[3-42] お代の分だけきっちり
「サーレ!!」
火矢部隊を指揮していたリエラミレスが、いつの間にやらすぐそこに居た。
彼女はサーレサーヤを見て、悲嘆するような声を上げる。
「あなた、どうして……」
『リエラ……』
顔のディテールも曖昧な光の人影だったサーレサーヤは、呼びかけてきたリエラミレスに寂しげな微笑みを返した。
そしてそのまま薄れ、視覚的には姿を消した。
「サーレ!? どこへ行ったの!?」
「……酷ね。そっとしておいてあげたら? 『合わせる顔が無い』ってやつよ。
生真面目ね。彼女は既に父祖を信用していないようだけれど、それでもエルフとして森の命の流れに還れなかったことを恥じているんだもの」
ルネが言ってやると、リエラミレスは石でも呑まされたような顔になった。
食物連鎖による森のエコシステムも、魂の輪廻も、巡る季節も。
それはエルフたちが尊ぶ閉じた世界で調和した永劫の循環だ。
だがサーレサーヤは部族を導くべき巫女長でありながら、そこから外れてしまった。
「……サーレは、そうまでして姫様にご助勢を? 何故です?」
「彼女は貴女たちを想っていたの。それだけよ」
「サーレ……」
嬉しさと表裏一体の切なさを堪えるように、リエラミレスは遠い目をする。
周囲では相変わらず急ピッチで、砦の撤去と整地が進んでいた。時間を短縮した荒っぽい儀式で地脈は汚染された。これから植林を行って土地を固めるのだ。
「呆けていないで、貴女は貴女の仕事をなさい。彼女の気持ちを無駄にしたくないのならね」
「はい……!」
自らの立場を思い出したらしいリエラミレスは、己の職務へと戻って行った。
その背中を見送り、姿を消していたサーレサーヤが心の声でルネに語りかけてくる。
魔法による念話ですらない、ルネに繋がれていることを逆に利用しているのだ。盗み聞きされないように。
『姫様……』
『嘘は言ってないでしょ』
『ええ、これで良いのです。ありがとうございます。
私が姫様に魂を捧げようとしていると知れば、きっと彼女は……それを止めようとします』
魂の消滅というのは、人にとっても最大級の禁忌だ。
循環の概念を特に強く信奉するエルフにとっては尚のこと。
リエラミレスはサーレサーヤがしようとしている事を知ったら、まあルネの敵に回るかまでは分からないが、止めようとするのはほぼ確実だろう。
だからサーレサーヤはひっそりと去ることにした。会って言葉を交わすこともせずに。
その判断をルネはとやかく言わない。
全てつつがなく済んだ方がルネにとっては良いのだから。
サーレサーヤは軽く会釈をして、ルネの中に消えた。
「そう言えばエルフって普通に人族共通語喋るのね。エルフ語とかあるのかと思ってた」
「あるよ、一応。ただほら、人族のほとんどは400年前にみんな一カ所に集まって戦った人らの子孫じゃん。その時にみんな共通語喋るようになって、そんでエルフってやたら長命でしょ? 共通語がそのまま残ってんのよ。
むしろ共通語使わないのは世代交代が早い獣人とかかな」
蹲踞のような姿勢でかがみ込み、地面に電極みたいなものを突っ込んで何事か調べつつエヴェリスが答えた。
エヴェリスの肩に乗っていた黒猫が、ルネが近づいてきた隙に飛びついてくる。彼女はドレスに爪を立ててルネの身体をよじ登ると頭の上で丸くなった。デュラハン形態をしているルネは、自分の首がもげないかちょっと心配だった。
「ボク、エルフ訛りの共通語ってなんか好きだなー。エルフ語っぽい雰囲気があって、水の流れる音みたいに綺麗に聞こえるんだよネ」
「おや、おかえり。いつの間に」
気が付けばトレイシーも居た。
砦に潜入していた彼は、変装のためか、珍しく鎧を着ていた。
大地の様子を調べていたエヴェリスが、墨汁を垂らしたように黒く染まっていくフラスコを何度か振って、頷く。
「馴染んでるね。これでギリギリセーフかな。
これ以上地脈を取られてたら、北の二国の地脈がゲーゼンフォール大森林のコントロールから外れてどうしようもなんなくなってた」
地脈の奪還は成功したようだった。これでゲーゼンフォール大森林の地脈は、北への兵糧攻めを維持できる。
この森の地脈は父祖の意志を宿して森全体で統合されていたため、その馬力によって周辺地域の地脈からも魔力を吸い上げて奪い取ることを可能としていた。
だからこそ帝国青軍はこれまで魔力補給がろくにできず、遠い本国からわざわざ魔石を輸送して大砲を動かすようなみみっちい戦いを強いられていた。
しかし、森の地脈そのものを奪うことで、青軍は陣地防衛に使う程度の魔力は捻出できるようになっていた。そしてこのまま森の地脈を取られ続けていけば、青軍に制圧された北の二国への魔力統制が不可能となり、補給基地になってしまっていたところだ。
それが今宵の作戦成功によって、辛うじて阻止されたのだった。
「でもこれで同じ手を使うのは厳しくなったか」
「ボクも次の砦は入れる気がしないや」
「うん。まあキツイよね。でもこの第二砦が落ちれば、一番森に食い込んでる第八砦は補給路が一本だけになる」
青軍はこの砦のような防衛拠点を森の中に築き、拠点同士を繋ぐ道を作り、拠点間のネットワークによって支配領域を固めていた。エヴェリスが言っているのはそのことだ。
この第二砦は森の外縁に近いため、それを奪還して確保できれば影響が大きい。少なくとも砦が一つ、半孤立状態になる。
「残った補給路に圧を掛け続ければ早晩陥ちるよ。まず何より士気が保てないもん。
ただ、そのためにはこの戦果を宣伝してダークエルフ志願者を増やしつつ……
第二砦の跡地もこちらの領域として守る態勢作りつつ……
帝国軍の更なる侵攻があれば防ぎつつ……」
「かなり綱渡りね」
「多勢に無勢なんだからしょうがなーい」
指折り数えていたエヴェリスは、なるようになれとばかり、手にしていた計測器具を放り出して伸びをした。
特に意味の無い乳揺れが発生し、エヴェリスの侍らせている少年ダークエルフたちは初々しく気まずげに目を逸らす。
そして、焼け落ちた砦から引っ張り出されて並べられていく青軍兵の死体を眺めて、エヴェリスは何気なく呟いた。
「2万だっけ。今回の『お客様』との契約」
サーレサーヤが自分の魂を捧げる代価としてルネに望んだこと。
それは、ケーニス帝国青軍兵2万の殺害だ。
「そう。でも今やっと3000行くかなってところ。最初の奇襲も含めてだから……」
「きついか……森から帝国青軍を追い出すまでにノルマ達成できたら良かったんだけどね。
ま、青軍追い返すのと同義の条件として設定されたやつだし、しょうがないか。
現状の手札でいいかんじの策をひねり出すしか無いね」
残念無念とばかり、エヴェリスは肩をすくめる。
より魔法の素質を持った魂を喰うほど、ルネは強化される。
その点で言えばサーレサーヤは文句の付けようが無い、世界を見渡しても良い方から数えて両手両足の指くらいには入ろうかという、超を4つくらい付けていい極上の獲物だった。
青軍との本格的な戦いを前に彼女を喰って自己強化を図れれば最良だったのだが、どうもそれは無理そうだ。サーレサーヤは自分を安売りせず、先払いもしなかったから。
「どうにかなる?」
「どうにかするのが私の仕事よ。
世界征服コンサルタント、舐めないでよね」
紫水晶のようなエヴェリスの眼が、無駄にエロティックに輝く。
彼女はひたすら活き活きしていた。
【予告】ここ2ヶ月くらい書いてた新作が第一部(約13万字)執筆完了しましたので、怨獄の薔薇姫書籍版2巻発売に合わせて投稿します。
やや光属性強めで謎めいた世界観の、ファンタジーでTSFで人外転生(TS転生とは言ってないのがミソ)の作品になります。お楽しみに。