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 ドリカは、ほくほく顔で、商店を後にした。

 それからまた馬車に乗り、まずは孤児院を目指す。

 ありがたいことに、持って行った品物はすべて買い取ってもらえたので、先ほどは御者台に乗せていたフロリーを向かいに座らせ、短い馬車の旅を楽しむ。

 「……もうきっと、こんなちゃんとした馬車に乗ることもないのね…」

 今乗っている馬車は、侯爵家の持ち物だ。庶民になれば、当然専用の馬車などないだろう。

 せいぜい乗合馬車…。いや、なんのツテもない女のひとり暮らしでは、乗合馬車に乗れる金銭を確保するのも難しい気がする。

 かと言って、完全に修道女になり、残り人生のすべてを祈りに費やすほど信心深くもない。

 だから、家に勘当されたら、すこしの間修道院に留まり、この世界での生き方を教えてもらって、自立しようと考えている。

 婚約者のシグナや、第3王子のエリクによって暴かれる罪への反省の意を示すためにも、一旦は神の近くに身を置いた方がいいと思うのだ。

 ドリカが自分の立てた計画に満足しつつ、心の中でうんとうなずいていると、向いの席に座っているフロリーが声をあげた。

 「ところでお嬢さま。ひとつお伺いしても?」

 「いいわよ、なあに?」

 おっとりとした口調で答えるドリカに、フロリーは少しだけ顔を近づけて言った。

 「お嬢さまは、3日後の卒業パーティの時に、断罪されるとおっしゃっていましたが…」

 「ええ、そうよ」

 こくりとうなずくドリカに、フロリーはこそっと訊ねる。

 「いったいどのような罪に問われると言うのですか?」

 他のメイドが部屋に置かれていた高価な花瓶を割った時も、「あら、怪我はない?」とむしろメイドの心配をするこの主人が、いったいどのような罪を犯すというのか。

 そう思って訊ねたフロリーに、ドリカは指折り数えつつ教えてくれた。

 「えっと…、たしか、アナベルさまの教科書を水浸しにした罪でしょう? あと、机にナイフを入れてケガをさせようとした罪、思い切り突き飛ばして転ばせた罪、それと、ダンスパーティ用のドレスを盗み出して焼却炉で焼いた罪、あとは……あ、そうそう。屋上に呼び出して、飛び降りを強要した罪、だったかしら?」

 「……やってませんよね?」

 「やってないわねえ。でもこれが全部、わたしのせいになっちゃうのよ」

 ゲームの中では、まちがいなく本当に起こってたけど。そう付け加えてころころ笑うドリカ。

 「ゲーム…とは?」

 「ああ、いいのよそこは、追究しなくて」

 「失礼いたしました」

 追究するな、と主人に言われれば、メイドは黙るしかない。

 フロリーは、気を取り直して、主人に訊ねる。

 「要するに、ドリカさまは、何者かに無実の罪を着せられる、と言うことですか」

 すると、ドリカは、目線を上にして、う~んとうなった。

 「そういうことになるのかしら…。でもいいのよ。わたし、侯爵家に未練ないし。それに、平民にしかできないこともあるし」

 「平民にしかできないこと…ですか?」

 「そうよ、当ててみて」

 首をかしげたフロリーに、楽しそうに言うドリカ。

 フロリーは、少し考えてから答えて行く。

 「……農業ですか?」

 「農業なら、家庭菜園つくればできるじゃない」

 「貴族の方は、自ら家庭菜園の世話などしませんが…」

 貴族なら、世話などせずさせるのが一般的だ。

 「では、パン屋さん?」

 ドリカさま、パンお好きでしたよね? と訊ねれば、違うと首を振られる。

 「パンだって、厨房に行けば材料はそろってるんだから、いくらでも作れるじゃない」

 いやいや。貴族なら、作るのではなく作らせるのが一般的…。

 「でしたら…、芸術家になるとか」

 「芸術家…。スライムくらいなら、何とか描けるかしら…」

 「スライム? あのドロドロした、液体と固体の中間あたりの魔物ですか?」

 「違うわよ。もっとかわいいの」

 「かわいい?」

 「そう。ぽよよんとしてて、頭…? の先がとがってて、目が丸くてかわいい……、あ、いけない、この世界のスライムは、きょーれつな酸で何でも溶かしちゃう、不気味な生き物だったわ」

 途中からは、口の中でもごもごと言っていたので、フロリーには聞こえなかった。

 でも、芸術家でもないのかと、またフロリーが考え出すと、ドリカがうれしそうに答えを言った。

 「だ~か~ら~、恋愛結婚よ、れ・ん・あ・い」

 「…………恋愛?」

 フロリーが聞き返すと、ドリカは機嫌よくうなずいた。

 「そうよ! 貴族にできなくて、平民にはできること…それは、恋愛結婚。平民になれば、何のしがらみもなく、自分で見つけたパートナーと結婚できるのよ。素敵じゃない!」

 ぱん、と両手を合わせてはしゃぐドリカに、フロリーの顔がひきつりそうになるが、どうにかしてこらえる。

 しかし、ドリカは、フロリーのけっこう必死な努力に気づくことなく、きゃいきゃいとはしゃぎながら言う。

 「別にお金持ちじゃなくていいの。やさしい旦那さまなら。小さくても、あたたかい家で、幸せに暮らせたらもう最高!」

 それからしばらくの間、ほおを赤く染めながら、将来の平民結婚ライフを語るドリカに、フロリーは、ちょっとだけほおを引きつらせるのだった。



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(C)結羽2018

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