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[5-26] 隠れ場無し

 夕方から降り始めた雪は、夜半に吹雪となり、浮遊都市の背を押した。


 轟々、凍てつく風の中。

 その巨大な城の姿は、しかし闇に溶け込んでいた。

 なにしろ全体に黒いし、吹雪の夜は暗い。

 そして、この巨城はランプの一つも掲げずに空を飛んでいるのだ……そんなものは不要だから。


 暗視能力を補う手段は多い。歴史上、人間たちは魔物との戦いで、幾度も『暗視能力を持たない』という弱点を突かれてきた。だからこそ人間たちは、それを補う手段を精力的に開発してきた。

 だが、それを用意しておいて使わねばならぬというだけで、足枷となる。闇の住人たちにとっては、戦いの舞台に闇夜を選ぶだけで、一軍の助勢を得るにも等しいのだった。


 闇を切り裂き、飛翔する者たちの姿がある。

 滅び、墜ちゆく流星のように、烈光の軌跡を描いて。


「あらまあ、そろいもそろって飛んで来ちゃって」

「ふむ。やはり、都市に近づける前に迎え撃とう、という構えですな」


 魔城の指揮所、高く掲げられた幻像盤ディスプレイには、聖なる光を纏い飛翔する空行騎兵の姿が映し出されていた。

 エヴェリスとアラスターは並んでそれを見上げる。


 ヒポグリフに騎乗するディレッタの騎士だ。聖別を受けた金ぴか装備が、聖なる光で闇を照らしていた。闇の中で光を放ってはまとになりそうなものだが、それは人間と戦う場合の話。相手まものはもとから見えているのだから、むしろ目を眩ませて狙いを逸らすほどだった。


 空行騎兵は、コスト的な意味で高い。

 旧シエル=テイラに空行騎兵は少なく、それは東西分裂した現在も同じだ。空戦力は主に、駐屯するディレッタ騎士であった。


 さらには地上を駆ける者の姿もある。

 馬。戦闘用のそり馬車。ホバーボードで雪上を滑走する兵すらも。

 地上戦闘に備えた露払いが、空行騎兵の突撃に追従する。


 敵の空行騎兵は、それこそ翼が吹きだまりに掠りそうなほど高度を下げ、地を這うように飛んでいた。時には自らの足で雪を蹴り、姿勢を制御しつつ加速するほどだ。


 そこに光の矢が飛んだ。

 テイラ=ルアーレの街壁に備えられた、定置魔弓による射撃だ。

 文字通りの矢継ぎ早。重量級の流星に、小さな無数の流れ星が降り注ぐ。


 だがヒポグリフの空行騎兵は、滑空と地上走行を織り交ぜた変則機動でこれを回避。命中する魔法弾の数を最小限に留め、鎧の守りで防ぎ、突っ切った。


 そして、高度は上げず。

 浮遊する巨大都市の懐に潜り込むと、そのまま、都市の直下に飛び込んだ。


「ちゃんと頭使ってるわ。足下狙いか」


 ディスプレイを見上げてエヴェリスは頷く。


 浮遊する都市の下部は、構造自体は堅牢なれど、武装は手薄。ここならば少数精鋭で破るに適する、と判断したのだろう。


 しかも魔力消費を抑えるための低空飛行。

 地面すれすれに飛び込むだけで、即ち底部に取り付けるのだ。


「いかがなさいますかな」


 軍事を統括するのはアラスターであるが、この巨大浮遊都市に関しては、製造責任者エヴェリスも未だ不備が無いか観察しつつ適宜調整している段階。

 ましてエヴェリス以外の者は、機能を知っていても、使い方までは十全に把握していない。

 それもあってアラスターは、エヴェリスの知恵を拝借することにした。


「出撃するのはちょっと待ってちょうだい。最も魔力的にコスパの良い対処をするわ。

 ……只今より、底部衝撃吸収機構と、緊急着陸プロトコルの運用試験を開始する」


 *


 最初に気づいたのは、定置魔弓を避けて味方の後塵を拝したために、かえって全体を見られる位置に居たヒポグリフ騎士だった。


『待て。なんだか近く……ない、か……?』


 ヒポグリフを駆る騎士は、同乗している術師に呟いた。

 呟くと言っても、それは轟々たる風の音に遮られぬよう、遠話の魔法を使ったものだが。


 黒々、ごつごつとした、魔城の底部構造目がけてヒポグリフは飛翔する。

 だがそれが急に加速したのだ。

 もとい……巨大構造物の方から、迫ってきた。


『降ってくる!?』

『まずい、逃げろ!』


 ヒポグリフは手綱を引かれ、即座、急旋回。

 馬と同じく、賢い魔物だ。逃げるべきだと分かっている。

 再び地面すれすれまで高度を下げると、地を駆けながら鋭く羽ばたき、最高の速度で離脱した。


 頭上にはもはや、騎士が手を伸ばせば届きそうな距離にまで、巨大な壁が墜ちてきている。


『待ってくれ! 待ってくれ! 待っ』


 相手を指定する余裕も無い、無差別の遠話が撒き散らされる。

 逃げ遅れた騎士の悲鳴であった。

 それがブツリと断ち切れて、ほぼ同時。

 下から叩き付けるように大地が揺れ、浮遊都市は着地。山々がざわめいていくつも雪崩が起こった。


 辛うじて逃げ出した空行騎兵たちは、黒々とした巨大質量を見て、唖然としていた。

 彼らの鎧が放つ聖なる光を受けて、巨大浮遊都市の街壁は、黒くぬめり輝いていた。

 生き物は、重いものに潰されたら死ぬ。単純な厳然たる事実が、そこに横たわっていた。


「無茶苦茶だ……」


 呆然と呟いた騎士の首を、次の瞬間。

 攻城弩バリスタにでも使うような巨大な矢が、貫き、刈り飛ばした。


「狙われているぞ!」

「逃げろ!」


 唖然としていた空行騎兵たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 それを、街壁歩廊上のリエラミレスは、対騎兵大弓で狙い撃つ。弓兵隊はすぐに歩廊に出られる場所で待機していたのだ。

 どういう仕組みか分からないが、これだけ荒っぽい着地を決めたのに、内部のリエラミレスはノーダメージだ。即座に戦闘に移れた。


「攻撃を一つ避けて、次を忘れるとは。

 街育ちは、容易いまとだ」


 リエラミレスは溜息一つ。

 同時に一つ、命が消える。


 ――違うな。

   ()()()()()()仕組まれているのだ。


 ダークエルフの弓兵隊は、雨あられと矢を射かける。

 一射一射が必殺の狙撃だ。

 それは、力を発揮できるよう、場を整えているから実現しているのだ。

 戦いに至るまでの状況作り、陣地構築、武器の備え……この戦いのために十年掛けたと言ってもいい。戦支度は何もかもが部族の戦いとは違った。

 恐ろしさと高揚を、背中合わせに感じていた。戦いに勝つというのは、こういうことだ。


『かかれ!

 敵が退却の体制を整えるまでに出血を広げよ。

 ただし敵空戦部隊はディレッタの精鋭だ、決して深追いはするな!』


 遠話の耳飾りから、全軍に向けた命令が響く。


「ヴオオオオオ!!

 突撃いいいいい!!」


 そして次は壁の下から、遠話でもないのにハッキリと聞こえる大声が轟いてきた。

 重量級の鎧を鳴らし、だがその重さをものともせずに、オーガどもが猛進していく。

 まるで鋼の鉄砲水だ。逃げ惑う敵兵が巨大金棒で殴り飛ばされ、遙か彼方へ吹き飛んでいった。


 脇目も振らぬ猛進の先頭目がけ、空から狙う者あり。

 高度を取って離れた空行騎兵が、兵を退却させるため、魔法で地上を狙おうとしていた。


「……全く。私の仕事はまた、あの木偶の坊の世話か」


 リエラミレスは即座に一撃。魔法が当たるほどの距離なら必殺の間合いだ。

 滞空するヒポグリフの土手っ腹、騎獣用鎧の継ぎ目をぶち抜き、ひしゃげさせながら貫いた。

 巨大な矢で乗騎を射貫かれた衝撃のあまり、騎手はヒポグリフの背から放り出される。次の矢でリエラミレスは、墜ちていく騎手も射貫こうとしたが、すぐさま味方の矢がそれを済ませた。


『それから、もう一つ。

 姫様の邪魔はせぬように。消滅したくないのならな』


 あくまでも念のため、といった調子で、耳飾りから注意があった。


 戦場のどこにも、()()は見えない。

 なのに、リエラミレスが()()を意識した瞬間、背中を寒気が駆け抜けた。深淵を覗き込んでしまった時の怖気のように。

 不用意に意識することすら危険なのだ。そのため一般の兵には詳細が伝えられていないほどだ。

 リエラミレスは瞑想の感覚を思い出して心を守った。


 いち早く遠くへ逃げていたヒポグリフ騎士の騎影が、ふっと、消えた。


 *


「なんだ……ここは……」


 騎士は呆然と呟いた。


 自分は確かに、ヒポグリフを飛ばして転進とうそうしていたはず。

 前方には凍てつく灰銀色の山々と、雪を被った山林しか存在しなかった、はずだ。


 だが一瞬、めまいを起こしたかのように全ての感覚が狂った。そして気がつけば闇の中に立っていたのだ。


 足下は、染み出し滴る赤色に覆われていた。

 赤い闇が薔薇の形を取って、咲き乱れていた。

 鉄靴サバトンで花を踏みしめた足下からは、ぐにゃりと、切り落とした肉片でも踏んだような冒涜的感触が伝わってきた。

 踏んだ? そう、跨がっていたはずの愛騎が消えていた。


「ここは、あなたの地獄。わたしの地獄。

 逃げ場、隠れ場、出口無し」


 かつーん、かつーん、と。

 小さな足音を臓腑まで響かせて、何かがこちらにやってくる。

 そして、真っ赤な闇が、一筆、銀色に彩られた。


「この理不尽に立ち向かうことだけは許します。

 そして、我が『怨獄』にて果てなさい」


 真紅の魔剣を携えた銀色の少女……“怨獄の薔薇姫”。

 彼女が魔剣を一振りすると、その背後で、闇が盛り上がった。


 赤いものが、突き出した。

 血の咲く花畑から、咎人のための架台が生えてきた。

 まるで森の木々のように、野戦陣地の馬防柵のように。

 血で出来た架台が、いくつもいくつも、姿を現した。


 その一つ一つに、おぞましいものが磔られていた。

 人間くらいの大きさをした肉の塊だ。まるで実物大の粘土人形を巨人の手で捏ねたように、形はデタラメで、適当で、臓腑らしきものや骨に見える何かが無意味に突き出している。

 最も無惨な轢死体は、きっとこんな形なのだろう。

 その全てがうめき、震え、苦しんでいた。


 死ぬことすら許されず、『存在すること』と『苦しむこと』のみを許された虜囚だ。それ以外の機能はもはや残されていない何かなのだと、騎士は直感した。

 そして、自分もこれから、あそこに加わるのだと、理解してしまった。


 剣を抜くことさえできず、騎士は膝を折って崩れ落ち、涙と涎にまみれた顔で叫喚した。

 狂気に歪んだ断末魔の悲鳴は、そして、真紅の一閃にて断ち切られた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、殺しても魂食べれないなら生かして栄養源。合理的です。
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