あれだけ暴れていた巨大ゴーレムが、このように容易く……」
キルベオは戦いを地上から見ていて、唖然とするよりなかった。
甚大な犠牲を出しながら燃料切れを待つ以外に対処法が無い、はずだったのに。ルネが現れた途端に、まるで話が変わった。
ふと、ルネ単独でも戦争に勝てるのではないかという考えがキルベオの脳裏をよぎる。だが彼はすぐに、愚かな考えを打ち消した。
ルネ一人でゲリラ的に戦い続けても、領域・領地を支配し続けることは不可能。相手が列強五大国ほど強大であれば、破壊の速度より国家としての人的・物的な再生能力の方が上回りかねない。
だからこそ彼女は自分の剣としての国を築いた。そして自分自身より遥かに弱い騎士たちや兵たちを、味方として従えることにしたのだ。
キルベオも、その一人だった。
下半身を埋められ、片腕を失ったゴーレムは、辛うじて残った腕を振り回してルネに抵抗しようとする。それを、変則的な高速飛行と、得意の転移でひらひら躱しつつ、ルネは巨大剣でゴーレムを滅多斬りにしていく。
と、兜状のゴーレム頭部の、スリットの中から光が溢れた。
砲撃の前兆だ。
ゴーレムはもはや、もう片方の腕も失って構わぬという動きをしていた。
目の前をチラチラ飛ばれるよりも、少し離れてくれた方が、砲の旋回が追いつくので撃ち抜きやすいだろう。
腕を犠牲にしてでも一瞬、ルネを遠ざけて、砲撃で吹き飛ばす……そういう動きだと推察できた。
「姫様っ……!」
ルネはいくらでも肉体を乗り換えることが可能で、本体は魂だ。
だが、こんな尋常ならざるエネルギーの奔流に晒されて無事で居られるのだろうか? 分からない。キルベオは理屈抜きにルネの身を案じた。
破壊の光が……放たれる!
ルネは、避けない! そして傍からは筒状に見えるほどの、指向化された激烈なエネルギー奔流がルネを呑み込む!
……いや、呑み込んでなどいなかった。
ロールケーキを中程で輪切りにして、一切れだけ抜き出したように、ルネが居る場所だけ閃光が消滅していた。ルネの前方から流れてきて、後方に抜けていく破壊の光が、ルネの周囲にだけ存在しなかった。
――なんだ!? 閃光が姫様を避けて通った……のか?
違う! トンネルを掘って山の中に道を通すように、自分の前方から背後に通じる道を造り、閃光を異界へ潜らせて迂回させたのか!
見て、理解はしたが、もはや馬鹿馬鹿しくて呆れるしかない。
やりたい放題もいいところだ。
必殺の一撃を難無くいなしたルネは、長大な魔剣を真っ正面から振り下ろした。
巨大ゴーレムの頭部は、温めたバターのように何の抵抗も無く真っ二つにされ、みぞおちの辺りまでざっくりと切り込みが入る。
巨大ゴーレムの動きが遂に止まった。
……かと思った、途端! 頭部と言わず、腕の断面も、胸の切れ込みも、とにかくゴーレムの内部が見える全ての場所から、蛍火のように光が立ち上り、急激に強まっていく!
漏れ出る魔力の圧力だけで、キルベオは頭を締め上げられているような頭痛を覚えた。
『退避!
爆発するわ! 生きている者は物陰に伏せて目と耳を押さえ、口を開けなさい!
逃げられないなら可能な限りの防御行動を! 死体の形を残しなさい!』
頭にガンガン響く、大音量で無差別の念話が撒き散らされた。
ルネの手から赤黒い帯状のエネルギーが迸り、満身創痍のゴーレムをミイラみたいに縛り上げた。よく見るとその表面には魔術的な紋様めいて、『危険』『立入禁止』『規制済み』の文字が延々と並んでいる。
どういう理屈のどんな能力かは不明だが、巨大ゴーレムの自爆の影響を抑えるための防護だろう。
それでも完全に封殺はできない、と判断したが故の警告か。
――一人でも多く無事でいてくれ!
キルベオは即座に逃げた。心情的にはどうであれ、今ここで自分ができることはない。
準備していた転移の小宝珠を地面に叩き付ける。すると、茶に溶かした牛乳のように、景色が歪んで渦を巻く。
気がつけばキルベオは陣のすぐ外にいた。だが、この場所ではまだ近い。もう一度、小宝珠を使う。まだ使う。連鎖させる。脳と胃袋をこね回されているような心地だった。
そして。
「うっ……!」
幾度目かの転移の後。
音として認識できないほどの、全身を打ちのめす大轟音が響く。
そして直後、爆風と瓦礫片が飛んできて、こけるように大地に伏せたキルベオの鎧を、ガンガン鳴らした。
※前回までの設定捕捉(コメ返し)
> (依代にルネが憑依するのに)わざわざ首を落とす必要ありましたっけ……
あると言えばあるし無いと言えば無いです。
適切な器に憑依すれば、器が生きたままでも一定の戦闘は可能ではあります。
まあどのみち、器(依代)が最終的に死ぬことは変わらないわけですが、わざわざ先に殺す理由として一番大きいのは、ルネと同時にルネ以外の者(つまり憑依された依代)が『ルネ』である瞬間を作ってしまうのは、不要なら避けた方がいいのではないかという意見が出たから、という設定です。憑依しても身体は完全にルネが支配できるので、実質的な問題は無いのですが、筋論として。
(たぶん制度の検討中にアラスター辺りが指摘したのではないかと思われる)
なので先に殺して魂を抜いてから、からっぽの骸にルネが入るという建付になっています。




