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[6-1] Record 003 四人の同志

 HUDバイザーヘルメットで顔を隠したその男は、硬化プラスチールの継ぎ目に錆が湧く通路を、遺伝子変異食人ネズミのようにこそこそと足早に進んでいた。


 そして突き当たりにある、薄汚れた靴跡だらけの簡易エアロック扉をノックすると、即座に向こう側から返答があった。


「『清掃中かい?』」

「『あと10分待て』」

「『長いな。20分にしてくれ』」

「……よし、入れ」


 扉の内側で重い音を立てて、手動でロックが開錠された。

 本来はボタン操作で瞬時に開くはずの簡易エアロックだが、自動では動いてくれず、全力でスライドさせることでようやく開いた。整備の手が行き届いていないのだ。


 HUDヘルメットの男……ジョイは、部屋に入るとまず、天井に据え付けられている監視用のマイク付きカメラが相変わらず壊れていることを確認した。

 それから部屋の中を見回した。

 ジョイを除いて、確かに三人居る。ジョイはほっとした。土壇場で怖じ気づいて逃げる奴が居るかも知れないし、何かを気取られてメンバーが拘束されることも想定していたからだ。


「お待たせ」

「言い出しっぺが遅刻してくるな!」


 LANケーブルみたいな体型の男が、ジョイの背中をひっぱたいてどやしつけた。


「ジャストタイムインと言え! 59秒の遅刻まではセーフだ!

 ……それで偵察の成果はどうだ?」

「『デウス・エクス・マキナ』は狂ってる」

「奴が狂っていなかった時間など、1秒たりとて存在したか?」

「確かだが、そうじゃない。

 奴に接触したことで根本的な狂いを確認できた。あれは存在自体が何かおかしい。まあ、そこは追々話すとしよう。

 それから、セクター0のメシは美味すぎる。俺たちと同じCランクの配給食でも明らかに格が違う」

「マジかよ許せねえな!」


 決して冗談ではなく、本気の怒りだった。

 『俺にもっと美味いメシを食わせろ』は、人という存在の原初の怒り。時に歴史すら覆す奔流だ。


「よし。じゃあ全員揃ったわけだが、中には面識の無い奴も居るよな」

「俺はお前以外知らねえ」

「俺も」

「わ、私も……」

「おおっと?」


 全く失念していた。

 ジョイが全てを取り持って、残りのメンバーを集めたのだ。

 他三名も、なんとなく互いを認識しているだろうと思っていたが、改めて考えてみれば確かに初対面だ。


「ならイカしたメンバーを順番に紹介しよう。

 まずはご存じ、俺。運転が上手すぎて超越抑止令に引っかかり、免許を剥奪された100年に一人のハンドル捌き。モビルスーツからフォークリフトまでなんでもござれ。ついでに射撃の達人。好きな弾丸は8mmフユージョンプラズマ弾。“セクター4の流星スパークボーイ”ことジョイだ!」

「自己紹介が長い」


 蕩々とイカした自己紹介をキメたジョイに、まばらな拍手が返った。


「こっちのLANケーブルみたいな身体してる奴は、世界中の美味い飯をノークレジットで食い尽くした忍び込みと泥棒の達人。一度も見つかってないから前科0犯。“幽霊銀蠅”マルティーノ」


 マルティーノは、平たい手のひらを軽く挙げて会釈した。

 彼は一見すると病的に痩せているようにも思えるが、機能的に身体を研磨し改良した結果のようにも思える。そんな印象の伊達男だ。

 いつどこで生産されたのかも分からない(……おそらく盗品だろう)、奇抜なトロピカル迷彩柄のナノテックPVCレインコートを、屋内だというのに彼は着ていた。


「こっちは暴走無人兵器鎮圧の専門家。くそったれの鋼鉄執行官アンテノーラを電磁ナイフ一本で解体したフルメタルゴリラ」

「誰がゴリラだ」

「“解体兵”グレゴリオ」


 グレゴリオは、肩から腕に掛けての編み上げ鋼線みたいな隆々たる筋肉が、作業用市民シャツの上からでもくっきり見える大男だ。

 そんな太い腕を組んで、彼はじっと、岩の塊みたいに座っていた。


「そんで4人目が……」


 部屋の隅に椅子を持ってきて、そこで縮こまって座っていた女が、他三名の視線を受けて硬直した。


 ボサボサの長い黒髪をケーブルリボンで無理矢理なツインにまとめ、蛍光色ビニールフリルのワンピースを着た、サイバーゴススタイルの若い女だ。ビン底のようなHUD眼鏡と、鼻から下を覆う多機能ガスマスク(1680万色LED発光機能付き)で顔を隠しており、表情は窺い知れない。


「自信を持ってくれ。お前が計画の要だ、レティ。

 いや……我らが“電子魔術師ウィザード”エヴェリス」

「そ、その名前……使うんですか……?」

「俺はかっこいいと思うぜ。

 『常闇を齎すもの(エヴェリス)』。俺たちの同志にピッタリの名前じゃないか」


 レティ……あるいは、エヴェリス。

 彼女は恥じ入って、既に隠しているはずの顔をさらに隠そうとした。


「何者だ? ハッカーか?」

()()()()ハッカーだぜ。なんと彼女はこの時代に、アーカイブじゃねえ、新作のゲームを発表したのさ」

「本当か?」

「サークル・エヴェリス、『私の素敵な絵空事』。

 800年前のインディーズ作品に偽装してネットワークで公開されてる。やってみろ、名作だぞ」

「ちょ、ちょっとそれ……今は関係ない……」


 全く褒められ慣れていない様子で、エヴェリスはくすぐったそうに身じろぎしていた。


 実際のところ、彼女は確かに偉業を成した。

 ガチガチに管理されているはずのデウス・エクス・マキナ・ネットワークに異物を混入させ、定着させたのだ。脆弱性と監視の隙を見つけ出し、それを突くだけの技術力が必要な所業だった。

 仮にその内容が、ローティーンの少年たち同士の色恋沙汰を扱った物語であろうとも。


「なんでまた、あのデウス・エクス・マキナに中指おっ立てることにしたか……ま、理由はそれぞれだろう。

 しかぁし、あんなもんがある限り、この世界がクソッタレなままだって事ぁ、ま、みんな同意してくれるよな」


 ジョイの言葉に、バラバラに、しかし他の皆は頷いた。


 この世界は、人類管理AI『デウス・エクス・マキナ』によって支配されている。

 人は仕事も住処も、余暇の過ごし方も、誕生も死も管理され、計算の下で生きてきた。その管理に疑問を抱く者は、不良品として排除された。

 だが。今、『デウス・エクス・マキナ』の支配は揺らいでいた。完璧ではなくなっていた。この会議室だってそうだ。老朽化したコロニーは修繕が行き届かず、管理・監視のためのカメラすら壊れたまま。

 機械仕掛けの神は、徐々に壊れているのか。はたまた、これは一時的な不具合なのか。いずれにせよ、この世界に疑問を抱く者たちが立ち上がるには十分すぎるりゆうだった。


「決戦は一年後。

 我ら『神喰狼スコルハティ』、天に君臨する偽りの神を墜とし、人を解放せん」

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― 新着の感想 ―
あ、あれ?私は読む作品を間違えただろうか?
特攻野郎Sチームだ…野郎じゃない娘もいるけど! 大統領でも殴ってくれるヤツは誰なんだ…
世界観がいきなりサイバーパンクになるなんてテストに出ないよお…… 今章の主役は実際謎に満ちたエヴェリスさんなのかな
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