解答編 ①犯人は……
小説を読み終えたアリスちゃんは机の面でトントンと原稿を整えると、
「なるほど……」
と、悩ましげに呟いた。
「どう? 謎は解けそう?」
表情から察するに、まだ謎は解けていないようなのはわかっていたが、俺はあえて尋ねた。
「……これは難しいですね」
これは珍しいこともあったもんだ。
いつも自信満々、負けず嫌いにかけては他の追随を許さないアリスちゃんが素直に難しいと認めるなんて。
「先輩、ちょっと辞書をひいてもいいですか?」
「辞書?」
思わぬ申し出に俺はオウム返しをした。
「ダメですか?」
「いや、国語のテストじゃないんだから別に構わないよ。でも、そんなに難しい語彙は使わなかったと思うけど?」
「ちょっと一点、私の頭を悩ませる問題がありまして」
そう言って、アリスちゃんは本棚から広辞苑の第六版を取り出すと、サ行のページで何かの単語を探し始めた。
そしてお目当ての言葉を見つけたのか、アリスちゃんはそれが書かれている箇所をジッと見つめ、やがて不敵な笑みを漏らした。
「今、全ての謎が解けましたよ、先輩」
「そんな! さっきは難しいって言ってたじゃないか!」
「ふふふ。それは〝たった一つの言葉〟が私の推理の整合性を阻んでいたから、難しいと言ったまでです。それに、喜ばせておいてから落胆させた方が先輩のショックは大きいでしょう?」
「くっ……」
「ああ! いいですね! それですよ、それ! そのクーデターを企てた兵士が成功目前といったところで隠れ兵に拘束された時のような絶望的表情! 実にそそりますねぇ!」
「このドS!」
くそ!
やはり俺なんかの書いた小説じゃ、天才と呼ばれるアリスちゃんには通用しないというのか!
「あら先輩、悔しそうですねぇ。そんなに私が裸で校庭を走るのが見たかったんですか? 実にむっつりスケベな変態さんです」
「違うよ! ……てか、疑うわけじゃないけどさ、そこまで言うなら解き明かしてみてよ。俺がこの小説に込めた謎の答えをさ」
「うーん、ちょっと説明が面倒ですが、まあいいでしょう」
と、アリスちゃんは本当に面倒くさそうに全部で十二枚あった原稿を長机の上に並べて謎解きを開始した。
「さて、まず考えるべきはフーダニット。〝誰がやったか〟ですね。容疑者は以下の六名。不良グループのリュウ、ケンジ、ソウスケ、数学教師の松島、幼馴染のアカネ、クラスメイトのツトム。【アリスちゃんへの挑戦】で明言されている以上、この中に必ずシュウイチの机にネズミの死骸を入れたものがいる。それ以外に犯人がいる可能性はありえない。ここまではいいですか?」
「ああ。それでいい。そこに挙げた奴以外の第三者による犯行や偶発的出来事、超常現象の類なんかは全く考慮に入れる必要はない。というか、考慮してはならない。【アリスちゃんへの挑戦】でちゃんと限定をかけているからな」
「しかし、そうだとすると、ハウダニット、つまり〝どうやってやったか〟が問題になります。例によって【アリスちゃんへの挑戦】で共犯の可能性や六名の容疑者以外の者が嘘をついている可能性が潰されている以上、犯行時刻に集会に出かけていてアリバイのあるケンジとソウスケは除外されます。よって、犯人の候補はリュウ、松島、アカネ、ツトムの四名」
「…………」
俺は黙ってアリスちゃんの推理に耳を傾けていた。
「しかし、彼らにアリバイがないからといって、犯行が可能だったとは到底思えません。犯行時間の体育の授業中、犯行現場の教室の外では廊下に立たされていた生徒が誰も教室に入った者はいないという証言をしていますし、窓からの侵入は困難を極める上に、グラウンドでサッカーをしていた生徒や教師の証言からそんな怪しい行動をしていた人間はいないということになります。この状況でシュウイチの机の中にネズミの死骸を入れるなんて不可能。作中で迷宮入りしたというのも無理はありませんね」
「…………」
そう。
アリスちゃんの言うように、普通に考えれば、あの状況では誰も犯行は不可能ということになる。
そこをどう推理するかがこの小説の肝だ。
「でも」
と、アリスちゃんは続ける。
「この小説を読んでいて所々に感じる違和感。これに気づいたとき、全く思いもよらない答えが見えてきます」
「…………」
「結論から言いましょう。シュウイチの机にネズミの死骸を入れた犯人はリュウです」