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[5-47] 有能の証明

「諸君。算盤アバカスを弾いてみたことはあるかね?

 1トンの鉱石を掘ったとして、そのうち何百キロがディレッタのものになる?」


 ベーリ・カムルス・“祝福されし(ブレスド)”・シエル=テイラは、拝金主義の俗物である。

 ディレッタに縋って手に入れた玉座も、彼は、ただの金が湧く泉としか思っていなかった。

 そして、それ故の無軌道さをディレッタ側は見誤った。


 王城の軍議の間に、諸侯とその名代が集まっていた。

 このところ王都に詰めている者らは、毎日こうして状況を共有し、次の策を練っているのだから、集まるのはおかしくない。ディレッタの騎士も常に監視しているわけではない……彼らとて忙しいのだから。

 そうしてちょうど、監視の目がなくなったところで、ベーリは切り出した。見張りの衛兵は、ディレッタの者が来たら絶対に通さぬよう言いつけられていた。


「そも、根本からおかしな話だ。

 今、我らは我らの戦いではなく、ディレッタの戦いをしている。

 庇護とは、収奪のお題目であってはならぬ」

「陛下、それは」

「利益を最大化するためのコストだったはずだ。

 そのために命を、そして国を失うなどおかしな話ではないか。

 ……だが、いいか。今、本当の意味で苦しんでいるのはディレッタだ! 足下を見るべきは我々の側だ!

 我らが祖国は、家族と民は、銀嶺に眠る資源は、誰のものだ?」


 常ならぬベーリの様子に、シエル=テイラの騎士たちは圧倒された。


 利害調整の最大公約数として玉座に着いただけの、王としては凡庸な男だったはずだ。

 だがこの気迫はどうだ。

 ベーリの雰囲気も……あるいは、それを見る者らの目も、何かが違う。


 何かが変わったのは、おそらく数日前の、王都上空での戦い以来だろう。

 具体的に何がどうとは言えないが。何かが、確かに。

 ベーリは乗騎を失った。負けたのだ。だというのに、その奮戦が何かを変えた。


「この王都を守るのはディレッタの戦いだ。我らは王都を放棄し、北部へ移るべきだ。

 その上で、もしディレッタが対等な取引を望むのであれば力を貸してやらんこともない」

「しかし『亡国』を打ち破るのであれば、今ここでディレッタと力を合わせるのが最も有効でございましょう」

「左様。

 今を凌いでも泥沼の戦いが待っている」


 ベーリと諸侯ら、そしてその名代たちは、連日議論を重ねて対応を協議し『亡国』の侵攻に備えていた。

 いや、議論が深まれば深まるほど、なすすべが無いことを正確に認識してしまったと言うべきだが。

 望みがあるとするならば、『亡国』が消耗している今、ディレッタと共闘して押し切ること……だがそれはディレッタの盾として使い捨てられることを意味する。

 ディレッタに背を向ければ、彼らに使われることだけは防げるが……その庇護を外れて、果たして何ができるというのか。実際そう脅されてディレッタに使われているというのが現状だった。


「故に。

 余は……諸君に覚悟を問う」


 ベーリの言葉に、一同は息をのんだ。

 彼の言葉に揺るぎは無い。そして、狙撃手がつがえた矢のようにぴたりと、視線が定まっていた。


「これは自殺ではない。

 だが、どれほど言い繕っても賭けだ。その覚悟はありや?

 ディレッタではなく我らの戦いをして、全てを手に入れるか、失うかだ! その覚悟はあるか!」


 ベーリの声が、こだまして聞こえるようだった。

 その声が稲妻となって、辺りに漂い迸っているかのようだった。

 誰もが言葉を失ったのは、胸に響くものがあったか、あるいは君子の豹変に驚嘆したか。


「私も……」


 ややあって、諸侯は声を上げ始めた。


「ずっと、首を絞められているような心地だった。きっと、この国に生まれ、己の置かれた場所を知ったその日から……

 だが、もううんざりだ」

「私も同じだ!」

「ようやく抜け出したと思ったら飼い主が変わっただけ!

 そんなのはもう嫌だ! 我らは奴隷ではない!」


 一人が口火を切ると、その後はもう、蜂の巣を突いたような騒ぎだった。

 誰しも鬱憤が溜まっていた……相手はディレッタに限らぬ。見えない鎖で縛るように、見えない首輪を嵌めるように、手を出してくるもの全てに対して。


 この国は、爆発することを許されない爆弾であり続けている。10年前のクーデターも、あれほど爆発的に事態が燃え上がって事が成ったのは、鬱憤のはけ口が生まれたからだったのだ。

 そして誰しも、我慢には限度がある。


「ならば剣をとれ!

 立ち上がれ!

 勝利は我が手にこそあり!」


 ベーリが拳を突き上げると、鬨の声としか形容できぬ雄叫びが上がった。尖塔の上の鳥が驚いて飛び立ったほどだ。


「ディレッタが頭を下げてくるなら、それでよし。

 さもなくば王都は落ちるであろうが、『亡国』も即座には動けなくなる。

 その間に守りを固めるのだ。

 そこまで行けば事情が変わる。『亡国』が勝ち続けることなど誰も望まぬ……ディレッタだけではなく、ノアキュリオも、ジレシュハタールも、西アユルサもだ」


 勇ましいことを言いつつも、その勢いだけではなく、ベーリは状況を計算していた。

 “怨獄の薔薇姫”、そしてシエル=テイラ『亡国』……

 その脅威に晒されるのが自国民ではなく、どこかの別の誰かであって欲しいという考えは、どこの国も抱いていよう。

 ベーリらは“怨獄の薔薇姫”の脅威に最前線で直面する。そのこと自体が価値を生む。排除できなくなる、という寸法だ。


 ――そりゃ、確かにそうなんだが。


 軍議の間の大騒ぎを、壁一枚隔ててバーティルは聞いていた。


 壁と壁の間に挟まるように作られた、縦に細い隠し部屋。今まさに軍議の間として使われている、その部屋での会話を盗み聞くための部屋だ。

 バーティルをここに招き入れ、潜ませたのは他でもないベーリ自身だった。

 彼の語りかける諸侯は、バーティルが聞き耳を立てているとは知らぬ。もし諸侯が説得に応じなかった場合、次の手を打つための布石だろう。結果としては、彼らの決意をバーティルが知る機会となったが。


 ――ベーリの旦那も冗談キツいぜ。まさかここまで覚悟がキマるとは。おまけに性格もいときた。


 端で聞いていてバーティルは、目眩を覚えたほどだった。

 『東側』の者たちは、バーティルにとって旧知ばかりだ。ベーリのことも見知っていた。しかし、だ。無礼で端的な表現をするなら、ベーリに王たる資質があるとは思っていなかった。


 これがベーリの本質だったのか……あるいは地位と状況が彼を育てたか。

 キャサリンからの手紙に書かれていた、ケーニス皇帝・竜淵の言葉を、バーティルは思い出した。曰く、己の死を知る者は、はらの座り方が違うと。

 彼は、死を知ったのか。


 ――評価せざるを得ない、が、皮肉なことにこれで『亡国』にとっちゃ勝ちの目が強まるだろうな。

   ……さて。後はタイミングの問題ってやつか。


 ベーリに負けてはいられない。

 まもなく、バーティルも覚悟を決め決断すべき時が来るだろう。

 結果として彼らの覚悟を踏みにじるとしても。


 間もなく、戦いが始まる。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここから一つ上を目指す中年たちの物語りが始まる…のかも
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