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デルタトライナイト  作者: 水原翔
第四章 ブラッド編
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第59話 「暴走」

 明確な殺意なんてなかった。

 “殺し“は頼まれて行われるものだった。

 そして、それが報酬となり、明日の食料となる。

 ブラッド家に所属する人間は、それが当たり前の常識だった。

 だから何も、おかしいと思うことなんてなかった。


 依頼さえあれば、報酬さえあれば、どんな殺しでもやって見せる。

 ブラッド家に意思はない。

 それが、意思を持ち始めたのは、いつ頃だっただろうか。

 別に家に意思があろうがなかろうが、殺すことに変わりはない。

 目の前の人間が腐り果て、自分の駒になることに、変わりはない。

 

 何でこんなことを、今まで考えたことはなかったのに。

 ゾンゾ=ザス・ブラッドは、自分の思惑と異なったことが起きた瞬間、初めてこんなことを思い始めた。

 

 他人を傷つける痛みさえも、自分への痛みも、これまで全く感じなかったのに。

 弟の、カエンの放つ青い炎は、確実に痛みを生む。

 そうか、これが、痛みか……と。

 しかし、そんなことはもはや、関係ない。

 本来の目的は、達成されたのだから。


「フフフフ……」

「何がおかしい?」

「いやあ、痛みを初めて知ったからナ……見事だよカエン、お前は強い」

「……いや、おれは強いんじゃない。これから“強くなる”んだ」

「……なるほど、それがお前の、本当の強さ、か」

「ゾンゾ?」

「俺の使命は果たされなかった。完全にお前の勝ちだ」


 カエンを、カエン・ブラッドとして引き戻すことはできなかった。


「ただお前は、いずれお前の“血“を、いやと思うほど憎むようになるだろうな」

「いや、俺は俺だ。カエン・ブラッドが事実かもしれねえなら、それを受け入れる。受け入れたうえで、俺は俺の道を歩む」

「……修羅の道だぞ」

「構わねえ。なあクソ兄貴」

「っ!?」


 彼は、今もなお自分のことを家族と思うのか?

 その発言にゾンゾ=ザス・ブラッドは驚いた。

 焼け焦げた体をゆっくりと動かし、カエンのほうを見る。


「……ブラッド家について教えろ」

「知ってどうする?」

「壊滅させるさ、俺が。いっぱいお前に聞きてえことはあるが、まず、黒ずくめの男、知ってるか?あいつはなんだ?」


 黒ずくめの男。

 一番最初に健次たちが遭遇した、ブラッド家。

 女神エデンを刺した、あの男。


「黒ずくめ…?」

「すっとぼけんな、ヘレビス遺跡に来たやつだ、試験を邪魔して健次たちを襲って、エデンを殺そうとした」

「はは、はははははははははは……」

「何がおかしい?」

「……カエン、お前が倒すべきは、ブラッドよりも大きな、いやそれ以上の“悪魔”だよ」

「どういうことだよ?」

「ブラッドなんてただの手駒に過ぎないさ。お前は、お前たちはこれから、到底勝てるはずもない相手を目の当たりにするさ、俺なんてかわいいほどのな」

「何を知ってる!?」


 カエンはゾンゾ=ザス・ブラッドの胸倉をつかむ。

 彼は、何を知っているのだろうか。

 自分の復讐の相手をようやく倒せた。

 ブラッド家の全貌も気になるところだが、それ以上の“悪魔”とは、どういうことだろうか。


「いいかぁカエン。ブラッドは所詮雇われの殺人集団だ。必ず主がいる。お前もそれがわからなかったわけではないだろう?」

「……」

「自ら手を汚さす、俺たちみたいな裏の者を使い、目的を執行する。

そして嘲笑うヤツがいる。そいつは人間じゃない。ブラッド家ですら従順に従わざるを得ない存在だ」

「……それでも、お前の、ブラッド家の罪は変わらない」

「果たしてそうか!? 俺たちは云わばナイフだ。ナイフを作る工場に何の罪がある? ナイフを持って刺したヤツが、本物の悪党だろう?」

「違う!!」

「違わないさ。たくさん殺しをしてきた俺だから言える。本当の悪党っていうのは自ら手を汚さない。登場すらもしない、気づかないうちに目的を果たして、いつの間にか一人だけ笑っている、そんな存在だ」

「まるでお前に罪がないような言い方だな!? クソ野郎」

「ああ、そうさ、俺には本質的に罪はない」


 カエンは、ゾンゾ=ザスがそうつぶやいた瞬間、思いっきり右フックで顎を殴る。


「しらばっくれんな、クソ野郎!!」

「いいかァカエン。お前は“ナイフ“を壊したに過ぎない。ただ忘れていないか?お前もナイフになりえることを」

「うるせえ!!」


 再び、ゾンゾ=ザスを殴るカエン。それでも彼はしゃべり続ける。


「いいさァ、気が済むまで殴れよ。俺も殺してしまえばいい。ただ本質的な問題はそれで解決しない……」


 カエンはそんなことを言い続けるゾンゾを、ひたすら殴り続ける。顔にはかなりの痣ができていた。


「フフフフ……」

「なんだよ!?」

「お前は力に覚醒した。そして俺をものすごく恨んで殴り続けている」


 そう、気味の悪いことを言い出したゾンゾ。

 ただカエンはその瞬間、自分の感情が制御できていないことに初めて気づいた。

 これはただ怒り狂ったものを抑えるだとか、そういうことではない。

 初めて味わった感覚。まさに何者かに自分の感情を制御されているような、そんな感覚。


「な……」

「フフフフフ!ハハハハハハハハハハハハ!!! 影人格が目覚めたか!! これで目的は果たされた」

「おい、どういうことだよ!?」


 そういって、ゾンゾはゆっくりと床に倒れた。

 死んではいない。ただカエンが殴りすぎたのか、気を失っていたようだった。


 それは、星影が体験したものと同じだ。

 星影はカエンに伝えていないのだから、カエンは初めて知る感覚。

 デルタトライナイトの力の目覚めと裏腹に覚醒した、謎の人格。


 ――殺セ。


「お前は……」


 カエンがミンティと遭遇した際に夢で見た黒い靄。

 それと同じ声がした。

 その瞬間、内側から棘が差すような頭痛がカエンを襲う。

 頭を抱え床に座り込むカエン。

 途端に、息が上がりだす。


 ――スベテヲ殺シ尽クセ。


「……倒したはず……じゃねえのか」

 

 そう、カエンは師匠に目覚めされ。

 確かに倒したはずの黒い靄。それが再びよみがえったのだ。

 自分の体が金縛りにあっていて全く動けないことに気づく。言葉だけを唯一発することができる状態だ。


「んだよこれ、制御できねえ」


 ――ソレモソノハズダ。オマエハ私デアル。殺セ。ソレガ神ガ命ジタ、ブラッドのシメイ


「神……だと?」


 カエンの目の前には、再びサミル村のあの悲惨な光景が思い浮かぶ。

 サミル村の人間が全員ゾンビ化されて、それをカエンが倒した、あの光景が。


 ――ソウ。スベテハ“ゼノ”ノ意思ノモトニ。


 そしてカエンの目は、赤く、光始めた。

 瞬間、隔離空間が解除され、カエンはウインドベル・ローレライ号の現実空間へ戻される。


「…………」


 もう、言葉も発することができないまま、ゆっくりとカエンは殺意をむき出しにしながら歩き始めた。

 

 ――ソウダ。デルタトライナイトナンテモノハ“ゼノ”ノマエデハ無意味。

 ――オマエハ殺戮兵器ダ。モハヤ“ゼノ”ノ意思モトデ、動クダケノ兵器ダ。殺セ。スベテヲ


 そう、脳裏に言葉が流れながら。


 




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