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振る舞いにご用心

掲載日:2018/07/09

何故こんな時間(夜明け前)にこんなものを書いてしまったのか。

とある学園の一室。貸し切りになった部屋に十に満たぬ男女。

「こんなところへ呼び出して何のようだ」

不満気に口を尖らせたのはこの国の王子フレイク。

「王子様、私怖い……」

王子の、そして幾名かの男性陣に隠れて震えているのは男爵家令嬢マティ。

やいのやいの言ってる男性陣は誰も彼もが高位貴族の息子たちだ。

「いやですわ、マティ嬢。私、あなたと交流を深めるおつもりでしたのに」

「ふん! そんなことを言って、マティに危害を加えないとは限らんからな」

フレイクが冷たい目で睨み付ける先にいるのは、そんな目で見られるべき存在ではない。

今最も王子妃に相応しいとされる娘……公爵家の末娘ピリカだ。

王子、そしてこの場にいる貴族の息子たちは皆、マティ心を奪われている。

桃色の髪と青い瞳。ころころと変わる他の貴族令嬢には見られない生き生きとした表情。

おまけにどうしたことか、彼らの抱える悩みを感じ取り、助言までしてくれるのだ。

好きにならない理由などあるまい。

例え、ほぼ婚約者として内定した女性がいても、婚約者ではない。

自分が望めば彼女を妻にできるだろう。皆、おおよそそう考えている。

「まあみなさんおかけになってくださいな。私、マティ嬢に振る舞いたいものがございますの」

黒髪に黒い瞳の公爵令嬢の表情に、違和感を感じたのは王子だ。

幼い頃から交流があったが、このように笑う女ではなかった、と思う。

「最近交流のできたヒムガシ国の商人から頂いたものですのよ」

ピリカが使用人に合図を送る。彼女の侍従が、部屋の端にあったカートを押してくる。

そのままテキパキと準備をするが、侍従も、そして王子たちも困惑しきりだ。

「な、なんだこれは!? ふざけているのか!」

テーブルの上に並んだのは、王子の感覚からすればとんでもないものだった。

泥のような色をし、テラテラと輝く葉の浮かんだスープはまだよい。

腐って糸を引く豆、黒い泥のようなもの、茹でてもいない卵、材木の削りカス。

「白水麦プディングの材料をそのまま椀に持って食せというのか、侮辱にも程が」

「ま、待って、待ってぇえええ!」

目の前の食事とも呼べない品を薙ぎ払おうとした王子を、マティが止める。

「マティ、こんな女を庇い立てすることは」

「いいから待ってつってるんだよ!!」

「……へ?」

ぎろり、とマティが王子と、行動を同じくしようとしていた子息たちを睨み付けた。

「あ、あの、ピリカ様、これ、本当に、食べていいんですか?」

「ええ、どうぞ。私もいただきますわ」

そう笑う彼女の手元には、いつの間にか同じものが用意されている。

「わ、わあああああ!!!」

王子を押しのけるように、マティはいつの間にか椀の前に置かれていた二本の棒を手に取る。

白水麦の中央にぐりぐりと穴を空け、そこに溶かした卵を流し込む。

一瞬迷った挙句、豆も泥も削りカスも乗せてグチャグチャ音を立ててかき混ぜる。

王子たちがドン引きしているのも目に入っていない。スゥ、と大きく息を吸い込んで。

カッカッカッカッ!!!

それを勢いよく掻きこんだ。普段習っているマナーはどこへやらである。

「う、うぅぅぅ……」

口元に粒を張り付けて、頬をパンパンに膨らませて、マティは泣いている。

「ま、マティ、どうした、やはり毒でも」

「ゴハンだぁあああああ」

王子たちは狼狽えたが、彼女の口からこぼれる声音が歓喜に彩られていることはわかった。

「わかめのお味噌汁ぅうううう」

ズゾーっと勢いよく泥色の汁も飲んで、男爵令嬢は泣いている。

「……緑茶と麦茶、どちらがよくて?」

「麦茶ぁあああ!! 麦茶くださいぃいいい!!」

「おかわりと醤油もあるわよ」

「おかわりくださいぃいいい!!!」

「あなたのこと、全部話すけどよろしいかしら?」

公爵令嬢の言葉に、椀を持ち上げた腕が震える。

「それは、転生のこととか、ですか?」

「ええ」

「……それは……」

「今ならアジの開きも付くわよ」

「食べ終わってからでいいなら! 全部話します!!!」

ずいっと椀を掲げた少女と、楽し気に笑う公爵令嬢に令息たちはただただポカンとしていた。

「……む、この削りカスはあれだな、魚の干したものか?」

手持ち無沙汰だった騎士団団長の次男坊は、公爵令嬢の側にあった皿からつまみ食いをして、

何やら満足げに頷いていた。何をやっているのか。



王子たちはその後、二人の令嬢の話を聞いた。男爵令嬢が白水麦を三度おかわりした後に。

曰く、彼女らはかつてとても遠い異国に住んでいた。

曰く、その世界で命を落として今の立場に生まれた。

曰く、彼女らが読んだ物語と境遇がそっくりだった。

曰く、公爵令嬢は自らが没落しないように手を尽くし、

男爵令嬢は自らが見目のいい男に囲われることに手を尽くしてきた。

「まことに申し訳ございませんでした」

深々と頭を下げる男爵令嬢マティに、令息たちは何をか言い募ろうとしたが。

「うむ、謝ったなら俺は許そう!」

真っ先に声を上げた騎士団長の次男坊、クェンザの声に目を丸くする。

「な、何故だクェンザよ、この者らは我らをたばかろうとしたのだぞ」

「王子、俺に難しいことはわかりません!」

堂々として言うことでもないだろうが、クェンザは言葉を続ける。

「ですが、俺と兄上の仲違いを解くきっかけをくれたのは彼女です」

「で、でも、それは、原作知識で、あの」

「手元の情報を生かして目標を達成しただけではないか。

今、貴方は謝罪した。だから、俺はあなたを許す」

クェンザはにっこりと笑って、しかしちょっと困ったように眉をひそめた。

「ただ、物語の人物と思われていたのは悲しいな。俺はこうして貴方に触れているのに」

「へぇっ?!」

手を握られたマティの頬は見る間に赤く染まっていく。

「か、顔の、顔のいい男とっ、手をつないでっ、あわわわ」

マティは先程、ようやくここが物語によく似た現実だと認識したばかりなのだ。

乙女ゲームにのめりこみ、現実の異性に縁のなかった過去と相まって

今の彼女は学園内で『悪女』と囁かれていた八方美人の仮面がボロボロだ。

「……なんというか、まあ」

その姿を見て、王子の肩から力が抜ける。

婚約者候補への敵愾心も、可愛らしい少女への恋慕も、すっと収まった心持ちだ。

視線を送れば級友たちもそんな感じであるらしい。

「王子、きっと皆、熱に浮かされていたのですわ」

「……ああ、そうだな。今度からもう少し……いや、かなり気を引き締めていくとしよう」

「一度きりの青春ですもの、迷ったのも、いずれいい思い出になりますわ」

そう言って笑うピリカに王子はハッとする。

この令嬢はこんなに可愛らしく生き生きと笑う少女だったのか。

「というわけで王子、婚約者候補から外していただきたいのですけれど」

「何て?」

「ヒムガシの商人からプロポーズされておりますの。あちらの国へ来てほしいと」

「そっち、毎日白ゴハン食べられる?! 私も連れてってぇええ!」

クェンザに手を握られていたはずのマティが、ピリカへ跳びつく。

手を振り払ったりはしていない。聞いた瞬間に、突っ込んでいくことを予見したクェンザが

彼女の手を離したのである。周りからは脳まで筋肉だと思われていたが、

存外気配りのできる人間であるらしかった。



その後なんやかんやあってピリカは婚約者候補から外れ、

ヒムガシの国の大商人(三十代半ばだがピリカの趣味ドンピシャ)へ、

学園の卒業式の三か月後に嫁に行った。

その際には部下兼友人としてマティを伴うつもりであったが、

マティを追ってクェンザも付いてきてややてんやわんやになった。

三年後に一児を連れて里帰りしたマティが『向こうで目立ちすぎるしこっちのが落ち着く』と

黒髪に染めていたときは、久しぶりにあった王子たちを仰天させた。

ピリカはミソとショーユの匂いのする国で、二男一女に恵まれ、幸せな生涯を過ごしたとされる。


「でも目玉焼きにはソースだと思うよピリカ」

「ほほほ表に出なさいマティ、ショーユ派への宣戦布告とみなします」


時々そんな風に争うくらいの仲のよい彼らが、かつてヒロインと悪役令嬢だったとは

ヒムガシの彼女らを知る人間は思いもよらないことだろう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い [気になる点] 目玉焼きは塩だろ?
[一言] >「でも目玉焼きにはソースだと思うよピリカ」 それを言ったら戦争だろうがっ……! わたしは醤油派である(唐突な主張) こういう食べ物系の派閥争いも日本あるあるですよね。 キノコ王国とタケノ…
[良い点] 転生令嬢を落とすには、 宝石より米! ドレスより味噌! [一言] 目玉焼きはバターもしくはカリカリベーコン(塩分控え目じゃないやつ)の塩味でいただきます。
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