[4b-23] 御出席御欠席
「つまりだ。
植物の魔物やスライムは、確かに魔物であるが……
性質としてはゴーレムに近いんだ。もちろん扱いを誤れば危険だが、それはゴーレムも同じことさ。
人が操作でき、必要とあらば自壊させる仕組みも作れる。だからこそ安全基準だって騎獣より遥かに緩いんだよ。
それはもはや生活の一部。隷用魔物を批判する人だって、我が商会の下水スライムにウンコを食わせてるんだ」
若く野心的な雰囲気の彼は、セイロウ商会とかいう新興商会の商会長らしい。彼はしきりにスーツの襟の形を気にしながら、見下し気味に講釈を垂れた。
パーティーに何をしに来たかと問う愚かな官僚に、己の知恵を賜わすのだとばかり。
トゥーダ・ロイヤルホテルの展望ホールは、先日より遥かに多くのパーティー参加者でごった返していた。
そしてそこに先日と同じように、二人の警察官僚も潜り込んでいた。
しかも前回参加したからか、今回はジャスミンからの招待状まで届いた。偽名で参加したのに本名名義で届いたのだから挑発的だ。
欲望に煮えたぎるような目をした商人たちの一人にスティーブが声を掛けると、酒で舌が軽くなっているのか、元からこうなのかは知らないが彼は実によく喋った。
「こいつらの品種改良や改造は、シャバの市民には容易じゃない。
望んだ目が出るまで、百目の賽を振り続けるような話でね……
だがそこに革命が起きそうなんだ」
「それが……ジャスミン・レイの?」
「魔物の指向的変異。
今までの常識なら邪術師の業だよ。
だがジャスミン・レイは自然界に存在するレベルの微弱な……あなたや私が吸っている空気にすら存在するレベルの邪気でそれを成した。
もちろん共和国の規制基準にも合致する。素晴らしい事だ!」
ジャスミン・レイが人を集めるのに使った餌は、魔物の品種改良に関わる新技術だ。
一部の魔物は人が管理し、利用する事もある。これを『隷用魔物』とも呼ぶ。
廃棄物を分解するため使うスライムや、防水布や水着の材料を採るため養殖される鉄糸蜘蛛などだ。
隷用魔物の居場所は、騎獣などに比べればより一般市民の生活の場に近い。それは厳重な基準を設けた管理下で、人による統制が可能な種のみ使われる。
それなりに大きなビジネスだ。そこに新技術が投入されるとあれば、金のニオイを感じる者は多いのだろう。
「彼女はビジネスパートナーを求めている。この技術で彼女に代わって隷用魔物の国内生産をしてくれる者を。
だからみんな、彼女に見初めてもらいたくて『求婚』しに来てるってわけさ。
ま、私は……『側室』でもいい。権利料さえ払えば機材も製法も出すそうだからね、そっちのほうがウチの商会には合いそうだ」
商会長は肩をすくめて笑い、パテを載せたクラッカーを二枚重ねて食べた。
「その、それは……相手が“怨獄の薔薇姫”、『シエル=テイラ亡国』と知っても?」
「法的には問題無いだろう?」
少し声を潜めてスティーブが聞くと、若き商会長は鼻で笑うような調子で言った。
そして人混みの奥から誰かに呼ばれると、スティーブには会釈もせずに去って行った。
「だ、そうですよ警部」
傍らで聞いていたマドリャにスティーブが話を振ると、彼女は口を結んで難しい顔をしていた。
「隷用魔物の規制基準ね……本当にそれって大丈夫なのかしら」
「私も専門家じゃないですからねえ。
自分で調べてみた限りでは大丈夫そうにも思いましたが……」
「抜け穴があればナイトメアシンジケートがとっくに使ってる気はするけどね」
「それは確かに」
パーティー会場には熱気があった。我こそ商機を掴むべしと、皆がいきり立っている。
同時にどこか皆が浮き足立っているようにも見えた。
今夜、何かが起こる。
参加者たちも、それは察しているのだろう。
まあ彼らにしてみれば、ウィズダム商会の金貨が奪われようと痛くも痒くもなくて、それよりジャスミンに見初められることの方が大事だと考えているのかも知れないが、そのためにこんな場所へ飛び込んでくるのだから良い根性だ。
特殊戦闘員も含んだ警官隊が街に展開している。
もしどこからかゾンビの大群でも湧いてきた場合に備え、近隣の基地の共和国軍も即応体制で待機している。
そんな中でスティーブとマドリャの仕事は、最前線での偵察だ。
いや、ここは本当に最前線なのか。安全圏かも知れないし、既に怪物の腹の中なのかも知れない。
状況は混沌としていた。
「シエル=テイラ亡国が金貨を奪うなら、確かに今夜は絶好の機会です。
ですが、絶対にそれだけではない。その鍵はおそらく、このパーティーにあります」
「本当に商談しに来ただけだったりして」
「それもあるんですよねえ……」
二人は何食わぬ顔でパーティーに溶け込みつつも、周囲の全てを観察していた。
今のところパーティー会場は至って普通、華々しいだけだ。しかし、いつどこで異変が起きるとも分からないわけだから。
「あの、すみません」
そこに声を掛ける者あり。
「あなた方は他の参加者の方とは違うように見受けられたのですが」
「違う、とは?」
「上手く言えないのですけれど、商人より戦士に見えると言うべき……でしょうか」
雪のように白いドレスを着た女だ。
彼女は大人と言ってもいい年頃だろうが、どこか少女めいた雰囲気が抜けきらない。
このパーティーに参加している女は、ほとんどが男の付き添いなのだが、彼女は独りでここに居る。それが少し奇妙だった。
「もし、調査や偵察にいらしているのでしたら、私が協力できるかと思うのですが」
「……あなたは?」
「キャサリン・アークライトと申します。
言うなれば、シエル=テイラ亡国の専門家です」
珍しい蜜柑色の髪に、赤と灰のオッドアイを持つ若い女は、微笑んで上品な会釈をした。
他の参加者と違うというのは、キャサリンとて同じだとスティーブは思った。
彼女には不思議な浮遊感があった。浮世離れと言えばいいのか、常人離れと言えばいいのか。
「専門家……それはどういったものでしょう」
「全てです。あの子と亡国の全てを知ろうとしています」
一瞬、彼女の言葉に典雅な北方訛りが浮かぶ。
語り口は静かだというのに、そこには悲壮なまでの凄みがあった。
彼女が何者かは不明だが、只者ではないと判断するに充分だった。
少なくともスティーブにとっては。
「……本職は警察庁機動警備課、スティーブ・クロックフォード警部補です。
貴女に専門家としての意見を伺ってもよろしいでしょうか。
“怨獄の薔薇姫”は何を狙っているのか」
藁にも縋るような想いだった。
謎の中に突き落とされて、とにかく手掛かりが無い。
一筋の明かりであっても射してはくれないかと、スティーブはキャサリンに問う。
やがてキャサリンは、一言。
「……『驕れる正義に、悪の鉄槌を』」
スティーブは総毛立つ。
何かがキャサリンに取り憑いたかのようだった。
キャサリンの言葉は、まるで本物を……おそらくは“怨獄の薔薇姫”の言葉を、なぞって写したかのように底無しの怒りと悲しみをスティーブに叩き付けた。
「あの子は、人が猜疑や欲望や、目を背けてきた罪ゆえに自ら破滅していくよう仕向けます。
効果的だからではなく、それが彼女の復讐であるからです」
つらつらと、キャサリンは考えをまとめながら喋っている様子だった。
彼女の目的はおそらく『知ること』。何が起こるか見届けるため来たのであって、この場で予想と分析をして対処をすることは考えていなかったのだろう。
「資金調達が目的である事はおそらく間違い無いです。
シエル=テイラ亡国が、軍備拡張のためと思われる多くの買い付けを行っていることは確実ですから。
ただ……金貨を奪うだけではなく、継続的に共和国から収入を得るよう考えているのかも知れません。あるいは収入以外の何かも……」
しかし一度話し始めれば、彼女の言葉は淀みない。
スティーブとて“怨獄の薔薇姫”とシエル=テイラ亡国に関しては手に入る限り全ての資料を読み込んでいたが、どうやらキャサリンは積み上げた知識と分析の量が段違いだ。
それに基づいてキャサリンは新たな分析を積んでいる。
「闇奴隷雇用者の殺害や、ウィズダム商会の違法行為を暴いた件に関しては?」
「一連の騒動は全てイメージ戦略でしょう。
彼女は非道な手段を用いて陰謀を進めますが、それによって救われる者もある。
“怨獄の薔薇姫”と戦う者らも、決して無辜ではない。
……そう思わせてしまえば勝ちなんです。ビジネスパートナーが共和国市民から不買運動をされない程度でいい。信奉者すら生むでしょう」
はっと、スティーブは息を呑む。
大衆に対する心理操作……犯罪者の手口ではなく政治家や革命家の戦略だ。その視点で考えるべきだったのだ。
パーティー会場は満員御礼。
もしシエル=テイラ亡国が、ただ『どこか遠くで暴れている魔物の国』という認識だったら、これほどの人を集めただろうか。
名前が売れて、しかもそれが注釈付きでも部分的でも、好感を含むものだったからこうなった。
シエル=テイラ亡国が動きやすくなったわけではない。その周りに人が集まりやすくなったのだ。
“怨獄の薔薇姫”が自らトウカグラの地下に押し入って、闇の力で全てを奪い去ったならどうなるか。
それではいかにも我欲のニオイが濃く、手口も相まって忌避されたことだろう。
だから最初は名を示さず、何者の仕業かも分からぬまま盗み出そうとしていた。そして、今は?
「信奉者……そう。そうです。
今の亡国に足りないものは何か。おそらくは……」
『ご来場の皆々様。本日はよくお集まりくださいました』
拡声杖を手にしたジャスミンの艶っぽい声が、その時、会場内に響いた。
※トルハの事件(第四部A)が解決した日から数日後なので、キャサリンがファライーヤからケーニスへ発つ前の時系列です。