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[1-16] 洗練、そして優雅

 深夜、アダンとヨナスは、ナイトパイソンの連絡員との密談からアジトに戻ってきた。


「あん畜生ども、言い訳しやがって……」


 憤懣やるかたない様子のアダンが苛立ち紛れに荒っぽくドアを閉めた。


 任務失敗の経緯について報告すると共に例の護符を持ち出してなじったが、『そんなはずは無い』だのなんだのと、のらりくらり言い逃れをされてしまった。

 アダンたちも落ち度があると思われてはたまらないので抗弁したが、その件は結局うやむやになった。連絡員も話を持ち帰って相談する気だったようなので、後でまたほじくり返されることになるのかも知れない。


「それよりも次の仕事の話だ」

「分かってる。明日一番で準備に掛かるぞ」


 と、その時だ。ふたりは廊下を近付いてくる足音を聞きつけた。

 そして部屋の扉がノックされる。


「……何だ? 誰だ? こんな時に」


 アダンが訝しげに、小声でヨナスに問う。もちろんヨナスも知るわけがない。


「近所の住人じゃないか? こんな時間にでかい音立ててドア閉めるから」

「面倒だな……おい、お前でろ。上手く誤魔化せ」

「チッ」


 ヨナスは控えめに舌打ちし、手早く旅装を脱いでありがちな普段着姿になった。

 そして扉の前に立ち、ノックしてきた何者かに声を掛ける。


「何かご用でしょ……」

「≪呪縛カースバインド≫」

「げふっ!?」

「……≪解錠ロックピック≫」


 どさりとヨナスが倒れるのと、扉の鍵が勝手に開くのはほぼ同時だった。


「……はあ!?」


 アダンが驚愕の声を上げた。

 あり得ないことが起こっていた。


 戸口で応対したヨナスは身動きが取れない様子で倒れている。その向こう。扉を開けて姿を現したのは、東方のニンジャみたいに目元以外を隠した、黒ずくめの小さな人影。

 だが、ほんの数時間前に酷い目に遭わされたばかりの相手では見間違えようもない。金髪の少女魔術師。“竜の喉笛”のイリス。ふたりが襲撃に失敗して逃げてきたはずの相手だ。


「な、なんでここに……!」


 逃げてくる最中、ふたりは急ぎ足ながらも気配を消し、さらに複雑な道を通ってここまで戻ってきたのだ。ふたり以上に素早く腕の立つ盗賊シーフでなければ追いつけなかったはずだ。


「ここは単なる前線基地……いや、いいとこトーチカってとこか」

「き、貴様!」

「≪呪縛カースバインド≫」

「あぐっ!!」


 剣を抜こうとした瞬間、ヨナスも転がされた。少女が魔法を使ったと思ったら、突然手足がこわばって言うことを聞かなくなったのだ。

 アダンもヨナスも一時期は冒険者をしていた。だが、≪呪縛カースバインド≫というのは聞いたことがない魔法だった。


 身動きできずにいるふたりを、何の感情もなく藤色の目が見下ろしていた。


「あんたらを追ったおかげで連中の巣を突き止めた。もう用済みだ。特に収穫には期待はしてないが、死ぬ前に知ってる情報は吐いてもらうぞ。

 黙秘の権利は無い。散々苦しんでから死ぬか、全部ゲロして苦しまずに死ぬか、それだけは選ばせてやる。

 ……≪猛毒染デッドリーポイズン≫」


 * * *


 辺りには死の静寂が満ちていた。


 そこはエルタレフの繁華街にある高級クラブ『黄金の鳥』の裏口から入った先にある隠し部屋。

 ムーディーな照明に照らされた室内には、偉そうなソファと成金趣味なテーブル、無数の酒棚が置かれていた。


 部屋の中には死体が散らばっている。

 手下。用心棒。ちょうど呼んでいた娼婦。()()の話をするために来ていた(悪徳)商人。その場に居た全員が風の魔法で首を切られ、殺されていた。

 ナイトパイソンにおいてエルタレフの街を任されている中間管理幹部・ジェゾンを除いては。


「誰だ、お前……なんでこの場所が……」


 ジェゾンは小さな手に喉を締め上げられながら、うめくように呟いた。ピアスまみれの顔が苦痛に歪む。

 全身入れ墨だらけで筋骨隆々たるスキンヘッドのジェゾンは、ナイトパイソン内でもバリバリの武闘派として成らした男だ。

 しかし今、彼はたったひとりの少女に手下もろとも薙ぎ払われ、死の淵に立たされていた。


 ジェゾンの手足は彼自身が持ち込んだ『そういうプレイ用』の拘束具で締め上げられていた(女性用のサイズなのに無理やり付けられたので肉に食い込んでいる)。

 この状態でも女の子ひとり殴り飛ばすくらいは問題ないはずなのに、()()()()()()()腕が上がらない。

 何をどうやったかジェゾンには分からなかったが(まさかひとりの魔法でそこまでできるわけがない)、強烈な弱体化デバフ魔法で力を弱められていることだけは分かった。


「質問するのは俺だ。お前は黙って聞かれたことだけに答えればいい」

「ぎゃああっ!」


 少女は冷たく言い放つと、手にしたナイフで何の躊躇もなくジェゾンの片眼を抉り飛ばした。


 ジェゾンは、恐怖していた。よりによって自分の三分の一くらいの歳の少女相手に。

 全身黒ずくめのいかにも盗賊シーフ的な姿で顔を隠した彼女は、しかし魔術師であった。冷たく座った藤色の目には狂気の光が宿りジェゾンを見下ろしていた。


 ――何なんだ、この化け物は……!!


 意味が分からないくらい強く、人の心が無い。他者を害することに精神的な歯止めが一切感じられないのだ。

 裏の世界で生きる者でも、いくつか修羅場を越えてようやくその境地に至るものだ。だがこの少女は、既にそうなってしまっている。

 そんな歪な存在を表現する言葉など『化け物』以外に存在しなかった。


 化け物は何かを確かめるように辺りを見回す。


「上層部を追うのに必要な情報は、ここに残った書簡や記録から伯爵が読み取ってくれるだろう……となると、気になるのはふたつだな。

 その1。“竜の喉笛”が雇われたことをどうやって知った」

「はあ? なんでそんなことぐああああああっ!!」

「質問に答えろ、それ以外は喋るな」


 残ったもう片方の目も抉られて、ジェゾンはついに何も見えなくなった。


 何故そんなことをこの状況で聞くのか依然として不思議だったが、とにかくそれに答えなければならないとジェゾンは思い、本能的に声を上げた。


「ぼ、冒険者ギルド職員のウェインと伯爵家召使いのダントンだ!!

 伯爵家には他にも内通者が居るらしいがそれは詳しく知らん!」

「……なるほど。やっぱり内通者が居たか。そんで伯爵家には街のナイトパイソンと領の元締めで別々に内通者を作ってるわけな。

 では、その2。“竜の喉笛”を狙ったのはお前の判断か? それとも上からの命令か?」

「お、俺だ! 俺が決めた! 伯爵を妨害しろと命令は受けたが、やり方は俺の裁量だ!」

「なるほど」


 ジェゾンには見えなかったが、化け物が笑ったような気がした。


「じゃ、お前を殺せば“竜の喉笛”が狙われたって知ってる奴はもう居ないわけだな。

 メンバーに心配掛けて仕事止められたくないんでね。死人に口なしってわけで死んでくれ」


 * * *


 ベッドを抜け出してニンジャとなった翌日の朝。イリス(ルネ)はパーティー割り当ての部屋に来ていた。

 既にギルドを通して依頼クエストも請けた。短い訓練期間も終わり、今日の正午を以て本格的にキャサリンの影武者として活動開始することになる。その前につかの間の一家パーティー団欒だ。


「へえ。“怨獄の薔薇姫”か。10歳の女の子に付ける二つ名にしちゃ、また仰々しい」


 ディアナが持ってきたネームド手配書を見て、ヒューは渋い顔だ。ベネディクトも耳を伏せ、牙を剥いている。


「忌み子ゆえに捨てられた第一王女、ねえ……」

「本人は何も知らずに暮らしてたんだろ?」

「そういう噂だな。ひでえことしやがるぜ」

「こんなもの示威と憂さ晴らしでしかない。クーデター派の大義名分・正義にすら泥を塗ると何故分からん」


 “竜の喉笛”の仲間たちはルネに同情的だった。イリスという同年代の仲間が居ることで、ルネに対しても同情的になっているのかも知れない。


 そんな彼らの気持ちを、イリス(ルネ)は読み取れる。

 同情と哀れみが、みぞおち辺りに甘く染みいるように感じられた。彼らの哀れみをいつまでも味わっていたいと思った。

 だがそれは例えるなら、喉が渇いているのにいくら水を飲んでも渇きが癒やされない、とでも言うような感覚だった。

 割れたコップに水をついでも、そこには何も溜まらない。全ては既に手遅れだ。同情も哀れみも、復讐鬼には無用の感傷だ。


「……てか、イリスは何やってんだ」

「ああ、これ?」


 手元を覗き込んできたディアナに、イリス(ルネ)は水晶玉を示した。

 仕事中、イリス(ルネ)の私物もこの部屋に置くことになっている。この水晶玉はその中から取り出した魔法の道具だ。


「偵察」

「ああ、≪遠見水晶クリスタルアイ≫かい」

「そう。しばらくは城全体を探知阻害術式で守るって言うから、警備の様子とか、今のうちにちょっと見てみようかなって思ったの」


 水晶玉の中には朝日に照らされた城壁が映っていた。夜勤明けらしい歩哨が眠そうな目をして立っている。

 ≪遠見水晶クリスタルアイ≫はその名の通り、水晶玉を通して遠くを見る魔法だ。と言っても、そこまで遠くは普通見えない。大抵の魔法は、射程を延長すると距離の二乗に比例して魔力を消費すると言われる。≪遠見水晶クリスタルアイ≫もご多分に漏れず、あくまで短距離を安全に偵察するのが主な用途だった。


「見ても面白いもんじゃないと思うけどね」

「ああ、態勢については俺らも聞いてるし……っておい、どこ映してんだよお前」

「うわっ、ミスった!」


 ディアナに応えて水晶玉から目を離した瞬間、イリス(ルネ)は操作を誤った振りをして一気に視点をずらした。

 そこは日当たりが悪く薄暗い部屋の中だった。集合住宅の一室らしいがあまりにも殺風景。家具らしい家具がほぼ無い部屋の中、ふたりの男が倒れていた。


「早く他んとこ映せよ。覗き見は趣味が……悪……」


 言いかけて、ヒューは口をつぐんだ。


 水晶玉の中の男たちは明らかに死んでいた。

 肌は黒紫色に変色し、趣味の悪い彫刻家が作った悪魔像もかくやというおぞましい苦悶の表情で息絶えている。


「なん……だこりゃあ」

「何だ、交尾中の奴らでも見ちまったかい?」

「そうじゃなく……おい見てみろ」


 イリス(ルネ)以外の3人が揃って水晶を覗き込む。

 ディアナが息を呑んだ。


「死んでるぞ……!」

「イリス、ここはどこだ」

「今、ちょっと動かして周りを見てみる。お城の近くだと思うけど」

「おい、この話を伯爵様に……」


 ベネディクトが慌てた様子で部屋を出て行った。

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[良い点] 転生前の男としての意識と転生後の女としての意識どっちが強いんだろう?女の子の考えしてたり男の口調だったりで個人的には落ち着かない。
[気になる点] 今更やけど、「うわっ、ミスった」みたいなオス臭い台詞言って大丈夫なのだろうか。笑
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