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生死の案内人  作者:
第一章 日常の変化
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Chapter3 死神の居る日常

不審者を連れてきてしまったと、一条響哉は後悔している。

助けて貰った恩はあるけれど、それ以上に彼等の得体の知れなさの方が目立っていた。死神と名乗る三人は明らかに日本人ではない。

銃や鎌なんて物騒なものも持っている。そんな集団を如何信じろと言うのだ。

些か散らかっている部屋ではあるが、彼等を茶の間に座らせると響哉も徐に座布団の上に正座した。


「さて、本題に入る前に何か聞いておきたい事はあるか?」


向かい側に座する青年が最初に口を開いた。妙にリラックスしており、寛ぐ姿勢の彼を警戒心剥き出しの眸で見つめる。

聞きたい事ならば山ほどある。響哉は思い浮かんだ疑問を尋ねるべく薄く唇を開き始めた。


「……僕達を襲ってきたあれは何だったんですか」


先ずは何度も見かけていた黒い霧についてだ。今までは何と無くで避けていただけだが、今後の為にも正体を知っておくのは大事だ。

不吉に見える黒い霧。昨夜はそれに襲われた。如何して急に、と混乱しそうになったところで向こうから返答が届く。


「あれは悪霊さ。人間や死者の魂が穢れた姿だ。強い攻撃性を持っていてな、近くにいる者に遅いかかったりする。俺達死神は、悪霊が生きた人間に害をなさないように狩りをしたり、悪霊になる前に魂を冥府へ導いたりしている」


悪霊。つまり、世間で言う幽霊という事になる。いや、それよりも重要な事が聞こえた気がする。


「つまり貴方達も幽霊、なんですか?」

「ああ、そうだ」

「でも、こうして普通に触れる…」

「仮の器で受肉している間は生きた人間と同じようにいられるんだ。じゃないと生者の前に立つ事も難しいからな。そら、これでどうだ?」


そう紡いだ刹那、彼の身体から光の粒子が溢れ出し、一瞬にして目の前からジルベルトが消えた。

え、と呆然と口を開きながら消えたジルベルトを探して周囲を見回す。


「っはは、驚いたか? 実は今もキミの目の前にいるんだ」

「今も?」

「器を手放すとこんな感じで霊体に戻っちまう。…どうやらキミは霊感を持っているようだな。俺の声は聞こえているようで良かった。普通の人なら、声すら届かないからなぁ」


姿はないのに、肉声とは違って頭に直接響くような声が聞こえる。目の前に居ると聞いてそっと手を伸ばしてみるが、矢張り何かに触れるような感触はない。

霊感の無い人間は霊を認識出来ない。明瞭に告げられる言葉を復唱していると、再びジルベルトが目の前に現れた。


「生きた人間に俺達の存在を認識してもらう為に、仮の器が死神に配られているって訳だ」

「……なるほど」


死者だけでなく、生者にもこうして関わる必要があるのかと思えば納得出来た。


「それじゃあ、もう一つ。何故僕のところに来たんですか?」

「それは最初にも言ったが、キミのSOSを聞いてここまで来た」

「? 助けなんて求めていませんけど」

「恐らく無意識ってやつなんだろうな。あの時駆けつけなかったら死んでいたかもしれないぞ」


死、と告げられると背筋に悪寒が走る。彼等がいなかったら、自分は今此処にいなかったかもしれない。きつく目蓋を閉じて頭を下げた。


「……その件は、有難うございます。でも、もう結構ですから。どうか帰ってください」


変に大事にしたくなくて、彼等には悪いがこの侭帰ってもらおう。

そんな響哉の思惑を見透かしたのかわからないが、ジルベルトは緩く首を左右に振ってみせた。


「いいや、そうはいかない。この侭だと、キミは遅かれ早かれ悪霊化する」


──僕が、悪霊に?

何を言っているのかさっぱりだった。深刻そうな顔をする青年に対して不信感は未だ拭えない。

僕はまだ生きているのに、如何して悪霊になるのか。


「それともう一つ、この辺りで悪霊が増え続けている異常が見られた。キミも巻き込まれる可能性が高い。あの黒い影が沢山湧いてきたらキミも生活に困るだろう?」


昨日の黒い影のようなものが、沢山。想像するだけでゾッとする。

しかも自分があの影のようなものになると告げられては、流石に耳を傾けざるを得ない。


「悪霊が増える原因を突き止めるのと、キミが悪霊になるのを防ぐ意味でもここに残りたい。生きた人間の魂だって、下手すりゃ悪霊になる。そうなる前に、悪霊化の原因となり得る部分を治す」

「……治す?」


怪訝そうに尋ね返せば、ジルベルトは機嫌良く口角を吊り上げた。


「そう! ……と言う訳で、先ずは友達から始めようじゃないか!」






バタンと勢いよく玄関の扉が閉められる。外に放り出された三名は玄関の前で佇む形になり、暫しの間が空いた。


「──なんでッ!?」


追い出されたショックを受けたジルベルトは、解せないと言わんばかりに声をあげた。


「普通の人間に死神ですと名乗っていきなり友達になろうなんて、不審者過ぎないかしら。私でも追い返すわ」

「ちょっ、アリサ、変なら変だって先に言ってくれ!」

「ジルとベルが自信たっぷりに作戦を考えてたから尊重したまでよ」

「お陰で俺の友達になろう大作戦が白紙となったんだが」


人の家の前で騒ぎ出す二人に対し、シンシアは戸惑いを露にしつつ控え目に声をかける。


「あの…、この侭引き下がっちゃうんです…?」


シンシアの問い掛けに二人が止まった。


「心配しないで姉さん。きっと何とかするわ、ジルとベルが」

「ひっでぇ他人任せ!!」






※ ※ ※ ※




「は? 死神?」

「うん…。聞いた事ないかな」

「っははは、なんだお前そんなオカルトみたいなの信じてるのかよ!ないない、死神とかいないって!」


職場の廊下の自販機の前、落ちてきた飲み物を取ろうとしながら同期の男は笑い飛ばした。

死神と名乗る男は目の前で消えた。あれは手品とかで説明できるような感じではなかった。歴史か何かで死神の事が言い伝えられているなら、まだ信用出来たが、矢張り出鱈目なのか。

そもそも悪霊化する、なんて言われても今一実感がない。自分があんな黒い影みたいになるとは到底思えない。


「……ごめん。変な事聞いたね」

「おいおい一条、どうしたんだ? 疲れてんのか?」


俯いた顔は其の侭に同僚の横を擦り抜けて自分の席に戻ろうとする。


「……あいつ、大丈夫か?」


去り際に聞こえた呟きも、聞こえぬ振りをした。


「きゃっ…!」

「あ……」


しまった、碌に前を見ていなかった。誰かと肩が衝突してしまい、バサバサと書類が廊下に散らばった。

しゃがんだ彼女に慌てて足許の書類を拾い上げる。


「っ! すみません」

「いえ、私も余所見をしていましたから……っ」


おどおどした口調で彼女は必死に書類を掻き集めた。自分の手に持った書類数枚を相手に手渡そうとする。

すると小さな謝意が聞こえ、差し出された指先が触れ合った。上を見上げた彼女と視線が交わる。


「あれ、神田さん……?」

「あっ、一条さん」


よく見れば同じ部署の人だ。視線が合った彼女の頬は気恥ずかしそうに朱色に染め上げられていく。


「はい、これ」

「ありがとうございます」


受け取った分を綺麗に纏めて書類を大事そうに抱えて立ち上がる。

彼女は少し間を空けてから眼鏡越しの眸を此方へ向けてきた。


「あの…、さっき死神が如何とか聞こえたんですが。一条さん、死神を見た事があるんですか?」

「え?」


思わぬ問い掛けに間の抜けた声が漏れ出た。先程の会話が聞こえていたというだけでも穴に入りたいくらいだった。


「その…、死神かどうかわからないんですけど、私、実は幽霊と話した事があるんです」

「幽霊と?」

「はい。女の子の霊でした。私が悩んでいるのを気に掛けたのか、ある日声をかけてくれたんです」


「最初は幽霊だと気付かなかったんですが、近所の誰もその子を見た事がないそうで」

「そう、なんですか」

「あっ、この話…他の人には内密でお願いしますね。変な人だと思われますから」


彼女がふと窓を見た侭動きが止まった。如何したんだろうと窓を見遣れば、其処から見える人物に目を疑ってしまった。

モッズコートを着た青年、ジルベルトだ。いや、何故彼が会社の前に居るのか。

目が合った途端、彼は朗らかな笑みを浮かべて直ぐ様此方に向かって大きく手を振ってきた。


「あの、知り合いですか?」

「……いいや、知らない!」


慌てて首を横に振る。終業までの時間は大分ある。終わる頃には流石に諦めて帰っているだろう。

……そう思っていたけど、甘かったようだ。


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