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[4a-31] 三ノ獄 咎贄②

 ルネと共に悪霊たちは姿を消し、そしてそれきり、この晩は姿を現さなかった。


 神殿に立てこもって夜明かしした一行は、夜明けと共に王城へ向かう。


「可能な限り王城に近づき、昼前には休むとしよう」


 立場上、冬黎が決断を下す。

 とは言えこれにウィルフレッドもキャサリンも異論は無い。


 今までは、王城に近づきすぎれば夜が来るまでに退避できないことから昼閒でも避けてきた。

 しかし銀鞭の力があれば戦えると証明された。

 未だ状況は厳しいが、しかしいつまでも逃げていることは不可能なのだから、危険を承知で事態の核心に飛び込んでいくしかないだろう。


「この銀鞭があれば聖堂を『使える』ことが分かりました。であれば……」

「夜は聖堂にて明かす。まずは王城近くで聖堂を探しましょう」


 この日は晴れていた。

 それでも石の市街には容易く溶けぬ雪が残り、日差しの中でさえ冷たい風が吹き抜ける。

 今のところ昼閒に襲われたことはなかったが、それでも皆が気を張って、やがて無言になっていた。


 そうして進んでいくうち、少し周囲の景色が変わった。


「これは?」


 白薔薇を模した飾りが建物の軒に散見されるようになり、中には国旗や、とりどりの色の垂れ幕を掲げている場所もある。

 質実剛健な雰囲気の石の市街の中で、それは異質な雰囲気さえ醸していた。


「……シエル=テイラ王国で、新王の即位を祝うときの飾りです。私も実際に見た覚えがあるのは……一度きりですが」


 キャサリンが言う。

 ウィルフレッドもそうだった。

 即位を祝う一連の典礼が行われる半月ほどの間だったろうか。これらの飾りは国中で掲げられる習わしだ。もっともヒルベルト二世の場合は、あまりに()()()()()だったので、判断に迷った者や積極的に反対する者が祝いの飾りを飾らなかったことで、どこか不格好なまだらの情景になってしまっていたが。


「冬黎様、これを!」


 周囲を調べていた帝国兵が奇妙な立て札を指差していた。


 皆がわらわらと寄っていくと、その高札には触書が張られている。

 鮮血の薔薇を判のように描いたもので、記された内容は……


「『罪深き者の苦しみを捧げよ』?」


 曰く、死を捧げよ。

 曰く、苦しみを捧げよ。

 ルネの名の下に記された命令……いや、脅迫であった。


 『二人殺せば解放される』。その記述にピンと来るものがあって、ウィルフレッドはうそ寒い心地になった。


「憧紗さん、俺に謝りながら襲いかかってきた……あれは、つまり……」

「この場に囚われた霊たちは、皆、耐えがたい苦痛に苛まれているのでしょう。

 だから生ある者を見れば殺そうとして、そして……」


 そして、沈黙。


 おそらく、街はそうして滅んだ。最初の一人や二人はどうだったか知らないが、他は街の者自身の手で。ルネ自らは手を下すことなく殺し合わせた。キャサリン曰く『ルネが好むやり方』だ。

 だが、一人の解放に二人の死が必要なら、どう数えても足りない。あぶれてしまった亡者たちが救いを求めて彷徨っているのが、この王都迷宮というわけだ。


「しかし、なれば『最も罪深き者』とは?

 この異界が存在し、悪霊の坩堝となっている以上、この条件は満たされておらぬのであろう」


 冬黎は眉間に皺を寄せて厳しい顔をする。


「消去法で一人、候補は思いつくけどな」

「メイリッジさんですか?」

「だって他に生きてる住人は居ないか、居てもごく少数でしょう。

 偶然通りかかった俺たちが標的ってことは無いと思うし」

「ぬう……」


 ウィルフレッドはそこまで目星を付けたが、しかし何故彼が『最も罪深い』かまでは見当が付かない。

 ひとまず悪霊たちの行動原理は分かったが、その先に新たな謎が生まれただけだ。


「……今はまず、王城を調べましょう」

「明るいうちに調査したいところですな」

「ええ、わざわざ夜にこんな所へ来てやることないでしょう」


 急いだので、まだ時間は少し余裕があった。

 三人の帝国兵のうち一人が今夜の陣地を探しに行き、残りの者は王城探索に向かう。


 そして王城が見えたところで、早くも妙なことが起こった。


「……なんだ、あれは」

「まるで気配が……いや、待て」


 これまで全く無人だった昼の街に、人影が見えた。

 だがそれらは、ただ立ち尽くすだけで気配も感じられない。


 慎重に近づいていくと、それは人形だった。

 麻袋の肉体に服を着て、ただ適当に丸いだけの頭部に帽子を被った人形。それが街中に立っていた。


「人形だ。それともカカシと言うべきか?」

「どうしてこんな物が……」


 ふと周囲を見れば、いつの間にやら建物の中にも人影がある。

 それは、よく観察すればどれも適当な造りの人形だった。


「なんだよこりゃ。カカシの大博覧会かな」


 薄気味悪さを誤魔化すようにウィルフレッドは言ったけれど、誰も笑わなかった。

 あまり上手いジョークではなかったと自分でも思った。


「この人形に何の意味が?」

「怪しい気配は感じません。罠ではなさそうです」


 ウィルフレッドは慎重に人形に近づき、軽く蹴ってみた。

 人形は特に抵抗無く倒れ、起き上がることも爆発することもなかった。


 市街の様子を確認しながら進んでいくと、王城の城壁の上にも、城門前にも人形が立っている。

 ちゃちなハリボテの鎧を着た門番は居たが、当然それも人形だ。一行は止められることなく開けっぱなしの正門をくぐることができた。


「玉座の間へ行ってみましょう」

「……いかにも大将が居そうな場所だな」


 ウィルフレッドにとっては初めて入る王城だった。

 これが現実そのままであるのか分からないが、白く清い石で造られた壮麗な王城の中は、どこか不気味な深紅の絨毯が道を作っていた。

 高い天井は何故か崩れてきそうに思われて、立派な柱は何故か倒れてきそうに思われる。

 視覚的には美しい場所なのに奇妙な重圧に包まれている場所だった。


 そして、そこに多くの人形が置かれている。

 ハリボテの鎧を着た王宮騎士、鮮やかな布を服として巻き付けられた官吏らしき貴族、適当な布のキャップを被ったメイド。人形たちはもちろん動かないので、時が凍り付いたかのようにも思われる眺めだった。


「本当に何なんだ、ここは……」


 一応ウィルフレッドは、いつどの人形が牙を剥きだして襲ってきてもキャサリンを守れるよう気をつけて歩いていた。


 大きな階段を上った先には玉座の間があった。

 典礼にも用いられることから、国威を示すかの如く広めに作られたその部屋はがらんとして、存在する人影もとい人形は三つ。


 最奥の玉座にはひときわブサイクに作られ、木材の端切れに落ち葉を貼り付けた冠を被る人形が座っていた。

 その両脇には、白と黒、それぞれハリボテの鎧を着た二人の騎士人形。


「ヒルベルト二世、か……」

「こちらはラーゲルベック卿、いえ第二騎士団長と言うべきでしょうか」

「ならあれが第一騎士団長、ローレンス・ラインハルト……なのか?」


 王と、二人の騎士団長の人形。

 それ以外に、特に何も無し。

 ステンドグラスから明かりの差す玉座の間は、不気味なほどに静まりかえっていた。


「“怨獄の薔薇姫”は、一体どこに?」

「確かに……居るとしたらここだと思ったんだが」

「夜になれば出てくるのでは?」


 一行は訝りつつ玉座の間を調べ始める。

 だが塵の一欠片も落ちていない玉座の間には、そもそもウィルフレッドらの前に誰かが踏み入った様子すら感じられない。

 ただ静かに三つの人形があるだけだ。


 ウィルフレッドは、白い鎧の騎士人形が腰に提げていた剣を抜いてみた。

 歌語りで聞いた蒼銀の輝きとは程遠い、鈍い金属の輝きがあった。刃すら無いただの棒だった。


「どう見ても偽物だ。国宝の魔剣・テイラ=アユル、ちょっと憧れてたんだけど」

「本物はあの子が持っているはずです」

「ならこれは皮肉のつもりかもな。現実になぞらえての……」


 ヒルベルト二世の人形は、どうみてもわざとブサイクに描いたとしか思えない顔が描かれていて、ゴミのようなマントを纏っている。

 ローレンスが持つ栄光の魔剣も、鈍く輝くただの棒だ。

 これらの飾り付けは、自分の悲劇の上に存在した虚妄の繁栄をルネが皮肉っているのだろうかとウィルフレッドは思ったのだ。


「現実に、なぞらえて?」


 だが、その言葉を聞いてキャサリンが、何かに気付く。


「…………!!

 そう、そうです、そういうことかも知れません!」


 蜜柑色の髪をなびかせ、彼女は早足に玉座の間を出て行く。

 ウィルフレッドはそれに習い、冬黎らもちょっと顔を見合わせてからそれに続く。


「明らかに王城の周りは、それ以外の無人市街と様相が異なります。

 新王即位を祝う飾りがあって、()()の姿があり、玉座にはヒルベルト二世……

 ここは、ヒルベルト二世が束の間の天下を謳歌していた時分の王都なんです。

 だとしたら、あの子は! ルネはどこに居ます!?」

「え? どこってそりゃ……王宮の地下牢とか?」

「いえ、違います」


 一行はキャサリンの先導でそのまま城を出た。

 キャサリンは道が分かっている様子で……この王城周辺に限っては王都そのものを複製してあるのかも知れない……人形だらけの大通りを進み、交差点を曲がる。


 やがて辿り着いた場所は、小さな砦のように堅牢で威圧的な建物だった。


「第四留置場。本来は沙汰を待つ罪人などが留め置かれる施設ですが、当時は違いました」

「うわっ……」

「ルネが囚われ、責め苦を受けていたのです」


 窓の無い建物の中は血の色をした闇に沈んでいた。

 吐き気を催すほど鉄臭いニオイが鼻を突く。


 留置所の正面入り口から踏み入ったその場所は、外から見た限りでは絶対にあり得ないほど広い空間だった。

 先程の玉座の間よりも更に広い部屋で、そこにはおびただしい数の死体袋が吊り下げられていた。

新作『災害で卵を失ったドラゴンが何故か俺を育てはじめた』を投稿開始しました!

ページ下部のリンクから飛べます。

ドラゴンに拾われ、何故か少女化した主人公が幸せになる異種養子譚。エモさと尊さ重点の疑似家族ものです。かなり日常ほのぼのシーン多いです(当社比)。


……私の作品なのでもちろん平和なだけでは終わりませんよ?

舞台は国境の山です(超不穏要素)。

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― 新着の感想 ―
[一言] 新作にも感想書こうとは思いますがまずはこちらから。 再びホラーっぽい流れになってきましたが、この人形を頑張って作った人がいると思うとほっこりします。中身が無ければですが。 そろそろ謎の全…
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