[4b-1] 秘密の怨獄ガーデン
ファライーヤ共和国での怪奇事件発生より少し前のこと……
シエル=テイラ亡国、暫定王都シエル=ルアーレ。
そこは山に融合した仮設王城と、その麓に位置する軍隊の駐屯地めいた簡素な都市から為る。
山腹の岩壁をくり抜き、さらに魔法で盛り上げて成形し、作り上げた王城。
その屋上。
小川や小さな滝などが配され、自然の空間を模した庭園は、毒々しいサイケデリックカラーの毒草園となっていた。中には物欲しげに蔦をひらつかせる植物や、花びらの付いた牙をガチガチ鳴らしている植物もある。魔物だ。
辺りでは毒草の香りと邪気に惹き付けられた不吉鴉たちが囀っている。
まともな神経の人族ならこんな庭園は造らないだろうが、この庭園の主はもはや人ではなく、まともとも言い難い……少なくともそう自認している。
「ようやくガーデニングができる程度には暇になったわね」
毒草花壇の一つには、『ヒルベルト』だの『ローレンス』と書かれた立て札がいくつかささっている。
城と庭園の主であるルネは、この光景を見て満足した。
アンデッドであるルネは不眠不休で活動できる。
しかし、国家という一大組織を立ち上げ、形成していくというのは、とんでもない大仕事だった。自分が三人くらい居ても足りないんじゃないかと思ったほどだ。
不眠不休で仕事をしてもなかなか暇にならず、いつかやろうと思っていた毒草ガーデニングも優先順位は低く、数年越しの事業となってしまった。
「趣味と実益を兼ねた毒草園。いいねえ。
こういう場所があれば貴重な植物を保管したり、交配や栽培の実験もできるからね。
ゆくゆくは実験植物園とかも作りたいなー」
「でもあれはどうなの、エヴェリス」
ルネは傍らの魔女を小突き、庭園の隅にある屋根付きスペースを指差した。
「……うん。やっておいてだけど、あまり良い案ではなかったね。
ただでさえヴァンパイアは弱点多いのに余計に弱点増えそうだし」
日陰には、仏像の蓮座みたいに大げさな葉っぱが広がっていて、その中に座り込む女の姿があった。
内臓が透けそうなくらい生白い肢体は艶めかしくも不気味だ。なにしろ、葉脈みたいな緑色の筋が幾重にも走っているのだから。
エキゾチックな黒髪をした彼女の頭には、獣のような三角の耳。ぼんやりと気怠げに開いた目は血のように赤い。
そして頭頂、耳の間には帽子みたいに、真っ赤な花が咲いていた。
女性のような形のめしべと幻覚の魔法で男を誘惑し、殺して養分にする植物の魔物、妖姫花の如き姿だ。
しかし彼女、ミアランゼは、植物の魔物ではなく歴としたヴァンパイアだった。
消滅しかけたミアランゼを再生するためエヴェリスは研究を行っており、今、ミアランゼは血肉を啜る殺人花と融合させられ、ここで育てられていた。
地面からは肥料にされた人間の腕の骨が突き出していた。
「ひめさまのおてをわずらわせるなんて、もったいなくおそれおおいですが……ミアランゼはとてもしあわせです……」
前後不覚な様子ながら、うっとりとミアランゼは呟いた。
「エヴェリス、精神の錯乱が見られるわ」
「ミアランゼ、1+1は?」
「にゃー」
ルネがじょうろで水を掛けると、ミアランゼは自分の身体を伝う水をペロペロと舐め始めた。
それを見てエヴェリスは苦笑交じりの溜息をつく。
「やっぱり培養した身体を使う方が良いかなあ。今度はグリフォンの血とか混ぜてみるかなー」
「予算は大丈夫なの?」
下着のような格好の魔女は、図星を突かれた様子でぎくりと身を震わせた。
「あははは、遂に思考まで読めるようになりました?」
「だいたい分かるわよ」
「……お察しの通りでしてねー。主に『プロジェクト・C』のせいで予算が足りない。
って言うか現状が既に自転車操業で、そこの支払い待ってもらってるから破綻してないだけなのよね」
「テイラ=ルアーレ脱出の時に持ち出せたグラセルムは?」
「無理。あれのお陰でめっちゃ助かったけど、売るほど余ってないもん」
エヴェリスが肩をすくめると豊満な胸部が揺れた。
自称『この世界にただ一人の世界征服コンサルタント』。
そう名乗っただけあってエヴェリスは、魔王軍に長年仕えた経験を活かし、元首の私物としての国作りに関して多くの有用な助言をしていた。
だが現状、政治に関わる実務のほとんどは他の者に任せている。なぜなら彼女は、本分である研究開発にかかりきりだからだ。最も重要な仕事に最も有能な人員を割いた結果だ。
現在、『国家予算』のほとんどはエヴェリスの研究に投じられている。
そして、その大部分は彼女が指揮を執る『プロジェクト・C』の資金だった。
これは、正しく国家の存亡を掛けた一大事業。資金がショートして研究が立ちゆかなくなれば、シエル=テイラ亡国は終わりだ。
「最悪、出世払いにしてもらう手もあるけどさ。向こうは私らが何なのか分かって商売してくれる貴重な相手だからそういうのどうかと思うし。何より私があいつに個人的に借り作りたくない」
「やっぱり『プロジェクト・C』の完成までにもう一つ、大規模な金策が必要ね」
「原液相場でいけると思ったのになあ。
でも完成してから欠陥が判明するより、クオリティアップのための再設計なら悪くはないと私は言いたい。そのためにかかるお金は必要経費よ。
やっぱり、姫様の能力があっても無くても動かせるようにってなると設計も複雑化するし」
「大切なのは帝国軍が来るまでに完成させることと、不備が無いこと。
そのためならお金に糸目は付けないわ」
「有り難き幸せ。
とは言え、無い袖は振れないからね」
エヴェリスはいたずらっ子のようにニヤリと笑って、お札を構える陰陽師みたいに、上質そうな紙切れをルネに示した。
「ま、私ら悪者ですから金なんて無ければ奪えばよろしい。
ネタはあるんですが、どーです姫様。旅行とか」
「それは?」
「オペラの席指定シーズンパス。ファライーヤ共和国から届いたのよ。
……いくらするのか考えたくもないが、このチケットを買った者にとって値段は全く問題でなかったようだぁ……」
微妙に話が繋がっているのかいないのか分からない事を、ホラーゲームのフレーバーテキストみたいな口調で、エヴェリスは言った。
「ファライーヤ共和国……
ちょうど、早いうちに行かなきゃならないと思ってたとこだわ。
わたしの個人的な用事もついでにこなせるかな?」
「なら準備しましょうか。
さーて、面白くなってきたぞー!」
いつも楽しそうな魔女さんは、今回もまた楽しそうだった。
ミアランゼは二人の会話も気にせず、呑気に顔を洗っていた。
アマナスクロウ:屍肉と邪気を好む鴉の魔物。管理されていない墓地や、邪悪な儀式が行われている屋敷など、不気味な場所にやたらと集まってホラー演出をするエキストラはだいたいこいつ。鴉のくせに夜目が利く。魔女が使い魔にすることもある。
特に戦闘能力を持たないので倒そうと思えば簡単に倒せるが倒す意味はあまりない。肉はクソ不味い。
大変長らくお待たせ致しました。更新再開です。
別作品の書籍化と、さらに別口で動いてる漫画原作の案件がありまして(詳細は後日告知します)、合間にやってく形になりますので正直どの程度の更新頻度になるか分かんないのですが、なるべく更新増やせるように頑張ります。