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……などということが起きているなんて、夢にも思っていないドリカは、町中の古着屋に立ち寄っていた。
トランクから大量に取り出したドレスを、次々とカウンターに置き、買い取りをしてもらっている。
「お嬢さま、そのドレスもお売りになるんですか?」
メイドのフロリーが、売りに出している中でも、ひときわ豪華なドレスを指した。
主人の瞳と同じ色をした、深紅のイブニングドレス。背中や鎖骨の部分が適度に見えるローブデコルテのデザインで、生地は滑らかなサテン。一見、装飾のないシンプルなドレスに見えるが、実は幾重にも重なったスカートの襞の中に、レースの刺繍が施されていて、歩いたりダンスを踊ったりした時、ちらりと見える仕組みになっている。
初めてこのドレスを見た時には、主人の特徴や性格をとてもよくつかんでいると思ったのだが。
「確かこのドレスは、学園の卒業パーティの時に着てほしいと、シグナさまからいただいたものでは?」
メイドの問いに、ドリカはあっさりうなずいた。
「ええ、そうよ。でもいいの。どうせパーティには参加しないんだから」
「え?」
「ああ、いい機会だから言っておくわね。わたし、卒業パーティの後、侯爵家から勘当される予定なの」
「はい?」
主人の口から思わぬ言葉を聞いて、首をかしげるフロリー。ちょっと不敬な気がしなくもなかったが、もともとおおらかな性格の主人は、まったく気にしていない様子で話を続ける。
「もちろん、シグナさまとの婚約の話もなくなるわ。だからね、これからは、身ひとつで生きて行かなくちゃいけないんだけど、ほら、わたしったら、生まれた時から18年間、ずっとお嬢さま生活をしてきたせいで、お料理も洗濯もろくにできないでしょう? おいおい覚えて自立するとしても、平民の生活に慣れるまでの間、身を寄せる場所が欲しいのよ」
「………」
ここまで聞いて、聡明なメイドはピンと来た。
「もしやお嬢さま、しばらくの間、修道院に住まわれるおつもりですか?」
その答えは正しかったようで、ドリカは、うれしそうに微笑んだ。
「そうよ。やっぱりフロリーはすごいわね。わたしのメイドになってから2年しか経ってないのに、わたしのことをよくわかってくれているわ」
「………」
「ごめんなさいね。わたしが侯爵家から勘当されたら、あなたの仕事がなくなってしまうかもしれないけど…。お父さまに手紙を書くわ。フロリーがどんなに優秀なメイドか、教えてあげるの。家に泥を塗ったわたしの話なんて、聞いてくださらないかもしれないけれど…、でも、あなたは仕事は速いし頭もいいわ。そんな人材を、お父さまもみすみす手放したりしないと思うのよ。だから、大丈夫だと思うわ」
「……、ありがとうございます」
主人の気遣いに、自然と頭が下がる。
「いいのよ。あなたの主人として、当然のことをしているだけだもの。……とは言っても、あなたの主人でいられるのも、あと3日だけど」
肩をすくめて笑うドリカ。
「それは…、3日後が学園の卒業パーティの日だからですか?」
「ええ、そうよ。でもわたしは、2日後の夜に寮を出るわ」
「えっ?」
「だって、卒業パーティの日を迎えてしまったら、わたし、パーティに参加する人全員の前で、断罪されてしまうんだもの」
「断罪?」
主人のただならぬ物言いに、フロリーは顔をしかめた。
ドリカはメインス侯爵家のご令嬢だ。貴族としては、公爵の次に地位の高い家の生まれ。
もちろん、当主ではないし、侯爵家を継ぐわけでもないので、本人に力はないが、現時点でウェイク侯爵家の跡取り息子であるシグナに嫁ぐことが決まっている。つまりは未来の侯爵夫人なのだ。
学園内で、そんな彼女を断罪できる人間となれば、限られてくる。
まずは第3王子のエリク、王子の婚約者で公爵令嬢のキシリア。そして、ドリカの婚約者であるシグナ。
「………」
候補者はわかるけれど、さすがにその名を口に出すことは憚られる。
フロリーが黙って主人を見ると、ドリカは、あきらめたように笑った。
「学園を卒業できないのは残念だけど、勉強したことはすこしは身になってるはずだから、今後の生活に役立てるわ」
子供に読み書きくらいは教えられると思うのよ。そう言いつつ、ドリカは、シグナから贈られたドレスの鑑定を始めた商人に近づく。
「そのドレス、いいものでしょう? 一度も袖を通していないから、高く買い取ってくださいね」
「そうですか。一度もお披露目をしていないのであれば…、勉強させていただきますよ」
「助かるわ」
「………」
ついに売値交渉を始めた主人の後姿を、フロリーはぽかんと眺める。
ここ数か月前から…、孤児院や修道院への寄付が異様に増えた頃から、主人は突然たくましくなった。
今までは、休日でも余程の用がないかぎり外出などせず、1日中本を読んだり刺繍をしたりして過ごしてきた主人が、最近は頻繁に町へ出るようになり、色んなものを見ては、あれは何だと訊ねるようになった。
それもすべて、平民として暮らすための準備だったのか。
質の良い商品をたくさん持ち込んだとして、さらに売値を吊り上げるたくましい主人に、フロリーはいつしか尊敬の念を覚えていた。
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(C)結羽2018
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