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[1-21] 戦略資源でシヴィライズ

 ヒルベルトはその日……いや正確には次の日だが……日付が変わってからようやく、執務室に戻ってきた。

 中年の男性秘書官をひとり伴っている。この秘書官は前王にも仕えていたが、政治に対してひたすら中立的であり王の補佐に徹するという愚直な態度、そして王の職務をよく知っていることからヒルベルト直々に抜擢された。


「整理すると彼らの主張は、つまりグラセルム鉱山の経営権を全てよこせというわけだな」

「はい。国ごとに『よこせ』の形式は異なりますが」

「国営鉱山から連邦に安く売っていたのと、どっちがマシなのやら、だな」


 ヒルベルトは自分の頭を整理するように口に出す。秘書官がそれに応えた。


 四大国との外交・通商交渉が早くも始まっている。

 ヒルベルトは夜会で外交官たちをもてなした後、高官たちと会議を開いて交渉内容について報告を受け今後の作戦を練ったのだ。

 四大国は当然のように、最も価値のある鉱山の利権を要求してきていた。


 シエル=テイラ王国の戦略的重要性は鉱物資源である。

 オリハルコンやアダマンタイトは確かに貴重だが、それはわざわざ四大国が……特に地理的にも少々離れているケーニス帝国、ディレッタ神聖王国、ファライーヤ共和国が王弟の支援を約束してまで手に入れたいほどのものではない。

 焦点となっているのは、ある種のマジックアイテムや高等ゴーレムの回路に用いられる希少金属『グラセルム』である。


 ジレシュハタール連邦は“人類の砦”を標榜する強力なゴーレム兵団を持ち、魔物や魔族との戦いで活躍すると共に、他の人族国家にとっては潜在的脅威となっている。

 連邦自身も豊富なグラセルム鉱脈を持ち、軍事利用するのみならず輸出品として大きな利益をもたらしているが、連邦内で消費されるグラセルムの二割ほどは(連邦が他所へ輸出する時よりはだいぶ安い値段で)国境を接するシエル=テイラ王国から買い付けたものであった。


 もしシエル=テイラのグラセルム鉱脈を手に入れればゴーレム兵団の真似事くらいはできるのではないか?

 連邦と肩を並べる列強諸国は夢を見たのだ。

 故に彼らはヒルベルトから乞われて後ろ盾となる代わり、鉱物資源の利権を、特にグラセルムを求めたのである。


「四大国に高く売るには『連邦とりを戻す道もある』と思わせるのが一番いいと思うんだがな」

「その素振りを見せるだけで国内は爆発しますよ」

「分かっている」


 ヒルベルトは溜息を呑み込んだ。


 連邦はシエル=テイラを外交的・商業的に連邦へ依存させることでグラセルムの売り先を連邦に限定させ、安く買っていた。買値に競争が無かったのだ。

 依存先が変わっただけでは何の意味も無い。両天秤にかけて値段をつり上げさせられれば最高だ。


 しかし。今ヒルベルトを祭り上げているのは熱狂的な反連邦勢力だ。

 自家中毒的な先鋭化も発生しており、元は少々不満を抱えている程度だった層までが『連邦人の首を切れ』と叫びだしている始末。

 彼らの期待に応え続けなければ熱狂の矛先はヒルベルトにすら向かいかねない。連邦と縒りを戻すなどもってのほかだ。


「肉の切り分け方を巡って争う子どもたちのように、四大国に相争ってもらうしかあるまい。それで少しでもマシな結果になることを祈ろう。

 他の何を差し出してもグラセルム鉱山の独立性は守りたいところだが……」


 やはり難しいだろうとヒルベルトは思う。

 他に売れるものなど何があるだろう。

 シエル=テイラの売りと言えば、鉱物資源の他には特産の白薔薇スノーローズ(観賞および調合用)くらいだ。


 ヒルベルトは、自分の認識が少々甘かったと思わずにいられなかった。

 せいぜいグラセルムを売る値段の問題だと考えていたが、四大国はシエル=テイラの内側に根を張って食い尽くす腹づもりだ。


 国益を考えれば突っぱねるしかないが果たして可能だろうか。四大国への借りを踏み倒すわけにもいかない。


「せめて国庫収入と周辺産業の経済効果はなるべく守りたい。後は連中が税金を踏み倒せないよう条約を整えるくらいしかできんかな」


 自嘲に近い表情をヒルベルトは浮かべた。


 これからはグラセルム鉱石を外国に握られることになる。

 最終的な収入の過多の問題ではなく(むしろ短期的には収入はいくらか増えるだろう)、グラセルムに対するシエル=テイラ王国のコントロール能力が弱まるのだ。

 ヒルベルトはひしひしと嫌な予感を感じていた。


 ふと隣を見れば、彫像のように秘書官が控えている。


「私は国を売ったと思うか」

「それは私が判断することではございません」


 思わず漏らした一言。

 真面目ぶった秘書官の答えにヒルベルトは笑ってしまいそうになった。

 こんなもの国王が秘書官に問うようなことではない。疲労しているせいで気弱になってしまったのだろう。


「ところで、ノアキュリオ王国から治安維持部隊派遣の打診がございますが」

「断れ。一旦国内に入れたら、なんだかんだ理由を付けて100年でも居座るぞ」


 秘書官が差しだそうとした紙を見る前からヒルベルトは首を振る。

 ノアキュリオからの援軍を呼び込むのは潜在的な反対勢力への脅しとしては効果的だろうが、さらに面倒な問題を引き連れてくる。


「先日の武具鍛造技術供与の打診も含めて怪しい。やっぱりノアキュリオはシエル=テイラを対連邦の砦にする気だろう。

 シエル=テイラから採れた鉱物で武装した兵団が連邦と睨み合い、何かあれば白薔薇の野を踏み荒らすのだ」


 秘書官は何も言わない。彼はじっとヒルベルトの考えを聞いている。


 やや東西に長い形をしたシエル=テイラの国土は、西側でジレシュハタール連邦、南東の端でノアキュリオ王国と、列強たる五大国のうちふたつに接している。

 もし今、ノアキュリオ王国の軍を国内に入れれば、両方の国が『よし、このままやってやろうじゃないか』となる可能性もあるのだ。


「いずれ必要になるかも知れんが、今は時期が悪い。連邦を挑発しすぎれば『よもや』もあり得る。

 ……ノアキュリオはむしろ戦いを望んでいるかも知れん。今シエル=テイラが戦場になるなら、ケーニス、ディレッタ、ファライーヤ、全てが連邦の敵に回るだろうからな」


 シエル=テイラは資源があるだけの中小国だ。それをヒルベルトはよく分かっていた。

 戦争に限った話ではなく、もし大国同士の衝突に巻き込まれれば石臼に掛けられた麦のように磨り潰されてしまうだろう。

 そうなってしまっては……クーデターを起こしてまで王になった意味が無い。


「領地改易の件はどうなさいますか」

「なるべく急いで詰めてくれ。これは国内に熱狂が残っている間に有無を言わさずやらねば上手くいかないだろう。今月中には発表するぞ。不安の種は徹底して潰す」

「ああ、それとアラウェン侯爵から強硬な抗議が。諸侯のご家族を王都に住まわせる制度に関してです」

「……そりゃあ文句も出るだろうなあ」


 各々に領地を管理している諸侯も、王都に屋敷のひとつくらいは持っている。ヒルベルトは、当面の間は諸侯の家族をそこに住まわせるようにと通達を出していた。


 諸侯の家族を王都に集めて人質とする……

 吟遊詩人に聞いた、極東のタイクーンが使っているという手法を参考にしたのだ。

 名目上は国内の混乱から家族を守るためとして、王宮からも生活支援金を支給することになっていたが、家族を守るためなんて建前を信じ込むようなおめでたい頭の持ち主は敵にも味方にも居ない。


「侯からの抗議について新聞社に流すか。裏で」

「既にその方向で調整を進めているそうです」

「素晴らしい。仕事が早いのはいいことだ」


 『やましいところが無いならば妻子を差しだしたところで問題無いだろう』『これに抗議するアラウェン侯爵は王宮への叛意があるのでは』……

 この話を知った市民からどんな反応が出るかは手に取るように分かる。

 無茶な理屈ではあるが、それが通るのが今のシエル=テイラだ。そこまで熱狂的にヒルベルトを支持する者はさすがに少ないとしても、多くの消極的支持があり、ヒルベルトの勢いを恐れて口をつぐむ者があり……熱狂の渦は奔流となって、ヒルベルトに敵する者を押し流していく。


「今ならば何でもやれる。少々強引にでも足場固めをしておかなければな」

「はっ。

 それと、例のアンデッドの捜索に関しては」


 秘書官の問いに、ヒルベルトは誤作動を起こしたゴーレムみたいに一瞬ぴくりと身体の動きを止めた。


「……引き続き、神殿に当たらせろ」

「サボタージュ状態が続いておりますが」


 今度こそヒルベルトは溜息をついた。


 神殿勢力は上の方を見れば腐りきった金満家ばかりだが、現場で動く聖職者や神殿騎士たちは神の愛だの正義だの死後の救いだのを大切にしている善良かつ朴訥な者が多い。

 ただでさえ彼らはクーデターという『武力を背景に乱を起こす行為』に嫌悪の視線を向けていたのに、その後の王族の処刑ショーや、国内で続く暴力沙汰(あくまで先鋭化した現王支持者が暴れているだけで政権は関わっていないのだが)を受けてヒルベルトを蛇蝎の如く忌み嫌っている。

 たとえ相手が神の敵であるアンデッドでも、国から命じられて言う通りに動く気にはならないようだ。


「仕方ない……騎士団から過激なのを2,3人送り込んで指揮を執らせろ。直ちに成果が出るとは期待しないが、神殿に舐められるわけにも行かんからな。生意気な坊主どもを脅してもらおう。送り込んだ奴の悪評が広がった辺りで処罰して切り捨てる」

「御意に」


 * * *


 一方その頃。


「わあああああああっ!?」


 エルタレフの街にあるキーリー伯爵居城で、悪夢にうなされていたイリス(ルネ)が跳ね起きた。そして直後に自分に掛かっていた毛布を剥ぎ取り、その下を見て絶望した。


「知ってた……!!」

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