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問題編 ②木戸シュウイチという少年

 リュウたちに屋上から見られていたとは知る由もない木戸シュウイチは暗澹たる面持ちで校舎へと入った。


 シュウイチにとって最近の学校は地獄そのものだった。


 シュウイチの成績の良さを嫉妬したクラスメイトからの無視や教科書を隠されるなどの悪質なイジメ。


 本来なら、学校など行きたくもない。


 今朝だって、学校に行くことを考えただけでお腹が痛くなり、しばらくベッドの中で震えていた。


 しかし、来年はシュウイチも受験生。


 志望する県立のトップ校に受かるためには内申点もないがしろにはできない。


 あと一年我慢すればこの馬鹿どもともおさらばできる。


 そう自分に言い聞かせて、シュウイチは何とか遅刻しながらも登校を続けているのだ。


「よかった。今日は何も入ってない」


 下足箱から上履きを取り出し、中に何も入っていないことを確認してホッとした。


 一昨日は上履きの中に画鋲が入れられていたからだ。


 上履きを履いて階段を上り、自分のクラスを目指す。


 教室の前まで来ると、一旦立ち止まり、しばらく逡巡してから意を決して教室の戸を開けた。


 教室に入るなり、クラスメイトの視線が一斉に突き刺さる。


 シュウイチにとってこの瞬間が一番苦痛だった。


「木戸……来たのか」


 授業をしていた数学教師の松島がそう言ったが、その言葉には明らかに「来なくてもいいのに……」という本音が見え隠れしていた。


 この松島という教師は某有名私立大学の教育学部を出ためっぽう自尊心の強い男で、事あるごとに「俺は○✖大出身だから」というのが口癖である。


 彼はそれだけ自分の出た大学にプライドを持っていた。


 しかし、学歴を鼻にかける人間ほど、他に自慢することがないという場合が多い。


 この松島という男もそうであった。


 だから、以前授業中、シュウイチに「その程度の私立文系大学なら、僕は今からでも入れます」と言われ、他の大勢の生徒の前で恥をかかされて以降、松島はシュウイチに対する並々ならぬ憎悪をたぎらせていた。


「木戸、早く席に着きなさい。他のみんなも静かに。では、授業を続けます」


 表向きは普通の教師の対応をしながらも、松嶋はシュウイチを無視するかのように授業に戻った。


 彼はシュウイチがイジメられていることを知っているが、復讐のために見て見ぬふりをしている。


 自分の大学を馬鹿にしたシュウイチが苦しむ様を見るのが楽しいのだ。


 シュウイチは暗い気持ちで自分の席についた。




 三時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、シュウイチは嫌な教師の授業から解放された。


 この後の四時間目は体育。


 女子は校外に出てマラソン、男子はグラウンドでサッカーの予定だ。


 中学生ともなれば、体育の着替えは当然男女別。


 男子は教室に残り、女子は更衣室へ向かう。


 シュウイチも他の男子と同様、数学の授業で使った教科書やノート、筆記用具を自分の机の引き出しにしまって体操服に着替え始めた。


 この時点では、彼の机の引き出しにはまだ何の異常もなかったことを予めここに明記しておく。





 教室で男子たちが着替えている頃、女子たちもまた更衣室で着替えを始めていた。


 男子の目の届かない所では中学生といえど女の醜い本性が現れる。


 女子たちがこぞって話題にしていたのは先ほどの授業に遅れてやってきたシュウイチのことだった。


「木戸ってば、今日も遅刻~。ありえなくな~い?」


「ほんと何様のつもりよね。遅刻ばっかしてても、頭いいから高校どこでも行けるとでも思ってるのかしら」


「それありえる~。どんだけ自信満々なんだって話~」


「あいつがいるとマジ迷惑。頭良いのは勝手だけどさ、そのせいで先生はテストの問題難しくするしね」


「そうそう。それで性格がいいならまだいいんだけど、木戸ってば、嫌味だし、私たちどころか先生さえ見下してるし、なんかムカつくよね~」


「ムカつく、ムカつく~」


「そのくせ、友達なんていないから、給食の時間もいっつも一人だし、この間なんか見た? あいつ、寂しすぎて窓辺に来たカラスに給食の残りあげたりしてんのよ」


「ええー! キモーイ! ちょー受ける~!」


「キャハハハハハハハ!」


 そんな周りの会話を聞きながら不快な思いをしている女子生徒が一人いた。


 シュウイチの幼馴染の小日向アカネである。


 彼女は幼い頃からずっとシュウイチに好意を寄せていた。


 頭のいいところも、時々出る嫌味なところも、難しい問題が解けた時に見せる屈託のない笑顔も全部ひっくるめてアカネはシュウイチが好きだった。


 ところが、そのシュウイチが最近クラスでイジメに遭っている。同じクラスにいながら、自分もイジメられるかもしれないという恐怖から何も出来ない自分がアカネはたまらなく嫌だった。


 このままではいつかシュウイチが学校に来なくなってしまうかもしれない。


 それどころか、もっとひどい場合には自殺してしまうかもしれない。


 そう考えただけで、アカネの胸は張り裂けてしまいそうになった。


「私が何とかしなきゃ……」


 他の女子たちはお喋りに夢中で聞こえなかったが、アカネはしっかりとそう呟いた。


 どんなことをしても最愛のシュウイチを守りぬく。


 アカネはこの時そう決心したのだった。


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