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[5-48] 地獄耳

 テイラ=ルアーレの街壁は、『亡国』の一度目の攻撃によって崩された。

 その後、ディレッタによって驚くべき早さで再建されたが、それがまた、崩された。


「進めぇーっ!」


 やはり吹雪の夜であった。

 吹き付ける雪嵐の中、シエル=ルアーレからの焦点砲撃によって打ち破られた旧王都(テイラ=ルアーレ)の街壁を……正確には街壁だった瓦礫の山を……兵が乗り越えていく。

 先頭を行くのは、大盾を構えたスケルトン。流星のごとき魔法射撃を盾で撥ね除け、時には身を挺して防ぐ。弾け飛んでバラバラになったスケルトンの隙間を、後続のスケルトンがすぐさま埋めていく。


 崩れ残った街壁もほぼ無抵抗で制圧されて、壁の内側に向かって砲が据え付けられ、支援と観測の拠点に成る。

 ……そこまでは、あまりにも順調だった。


「敵さん、どうも俺らを市街に引き込んで一網打尽にする気らしいです」

『やはりか。

 街壁での抵抗が鈍いとは思ったが』

「ハナから壁を守るのは無理だと見切ったんでしょうな」


 ウヴルは通話符コーラーを起動し、指揮所で情報を集約するアラスターと遠話する。

 ウヴルには大所高所から見た大戦略など分からぬ。だが同じように、前線の血のニオイは後方の指揮所には分からぬのだ。なればこそ自分の見て、嗅いで、感じたものを伝えねばならぬ。


 敵の街壁防衛部隊は、申し訳程度の抵抗しかしなかった。

 そもそも街壁上にまともな防衛兵器が無い。防衛兵器を鹵獲されないよう、壊してから撤退するのが定石だが、最初から置いてすらいないのだ。

 携行可能なマジックアイテムや魔法射撃などでやれるだけやって、被害が出る前に壁を飛び降り遁走していった。


 そして、その先。 

 もはや民間人など禄に残っていない、闇に沈む王都市街からは、ちょうど洞窟の中で音が反響するように、びりびりと伝わる殺気で満ちていた。


 一般的な都市攻囲戦であれば、やすやすと街壁を明け渡すなど、ありえない。

 極論すれば、防衛側は街壁を使って戦うときに最大の優位を取れるのだから、街壁を無力化されて市街戦に持ち込まれた時点で巻き返す望みは薄くなる。

 後は市街を捨てて籠城し、攻め手の体力が尽きるか援軍が来るのを待つのだ。


 だが今宵の戦いにおいては、様相が異なる。

 まず南側街壁は修繕されたとは言え、至近距離で魔城と対峙し、砲門を向けられていること自体は何も変わらないのだ。

 砲撃で再度破壊されることは防げず、防げたとしても割に合わない。


 では、どうするか。

 そも、ディレッタ側にとってはシエル=テイラ亡国の攻勢をあと一度凌げばいいようなものだ。

 守る範囲を狭めれば、それだけ守りは堅くなる。

 市街戦で消耗させ、後は城に立て籠もって守る……その作戦は、想定されていた筋書きの一つだ。


「いかが致します?」

『市街に侵入した部隊は、伏兵と罠を探れ。歩調を合わせるため、進むタイミングはこちらから指示する。

 よいか。兵を殺す罠と、英雄を殺す罠の違いには気を配れよ。

 城壁からの砲撃と、都市防衛障壁による分断には常に最大の注意を払え』

「『『『了解!』』』」


 ウヴル以外の隊長たちの声も、遠話越しに聞こえてきた。

 いずれのいらえも、気迫に満ちている。


 『亡国』は、なんとしてもここでテイラ=ルアーレを奪わなければ後が無い。一方でディレッタは今だけ守り抜いてしまえば、後は援軍を待って、自壊する『亡国』に反転攻勢を仕掛け攻め潰すだけだ。

 この期に及んでは、ディレッタの駐留部隊も士気が上がろうというもの……と言うか逃げるわけにはいかなくなった。勝ちの目があるのだから。

 敵の主軸はディレッタの駐留部隊。数は少なくとも、装備がよく、十分に訓練されている。街壁からの撤退の手際の良さだけでも実力が窺えた。指揮官の思った通りに動く兵は、極めて上等だ。


「さぁて」


 ウヴルは錐揉みのように身体を一振るいして、巨大な蛮剣を雪空に掲げる。

 そしてその剣を、すぐ隣の建物の壁に向かって思いっきり振り下ろした。


 剣よりもハンマーと言った方が適切なほどの超重量級武器だ。

 そいつが怪力によって叩き付けられたのだ。

 壁にはあっけなく大穴が空き、かち割られた。

 壁の裏、建物内に潜んで様子をうかがっていた、黒衣の兵の頭と一緒に。


「気合いを入れるとしよう」


 *


 塗りつぶされたように全てが黒く、薄青い光にぼんやり照らされた、魔城の指揮所にて。


 高所にいくつも掲げられた幻像盤ディスプレイには、廃墟のごとく不気味に静まりかえった旧王都の景色が映し出されていた。戦場を監視するゴーレムによる遠見である。

 水晶や水鏡を使っての戦場観測は、まあ大抵の軍隊ならやっているだろうが、敵陣への侵入に際しては対抗魔法による妨害も容易となる。その対策の対策として、使い魔やゴーレムなどの目を飛ばすのだ。

 シエル=テイラ亡国のゴーレムによる戦場観測態勢は、さすがに列強の物量には負けるが、効率化とシステム化の面ではゴーレムの本場・ジレシュハタール連邦を超えていると自負する。

 力を入れてきた分野の一つだ。

 『質より量』という不死なる軍勢の一般的イメージと裏腹に、シエル=テイラ亡国は寡兵である。何しろ挑む相手が大きすぎるのだから相対的に寡兵となる。故にその少数の兵が最も効率的に動ける態勢を目指していたのだ。


「ディレッタはおそらく、神器の障壁で王城を守って立てこもりつつ、市街を使って戦う作戦でしょう。

 旧王都の王城より北側には、複数の部隊が陣を構えてる」


 エヴェリスは不敵にも、軍議の卓そのものに足を組んで座り、暴力的な胸部を押し上げるように腕を組んで幻像盤ディスプレイを見上げていた。

 もちろん普通なら無礼と言うべき振る舞いだがルネも咎めぬ。悪者には悪の威厳を保つ振る舞いが必要で、それは、高邁ぶった人族が賢しらに考え出した尋常のテーブルマナーでは、成し得ない部分もあるのだ。

 エヴェリスはいつも好き勝手しているように見えて、実のところ自分の魅せ方を常に調整している。必要があって身につけた態度だろう……大いに参考になるとルネは思っていたし、エヴェリスの魔王軍時代の苦労が忍ばれる。


「王城と障壁を遮蔽物にする気?」

「でしょうね」


 高所から旧王都を俯瞰したゴーレムは、北側市街地に群れる明かりを観測していた。味方が現在侵入している南側が、不気味な静寂の闇に沈んでいるのとは裏腹だ。

 王城内に入りきらない敵軍が、こちらの大砲を避けられる場所に布陣しているのだ。ディレッタ軍ではなく、主にシエル=テイラ『王国』軍や義勇軍だろう。


「……つい先ほど掴んだ未確定の情報だけれど、ディレッタの用意した聖女が旧王都(テイラ=ルアーレ)入りした可能性があるわ」


 エヴェリスは、声の重さを五倍くらいにして言った。

 静かな緊張の稲妻が迸った。


 聖女という言葉も定義が曖昧だが、この場合は『生贄』の言い換えと思えば間違いない。

 神聖魔法の適性が高い女を、所定の手順で()()することで、それは聖女と呼ばれるものになる。

 ディレッタが用意した防衛神器『ウルザの誉れ』の、燃料だ。


 旧王都全体を守っていた黄金のドームは、半径を縮小させ、王城を包む金剛不壊の盾となっていた。今はまだ『天使』が制御しているのだろう。

 しかし、本来の燃料が準備された。


「間に合ってしまったか。では、神器の障壁は……」


 卓に広げられた旧王都の地図から目を離さぬまま、アラスターが呟いた。

 地図には敵味方を示す白と黒の駒が並び、索敵の済んだ範囲が刻々と書き込まれていく。

 黒はしばしば、魔を表す色とされる。人族の間では忌避されることも多く、盤ゲームでは青対白の駒色が定番だが、この場合はもちろん黒が似つかわしい。


「『天使』が持ち場を離れても駆動する、と考える必要があるわね」

「だからと言って障壁を無視したら『天使』はやりたい放題だ。

 圧を掛け続けるしかない。さもなくば『天使』が自由になる」

「結局、やることは変わらない訳ね」

「そうよ。

 その上で、どこかで『天使』が障壁をディレッタ軍に任せて、戦いに出てくることを想定しなきゃだわ」


 視線のように、感情にも向ける先がある。

 エヴェリスのみならず、複数の感情が、自分に向けられるのをルネは感じ取った。

 生ぬるく、柔らかに、肘で突くように。


「姫様を足止めしに来るか、それとも姫様が動けないタイミングで戦線をめちゃくちゃに掻き回すか……

 天使そいつは最悪のタイミングで、一番狙われたくない場所を狙ってくる。

 なにしろ指示を出してる奴は、高い空の上から全部見てるんだから」

「上等だわ」


 ルネはただ、そうとだけ言った。

 大神の思惑を打ち砕く必要がある。それだけは確かで、さしあたってはそれで十分だ。幸運にも。

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