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[5-51] アンバウンド

 王城そのものより城壁の方が頑丈で安全、という事はままある。

 砲撃や魔法から身を守るための重厚な防御と、政務・典礼の空間を両立させることは難しいのだ。故に籠城の核となる防衛拠点は、城を卵の殻のように被って奥深く隠されたり、城壁の一部にコブのようにくっつけられたりする。


 テイラ=ルアーレの王城は、旧シエル=テイラ時代からほぼそのままの形を残している。王都は一度、“怨獄の薔薇姫”に占領されたが、その際も王城そのものは破壊を受けていない。

 白亜の城は美しいが、しかし戦闘向きではない。ディレッタの管理下にある現在もそれは同じで、東側城壁の一部を砦のごとく大規模に拡張して、そこを指揮所としていた。


「“怨獄の薔薇姫”が現れました!」

「まだ滅月会ムーンイーターには伝えるなよ。彼らは獲物を見つければすぐにでも動き出す」

「既に出撃したようです」

「……はぁ……分かった、想定内だ」


 ディレッタ側の指揮官はオーレリオだった。

 無論、彼ほどの地位を持つディレッタ貴族が、こんな危険な場所に只で身を晒したりはしない。

 彼一人を転移脱出させるための魔力備蓄だけは絶対に残す手筈だ。


 だがオーレリオは、たとえ逃げる備えが無かったとしても戦っただろう。

 オーレリオの、救民の意志と邪悪への怒りは確かであった。

 名誉のために勝ち目の無い戦いをして犬死にするほど愚かではないが、人々を救う見込みがあるなら、彼にとっては挑むべき試練だった。

 オーレリオがテイラ=ルアーレに残る決断をしたことで、ディレッタ駐留軍の士気も高まっていた。


 市街地に仕掛けた無数の罠で、攻め手を疲弊・消耗させ、堅牢な城壁に配したディレッタ軍の精鋭で守り切る。

 さらには本国からの援軍である『滅月会ムーンイーター』に『天使』、守護の『神器』という強力な手札がある。

 ……容易ではないが、十分に勝ちの目があると、オーレリオは分析していた。


「決して戦況の変化を見逃さぬよう注視せよ。

 天使様と滅月会ムーンイーターが“怨獄の薔薇姫”にぶつかるとき、敵方は最大の隙ができる。

 そこを攻め潰す……」


 唐突に目の前が暗くなって机が迫ってきた。


「補佐官様!」

「すまない……大丈夫だ。少し目眩がしただけだ」


 意識が途切れて、頭を机に打ち付けそうになったのだ。

 オーレリオは頬をはたいて深呼吸し、気合いを入れ直す。


 ――くそっ……左手が熱い……いや、熱いのは全身か?

   こんな時に何だ。緊張しているのか……


 まるで心臓が左手に引っ越してきたかのように、熱く脈打って感じられた。そこから送り出された奇妙な熱が身体を冒している。

 そう言えば少し前、体調不良で寝込んだりしたなと、オーレリオは思い返す。

 だがもう回復した。むしろ、ここ数日は好調なほどだった。戦いの最中に倒れる、などと……


「大丈夫……全て順調……知恵……何もかも……死……破壊……幸福な融合……」


 口が、勝手に動いていた。

 何かを言っている。溢れ出す何かを。囁きかける何かを。


「肉」

「…………え?」


 *


「“怨獄の薔薇姫”を滅ぼせ!

 永遠の地獄へ叩き落とせ!」


 そこには破壊の渦があった。


 聖気の金光と、邪気の血閃が、一呼吸の間に四合打ち合うほどだった。

 その合間。風より速く駆ける者たちがぶつかり合う。

 戦闘圏内の建物は全てが薙ぎ倒され、残った瓦礫すら粉砕されて蹴立てられる。もはや砂利でできた妖精の草輪(ミステリーサークル)みたいな有様だった。


 金白装束の戦士たち……ディレッタ本国から増援としてよこされた、滅月会ムーンイーターの隊士たち。

 四人居た。

 うち、ヒラ隊士二人は五秒で死んだ。

 残る二人が既に五分、戦い続けている。


 聖気に冒されきって変異した金髪金目。全身を覆う戦闘聖紋スティグマ……。

 『戒師』位を持つ者、つまりは上級戦闘員である。


「手下から排除しろ、際限が無い」

「了解」

「それまで、“怨獄の薔薇姫”は私が引き受ける」


 寸の間、二人は背中を合わせ、最低限の言葉のみを交わす。

 それで十分。成すべき事は明確とばかり、二人は迷わなかった。

 戦い、祈り、修練する……それ以外の何もせずに時を過ごしてきた者たちだ。呼吸をするのと同じように、彼らは戦いの流れを理解する。


 相対するは、シエル=テイラ亡国の精鋭。そして、大将のルネ自身。

 神罰の代行者を気取る滅月会ムーンイーター相手に、生半可な魔物……特にアンデッドは出せない。最高のゴーレムと、(人材不足下では比較的)精鋭の生者兵を引き連れて対峙した。

 とは言え滅月会ムーンイーターは、邪悪を滅ぼす戦いの過程で妨げとなるもの、全てを破壊するよう備えている。

 ゴーレムは一分半戦えた。

 今、立っているのはルネとミアランゼだけだった。

 つまり、2対2。


 僅かの間、止まっていた戦いの流れが再び動き出す。

 援護し合って戦っていた戒師たちが二手に分かれた。片やルネに、片やミアランゼに向かう。


 光で着膨れした聖剣が、ミアランゼめがけて振り下ろされた。

 ミアランゼは、身に纏う血霧を固めて巨大な鬼腕を生み出し、聖剣を受け止める。

 聖気と邪気が相殺されて、金白と赤黒の火花が散った。


「私に下劣な誘惑は通じんぞ、吸血鬼ヴァンパイア

「それは結構。私も貴様ごとき小物に『色目』を使って、この赤薔薇の眼を汚そうとは思わぬ」

「抜かせ!」


 互いに打ち払い、飛び離れる。


 その合間にも魔法弾が交錯した。ミアランゼは両の前腕を自らの爪で切り裂いていて、そこから溢れ出した穢血が呪詛の魔弾となって襲い飛ぶ。一方の戒師は輝かしい光輪を背負っていて、ここから分化した光が流星の矢となり舞い飛ぶ。

 弾数はミアランゼ、一撃の威力は戒師に軍配が上がる。これはミアランゼの意図した調整だった。滅月会ムーンイーターは全体、奇跡の力を攻撃一辺倒に用い、狂ったように攻め立ててくる一方で、守りを『避け』に頼りすぎている。回避が追いつかない密度で仕掛ければ、確実にダメージを与えられるのだ。


 だが、敵もる者。手足や脇腹に穴を開けられながら、戒師の動きは未だ、遅滞無し。

 一方ミアランゼも、流星の矢で吹き飛ばされた左手を血霧から再生する。


 その間にもミアランゼは考えを巡らせていた。

 2対2だった戦いが、二つの1対1になった。地力だけで言うなら、ルネは優勢でミアランゼは劣勢だろう。ルネの勝利まで耐えるという手もあるが、敵の攻撃が重すぎる。下手すれば一撃で終わりだ。


 足裏の違和感。


「なっ!?」


 焼けるような痛みが、ミアランゼの足裏に走った。

 それ自体は大したダメージではない。だが、足がピタリと地面に吸い付き、動かなくなっていた。

 光の魔方陣がミアランゼの足下に展開されていた。何かの罠だ。

 敵のお供の滅月会ムーンイーター隊士どもは、ずいぶん安く死んだと思っていたが、はじめから置き土産を残すだけの『必要な犠牲』だったとしたら?


 隙は一瞬。その一瞬が重い。

 聖剣が迫る。

 ミアランゼは両足を切り離し、無数のコウモリと化して逃げ散った。

 そのうちいくらかを、聖剣の一撃が切り捨てた。

 千々に分かれた全てのコウモリに重い衝撃が伝播する。存在を削り取られる激痛だ。痛手を負えば力も弱まり、更なる劣勢となる。

 もう、この相手と正面切っては戦えぬ、とミアランゼは即断した。


 空中に身体を再構成したミアランゼは、羽ばたきつつ。

 血霧を固めた『遠当て』で、地面を思い切り引っ掻いた。敵ではなく、地面を。


 交差する引っ掻きで寸刻みにされた地面が、崩落する!

 都市の地下には水道や魔力導線が埋設されているものだ。その空洞に瓦礫が落ちていく。地面に立っていた戒師もろとも。


 その崩落は一瞬だ。大して深い穴ではないのだから。

 だが、その一瞬にミアランゼは賭けた。駆けた。

 皮膜の翼を千切らんばかりに羽ばたかせ、急降下した。


「愚かな!」


 獰猛に、醜く、戒師が嗤った。

 空を飛ぶ敵との戦いも、戦闘中の落下も、既に経験しているのだろう。そして勝利したのだろう。

 冷静に迎え撃つ構えをしていた。


 その攻撃圏内に入る寸前。

 ミアランゼは翼を畳んで、宙に舞う瓦礫を蹴った。

 一瞬の崩落。無数の瓦礫。無数の立体的な攻撃経路。ミアランゼは生得的に認識していた。

 いかに戦闘経験を積んでいようと、相手は平たい道を歩くばかりの人間だ。猫ではない!


 一蹴り。右に飛ぶ。

 二蹴り。左下に回り込む。敵は既に剣を振り始めていた。明後日の方向へ。

 三蹴り。襲いかかる。敵は無理矢理に剣閃を歪め、迎え撃った。


 だが。


「剣!?」


 ミアランゼの手に、突如、蒼輝の魔剣が現れた。

 横目にこちらの戦いを伺っていたルネが、異界より引き抜き、ミアランゼの手の中に転移させたのだ。


 国宝の魔剣・テイラ=アユル。

 かつてのシエル=テイラ王国で、戦場において勝利の象徴となるべく作られた剣。マジックアイテムとして見れば性能はシンプル。美しく、ひたすら頑丈で、ただただよく斬れる。それが重要だった。


 敵の攻撃はもう止まらない。故にますます力を込めていた。

 おそらく戒師は、剣などへし折ってミアランゼごと叩き切るつもりだったのだろう。並みの剣が相手ならそれで正しい。だが、鉱業の王国が心血と予算を注いで打ち上げた誇りの魔剣は、ほんの少し、頑丈だった。

 そしてミアランゼは、賜った吸血鬼ヴァンパイアの力に驕ることなく、剣の修練を積んでいた。


 清澄な金属音が響き渡る。

 ミアランゼは聖剣の一撃を、いなし、受け止めた。


 同時にミアランゼの背後で血霧が渦巻き、そこから飛び出した六本の鬼腕が、その鉤爪が、戒師の肉体を貫いて宙に磔にする。


「…………スシ」


 一閃。

 戒師は胴部を両断され、下半身だけが下水へと落ちていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミアランゼさんのシッショーが誰がわかり過ぎィィィィッ!ww あのSAMUSAIのオーギをミアランゼさんが会得していたらユイイツムニのワザマエッ!になるに違いないとヤマトダマシイが打ち震えてい…
[一言] 唐突に出てきた寿司に大草原 ミアランゼの剣の師匠、あいつかぁ… そろそろ寿司を食わないと死ぬぜ!
[一言] チャメシ・インシデント
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