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生死の案内人  作者:
第一章 日常の変化
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Chapter5 気分転換に

青白く光る蝶々が死神の周りをひらひらと舞っている。夜は一層、淡い光が輝いていた。

屋根の上に座る死神は、耳元に手を当ててゆっくりと目蓋を閉じた。周囲の雑音を消し、必要な声だけが届くように耳を澄ませている。

聴こえてきたのは人の悲鳴と物の怪の咆哮。死霊と悪霊の声だろう。


「近いわね」


隣の少女が告げる。一足先に現場へ向かった少女の後を追って、青年は屋根の上から飛んだ。

声が聴こえた場所は人気の無い路地裏だ。見れば小さな子供の霊が黒い影に追われているのが見える。一足先に飛び出したシンシアが子供の進行方向へと降り立つ。

死神の存在に気付いた子供は泣きながらシンシアへ抱きついた。上空からアリサが投げナイフを飛ばし、悪霊の額にナイフを突き刺した。

小さな影は耳が痛い程の悲痛な叫びを上げて消失する。お見事、と青年は呟きを落とした。


「さあ、お行きなさい。この扉の先が貴方の帰る場所です」


辺りに静けさが戻ると、シンシアは後方へ手を翳し、其処に大きな扉を現れた。

自然とドアノブが回り、扉が開かれる。その先は眩しい程の光に包まれていて、子供の顔がみるみる内に明るくなっていく。子供は扉を潜り抜けてその先へ駆けていった。

無事に送り届けられると、扉はゆっくりと閉じられてその場から消失する。所謂あの世と称された扉の先は、死神の帰る場所でもあった。然し、死神は扉を開ける事は出来ても、自らが潜り抜ける事は出来ない。己の罪を償い切るまでは。

赤い少女はナイフを持つ掌をじっと見つめる。するとナイフは光り輝き始め、赤い砂時計の形状に変化して回転しながら浮かび上がった。

上の緋色の砂は自然には落ちずに、残りの量を見て少女は深い溜息を吐き出す。


「まだまだ、私の罪はこんなにもあるのね」

「気が遠くなる量だよなあ。一向に終わりが見えない」


掌を握り締めれば、砂時計は簡単に消えた。少女は唇を噛み締めて青年から視線を外す。


「やっぱり、あんな小物じゃ駄目ね。もっと大物を狙った方が早いわ」

「死神の数は年々増え続けているんだ。大物なんざとっくに狩り尽くされた後なんじゃないか?」

「でも、ここは何故か悪霊の数が多いです。日に日に集まってきている気がします」

「……みたいだな。やっぱり、響哉が悪霊を引き寄せているのか」


路地裏から響哉の住むアパートを見上げた。その表情は何処か悲しげで、複雑さを帯びていた。





※ ※ ※ ※




『……響哉。父さんと一緒に、死ぬ気はないか?』


正面にあるリビングのソファーの上に腰掛けた父親の姿が映る。父は煙草の箱を両手で握り締めて、下を向いた状態でか細く呟いた。

消え入るような声を聞いた少年は、まだ小さくて泣いてばかりの弟を抱き、隣に座る妹の頭を撫でていた手をぴたりと止める。それから目を見開き、悲しみと恐怖を混ぜた表情を浮かべて顔を上げた。

弟の泣き声だけが室内に響き、暫しの空白が生まれる。小刻みに震えた少年は反射的に首を横に振った。それを見た父親は落胆か、安堵か、力無く頭を垂れて「そうか」と零す。


気が付けば少年は一人、茶の間の入り口に立っていた。目前にある扉をゆっくりと開けると、其処には部屋の真ん中で宙吊りになった父の姿があった。


ピピピピと、電子音が鳴り響く。その音に反応して目を覚ました。

身体には驚く程に汗が溢れていた。見知った天井を眺め、改めて夢だと認識する。

枕元の時計を確認すれば、針は御前七時過ぎを指していた。そういえば今日は休日だったか。何時もの癖で目覚ましを設定してしまったらしい。

布団の中へもぞもぞと潜り直す。窓側の方から微かな物音が聞こえた。


「酷く魘されていたが、大丈夫か?」


寝惚けた眸で布団の隙間から其方を見遣れば、窓を背にジルベルトが胡坐を搔いて座していた。


「あら、目が覚めたの」

「おはようございます。早いですね」


ジルベルトの後ろからひょっこりと、双子が顔を出した。少女の手には見覚えのある漫画があった。

酷く重い体を起こすと、ジルベルトは口許を緩ませて手を伸ばしてきた。


「ははは、寝癖が凄いぞ」

「あ……」


髪の跳ね具合が可笑しいのか、髪に触れた指先が少しでも整えようとしてくれる。

掻き混ぜるようで乱雑だが、とても優しい手付きだ。急に恥ずかしくなって睨み上げれば、笑いながらもジルベルトは手を下ろした。


室内に突然インターホンの音が鳴る。それを聞いて響哉は布団から立ち上がり、裸足で玄関まで赴いた。


「あら、響哉くん。今起きたばかりだった?」


玄関の扉を開くと、其処には大きな袋を抱えた大家さんの姿があった。


「……おはようございます。大家さん」


半分寝惚けた状態で挨拶を返し、口許に手を当てて大きめの欠伸を漏らした。


「朝早くにごめんねぇ。これ、ご近所さんから美味しい野菜を頂いたから、響哉くんにも少しお裾分け。晴香ちゃんと祐樹くんにも食べさせてあげて」

「ああ、いつもありがとうございます…」


差し出されたビニール袋を流される侭に受け取り、中の瑞々しい野菜を見下ろして礼を伝えた。


「それで、そちらの人達は響哉くんのお友達?」

「えっ?」


奥を眺める大家さんの視線を追いかけて後ろを向いた。茶の間の方から此方を眺める死神三人を視界に捉えた。

…しまった。彼等の事を何も伝えていなかった。友達と言う言葉に反応したのか、ジルベルトが玄関までやってくる。


「初めまして。響哉の友達のジルベルトと言います」

「まぁ! 外国の方なの?」

「ええ、出身はイタリアでして…」


イタリア出身だったのか。意外そうに眺めていれば、隣は人懐こい笑顔を浮かべていた。


「よかったわぁ…。響哉くんったら、何時も兄弟と歩いているところしか見ないし、お友達がいないんじゃないかって心配してたの」

「ちょ、ちょっと! 大家さん…!」

「でも、こんな素敵なお友達がいるなら安心したわ。これからも響哉くんの事、お願いね?」

「はい。もちろん」


目の前の死者を友達と認識し始めた大家さんは嬉しそうに声を弾ませる。正直頭を抱えたい。

大家さんは上機嫌で戻っていった。


「いい人だったな」

「ここに引っ越してから、よく面倒を見てくれるんだ」

「ほう」


ジルベルトは何か考え事をしている様子で、響哉はその横を通り過ぎて冷蔵庫に貰った野菜を仕舞い込む。


「そういや、今日の予定はあるのか?」

「いや、特にないけど…」

「それじゃ、皆で遊びに行こうぜ」

「は?」


唐突な誘いに目を丸くした。


「遊びにって、何処に…」

「街に行けば色々あるだろ? ゲームセンターとか、アニメグッズとか」

「ふふ、それはジルが行きたいだけですね」


シンシアからの突っ込みにジルベルトは驚いて肩を跳ねさせた。恐らく図星だったのだろう。ジルベルトは物言いたげに唇を尖らせていた。


「でも、気分転換はいいと思います。晴香ちゃんや祐樹くんも一緒に連れて行けば問題ないかと」

「え……」


何か話が上手く誘導されているような気がする。響哉はあまり気乗りしなかった。


「きょう兄、お出かけするの? 晴香も行きたい!」

「僕も!」


会話が聞こえていたのか、駆けつけた兄弟達がぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。

それを見ていたジルベルトが微笑ましそうに口端を吊り上げた。


「ほぼ決まったようなものだが…、どうする? "お兄ちゃん"」

「──ッ! わかったよ、行けばいいんだろ!」

「「わーい!」」

「決まりね」


圧倒的な多数決によって本日の予定が決まった。兄弟二人も上機嫌で支度を始めに寝室へと向かっていく。

どうしてこんな事に。



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