第7話 「ヘレビス、その深層で」
【登場人物】
新山健次 …主人公
篠山皐月 …主人公の幼馴染(行方不明)
カエン …空に近づきたい夢を語る青年。
星影ナツキ…カエンの連れ。
クロウズ …スカイベル学園第一試験の試験監督官。
【状況】
現在地 :ラボンス「ベルフライム王国」ケルタ村郊外 へレビス遺跡
現在の目的:王立スカイベル学園の第一次試験を攻略しよう
健次が、ゲートを使い魔法で戦っている、遺跡の外では。
外で見ているクロウズは、突入態勢に入っていた。
「学園長!!」
クロウズは、もう限界だった。
見ていられない。“ゴーレム”にやられていく彼らを。
あれは彼らじゃどうしようもならないくらい強い。ましてや、自分自身ですらどうかというところだ。
今突入すれば、少なくとも彼らを助ける手立てが出来る筈だ。
しかし、当の学園長は……。
『未だじゃ』
「この状況をみてもなおですか!? 危険すぎます!?」
『未だじゃ』
「おいジジイ! ふざけんじゃねえぞ! 命が掛かってるんだぞ!」
『未だじゃ』
「おいクソジジイ!」
『未だなのじゃクロウズ』
おかしい。
クロウズは、怒りを抑え、冷静になる。
違和感が、ある。
学園長はジジイ呼ばわりすることを毛嫌いしているはずだ。
“クソ”まで付けているにもかかわらず、学園長は一つも怒るそぶりを見せない。
また、王立ベルフライム学園の入学試験でここまで命をかけて受験させることがあるのだろうか。
たかが学園試験だ。安全がないにも程がある。開かずの間が開き、これまで現れたことのない“ゴーレム”が現れた。そんなイレギュラーが起こって、受験生が2人やられた。
ここまでやる必要があるか?
何かがおかしい。
(……そういえば)
――クロウズ、ブラッド家の動きが最近おかしくなっておる。政府から聞いたのじゃが、“反対派”とどうやら接触を繰り返しているようじゃ。試験も気を引き締めて監督するのじゃぞ。
クロウズは、試験を執り行う前に学園長に言われたことを思い出す。
(……ジジイからあんな釘刺されて、そのジジイが悠長に見てるってのもおかしいな)
気を引き締めろ、といった本人が、この状況を良しとするはずがない。なにか理由があるのなら別だが、普段の学園長ならこんなことはあり得ない。
これが、一つ目の違和感。
そして、次の違和感は、この場所、へレビス遺跡についてだ。
開かずの間といい、ゴーレムといい、こんなことは最初から聞かされていない。
よくよく考えればおかしい。そんな仕組みあるなら、事前に伝えられている筈だ。
ラボンス中の知識の倉庫ともいわれている、スカイベル学園の試験なのにも関わらず……だ。
太古の記録くらい、しかもそれが3大戦士にまつわるものなら、尚更だ。ゴーレムについては聞いたことがあるが、ゴーレムが潜んでいるなんて聞いたことがない。
それが、二つ目の違和感。
(くそ、めんどくせえことを考えるのは俺の領分じゃねえんだけどな……)
何かがおかしい。しかしおかしいだけで確証はない。
それに、3大戦士に関しては学園側もつかめていない部分もあるから、本当に知らなかったという可能性も否めない。
少し、鎌をかけてみよう。
クロウズは、学園長に尋ねる。
「学園長」
『なんじゃ?』
「なぜ、ジジイと言って怒らないのですか?」
『はて、なんのことじゃ?』
やはりおかしい。ボケてるにも程がある。
学園長は、ジジイ呼ばわりすると、「ジジイではない。まだ紳士の年じゃ! 馬鹿にするでない!」と言って説教を小一時間する筈だ。
それくらい癪に障るのだ。なのにもかかわらず改めて聞いてもとぼけている。
おかしい……。
クロウズは質問を続ける。
「もう一つ質問します。貴方が出発前、私に話した例の件、どうなっていますか?」
『ふむ……問題なく進んでおるぞ。それがどうした?』
かかった。
クロウズは確信する。こいつは学園長ではない。
「そうですか。例の件なんてそんなもの無いのに」
『なんじゃと!?』
「学園長、いや、貴様は何者だ」
『なんのことじゃ?』
「とぼけるんじゃねえ。今ので分かるだろ」
監視水晶の声の主が、笑い始める。
そして、声色がどんどん若い男の声になってゆく。
『ふふふ……まだ私も詰めが甘い。クロウズさん、あなた頭も回るのですね』
「やはりか」
学園長ではないことが明らかになる。水晶の向こうの何者かが、学園長の声を真似ていて、こんなイレギュラーな状態でも、クロウズを突入させない状態を狙っている。
何故、こんなことになったのかはさておき。
『さて、私は誰でしょうか』
「ふざけているのか」
『いえいえ。でもあなたは検討がついているのではないでしょうか?』
「……国際指定犯罪組織、ブラッド家。その一味といったところか」
――クロウズ、ブラッド家の動きが最近おかしくなっておる。
本物の学園長から、聞いたことを思い出し、確かめる。
『ご名答。いやぁ私たちも有名になりましたね。うれしい限りです』
「声と姿を変幻自在に操る奴がブラッド家にいたと聞いたことがあるからな……まずいな。貴様とおしゃべりしている暇はないようだ」
『おやおや。私はもう少しおしゃべりしていたかったのですが、残念です』
そんなブラッド家の変声野郎の言うことは聞かず、クロウズは、急いで遺跡の門を背中の大剣で破壊し、突入する。
これは間違いなく緊急事態だ。
一刻も早く、あの受験生たちを救出しなくては。
そして、道を走りながら考える。
――国際指定犯罪組織、ブラッド家。
彼らは通称“殺人一家”とも呼ばれている。その目的は謎である。
どの国、どの地域でも殺しを行うスペシャリストで、ものすごく強靭な力と殺人の遂行能力を持ち、各国政府や軍隊が手を焼いている。その場所などは変則的で法則性もなく、何かしらの“クライアント”が背後に潜んでいるという話もある。
彼らの手によって、村や街の住人が跡形残らず殺され、滅んだという話もよく聞く。
組織の全貌はいまだ明らかになっておらず、各国が協力し捜査に当たっているため、国際指定犯罪組織となっている。
少し、マズイことになったな。とクロウズは自責する。
第一次試験に、犯罪組織の介入。
だが、目的は何だ?
何故俺が介入するのを止めた?
ブラッド家が、彼ら受験生を狙う理由は何だ?
でも、分かっていることがある。これまでクロウズの足を止めていた声の学園長が、偽物だという事。そしてこの遺跡の“何か”をブラッド家が掴んでいる事。おそらくゴーレム出現も知っているのだろう。そして、あの3人を狙う、何かの理由。
いや、ちょっと待て。
殺人一家がなんで、こんな回りくどいやり方をしている?
あの3人が目的なら、そのまま殺しに行くはずだ。
しかも俺が邪魔なら、なぜこんな学園長の真似をして俺を止めている?
(くそ、こういうことは俺の性分じゃない)
考えることは苦手だ。クロウズは戦闘に特化した元兵士なので、戦闘のことは指南できるが、こうした様々な団体が絡む事情を考えるのは苦手である。
とりあえず、考えるのは後にして、彼らの救出に向かおう。
無事で、いてくれるといいのだが。
――その、同時刻。遺跡の深層近くの門では、健次と巨大甲冑が戦っている。
そして、健次の体を、ランスが貫いた……かのように見えた。
健次はとっさに、「自分の体が水のようになれば」とイメージする。
その瞬間、健次の虹色のゲートの色が青色に変化し、一瞬だけ健次の体が水のように柔らかくなった。そして、なんとか一撃を免れる。
まさに危機一髪だ。
「……死ぬかと思った」
「今度は水のゲート!? しかも水の体なんて」
星影は驚く。本当に属性を自在に変えているなんて。
水の体は、体を水のようにして敵の攻撃を防ぐ魔法だ。
大抵の攻撃を防ぐことが出来るが、どんなに極めても10秒ぐらいしか持続時間がないため、使いどころが肝心である。
しかし、健次はその魔法をたった1秒でしか出現させることが出来なかった。
もしタイミングがずれていたら、彼の腹をあの巨大ランスが貫いていたに違いない。
(凄いのか運がいいのか)
「属性を変えているのか、僕は……」
健次は、ようやく自分のゲートの特性に気付く。魔力は微力ではあるが、が属性を変えている。
これが、自分の力なのだろうか。
健次は、ペンダントを見つめ、思う。
「でも、僕は弱い」
謎の声が、弱さを知れと言った。
属性を自在に変化できることが分かったが、それが出来たとしても現時点で出せるのは微々たる魔法だ。これが、巨大甲冑を倒すための活路につながるわけではない。
健次はただ、巨大甲冑の高速ランスを、色々な手段でかわしているに過ぎない。
しかし、まだ分からない。
これで現時点での全力か?
カエンみたいに、あんな風に全力を出せたのだろうか?
これまでは、イメージをしたら魔法が出現させることが出来た。
なら、この自分の虹色のゲートは自分のイメージを力に変えることが出来るのではないだろうか。
そんなことを考えていると、ふと右手のナイフに目が入る。
(2人に選んでもらったのに、使っていないなんて情けないよな)
カエンに、お金まで出してもらって、星影にも選んでもらったのだ。
そこまでしてもらって、使わないわけにはいかない……。
このナイフで、出来るだろうか。
「まだ……未だやれるぜ、俺は」
「カエン!?」
倒れていたカエンが、立ち上がる。
「あなた、馬鹿じゃないの。開放なんてして」
星影が、はあとため息をつき、カエンの元に近づき、よろめくカエンの肩を貸す。
「前にも言っただろナツキ。俺はお前を守り、お前の夢を追いかけると」
「カエン……」
「健次、お前すげえな。そのゲート」
カエンも、健次の戦闘風景を見ていたらしい。
「まだ、力は出せないけどね、それに弱い」
「いいんじゃねえか。弱さを知ることが、全ての始まりだ。俺の師匠も言っていた」
カエンは、星影の手を払い、一人で立つ。
あんなに力を使ったのにもかかわらず、また戦おうとしている。
「カエンあなた」
「星影、まだいけるか?」
「……当たり前じゃない」
「健次、すまねえな、これまで。改めてよ、力を貸してくれないか?」
カエンは、これまで巨大甲冑と戦った健次に礼を言う。
「うん!」
2人の夢はわからない。
突然この試験に連れてこられた身だが、ここで引けば皐月の手掛かりがつかめないかもしれない。
いや、それだけじゃない。
この2人の、カエンの、熱い思いの火が、健次にも付いたのだ。
ここで引いてたまるか。
倒せるかわからない。負けるかもしれない。
だが、全力を出さずしてどうする。
「けどカエン、あなたもう魔力は出せないじゃない……」
カエンは、最大開放をして現時点での全ての魔力を使い果たした。
「魔力がなくても俺にはこいつがある」
カエンは、光を失った自分の刀を出す。
魔力を失ってもなお、疲弊してもなお、戦うその心意気。
「カエン……」
「さあいっちょやるか。健次、ナツキ」
「ええ」
「うん!」
巨大甲冑が、こちらを向く。
微力ながらも健次も加わる。
「さて、どうするよ健次」
「さっきの作戦で、カエンは左目を、僕は右目を狙う!」
巨大甲冑両手両足重力祭りの始まりだ。
「ああ。だそうだぜナツキ」
「お安い御用ね、月の重力ッ!」
星影の月のゲートが光り、巨大甲冑の手足が重力で動けなくなる。
……やはり、星影も強い。
「今よ!」
「僕の弱さを知るためにも……。属性変更ッ!! フレイムゲート!!」
健次はイメージする。
熱く、熱く、熱く、燃えるような炎。
カエンのように。まっすぐな炎。
今は小さき炎かもしれない。
所詮カエンの物まねかもしれない。
いいのだ、それで、僕はここから始めるのだ。
僕自身の物語を。
健次の虹色のゲートが、赤色に変わる。
「カエン、いくよ!」
「ああ……!」
カエンの力を借り、大きくジャンプする健次。
巨大甲冑の頭部が、がら空きだ。
「「火炎斬・双ッ!」」
カエンと健次は、巨大甲冑の違う目に、刀とナイフを突き刺した。カエンの魔力は切れていて、刀に火が灯ってはいない。が、左目を貫いている。健次のナイフもまた、わずかな炎が灯り、右目を貫いていた。
【チカラハ、示サレタ――】
そして、巨大甲冑は倒れ、道が開いた……。
カエンは刀を納刀し、星影も槍を納め、様子を伺う。
再び攻撃する気配もなく、砂になって甲冑の体が崩れていった。