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 喜捨の旅から帰ってきたドリカは、それはもうご機嫌な様子だった。

 孤児院に、いつもよりも多めにお金を寄付し、次に足を向けた修道院では、お金だけでなく、ここ数か月の間に運び込んだ宝石やら調度品を持参金として、一定期間滞在できる権利を勝ち取ることができたのだ。

 これで、侯爵家から勘当されても、路頭に迷わず済む。

 寮の部屋に戻ったドリカは、室内着に着替えると、椅子に座ってひと息ついた。

 「このお部屋も、ずいぶんと殺風景になりましたね」

 お茶の準備をしながら、フロリーが言う。

 「そうねえ~」

 ドリカは、ゆっくりと首を動かして、部屋を見回した。

 確かに、3年前寮に入った際、侯爵家から運び込まれたものは、だいたい売り払ってお金に変えてしまった。

 今残っているのは、寮に最初から備え付けてある、机や椅子や鏡など、最小限の調度品や小物だけだ。

 「まさか、ベッドまでお売りになるとは思いませんでした」

 「組み立て式だったから、運びやすくてよかったわ」

 「……そういう問題ではないと思うのですが…」

 のほほんと答えるドリカに、ちょっとこめかみを押さえたくなるフロリー。

 この主は、今朝起きるなり、布団をベッドから引きずり下ろし、嬉々として解体を始めたのだ。

 もちろんフロリーも手伝ったが、主人の手際はなかなか見事なもので、あまり出る幕はなかったりした。

 「ドレスも、もう少し売ってしまえばよかったかしら…」

 クローゼットを開けて考えるドリカに、フロリーが答える。

 「お嬢さま…ドレス、もう3着しかありませんよ」

 今、着ていらっしゃる部屋着も含めて。とフロリーが付け加えるも、ドリカはむしろ楽しそうに答える。

 「大丈夫よ。修道院に入ったら、修道着を着るわけだし。修道院を出た後だって、侯爵令嬢のドレスなんて着てたら、家事なんてできないでしょ?」

 ドリカの言葉に、思い当たることがあるフロリー。

 「お嬢さま…。それで、この間、修道院に大量の修道着を寄付したんですね…」

 そう訊ねると、ドリカは茶目っ気いっぱいの表情で言った。

 「そうよ。袖口の切り替えし部分を白のレースにして、そこに銀の糸で十字架の刺繍をしてもらったの。スカートは、今のだと広がりすぎてる感じがしたから、すこし細めにしてもらったら、着た時のシルエットがすっきりしてきれいになったの」

 ……どうやら、お嬢さまは、自分がデザインした修道服を着るのが楽しみでしかたないようだ。

 もはや何も言うまい。無造作に床に敷かれた布団を横目に、フロリーは、主人にお茶を差し出すのだった。




 ついに夜逃げ決行日となった日の午後。

 翌日を卒業式に控え、特に授業もなかったので、ドリカは、学園のカフェでのんびりとお茶とケーキを楽しんでいた。

 ブルーベリーが乗ったタルトを、もぐもぐとほおばっていると、カフェの奥にある庭園を歩くシグナの姿が見えた。

 さらりと風に舞う銀の髪に、深い闇を思わせる黒の瞳。

 散歩している時でさえ精悍な表情を崩さない婚約者を、ドリカは首をかしげつつ眺める。

 あの人、散歩する時ですら、全力で挑むのね。いったいいつ気を抜くのかしら?

 そんなことを思っていると、かわいらしい女の子が茂みの間からぴょこんと姿を現して、無邪気な表情で、シグナの腕に抱きついた。

 ストロベリーブロンドの髪がふわりと舞って、シグナの肩をかくす。

 わあ~仲良しさん。

 この世界の貴族子女基準で考えると、人前で抱き合うなんてはしたない! と悲鳴があがるレベルの光景だが、前世の記憶を持っているドリカにとっては、たいした衝撃にはならなかった。

 前世では、いちおうアラサーまでは生きましたからねえ。ひととおりの経験はさせていただきましたよ。

 ……たとえ相手にとってはただのキープちゃんだったとしても、経験は経験さ。う…ん…。

 男のお財布状態だった前世を思い出してちょっと切なくなるも、食欲が削がれることはない。どころか、男に貢ぎ過ぎて3食のごはんもままならない状態だった時を思い出し、ぱくんとケーキを口に運ぶ。

 人間、どんなに悲しい時でも食べないと死んでしまうんですよ。目の前に食べるものがあるなら、とりあえず食べとけってもんですよ、うんうん。おいしい。ブルーベリーの甘酸っぱさがこれまたたまらないね。

 最後のひとくちをこくんと飲み込んだところで、次のケーキを頼もうと店員を呼ぶ。

 だって、修道院に入ってしまえば、ケーキなんてなかなか口に出来なくなるだろうし、1人暮らしを始めても、ケーキが買えるほどの収入を得るのは難しいだろう。

 そんなわけで、今日はケーキの食べ納めなのだ。

 いっそ、お腹いっぱいになるまでケーキを食べてやろうか。あ、フロリーにもおみやげで買って行ってあげようか。

 ドリカが、今世で最後になるかもしれないケーキを物色している最中も、シグナの腕にしがみついているアナベルが、おびえた表情でシグナと話をしている。

 まあ、おおかた、今度はドリカにあんなひどいことをされた、とか、訴えているのだろう。

 今まで噂で聞いた、ドリカが彼女にしたといういじめの内容は、すべて、前世で遊んだ恋愛シュミレーションゲーム、『光の庭で逢いましょう』のシナリオと見事に一致している。

 ストロベリーブロンドの髪を持つアナベルは、ゲームのヒロインだった。

 そして、ドリカは、ヒロインが攻略できる男性キャラクターの1人、シグナの婚約者。

 第3王子のエリクを含め、5人の攻略対象者には、それぞれ婚約者がいて、ヒロインが対象者のひとりと親しくなると、その婚約者が中心となってヒロインをいじめるのだ。

 しかし、現実のドリカは、ヒロインがどんどん攻略者たちに近づいていき、どうやらシグナに狙いを定めたと察した時も、ヒロインをいじめたりしなかった。

 だって、たとえドリカがどんなにシグナに尽くしても、シグナの気持ちがヒロインにあるのなら、どうあがいても無駄なのだ。

 そう、たとえ、ねだられるままに、誕生日にジョ●ジオアルマーニのスーツをプレゼントしようが、クリスマスにロ●ックスの腕時計を渡そうが、2人の交際1周年を記念して、彼名義でポルシェのカイエンシリーズを購入して、ローンを自分の名前で組もうが、決して相手の気持ちは得られないのだ。

 会社のボーナスだけでは足りなくて、夜にこっそり居酒屋さんで働いたのも、今となってはいい思い出だ、うん。

 そんなわけで、男性との恋愛に関していい思い出が何ひとつないドリカは、シグナとの政略結婚が決まってからも、彼や彼の家との関わりは最低限にとどめていた。

 花束や帽子など、贈り物が届けば、こちらも何かひとつお返しし、たまにお茶会や夜会に招かれれば、当たり障りのない会話を交わす程度。

 そのため、婚約者同士でありながら、互いの趣味や性格など、ろくに知りもしない間柄。

 年齢だって、同じ年に学園に入学して初めて覚えたくらいだ。

 だからだろう。ドリカを見るシグナの視線が、日に日に険しくなっているのは。

 恐らく、シグナは、ヒロインの言うことの方を信じているのだ。

 ドリカが、アナベルに、ひどいいじめをしているのだ、と。

 そんなわけで、どうやらシグナには嫌われたようだ。

 そして、ドリカがアナベルをいじめていると言う噂が日に日に広がりつつある今日この頃、ドリカの評判は地に落ちたかと思えば、実はそうでもない。

 他の攻略対象者には、もしかしたら多少なりとも軽蔑されているのかもしれないが、学年が違ったり、選択している授業が違ったりするので、そんなに会うことはないし、女性陣に関しては、むしろ婚約者のいる男性に馴れ馴れしくしているヒロインが悪いのだと言う意見が圧倒的に多い。

 元気出してください、とか、負けないでください、とかたまに声をかけてもらったり、元気づけようとお茶会なんかを開いてくれる子もいる。

 ゲームだと、そうやって悪役令嬢の味方をする人の中に、ヒロインをこっそりいじめている人もいたんだけれど、今回は、そんな気配はまったくない。

 そもそも、今、ヒロインをいじめるということは、ウェイク侯爵家の跡取りのシグナを敵に回すのと同義なのだ。

 ウェイク侯爵家は、日本で言うところの武家社会なこの国で、代々優秀な騎士を輩出しているお家柄。

 隣国との小競り合いが起こるたびに大活躍をしてきたウェイク家は、ヘタな公爵家よりもよほど国王からの信頼が厚いのだ。

 貴族の家に生まれて、教育を受けてきた女性たちは賢い。ゲームの中の悪役令嬢のように、後先考えずに権力者の恋人をいじめるなんておばかちゃんな人、実際にはなかなかいないのだ。

 そんな訳で、ドリカは、思っていたよりものんびりとした学園生活を送ることができた。

 授業も楽しかったし、できることなら、卒業後、大学園に進んでさらに勉強がしたかった気もするが、それはもはや叶わぬ夢だ。

 ならば、最後の贅沢になるケーキを、思い切り楽しもう。

 ドリカは、食べ納めのケーキに、プレーンのシフォンケーキを選び、フロリーへのおみやげ用にもうひとつ購入して、ふたつとも箱に入れて欲しいと頼んだ。

 明日には真っ赤な他人になるシグナが誰と一緒にいようがまったく関係ないが、2人にじろじろと見られながら食べるケーキは、いまひとつおいしくない。

 そんな訳で、ドリカは、シフォンケーキにかけるホイップクリームを多めに入れてくれた店員に礼を言って、さっさとカフェを後にしたのだった。



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(C)結羽2018

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