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もし1,000,000ゴールドあるとして

作者: 潮路

ゴールドって何だろうね、というお話。


 あなたは某有名RPGの世界にいます。

 そして、大義を為すために冒険をし続けています。

 仲間はいません。よそ見もせず、ロクに買い物すらしない、節約の日々を送っています。

 これ以上なく禁欲的な人物です。これで魔王の一人や二人でも倒せれば、きっと偉人として語り継がれ、後の世になって、子育てをする際に引き合いに出されるに違いないでしょう。

 そんなある日、あなたはふと、自分の持っているお金を見てみたくなりました。宿屋の一室で昼夜をかけて調べた結果、百万ゴールドにもなるということが分かりました。

 しかし、禁欲的なあなたは、はて、と悩みました。一体、百万ゴールドとは如何ほどの価値があるのか分からなかったのです。

 近くのアイテム屋に立ち寄って、しげしげと商品の値段を調べてみた結果、百万ゴールドあれば、薬草が山ほど買えるということが分かりました。


 そうか。自分はこれだけ頑張ってきたのだな。よかったよかった、自分の努力は無駄ではなかったのだ。


 ほっと胸をなで下ろしたあなたは、アイテム屋を出ていきました。

 いつもの街並みを歩いていると、前から若い夫婦が乳母車を押しながらやってきました。

 あなたは彼らのことが苦手です。見るからに幸せそうで、かつ、あなたが選べなかった道の先にいるからです。

 目を合わせないことを祈りつつ、あなたは彼らとすれ違いました。

 幸運にも気さくな彼らが、あなたに声をかけることはありませんでした。キャッキャッと笑う赤ん坊に夢中でそれどころでは無かったようです。

 その事実が少しだけ心に突き刺さりましたが、あなたは懐にある百万ゴールドを見て考えるのです。


 そうだ、自分には金がある。あいつらには持てないような大金が……


 いつもの原っぱに出たあなたは、モンスターと戦います。

 見慣れた相手です。特に警戒することもなく、あなたは手に持った武器を振り下ろします。

 何回かすると、モンスターは断末魔の声を上げて倒れ、わずかな経験値とゴールドを残していきます。

 あなたはそれを手に持つと、またあてもなくふらふらとします。新しいモンスターと出会うまでずっと。

 出会ったら倒し、出会ったら倒しを繰り返します。それがあなたの日課なのです。禁欲的で堅実なあなたは確実に勝てるモンスターしか相手にはしません。

 だから、別の場所に向かうこともありません。誰が好き好んで倒されるリスクを背負うものか、という思いがあなたの中に渦巻いているのです。

 それを一日に何十回か繰り返すと、とうに日も暮れて、星々が出てきます。そうなるとあなたは、原っぱで一番大きい樹木にもたれかかり、眠るのです。

 そんな生活を、成人の儀式から、かれこれ二十年ほど続けています。親は数年前に病で亡くなりましたが、葬式には出ませんでした。

 当たり前です。自分には大義があるのですから、そんな程度で挫けてはならないのです。


 そんなある日。

 あなたがいつもの原っぱでモンスターを倒していると、天から七人の男女が降りてくるのを見ました。

 彼らは見るからに強そうでした。

 金色に輝く剣。豪華絢爛な鎧。紋章が彩られたペンダント。その他もろもろ。

 書物に載っている伝説の勇者達を思わせました。いや、大義を為して伝説になるのは自分だとは思っていますが、それでも彼らの威圧感はその思いすらかき消さんとする程です。

 近づいてはならない、と直感しました。彼らの強さや威圧感もありましたが、本能的にあなたは感づいていました。


 彼らと話したら、ろくなことにならないと。


 あなたは逃げ出しました。その判断は正しかったように思います。

 ですが、運が悪すぎました。原っぱがざわめく音を、男女の一人が聞き取っていたのです。

 彼らの意識があなたに向きました。その後のことは語るまでもありません。

 見るからに重装備なのにも関わらず、あなたの倍近くの速度で迫ってくるのです。追いかけっこにすらなっていませんでした。

 彼らに捕まる寸前、あなたは二つのことに気が付きました。

 一つは、彼らが宙に浮きながら移動していたこと。

 もう一つは、七人の男女のうちの……先陣を切っている人物が、あなたの子供時代の友人だったということです。


 かくして、あなたと旧友は巡り合いました。

 しかし結果から言えば、直感した通り、やはりろくでもないことになったのです。

 彼は、あなたの先を行っていました。文字通り、何においても。

 いくつもの街を救い、悪名高い魔物を退治し、よその国の勇者とも研鑽しながら、数多の偉業をなし、名声を高めていったのです。話によると魔王をも倒しているようですが、途中で話半分に聞いていたので、良く分かりませんでした。

 残る六人の仲間についても、どうやら彼の為した偉業に恩義を感じてついてきたようです。

 ここに来たのは、故郷への凱旋のつもりのようです。 

 開始数十分で、あなたは逃げ出したくなりました。


 これはモンスターが見せる悪夢なのか。この異常は薬草か毒消し草で治るのか。


 苦しさに胸を押さえると、ジャラジャラという金属が擦れ合う音がしました。

 ここであなたはハッとしました。そうだ、自分には百万ゴールドがあるじゃないか。

 無駄金は使わず、こつこつと貯めた。どんな不便だって甘んじて受けてきた。禁欲的に誰にも頼らずに努力してきた。これはその努力の結晶。

 金だけは自分を裏切らない。積み重ねたものはきちんとあるのだ。

 そうやって、自分を慰めます。そうしなくては、目の前の現実に耐えられないのです。

 あなたはふんぞり返ると、懐にある大金を旧友の前に出します。


 どうだ。お前が名声を高めている間、俺はこれだけの金を貯めてきたのだ。


 旧友は目を見開き、膨らみきった金貨の袋を持ち上げると、一言だけ言いました。


「……銀行に預けなよ。こんなに重くて場所取るの、管理するのも辛いだろうし」


 その一言はあなたを怒らせるのには十分でした。ここまで頑張ってきた自分の成果を見て見ぬふりされたも同然だからです。

 ですが、怒るのは格好悪いので、ここは冷静になって、皮肉の一つでも言うことにしました。


 金がないっていうのは良いよなあ。こんな苦労をせずに済むんだから。


 旧友は首を傾げました。あなたの発言の意味が分からないと言いたげです。馬鹿には伝わらない皮肉だったか、と内心嘲るあなた。

 それから少しして、ようやく得心が行った様子の旧友は、胸ポケットから一枚の紙っぺらを渡しました。

 為されるがまま、紙の中身を見たあなたは言葉を失いました。


 その紙の内容とは、現在では預金通帳に該当するもので、そこにはゼロが七つ程付いていたのです。


 震えで紙を落としてしまったあなた。旧友は床にある紙を拾い、汚れを払いのけます。

 視界にはすっかり靄が立ち込め、辛うじて目前の男の表情が読み取れるくらいでした。


 男は悲しそうな顔をしていました。 


 悲しいのはこっちだと思いました。

 だから、固まった顔のまま、負け惜しみの一つでも言うことにしたのです。


 いんちきだ。こんなのいんちきだ。きっと、ズルを使ったのだ。罪を犯したのだ。



 あなたの大義は、なんですか?

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