第59話 「暴走」
明確な殺意なんてなかった。
“殺し“は頼まれて行われるものだった。
そして、それが報酬となり、明日の食料となる。
ブラッド家に所属する人間は、それが当たり前の常識だった。
だから何も、おかしいと思うことなんてなかった。
依頼さえあれば、報酬さえあれば、どんな殺しでもやって見せる。
ブラッド家に意思はない。
それが、意思を持ち始めたのは、いつ頃だっただろうか。
別に家に意思があろうがなかろうが、殺すことに変わりはない。
目の前の人間が腐り果て、自分の駒になることに、変わりはない。
何でこんなことを、今まで考えたことはなかったのに。
ゾンゾ=ザス・ブラッドは、自分の思惑と異なったことが起きた瞬間、初めてこんなことを思い始めた。
他人を傷つける痛みさえも、自分への痛みも、これまで全く感じなかったのに。
弟の、カエンの放つ青い炎は、確実に痛みを生む。
そうか、これが、痛みか……と。
しかし、そんなことはもはや、関係ない。
本来の目的は、達成されたのだから。
「フフフフ……」
「何がおかしい?」
「いやあ、痛みを初めて知ったからナ……見事だよカエン、お前は強い」
「……いや、おれは強いんじゃない。これから“強くなる”んだ」
「……なるほど、それがお前の、本当の強さ、か」
「ゾンゾ?」
「俺の使命は果たされなかった。完全にお前の勝ちだ」
カエンを、カエン・ブラッドとして引き戻すことはできなかった。
「ただお前は、いずれお前の“血“を、いやと思うほど憎むようになるだろうな」
「いや、俺は俺だ。カエン・ブラッドが事実かもしれねえなら、それを受け入れる。受け入れたうえで、俺は俺の道を歩む」
「……修羅の道だぞ」
「構わねえ。なあクソ兄貴」
「っ!?」
彼は、今もなお自分のことを家族と思うのか?
その発言にゾンゾ=ザス・ブラッドは驚いた。
焼け焦げた体をゆっくりと動かし、カエンのほうを見る。
「……ブラッド家について教えろ」
「知ってどうする?」
「壊滅させるさ、俺が。いっぱいお前に聞きてえことはあるが、まず、黒ずくめの男、知ってるか?あいつはなんだ?」
黒ずくめの男。
一番最初に健次たちが遭遇した、ブラッド家。
女神エデンを刺した、あの男。
「黒ずくめ…?」
「すっとぼけんな、ヘレビス遺跡に来たやつだ、試験を邪魔して健次たちを襲って、エデンを殺そうとした」
「はは、はははははははははは……」
「何がおかしい?」
「……カエン、お前が倒すべきは、ブラッドよりも大きな、いやそれ以上の“悪魔”だよ」
「どういうことだよ?」
「ブラッドなんてただの手駒に過ぎないさ。お前は、お前たちはこれから、到底勝てるはずもない相手を目の当たりにするさ、俺なんてかわいいほどのな」
「何を知ってる!?」
カエンはゾンゾ=ザス・ブラッドの胸倉をつかむ。
彼は、何を知っているのだろうか。
自分の復讐の相手をようやく倒せた。
ブラッド家の全貌も気になるところだが、それ以上の“悪魔”とは、どういうことだろうか。
「いいかぁカエン。ブラッドは所詮雇われの殺人集団だ。必ず主がいる。お前もそれがわからなかったわけではないだろう?」
「……」
「自ら手を汚さす、俺たちみたいな裏の者を使い、目的を執行する。
そして嘲笑うヤツがいる。そいつは人間じゃない。ブラッド家ですら従順に従わざるを得ない存在だ」
「……それでも、お前の、ブラッド家の罪は変わらない」
「果たしてそうか!? 俺たちは云わばナイフだ。ナイフを作る工場に何の罪がある? ナイフを持って刺したヤツが、本物の悪党だろう?」
「違う!!」
「違わないさ。たくさん殺しをしてきた俺だから言える。本当の悪党っていうのは自ら手を汚さない。登場すらもしない、気づかないうちに目的を果たして、いつの間にか一人だけ笑っている、そんな存在だ」
「まるでお前に罪がないような言い方だな!? クソ野郎」
「ああ、そうさ、俺には本質的に罪はない」
カエンは、ゾンゾ=ザスがそうつぶやいた瞬間、思いっきり右フックで顎を殴る。
「しらばっくれんな、クソ野郎!!」
「いいかァカエン。お前は“ナイフ“を壊したに過ぎない。ただ忘れていないか?お前もナイフになりえることを」
「うるせえ!!」
再び、ゾンゾ=ザスを殴るカエン。それでも彼はしゃべり続ける。
「いいさァ、気が済むまで殴れよ。俺も殺してしまえばいい。ただ本質的な問題はそれで解決しない……」
カエンはそんなことを言い続けるゾンゾを、ひたすら殴り続ける。顔にはかなりの痣ができていた。
「フフフフ……」
「なんだよ!?」
「お前は力に覚醒した。そして俺をものすごく恨んで殴り続けている」
そう、気味の悪いことを言い出したゾンゾ。
ただカエンはその瞬間、自分の感情が制御できていないことに初めて気づいた。
これはただ怒り狂ったものを抑えるだとか、そういうことではない。
初めて味わった感覚。まさに何者かに自分の感情を制御されているような、そんな感覚。
「な……」
「フフフフフ!ハハハハハハハハハハハハ!!! 影人格が目覚めたか!! これで目的は果たされた」
「おい、どういうことだよ!?」
そういって、ゾンゾはゆっくりと床に倒れた。
死んではいない。ただカエンが殴りすぎたのか、気を失っていたようだった。
それは、星影が体験したものと同じだ。
星影はカエンに伝えていないのだから、カエンは初めて知る感覚。
デルタトライナイトの力の目覚めと裏腹に覚醒した、謎の人格。
――殺セ。
「お前は……」
カエンがミンティと遭遇した際に夢で見た黒い靄。
それと同じ声がした。
その瞬間、内側から棘が差すような頭痛がカエンを襲う。
頭を抱え床に座り込むカエン。
途端に、息が上がりだす。
――スベテヲ殺シ尽クセ。
「……倒したはず……じゃねえのか」
そう、カエンは師匠に目覚めされ。
確かに倒したはずの黒い靄。それが再びよみがえったのだ。
自分の体が金縛りにあっていて全く動けないことに気づく。言葉だけを唯一発することができる状態だ。
「んだよこれ、制御できねえ」
――ソレモソノハズダ。オマエハ私デアル。殺セ。ソレガ神ガ命ジタ、ブラッドのシメイ
「神……だと?」
カエンの目の前には、再びサミル村のあの悲惨な光景が思い浮かぶ。
サミル村の人間が全員ゾンビ化されて、それをカエンが倒した、あの光景が。
――ソウ。スベテハ“ゼノ”ノ意思ノモトニ。
そしてカエンの目は、赤く、光始めた。
瞬間、隔離空間が解除され、カエンはウインドベル・ローレライ号の現実空間へ戻される。
「…………」
もう、言葉も発することができないまま、ゆっくりとカエンは殺意をむき出しにしながら歩き始めた。
――ソウダ。デルタトライナイトナンテモノハ“ゼノ”ノマエデハ無意味。
――オマエハ殺戮兵器ダ。モハヤ“ゼノ”ノ意思モトデ、動クダケノ兵器ダ。殺セ。スベテヲ
そう、脳裏に言葉が流れながら。




