[5-43] スターに憧れて
安全な後方から指図して、いざとなれば逃げ出すリーダーより、自ら先頭に立つリーダーの方が支持を受ける。
徒に我が身を危険に晒し、頭脳たる役割に専念できず、最終的に犬死にするのはリーダーとして非合理な振る舞いなのだから、安全圏から指図するリーダーも別に間違ってはいないはずだ。
だが理屈を超えた感情の話として、人は、自分たちより前に立つ者に魅力を感じるのである。
「おおおおお!」
「亡国万歳! 姫様万歳!」
人間の居住区を想定した第二街区は、道が広い。
襲撃から引き上げてきたルネは、その大路を城に向かって練り歩いていた。
スケルトンの馬が三頭立てで荷車を牽いて、ルネに追従する。
荷台で晒し者になっているのは、ルネが空中戦で討ち取ったヒポグリフの死体(リサイクル予定)だ。
騒ぎを聞きつけて集まった群衆は、その戦果を見て沸き立った。
空行騎は高コストで常備できる数が少ないことから、軍団編成においても少数となりがちだが、しかし戦局を左右しうる戦場の花形。
騎獣の死体一つと言えども、ヒポグリフを討ち取ったのは華々しい戦果だ。
それをルネ自ら上げてきたとなれば、お祭り騒ぎの材料には十分だった。
「見ろよ、あのデカブツを。図体ばっかりでかくて、一突きでおしまいか」
「いいや、そいつも姫様が凄いのさ」
「なあ、あの白薔薇の紋章は王様のもんだろ?」
「ベーリ王は死んだのか?」
ショボくなければ、小さなものでいい。
何かルネ自ら戦果を上げることで、盛り上げの材料として求心力を高め、内部を結束させる……
その献策にルネも納得して自ら出て行ったわけだが、効果はルネの想像を遙かに超えた。『こんなことで、そこまで盛り上がるの?』と聞きたくなるほどだった。
ルネは必要とあらば危険も厭わず(……もちろんルネが『危険』になる事態そのものが珍しいわけだが)戦場に立つ王だ。
それを皆、知らぬわけではなかろう。そしてルネの強さも知れてはいようが、本当の意味でルネの戦いを知る者は少ない。
そもそも、王様だの将軍だのというのは、他人の命で武勲を得るのが常だ。その辺りは差し引いて考えるのが常識的な感覚なのだろう。
だが、こんな少数精鋭での突撃となれば誤魔化しようも無いわけだ。
ずんずんと、足裏に突っ張るような振動が、徐々に大きくなり近づいてくる。
奇襲部隊の凱旋に付いて回っていた人々が、迫り来るものに気づいて大路の左右に分かれた。
「わんっ! わんっ! うー、わんっ!」
ちょっとジャンプしたら街区の天井に頭をぶつけそうな巨体。
鋼の冠角を持つ大犬が、巨体に似合わぬ可愛らしい声で吠えながら、道をどたどた駆けてきた。
フォージ号である。
彼は千切れんばかりに尻尾を振って、頭からルネに突っ込んできた。ルネは思い切り足を突っ張って、破城鎚のような突撃を受け止めなければならなかった。
衝撃がルネの足下の敷石に伝わって、蜘蛛の巣状にヒビが入った。
そしてフォージ号が、火の粉が散る舌で舐め回そうとしてくるものだから、ルネは火葬されないよう力尽くで大犬の鼻面を遠ざける。
丸一日格闘して屈服させただけあって、この賢いバカ犬はルネに対して、どんなに力一杯じゃれても平気だと認識しているらしい。
その認識は正しいのだが、下手すれば身体を乗り換える必要がある程度には油断ならないのも事実であった。
ふとルネは思い立ち、自分の後を付いてくる荷車にひらりと飛び乗る。
そして、ヒポグリフの死体が身につけている騎獣鎧から、白薔薇の飾り幕を剥ぎ取ってフォージ号の背中に放り掛けた。
「あなたの方が相応しいわ」
「わんわん! わん!」
王の乗騎が身につけるものだ。
ならば、彼の背にあるべきだろう。
フォージ号が誇らしげに咆えると、その声が谺するように、また歓声が爆発した。
* * *
安全な後方から指図して、いざとなれば逃げ出すリーダーより、自ら先頭に立つリーダーの方が支持を受ける。
「それが敵方にも起こりうるって話よ」
「やっぱり?」
獲物のお披露目を終えて、ルネは指揮所に戻っていた。
青白い燐光に彩られた、黒く刺々しいデザインの卓上に、エヴェリスは多方面からの報告書を広げているところだった。
ルネの席には、ルネのサインを要する書類が積まれていた。
「僭王ベーリは、居ても居なくても同じって言うか、まあ、ただ玉座に座ってるだけの案山子みたいな敵だったわよね。
だけどその玉座はこれから重くなって、王冠は輝き始める。
王様が逃げずに戦ったって事実はね、重いのよ。それだけ」
エヴェリスも指揮所から、遠見の術でルネの戦いを見守っていた。
彼女にとってもベーリの奮起は予想外だったのだ。
ベーリを守る騎士たちの、異様な士気の高さをルネは思い出す。
あの瞬間、確かにベーリは彼らにとって、命を賭して守るに値する君主だったのだ。
……今もそうなのかは分からないが。
「無理にでもあそこで殺しとくべきだったかなあ」
「私たちに災いか幸いか、分かんないけどね。
ディレッタが欲しいのは愚鈍な傀儡の王でしょうから」
それはもはや、魔法か、呪いか。
君主の姿というものが、いかなる影響を与えるか、ルネはまだ認識が甘かったのかも知れない。自分自身のことも含めて。
「それで次の策は?」
「大筋では、後は殴るだけかな……
何しろ時間はディレッタの味方だもの、速攻が最善策よ」
エヴェリスは報告書に平手を打ち付けた。
物資の準備状況、軍団の再編状況、彼我の戦力分析等々だ。
「余計な輩が余計な動きをする前に、全部磨りつぶすって意味でもね」
「そゆこと。
姫様がドサ回りをしてくださっている間に、こっちの準備はほぼ万端よ」
このままでは速攻すらできないから、小細工を積み重ねていた。
痛み止めの注射を何本も突き刺して、怪我人を無理やり動かしているような状況だ。
その成果もあって、どうにかこうにか戦えそうだと、大参謀は判断した。
後は不測の事態が起こらなければ……いや、起こる。それは絶対に起こると考えるべきだろう。
それにどう対応し、綱渡りの戦いをいかに完遂するか、だ。
『あー、姫様。ちょっといい?
極めて緊急性の低い緊急事態が発生したよ』
話を聞いていたのかいないのか。
すぐ近くの伝声管が、いきなりトレイシーの声で喋った。
「……ナニソレ」
『そこから一時的に退避した方が良い可能性も無いではない』
「ん? ちょっと待って、上から……」
ごとんごとんと、何かがもつれ合って転がりながらやってくるような音が、頭上の通風口から聞こえてきた。
音は徐々に大きくなり、そして通風口の覆いが蹴り落とされたかと思うと、そこから何かが飛び出してきた。
「ひめさま」「ひめさま」「ひめさま」「ひめさま!」
「え? わ、うわっ!」
黒くてもふもふした小さなものが続々と雪崩れ込んできて、たちまちルネに纏わり付く。
先日の戦いで分裂してしまったミアランゼである。
仔猫の産毛みたいなふわふわ黒髪をした小さな吸血鬼たちは、口々ににゃーにゃー言いながら、乾燥したオナモミか、スズメバチを蒸し殺すミツバチのようにルネにしがみ付いた。
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさいませ」
「ニオイをつけさせていただきます」
「おかおをなめさせていただきます」
「はなをくっつけさせていただきます」
「よじのぼらせていただきます」
「つめをとがせていただきます」
「わわわわわわ」
そして、各々真剣に、完璧な分業体制でルネを揉みくちゃにした。
「「「やりとげました」」」
遂に引き倒されてへたばったルネの上に乗って、ミアランゼたちはポーズを決める。
彼女らは達成感に満ちていた。
「エヴェリス……これは、この状態で準備万端?」
「『ほぼ』って言ったじゃない」
早く彼女を元通りにしなければルネの作戦行動にまで支障が出そうだった。
魔女はコーヒーを飲みながら眺めていた。




