表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

331/380

[5-41] 逆境魂

 王都(テイラ=ルアーレ)全体を覆い、黄金のボウルでも伏せたように光の壁が張られている。ディレッタが持ち込んだ神器『ウルザの誉れ』による障壁だ。

 その()()の中を飛び回るものがあった。


 鳥よりも明らかに大きくて、何億倍も危険なものたちが、王都上空で旋回飛行する。数は十にも満たぬほどだが、だとしてもあり得ぬものだ。

 ベーリ王は庭園にまろび出て空を見上げ、唖然とした。直後、見上げた影から豪速の矢が飛来して、ベーリ王は一歩下がってそれを躱した。あれだけの高所から正確に心臓を狙った矢は、矢羽根の半ばまで深々と地に突き刺さっていた。


「何事だ!」

「敵襲です!」

「それは分かっている!

 敵はどうやって侵入し、何をしているのだ!」


 急を報せる伝令が、ようやくやってきて跪いていた。


「少数のみで、どこかの街門を強行突破した……と思われます。

 奴らは乗騎も無く、身一つで機動空襲の如き攻撃を仕掛け、要人や物資を狙っています」


 青い顔をした伝令兵も、それを遣わした騎士も、状況を完全に把握できているわけではなさそうだ。

 城が襲われて死人が出てから報せが来るのだから、事態がどれほどの速度で進行したかも察しようというものだ。


 街は神のご加護によって守られている。

 だが、穴はある。空けざるを得なかった。物資のやりとりや人員の出入りのため、北と東の街門は通れるようにしている。

 無論、警備は厳重だ。あれはもはや警備ではなく陣構えと言うべきだろう。

 そして、『亡国』とやらが魔城から打って出るなら、即座に察知して、さらに守りを固める手筈。


 ……少数での奇襲による街門突破など、そもそも防ぎようがない。

 いや、防ぐことはできるが、割に合わない。敵が少数で乗り込んできたところで、決定的な打撃は受けないだろう。むしろ敵の方が多くを失う筈だ。だから備えは必要十分で良いはずだった。

 ベーリは戦力を供出させられただけで、戦術に関する相談は無かったが、ディレッタ側の考えはそんなところだろう。実際妥当に思われる。


 では、これは何事か。

 上空の敵のほとんどは、奇妙な空飛ぶ鎧を着たエルフどもだが、その中に一つ、異質なものがある。


 黒い闇の尾を引いて飛び、黄金の空を穢す、小さな銀の彗星。

 ほんの僅かな手勢を率いて、まさか“怨獄の薔薇姫”自らが飛び込んでくるなど。


「あーあー、よくやるよ全く」


 場違いに気抜けした声が、すぐ隣から聞こえた。

 いつの間にかベーリと並んで天を見上げていたのは、ディレッタが連れてきた『天使』。聖なるものではあろうが、ベーリには、得体の知れぬ曲者としか思えなかった。

 彼女は仮面越しに、“怨獄の薔薇姫”の動きを目で追っていた。そしてまるで他人事のように感心している。


「て、天使様。

 敵を打ち払ってはくださいませぬか」

「だぁから、アタシは障壁だけで手一杯なんだっての。片手間でやり合うのは無理よ。

 戦ってほしいってんなら、障壁は一旦放棄する。まず上に積もった雪が降ってきて、次にあっちの黒いお城から砲弾が降ってくるだろうね。

 それでいいならそうするさ。大砲が、あんたらの居場所だけ都合良く避けてくれるとは思わないがね」

「ぐ……!」


 それでは本末転倒だ。

 あくまでも現状は、障壁ありきなのだから。


「ならば我らが魔物どもを叩き落とす」


 天使に続いて、金ぴか鎧のディレッタ騎士たちも、どやどやとやってきた。

 やや軽装で流線型の騎士鎧。それは空行騎のためのものだ。


「天使様は地上にてトドメを」

「……やるしかなさそうだ、しょうがないね」

「この状況ならば、連中も袋のネズミだ。

 迂闊な真似を後悔させてやろう」


 ディレッタの騎士たちは、危ういほど()()()()いるように、ベーリは見て取った。

 邪悪に対する戦意だけではなく、手柄が向こうから飛び込んできたことに興奮しているのか。

 実際、此度の攻撃は自殺的な奇襲としか思えない。まあ“怨獄の薔薇姫”は、もう死んでいるわけだが。

 気を逃さず反撃に打って出るのは間違いではないだろう。

 問題はディレッタの騎士たちが次に言うであろう言葉で、ベーリは既にそれが分かっていた。


『シエル=テイラにも、出せる限りの空行騎を出していただきたい。

 まあ、賢明な皆さんのことです。既に用意を済ませているものと、私は確信しておりますが』


 騎士の一人が通話符コーラーを恭しく捧げ持っていて、そこからは、ウェサラに居る『総督』サミュエルの声が聞こえた。

 そしてベーリが予想していた通りのことを言った。

 ディレッタの方針ときたら、とにかく一貫していて、自国の戦力をなるべく損耗させないようシエル=テイラをこき使っているのだ。


「お待ちください。

 元より我が国は、空行騎を少数しか持ち合わせておらず、さらにその大半を先日の王都の戦いで失いました」

「そうだ、これでは本当に何も無くなってしまう」


 諸侯らが控えめに反駁する。

 だがサミュエルは、どこ吹く風だ。


『残りを出し渋る理由にはならぬでしょう。

 そも、今そちらに残っている空行騎は、王都の戦いから逃げ出したために生き残ったのでしょう?

 汚名を雪ぐ機会を与えようと言っているのですよ』


 そして、沈黙。

 サミュエルが言うのもまた、一面の事実だった。


「しかし……」

「構わぬ」


 言い返そうとした者を、ベーリは制した。


「戦うより他に……なかろう」


 それは諦めか。

 あるいは、怒りか。己の手足に絡みついてくるものへの。己自身への。


 *


 ルネの頬を、舞い上がってきた火の粉が撫でた。

 広場に積まれた荷箱コンテナが燃え上がるのを空から見下ろして、ルネは頭の中のチェックリストにまた一つ印を付ける。

 そして吸血鬼ヴァンパイアの翼を羽ばたかせ、急旋回した。さっきまでルネが居た場所を、定置魔弓の高射が貫いた。


 此度の作戦は、一撃離脱。

 奇跡の盾の内側に、少数で飛び込んで荒らせるだけ荒らし、相手が迎撃態勢を取る前に逃げ出す。

 勝負はせいぜい数分間。連れ込める部下の数も限られる。必然、できる事も限られるし、部下の一人でも死んだら差し引きマイナスになりかねない。

 そして……この場にはルネが居る必要がある。取られたら終わりの王将コマを、神気の檻の中へ放り込むのだ。

 行動は大胆だが、計画は繊細でなければならぬ。それでも必要だし、可能だと判断したから、ルネはここに居る。


「敵騎影確認! 王城より発進しました!」


 ルネに追従する空行兵が声を上げる。

 同時、重低音の羽ばたきがルネの耳にも届いた。


「ブリーフィング通り、引き気味での戦闘を!

 取れるならわたしが取る。更に増援が出たら、即時退却!」

「「「了解!」」」


 力強い応答があった。


 エルフの空戦部隊『フロッカス』は、この世界の空戦の概念を変える革命だが、その猛威は集団戦闘あってこそだ。少数での奇襲においては、重量級の騎獣に手こずるだろう。蜂が暴れ牛を殺そうとするようなものだ。

 この作戦は最初から撤退を盛り込んでいた。


 王城の敷地内から騎影が舞い上がった。

 鷲獅子馬ヒポグリフは城壁に前肢を掛けて蹴り上がり、一気に高度を上げる。

 ヒポグリフばかり三騎だ。


 その先頭のヒポグリフの騎衣に、あり得ぬものをルネは見た。

 戦場で、己や乗騎を飾るために王家の白薔薇を冠するのは一人だけだ。

 もちろん、本来ならそれは、ルネであるべきなのだが。


「あれは……僭王ベーリ!?」


 黄金の空に、白薔薇は翻る。

 破れかぶれに輝く、魂の炎を宿して。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ