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問題編 ①とある公立中学校の屋上にて

 ここはY県S市立C中学校。


 日本のどこにでもある普通の中学校だ。


 現在は平日の午前だけあって、各教室は授業の真っ最中である。


 生徒たちが教師の説明に熱心に耳を傾け、必死にノートにペンを走らせている一方で、三階建て校舎の屋上には気だるそうに(たむろ)する三つの影があった。


「カー! やっぱこんな天気のいい日は屋上で日光浴に限るぜ! なあ、お前ら!」


 そう声を張り上げたのはリュウ。このグループのリーダー的存在である。


「まったくですよ、リュウさん。こんな天気のいい日に何十人も一つの部屋に集まって勉強だなんて馬鹿のやることですよ。あんなもん勉強したところで、社会に出て何の役に立つんだっつー話。ぜってー俺はそんな無駄なことはしたくねえ。なあ、お前もそう思うだろ、ソウスケ」


「ウッス」


 サブリーダーであるケンジの意見に下っ端のソウスケは頷く。


 リュウが一番で、ケンジが二番、三番はソウスケ。


 リュウの言うことにケンジが従い、そのケンジの言うことにソウスケが従う。


 これがこのグループの秩序である。結成以来、この上下関係が崩れたことはない。


 しかし、上下関係がる一方で彼らの間には何にも代えられない友情があることも事実だ。


 幼い頃より素行の劣悪さから人から忌み嫌われ、周りに馴染むことができない不良同士、彼らは馬が合った。


 この中学校で偶然このような生涯の友に出会えたことに彼らは皆感謝し、いつもこの屋上で今のようなたわいもない会話を楽しんでいるのだ。


 将来のことなど考えない。今が楽しければそれでいい。まだまだ若い彼らにとっては十年先、二十年先といった見果てぬ将来のことなど、考えるだけで頭が痛くなる。


「ん……?」


 ふと、外の景色を眺めていたリュウが何かに反応した。


 一人の男子生徒が校門をくぐって登校してきたのが見えたのだ。


 リュウは頭の出来はさっぱりだが、身体は健康そのもので、中でも目は(すこぶ)る良い。


 屋上に居ながらにして、リュウは登校してくる男子生徒の顔を識別できた。


 学ランの胸元に刺繍された生徒の名前も読み取ることができる。


 そこには「木戸」と書かれていた。


「どうしたんですか? リュウさん」


 側近としてリュウの変化には敏感なケンジが目ざとく尋ねた。


「あいつ、何でこんな時間に登校してるんだろうな」


 リュウにそう言われ、ケンジも男子生徒の方を見た。


「ああ、あいつですか。あいつなら俺知ってますよ。ここの二年の木戸シュウイチって奴です。なんでもイジメられているみたいなんですよ、あいつ」


「イジメ?」


 リュウの黒い瞳がギラリと光った。


「ええ。あのシュウイチって奴、頭が無茶苦茶いいらしいんですけど、それを妬まれてクラスの連中からハブられてるみたいなんすよ。最初は無視される程度だったらしいんですけど、最近はだんだんとそのイジメがエスカレートしてきて上履きや教科書なんかも隠されるようになったとか」


「なんだか胸糞悪い話っすね」


 ソウスケが言った。


「それが原因でシュウイチって奴、あんな風に不規則な登校になったんでしょ? 俺、思うんすけど、イジメってのは卑怯で陰湿なクズ野郎のすることだと思うんっすよね」


「そうだな」


 ケンジが頷いた。


「俺たちは人に迷惑をかけることはあっても、弱いものをイジメたりはしないからな!」


「それ、威張れることじゃないっすよ、ケンジさん」


「ははは! 違ぇねえ!」


 ケンジとソウスケの会話を尻目に、リュウは校舎に向かって歩を進める木戸シュウイチに視線を注ぎ続けている。


 その時だった。


 屋上のドアがバァンと音を立てて勢いよく開いた。


「こらー! お前ら! ここに溜まるなとなんべん言ったらわかるんだ!」


 頭のてっぺんが禿げ上がった男が怒鳴り声とともに屋上に踏み込んでくる。


「やばい! 教頭だ!」


「逃げろ!」


「ま、待ってくれっす!」


 リュウたちは一目散に逃げ出した。


「こらー! 待たんかー!」


 待てと言われて待つ馬鹿はいない。


 相手がこの教頭のような昭和の化石のごとき頑固オヤジであれば尚更だ。


 捕まればどんなひどい折檻を受けるかわかったもんじゃない。


 教頭の罵声を背後から受けながら、リュウたちは逃走を続けた。


「リュウさん、この後どうします? 集会場に向かいますか?」


 〝集会場〟というのは、この街に存在するリュウ達のようなグループが集まる場所だ。


 彼らのように人から疎まれる連中にとっては、自然とそういった場所が必要になってくるのである。


 リュウたちは悪い仲間たちと情報交換をするサロンであると一丁前に考えているが、早い話が〝溜まり場〟である。


 ケンジの問いに、リュウは何やら数秒考えた後、


「お前ら先に行ってろ。俺はちょっと用事がある」


 と言った。


 リーダーの命令は絶対だ。


 こうしてケンジとソウスケは学校を飛び出して溜まり場へと向かい、リュウは学校にとどまることになった。


 午前11時ちょうどのことである。


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