第1話 『本と急報』
貴族の階位で下から数えて栄えある一番目にあたる愛しき我が家、アストレア家は由緒正しき正統派貴族であり、その歴史は無駄に長い。
祖父によると建国当時よりの奉公らしく、それだけ聞けば四大貴族に名を連ねさせていただいてもよろしいんじゃないですかと言いたくなるが、単にそこから我が家は何一つ功を上げなかったらしい。
俺も子供の頃この話を聞いて開いた口がふさがらなかった。
建国当時と言えばつまり千年前からのことであり、千年間数多の戦争、内乱、政治的混乱などイベントに事欠かなかったはずだ。
その中で我が家だけは地方でのんびりしていたらしい。
つまりは生粋のニート一族なのである。
俺にもその血が流れていることは否めないが、我が家をこの窮地に追いやった原因には少なからず見当は付く。
歴史以外何もない当家だが、一つだけ国宝級の魔法具がある。
おそらく転送系の魔法具であるそれは「ブック(祖曾祖父名称)」と呼ばれており、いやただの「本」じゃねーかとつっこみをいれたくなるが、この魔法具の能力を鑑みれば納得できないことはない。
見た目はただの派手な壺であるそれは、不定期に壺いっぱいの本をどこからともなく生み出すのだ。
いや、生み出すというのはおそらく正確じゃない。
転送してきているというのが俺の見解だ。
なぜならブックの中で発生する本はどれも新品ではないことが多く、下手すれば使い古してヨレヨレになっているものもあるぐらいなのだ。
だがそれだけでもちろん一大貴族(笑)である我が家を千年にわたり堕落せしめるわけがない。
この壺から出てくる本は国中、いや大陸中どこを探しても見当たらないような製本技術で作られており、その材質やインクを見るに写本とも思えない。
そしてなにより、言語が違うのだ。
今もっぱら使われる言語はオルト語と呼ばれる古代言語から派生したものだが、ブックから出てくる本は明らかに異なる言語体系で記されており、迷惑なことにアストレア家の人間には何故かそれが読み解けてしまうのだ。
まあ魔法具なのでこういったビックリ性能はご愛嬌であり、他家の所有する「タケミカヅチ(破壊力バツグンだ!相手は死ぬ)」や「氷結剣シンクレア(めちゃくちゃ凍らせるぞ!)」に比べればかわいいものだ。
ブックの恩恵を賜る我が家だからこその意見だが、今の国内の蔵書レベルは非常に低いと言わざるを得ない。
町に売ってる本といえば糞高い魔法書であったり、帝王学がどうのうのとかで占められており、とにかく面白みがない。
その点ブックが持ってくる本は多岐にわたり、いわく「ニート(職に就かずだらだらする人のことらしい)が異世界に行って頑張る本」とか「すごい能力を持った主人公たちが壮絶なバトルを繰り広げる本」などなど、とにかく見たこともないぐらいエンターテインメントに富んでいるのだ。
なかでも人気なのが活字体ではなく絵本のなかに吹き出しで文字が入っているマンガといわれているらしい類の本で、これが壺から出た日には家族中で取り合いになるぐらいだ(アストレア家マジ平和)。
そんなわけで少なくとも数世紀にわたり、そういった本を吐き出し続けた結果、アストレア家の書庫は図書館と呼べるレベルに膨れ上がり、今では当主である父の部屋より面積をとってしまっている。
我ながら情けないともいえるぐうたら一族だが、嫌気がさしたとも言い難い。
武功のために戦争で死ぬことを誉れとする他家やそうでなくとも権力争いに人生を費やしている貴族諸侯の噂ははっきりいって枚挙にいとまがない。
その点我が家は「戦争?なにそれおいしいの?」状態であり、立身出世よりもブックから出てくる今月の新刊のほうが重要なのである。
長兄であるオスカー兄さんは
「いつになったらドラゴ○ボールの最新刊が出るんだ!?戦闘力53万とか無理ゲーだろう。ベジー○何人分だよ」
が口癖だし、姉さんは
「あなたもモテたいなら風早君みたいになりなさいな」
とことあるごとに言ってくる。
あんな爽やかさの化身になれるわけねーだろーが。あと俺はくるみちゃん派だよ。
そんなこんなでアストレア家は没落の一途を絶賛爆走中であり、当主からしてそこになんの斟酌も抱いていないのである。
俺もその中の一人ではあったが、子供のころから年がら年中読書に耽っていたのがよくなかったのだろう。
つまりは触発されてしまったのだ。
数々の冒険譚に。英雄譚に。
気づけば家を飛び出し王都に向かう決意を固め、ゼロから始まる下剋上生活!!となるところだったのだが、王都陥落の報せが届いたのは道中の旅宿でのことだった。
ところで、今回の立身出世ツアーの旅の友は2人。
没落貴族Aことハインツと没落貴族Bのツバキだ。
どちらも幼馴染と言える間柄であり、快く同道を承諾してくれたのだった。
「のだった!じゃないよ!快くの意味知ってる!?」
「そうよ!周りが必死に止めたのに、『俺は英雄王になる!』とか言って聞かなかったんじゃない!」
「などと、意味不明なことを供述しており・・」
『『殺すぞ!』』
町の酒場で掴み掛ってくる二人をよそに、周りの客はやいのやいのと囃し立ててくる。
そこには笑顔があり、一国が崩れた余韻すらもない。それが千年の栄華からくる余裕なのか、あるいは現実を受け入れられず麻痺しているだけか・・。
「ノルド、聞いてるのか?」
慣れすぎた幼馴染たちとの絡みを適当にいなしていると、今度は心配げにこちらを二人がうかがってくる。お人好しだな、こいつら
「確かにハインツについては半ば強引に連れだしたと思う。だが王都で名を挙げれば家を立て直せるっていう餌に釣られたのはお前だろう?」
「うっ、そりゃあ・・。まぁ」
「あとツバキに関しては着いてこいとか言ってねぇよな?」
「あんた、わたしが着いてこなかったらここまで辿り着けたと思うの?それ分かって言ってるの?」
そこを突かれるのは非常に痛い。
というのも没落貴族界でもトップをひた走る俺たちの旅路に従者など着くわけも金もなく、もはや御車業を営むハインツの家から馬車を一台融通してもらえただけでも破格の旅路といえた。
そのためにハインツを引き入れたのであって、正直馬車があればハインツはいらなかったまである。
「今すごいこと言わなかったかい?」
ちなみにツバキがギャーギャー言ってるのは炊事洗濯等、本来は従者がするような諸々の家事のことである。
一応お坊ちゃんに分類される俺とハインツにそれらができるわけもなく、初日から持ってきた食材を調理できずセルフ遭難状態に陥った。
家事が万能である(初めて知ったのだが)ツバキがいなかったら、息巻いて家を飛び出した挙句、初日でとんぼ返りしていた可能性も少なくない。
「ツバキお母さんありがとう」
「誰がお母さんよ!」
「確かにツバキがあそこまで家事ができるとは思わなかったよな。ツバキの家ってそういう家訓でもあるの?」
ハインツの疑問ももっともで、普通はいくら没落貴族といえども家事は下人に任せるのが常だ。
もはやそれすらできなくなるとすれば、それはもう一般ピープルとの線引きは限りなく薄く、大きい家に住んでる一般人と言われても文句は言えまい。
「別にそういう家訓はないけど・・。一応私も女だし・・、ね?」
「でも貰い手ないし意味ないよね、その努りょkっ!?」
上目づかいでそんなこと言われても、その肘鉄で帳消しだと思います。
一瞬でも可愛いと思った俺の純心かえしてください。
「ノルドとツバキのイチャつきはいつものこととして、これからどうする?ダメもとで王都に行ってみるか?」
脇腹の痛みを堪えつつ、ハインツのもっともな疑問に頭を巡らせる。
これからの俺たちの行動はとどのつまり2択でしかない。
つまりは引き返すか、王都に向かうか、だ。ここからそれぞれの領地までは普通の行程で一週間といったところだろう。
まず問題なく帰ることはできる。
「だが、その場合俺たちは一生鳥籠の中だ。ハインツはしけた領地の馬大好き貴族のままで一生を終えるだろうし、」
「誰の馬車に乗ってきたか忘ないでね。置いてくよ」
「ツバキは貧乏貴族の娘あるあるで、どっかのしょうもないデブ貴族と無理やり結婚させられます」
「なんで断定形!?」
「お前らがそれでもいいなら正直引き返してもいいと俺は思ってる」
状況は芳しくない。
王都陥落が誤報とするものも多いが、そんな誤報あるだろうか。
陥落してないにしてもそれに類似した何かが王都で起こっていることは想像に難くなく、その渦中に飛び込むにしては俺たちには武力、知力、コネもなく、おまけに経験もない。
なさすぎる。
俺が書架で読みふけった数々の作品ではこういった場合、主人公がよくわからん楽観論で突撃し、手痛い目を見るのだ。
そこから這い上がる物語は嫌いではないが、実際身を投じる立場に立つと話が違う。
俺が下手を打てば家族の名誉が汚されるだろうし、こいつらの命だって保証できない。
そのどちらも俺にとってかけがえのないものであることは、吝かながら否定できない。
「予想ではあるが今から王都に向かって、俺たちにできることは何もないとも思う。」
「それどころじゃないってこと?」
少なくとも新米を仕官させて騎士寮での新生活なんて望めないだろう。
いや、下手すれば士官はさせてもらえるかもしれんが、それはおそらく、
「徴兵、だよね。ツバキはさすがに大丈夫だろうけど、僕やノルドは即徴兵、即突撃!王国のために!となりかねない。最悪のケースではあるけどね」
その最悪を不確かなこの状況でも考えられるからお前を連れてきたんだよ。
ハインツは一見トロイがいろいろ考えて行動できる人間だ。
だからこそ信頼できる。
「さっき馬がいればいらないとか言ったくせに」
「そこは否定しない」
「否定しろ!!」
もしハインツがいなかった場合ツバキと二人きりになれたんだから、否定しようがないだろうが。
「へっ!?なっ!?へぇ!?」
「ノルド、ツバキをからかうのやめたげなよ・・。」
「反応が面白いからついな。で、話を戻すが、」
「大変だ!」
酒場の扉が開くと同時に飛び込んできた男は、常時であれば失笑ものの狼狽ぶりで
「攻めてきた!亜人!すぐそこに!」
パニックに陥った人間特有の言い回しと雰囲気が、その場にいた全員に日常の終わりを悟らせた