[5-30] 陰の実力者
待ち構えていたのは人型の汎用ゴーレムと、単なる罠と言ってもいいであろう、作り付けの防衛ゴーレムだ。
高速回転する丸鋸が床、壁、天井のレールに沿って駆け回り、さらには侵入者をサイコロステーキに変える網状閃光が放たれる。
「そこ!」
銀色のナイフが投じられ、閃光射出口が二つ同時に破壊された。
猫がくぐれる程度の穴が、閃光の投網に生まれた。
「≪聖光の矢≫!」
仮面の天使は銀弁を振るう。
その先端が流星を撒くように、光の矢を放った。
幾何学的な軌跡を描く魔法弾は、束ねられるかのように一点へ収束。光の網の穴を抜けるや、花開くように一気に散開した。
魔法弾が一斉に弾け、光と影によって全てがモノクロになった。
床も壁も無く乱打する魔法弾によって、閃光射出口は叩き壊される。聖気による魔法攻撃は、一般的には魔物にしか影響を及ぼさないものだが、強烈な聖気攻撃はその圧力によって破壊を起こす。
光の投網が消えるや、仮面の天使は突進!
銀鞭が丸鋸を打ち払い、薄暗い隘路に火花が瞬いた。そして、その奥から、仕掛けの隙を潰すように絶妙のタイミングで飛びかかってくるのは、ゴブリン程度の大きさのゴーレムだ。
小さくとも、腕部と一体化した武器は殺傷力十分。むしろ小さい方が、狭所で待ち受ける戦いには向くだろう。
「はあっ!」
矢継ぎ早の釘打弩を掻い潜り、黄金のブーツの一蹴り! ゴーレムにヒールがつき刺さる!
壁に叩き付けられたゴーレムは、床に落ちて割れた卵のように砕け、スクラップと化した。
ゴーレムの陣形が僅か、乱れる。
と、見るや仮面の天使は、銀鞭を傘のように打ち振るい、踏み込んだ。
無謀な攻勢だ。あるいは敵が生ある者なら、意表を突けたかも知れない。だがゴーレムは無慈悲で冷徹だ。動揺無く遅滞無く刃を振るう。
天使の腕が足が裂かれ、赤く清き血が舞い飛んだ。
だが、彼女は血迷ったわけではない。肉を切らせて骨を断つからこそ、捨て身の攻撃には意味がある。
銀鞭に引き裂かれて動きを鈍らせ、体勢を崩したゴーレムの傍らを天使はすり抜ける。
背中に釘打弩の一撃! 翼に穴を空けながらも、聖なる鎧が胴体へのダメージを阻む!
「イアアアアアアッ!!」
そして天使は後方に控えていた魔物兵の一団に躍り込んだ。
*
「抹殺室1-04、突破されました!」
「時間稼ぎでいい! 道を繋ぎ替えて、次の抹殺室にご案内して!
とにかく姫様のお帰りまで耐えるんだ!」
普段は青黒い闇に支配されている、魔城の指揮所。
それが今は、非常事態を示す赤色灯によって赤く彩られていた。
高所の幻像盤には、天使の姿が映し出されている。
彼女は翼を広げ、半分滑空するかのように、第一街区の森の広場を駆け抜ける。馬でも追いつけるかという速度だ。
輝かしい装束は既に、己の血で汚れていた。人ならば重症だろうという有様だが、傷は既に半ばほどまで自然治癒している。
「……あれがヴァルキリーだって?
冗談じゃない、むしろ戦英霊じゃあないのよ」
「如何様に違いが?」
「ヴァルキリーってのは本来もっと無機質で……誤解を恐れず言うなら、神々のゴーレムってとこかしら。
あんな、熱のある戦い方はしない」
暴力的な胸部を押し上げるように腕を組んで、幻像を見上げるエヴェリスは、静かに鼻を鳴らす。
計算を狂わせるような出来事など、いくつも経験してきたのだ。今更この程度の想定外で狼狽えない。
しかして、やはり、奇妙ではあった。
戦場は奇妙な出来事に満ちている。そして、一見では奇妙な事物にも、理由があるものだ。
「全防衛部隊に告ぐ。
戦闘に不向きな市街地では先走るな。防衛陣地で迎え撃て」
アラスターの命令が、広域伝声管に吹き込まれる。
市街地は一定の規制を設けた上で、個々の住人に開発方針を委ねている故、戦闘向きとは限らないのだ。
むやみに戦えば兵の損耗も増える。
……そしてそれは、この敵を相手にして、数秒の時間稼ぎにしかなるまい。
相手に応じた戦い方があり、その準備は都市の設計段階からされているのだ。
「駆動せよ……対英雄戦闘城塞シエル=ルアーレ」
アラスターの呟きは、どこか祈りの言葉にも似ていた。
*
先へ進むほど木々は鬱蒼として、原生林の如く乱立していく。
木々を透かして僅かな月光が差し込み、木々の根元には蒼い闇がわだかまっていた。
神秘の宿る深い森そのものだ。だが、ここはそもそも屋外ですらない。巨大な城が抱え込んだ、温室の如き場所だ。
「こんなものが城の中に、ねぇ……」
木々に行く手を遮られ、仮面の天使は翼を畳む。
目眩に似た感覚があった。
ここは、言うなれば半異界。『迷いの森』というやつだ。常人であれば容易く方向感覚を狂わされていただろう。
森に適応したエルフたちは平気なはずだ。
そして、森が帯びる以上の神秘によって、己を保つ天使にも。
感覚を張り詰めさせて辺りを探り、仮面の天使は枝葉を踏み分け、ずかずかと進んでいく。
だが急に、立ち止まった。
「チッ……おい、そこで隠れてる奴」
「ひっ!」
木のうろに身を寄せ、息を殺していたエルフの少年が、悲鳴を上げた。
一見すると何も無い森の奥だが、エルフたちにとっては住処だ。
住人は避難している様子だが、急襲されては間に合わぬ者もあろう。
便所にでも行っていたか、はたまた夜の散歩でもしていたか。
血濡れた天使の姿を見て、少年は凍り付いていた。
「とっとと逃げな。戦いになったら巻き込まれるよ」
「え、うっ……?」
何を言っているのか分からないという様子で、少年は身動きとれずに居たが、顎をしゃくってみせると、ようやく立ち上がった。
そして、おぼつかない足取りで、必死で。
返事もせず、振り返りもせずに駆けていった。
「全く……」
少年が木々の向こうに姿を消すと、その足音さえも直ちに、森に呑み込まれた。
そして仮面の天使が再び一歩踏み出したとき、前方の景色が歪んだ。
*
「……!?
待ってください、割り込み処理が発生しています!」
「何?」
指揮所で都市内の通路接続を組み替えていた繰機兵が、悲鳴を上げた。
侵入者は第一街区を真っ直ぐ、城に向かって進んでいる。
その先に防衛陣地を持ってくるため、操作をしていたわけなのだが、異常が発生したようだ。
エヴェリスは即座に駆け寄って、五人掛けの操作卓に並んだ大量のランプを確認する。
何も知らない者には、ただの飾りとも思えるだろう。だが都市機構の全てを理解しているエヴェリスには、天よりの目も同然。
無数の感知器からの信号を表示するランプから、己の身体のように内部の変化を見て取れる。
「これは……」
異常は起こっていなかった。
全て、正常な権限の下で操作は処理され、結果として侵入者の前方には防衛陣地ではないものが現れていた。
*
まるでペンキを塗るかのように、周囲の景色が塗り変わり、仮面の天使は部屋の中に居た。
白と桃色を基調とした、可愛らしい部屋だった。
『妖精の住処』とでも表現するべきだろうか。
並んだ本棚をはじめとして、置かれている家具は空想的な絵本の挿絵みたいに、全体に丸っこく、デフォルメされた羽根や星のデザインが多用されていた。
部屋の隅のベッドには、パステルカラーのクッションとぬいぐるみが山と積まれている。
「……なんだい、ここは?」
「ボクの部屋だよ」
すぐ後ろから声がして、仮面の天使は振り返った。
白磁の肌に、甘ったるい顔立ちをした少女がそこに居た。長い蜂蜜色の髪を頭の両脇で二本に括っている。
……否。少女ではない。少年ですらないと、仮面の天使は知っている。
その男は……トレイシーは、星を散らすように、人なつっこく無邪気に微笑んだ。
「やぁ、ディアナ。久しぶり」
「ちょっ……あんた、トレイシー!
嘘だろう!? 久しぶりだね!」
仮面の天使は……ディアナは、もどかしく面覆を持ち上げて、まじまじとトレイシーの姿を見た。
旧シエル=テイラでも五指に入る冒険者。特定のパーティーには所属せず、あちこちの仕事に首を突っ込んでいた『渡り鳥』。
彼は人間の大人で、しかも男でありながら、少女めいた容姿を保ち続け“妖精の子”とまで渾名された。
トレイシーは人に取り入る術に長け、まるで蜘蛛の巣のように人脈を持ち、国中の冒険者と知り合いだった。
誰もがトレイシーを友人だと思った。
“竜の喉笛”も。
そこに所属する冒険者、ディアナも。
「全っ然変わらないね、あんたは! あれから10年は経ってるはずだろ!?
いや、なんとなくね! 何年ぶりだろうと、しれっと同じ顔で出てくる気はしたけどねあんたは!」
ディアナがトレイシーの肩を抱くようにバシバシ叩くと、彼はぬるりと身をよじって逃れた。
「それこそボクの台詞だよ、ディアナ。
キミだって、いつかのままじゃんか」
はっ、とディアナは、吸う必要の無い息を吸った。
「変わっちまったよ」
背中の羽根が、ひと扇ぎ、部屋の空気を乱した。
「本当に?」
宝玉のように美しい夕焼け色の目が、釘打弩の射撃のように鋭く、ディアナを見ていた。
「ま、ひとまずお茶でもどうかな。お互いに有用な一時になると思うよ。
キミは戦いの命令を受けたけれど、やり方自体はキミの流儀だ。違うかな?」
ディアナは何かを言おうとした。
そして、トレイシーと会話を始めてしまった時点で既に彼の手のひらの上で、何か言い返しても絶対に勝てないと思い直した。
反抗するほどにペースを握られてドツボに嵌まるだろう。そういう相手だ。
「……蜂蜜は要らない。
酒を混ぜとくれ。たんと、ね」
ディアナは観念し、綿雲みたいな見た目の椅子に、どっかと座った。
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