第8話 「エデン、皐月の行方」
「ようやく倒せたな……」
カエンはふらつきながら砂になった巨大甲冑を見て、言った。
本当にようやく、倒すことが出来た。両目を狙って、倒れてしまうなんて……とは思わなかったけれど。
健次のペンダントゲートも、時間切れのようで、カエンの刀のように煙を上げ、色が消えていった。
なんとか、勝てたのだ。
「ちょっと、大丈夫カエン!?」と、星影はふらつくカエンの体を支えるため、肩を貸す。
「わりぃ。ちょいと力使い果たしたみてえだ……ちと休ませてくれ」
カエンはそのまま、床に座り込んで、壁に背中を付ける。
「俺のことはいい。2人とも奥に行ってくれ。3人で行くってのは、条件じゃなかったはずだからな」
カエンはつぶやく。
確かに、クロウズさんからは「深層に辿り着け」という目標を与えられた。
別に3人で行くことに対しては指定がないので、あの目標を言葉そのままの意味で受け取るならば、星影か健次がこの先にいって、カエンを置いても何も問題ではないはず。
だけれど、それとこれとは問題が違う。
「傷だらけなあなたを放っておくわけにはいかないわよ……」
「そうだよカエン」
「へへっ、泣けてくるなお前ら」
「そもそもカエン、あなたがゲートを開放なんてしなければ、こんなことにはならなかったのよ」
「まぁ、それを言われちゃあなんも言えねえなぁ」
「けど、実際これからどうしよう」
じっとしているわけにはいかない。試験はまだ継続中なのだ。
監視水晶は、僕ら3人の後を追うように浮かんでいる。
「体力だけでも回復しましょう、3人で行くわよ、カエン」
「それもそうだな……頼むぜ」
「月の恵」
星影のゲートが光り、星影の手から白色の光がカエンの体に向けられる。
「星影、回復魔法が使えるんだ」と健次はつぶやく。
「私の回復魔法は水のゲート程、効果はないけれど」
「いや助かる。そうだな、俺が立てりゃあ問題ねえな……」
カエンは、さっきまでのふらつきがなくなり、そのまま立ち上がる。
ただ、戦う力はないから気を付けてと星影はきつくカエンに忠告した。
そして3人は、巨大甲冑が倒れた先の門を通る。道幅が狭く、一本道が続いている。
「しかし強かったよなあいつ」
「あれだけ強かったもの、この先に3大戦士のお宝か何かが眠っていてほしいものね」
“何か”が祀られているへレビス遺跡。おそらくあの巨大甲冑は、その“何か”を守るための守護者みたいなものだったのだろう。と健次は推測する。
けどあんな高速ランス、二度と戦いたくないと思う。
あれは一歩間違えれば本当に遣られていたに違いない。そう考えるとゾッとする。
そんなことを考えていると、どうやら深層に辿り着いたようで、また広い所に出た。
「なんだ……ここは」
……門。また門だ。非常に大きな門が、3人の前に現れる。
先ほど巨大甲冑が出現した1つめの扉よりも遥かに大きく、装飾も派手に施してある。
「門? また門なのかしら」
――いいえ。ここでへレビス遺跡は深層ですよ
「だ、誰だ!?」
カエンが叫び、3人は戦闘態勢に。
また、敵なのだろうか。
女性の声。優しそうな声がする。
どこからともなく聞こえてきて、どこからか聞こえているのかは分からない。
すると突然、目の間に緑色で長髪、服装は白色のワンピースをつけた女性が現れた。
よく見ると、耳の部分がとがっていて、人じゃないような気がしてくる。
「よく辿り着きましたね……。お見事です。未来の戦士さんたち」
「君は、誰?」と、健次は緑色の女性に声をかけた。
「私はエデン。この門、楽園の扉の管理者です」
「エデンですって!?」
星影は驚く。しかし、このエデンという女性、なんだかふわふわした雰囲気で、なんだか気が抜ける。
「私の事を知っているのですか!! うれしいです!」
「知っているも何も……」
「星影、あの人って」
健次は尋ねる。
「あなたに一番最初、言ったわよね、あなたのことを、楽園の扉から来た、ダゼンスの民だって。そのエデンゲートを管理しているのが、女神エデンと呼ばれているわ。私は今不思議な気分よ……伝説上の人物が今目の前にいるなんて」
「え、ということは」
この、へレビス遺跡の深層は、健次がこの世界に迷い込んだ扉、楽園の扉そのものだということになる。つまり、健次がラボンスに迷い込んだ扉の、ラボンスからの入り口。ということになるのだろうか。
「その通り。数日ぶりですね新山健次さん。私のことを覚えてらっしゃいますか?」
「いや、覚えているも何も、君とは初対面だよ」
健次は、扉を渡った後、星影とカエンに助けられたのだ。
このエデンという女性と出会って、話した覚えはない。
「がーん!! 2000年ぶりに人とお会いしたというのに」
「2000年!?」
年が2000歳ということになるのか。なんというご高齢。
しかし見た目は20代のチャンネーそのものである。
星影から、エデンはエルフ族という種族の人だということを聞いた。
人間よりも寿命が長く、かなり長生きする生物らしい。
「やーん恥ずかしいです。 でも心は永遠の17歳だゾ♪」
きらりとピースをする女神エデン。
「なんかこいつ腹立つぞ……」
カエンはその態度に腹が立ち殴ろうとしているが、その手を止める星影。
「押さえてカエン。女神様に失礼よ」
「あ、あの、エデンさん、聞いてもいいですか」
健次は、知りたくて仕方がなかった。この世界に来た時の門番ならば、一度健次と会ったことがあるならば、この世界に来た時にあったのならば、聞かなくてはいけないことがある。
皐月のことだ。エデンなら、何か知っているかもしれない。
「やだ私の事ですかぁ!?」
「いえ、あの、以前お会いしたとき、僕の連れの女の子がいたと思うんですが、その子がどうなったか、知っていますか?」
「……。健次さん、何も覚えていらっしゃらないのですね」
「すいません。ケルタ村で目覚める前、どうなっていたか覚えていなくて」
本当に不思議と、ぽかんと穴が開いている時間。
皐月を連れて門を超えた時、気がついたらケルタ村で目が覚めて、星影やカエンと出会っていた。健次自身はてっきり、ラボンスに来た瞬間、ケルタ村で目が覚めたのかと思っていたが、それならば皐月の行方がどうなったのか説明がつかない。明らかに、忘れているのか、覚えていないのか、空白の時間がある。
その手掛かりが、このエデンさんが握っているかもしれない。原因はわからないが、何らかの理由で忘れてしまっている、皐月の行方を。
覚えているのは、夢だけだ。
あの巨大甲冑を倒した時と同じような言葉を言った、あの夢。
――チカラを、示セ。
そう闇の中の影は言った。覚えていることはそれだけだ。
「あなたのお連れ様ですが、簡潔にいうと、誘拐されました」
「……誘拐!?」
「はい。ブラッド家を名乗るその軍団が、貴方が異世界に来ることをまるで知っていたかのように、こちらに訪れました」
「ブラッド家だと!?」
カエンが反応する。ブラッド家ってなに?
エデンはそんなことはさておきといった感じで、話を進める。
「ブラッドは、あなたのお連れ様を誘拐し、あなたを殺害しようとしました。私はそれをなんとか防ぎ、貴方はそのまま気を失った……。私はそのあと、妖精さんに頼んでケルタ村郊外へあなたを避難させました。私は盟約でこの場を動けない身となっているため、お連れ様を追いかけることが出来ず、本当に申し訳ありません」
「ちょ、ちょええ?」
「誘拐されたの!?」
皐月が、誘拐……!?
目覚める前に、そんなことが起きていたのか。何故覚えていない……?
健次は自分自身の頭を巡らし必死に思い出そうとするが……覚えているのはあの夢だけだ。
「恐らく、あなたに暗示がかけられていたのでしょう。どの時代もいるのですね……姑息な手段を使う輩が」
暗示……。
そのブラッドというやつらが何者かは分からないが、皐月が誘拐されたことが分かった。
あの時、夢の中の声は、タイセツヲウバウ。といった。
その大切、おそらく皐月の事だったのだろう。
「エデン」とカエンが遮るように聞く。
「はい、何でしょう?」
「そのブラッドだが、両腕に獣の牙みたいな奴はいなかったか?」
「……申し訳ありません、いなかったと思います」
そうか。とカエンは引き下がる。誰か探している人でもいるのだろうか。
「カエン、ブラッドって何?」
「……国際指定犯罪組織、ブラッド家。その連中の目的は謎だが、殺人一家とも呼ばれているらしい。要は悪ぃ奴らということだ。俺はその連中のある人物を探してる」
カエンの目が、見たこともないような怖い目をしている。何かその人物に、心当たりがあるのだろうか。
「皐月は、大丈夫なのか……?」
「命に別状はないと思うわ。彼らの目的があなたの言う皐月って子の命なら、殺されているはずだし」
健次は少しほっとする。皐月はまだ生きている。
なら、助けなくてはいけない。|奴ら(ブラッド家)から皐月を取り戻さなくてはいけない。
目的は定まった。ブラッド家を探し、皐月を取り戻す。
「ええ。そして、戦士さんたちには伝えなくちゃいけないことがありま……す?」
エデンが、何か言おうとしたその時。
エデンの腹部に、突如ナイフが突き刺さった。
「く……あ……」
「エデンさん!?」
星影とカエンが戦闘態勢に入る。
健次もナイフを構え、周囲の様子を伺う。
「……」
ナイフを投げた主が、姿を現す。
声を一言も発せず、黒いフードに身を包んでいる。顔も分からない。
しかし、漂う強烈な、“殺意”。
「女神も死ぬのだな」
突如、一言話し始めた。そして黒ずくめの男は、エデンに刺したナイフをそのまま、回し始める。
「あ……ぅ……」
エデンの腹から、大量の血液が流れ出てくる。
人間と同じように、赤い血液が。
「てめえ!!」
カエンがとっさに刀を黒ずくめの男に振りかざそうとする。それに合わせて背後からも星影が槍を構え、同時攻撃をしようとするが……。
黒ずくめの男は、それをひらりと交わした。エデンを左手で持ちながら。
「なっ!?」
「やるわね」
「何者だ、お前!!」
カエンが訪ねる。
「ブラッド家だ。貴様ら、弱いな……」
ブラッド家……。
健次は、人の流れる血を始めて見た。
何もできない。
怖い。怖い。動けない。
手足が、震えている。
自分自身の本能で、危険だと感じる。
恐怖心で、口も開かない。
「なんだと!?」
「まぁいい。目的は達成された。貴様らにはここで消えてもらう」
そうして、黒ずくめの男は、フードの中から剣を取り出し、カエンたちに襲い掛かろうとする。その時だった。
「何!?」
「……やはりそうだったか。ブラッド家」
クロウズだ。第一次試験監督官の、クロウズが、健次たちの目の前に現れた。
大剣を振りかざし、ものすごい速さで黒ずくめの男を斬りつけようとするが、男はそれを防ぎ、大きく後退する。
その隙を狙って、クロウズはエデンを取り返した。
迫力が……違う。
健次は恐怖心が少し和らいだ。クロウズは、強い。
「受験生、申し訳ない。到着が遅れた」
「監督官!!」とカエンは叫ぶ。
「緊急事態だ、お前たちは下がっていろ。女神様を頼む」
クロウズの指示通り、エデンを連れてそのまま下がる3人。星影はエデンの治療を始めた。
「女神様!!」
星影も叫ぶ。
「はは、私も所詮エルフ、生き物だということですね……でも大丈夫。私の体は……なくなるかもしれませんが……楽園の扉は機能する筈です」
エデンは、喋るのにも精一杯な状況になっていた。
腹部からの出血が止まらず、かなり痛そうだ……。
「しゃべらないで!!月の恵!!」
星影は、必死にエデンの腹部に回復魔法を施す。
「健次さん……カエンさん……星影さん……よく聞いてください。貴方たちは巨大甲冑を倒すことが……出来ました。それは……つまり、3大戦士の素質があるということです……」
「3大戦士の素質だと!?」
カエンは答える。新山健次、星影ナツキ、カエンの3人が、2000年前にラボンスで活躍した、3大戦士の素質があると、エデンは言っているのだ。
「ええ……。私が息絶えた時、エデンゲートは強力……な防護壁で守られ……ます。健次さんが……元の世界に帰るためにも……あなた方の敵である……ブラッド家を倒すためにも……トライスキルを手に入れてください」
「トライ……スキル」
「ええ……。それを習得することが出来れば……あなたたちは今よりも格段に……強くなるはずです……。健次さんのお連れ様を……助ける力にもなります……」
「皐月を、助ける力」
健次は、改めて思う。自分自身の弱さを。
このラボンスに来て、皐月を誘拐されたことが分かった。その誘拐した連中は、あの黒ずくめの男のように、ものすごい殺気立つような、連中であると。
その黒ずくめの男に対して、健次は戦う気すらおきないくらい、戦力差を感じたのだ。
ゲートが今使えないことが理由になるのか。
ナイフが今使えないことが理由になるのか。
違う。新山健次はまだ弱いのだ。それを本当に自覚する。
属性が変化できたからと言って、巨大甲冑が倒せたからと言って、強くなったわけではない。
これから、始めるのだ。
これから、強くなるのだ。
篠山皐月を助けるために。
「みなさん、ご武運を……」
エデンは、そのまま目を閉じて、何もしゃべらなくなった。
ラボンスに来たとき、最初に助けてもらった人。
お礼も言えていなかった。
もう少し、話をしてみたかった。
その様子を、カエンと星影と健次はただ、見つめていることしかできなかった。