第4話 「スタート、へレビス遺跡Part.1」
【登場人物】
新山健次 …主人公
篠山皐月 …主人公の幼馴染(行方不明)
カエン …空に近づきたい夢を語る青年。
星影ナツキ…カエンの連れ。
【状況】
現在地 :ラボンス「ベルフライム王国」ケルタ村郊外 へレビス遺跡
現在の目的:王立スカイベル学園の第一次試験を突破しよう!
「定刻になったな……。今日は王立スカイベル学園入学第一次試験に集まってくれた諸君に、感謝を申し上げる。俺は第一次試験監督官の、クロウズだ。よろしく頼む」
クロウズと名乗るその監督官は、筋肉質で巨漢の男だ。短い黒髪に頬には傷跡がある。背中には大きな大剣を背負い、気迫だけでも負けそうになる。
ケルタ村郊外、ヘレビス遺跡。スカイベル学園の第一次試験はそこで行われることになった。朝、健次は星影とカエンに試験についての概要を聞いて、本日の試験についての対策を行った。
健次は、当初試験と聞いて、受験生が大量に集まって遺跡攻略するような光景を想像していたが、違っていた。スカイベル学園の一次試験は出願時それぞれに試験日、試験地域が定められており、カエンたちが出願したときは今日までに3人集め、その3人で遺跡を攻略する。という試験だったらしい。個別試験みたいなものである。
それって執り行う側は大変なんじゃないのだろうか……。
「さて、スカイベル学園の第一次試験は諸君も知っての通り、このへレビス遺跡を攻略することにある。閉鎖された未開の地をどう諸君が切り抜けるかがポイントとなるな」
「監督官、質問よろしいでしょうか」
星影が手を上げる。何か気になることがあったのだろうか。
「ああ、どうした」
「“攻略”と仰いましたが、何をもって“攻略”したと言えるのでしょうか」
確かに。
星影が疑問になるのも分かる気がする。
攻略、というのは遺跡を探検して、未開の部分をすべてクリアすることになるのか。
ましてや、ボスっぽいものを倒すのか、何が目的なのかをはっきりさせる必要がある。
「いい質問だな。攻略の条件だが、とにかく深層まで辿り着くことだ」
「ありがとうございます。了解しました」
深層まで、辿り着くこと。それが大きな目的のようだ。つまり、いけるところまで行く。ということになる。
目の前には石で出来た大きな扉があり、健次には理解できない文字や模様が多数刻み込まれている。全体がどれくらいあるのかは分からないが、先に進むしかない。
「尚、未開部分もあるため古代魔獣が出現する可能性がある。万が一に備え、監視魔法の水晶を諸君らの後方からつけておく。何かあれば私が突入するので、諸君らの命の保証は心配しなくていい。他に質問はあるか?」
沈黙。
「よろしい。ならば試験開始だ」
クロウズがそう言った瞬間、石の扉がゆっくりと開き始める。かなりの重量感で、石と石が擦り合う大きな音がする。
……いよいよ、始まる。
「よっしゃいくか健次、ナツキ」
両手の拳を合わせ、気合を入れるカエン。
2人は頷き、開いた扉の向こうへ。
第一次試験が、始まる。
遺跡内部に足を踏み入れる。遺跡の中は暗く、先があまり見えない。
暗闇だ。
光は、入り口からの外の光だけだったが、3人が入った瞬間、閉じてしまった。
「後には戻れねえってことか。上等じゃねえか」
「とりあえず、明るくしましょう」
星影は杖のようなものを取り出した。暗くて形がよくわからない。
その後、彼女は杖を手でなぞりながら、一言呟いた。
「月の光」
そう唱えた瞬間、杖の先が光り始める。
月の光のごとく、暗闇にはやさしい光だ。あまり目が痛くならない。
遺跡の通路が見え、通路の先が照らされ始めた。
3人はそのまま、見えた真っすぐな通路を進み始めた。
「すげえ」
「私の武器はこの槍。月のラボンスゲートね」
そうやって、星影が見せたのは槍だった。
カエンの刀と同じように、槍の中央に黄色の水晶がついている。
「月?」
「ええ。昨日言ったラボンスゲートの仕組みについては覚えているかしら」
「うん」
「ラボンスゲートには、属性があるの」
「……属性?」
「木、火、土、金、水の基本5属性があるのだけれど、私はそれとは違う、6番目の属性、月を持っているの」
星影は、そのまま説明を続ける。
ラボンスゲートは、ラボンスコアからエネルギーを取り出すバイパスだ。ラボンスコアは無限にあるが、ラボンスゲートは所持者に依存する。
その所持者には、予め、“属性”というのが備わっているらしい。
属性によって、ラボンスゲートの魔法の種類、戦闘スタイルが異なっているようだ。
「俺は、火属性だな!」
カエンは言わなくても分かります。
「でもこれはあくまで基本属性。訓練すれば他の属性の魔法は使えることは使えるの」
「なるほど……」
いずれは自分自身も魔法とか使えるようになるのだろうか。
星影の説明を聞きながら、歩いていると……。
「待て」
何かを感じたのか、2人の前に立ち、手を横にするカエン。「来るぞ」と一言いい、右手の刀に手を置いた。来るぞ。とは、モンスターの事だろう。
唾をのむ健次。とはいっても装備品はナイフ1本だけだから、役に立たないことはわかっているので、星影とカエンの後ろに隠れていることしかできないが。
……固い、音が聞こえる。地面の石と擦り合う音だ。
ゆっくりとゆっくりと、そいつは近づいてくる。
カエンは刀を抜刀し、星影は槍を構えた。
「俺が最初に動く。ナツキはサポート頼む」
「ええ」
姿が見える前に、カエンが地面を蹴って、刀を振りかざした。
星影はその後ろから様子を伺い、カエンの合図を待つ。
「……グォオォオ」
カエンの攻撃は、命中。“そいつ”は低い呻き声を大きく上げている。
星影の魔法の光が、“そいつ”の姿をはっきりととらえた。
狼なのか、熊なのか、ハッキリとはわからない。健次は見たこともないような、怪物。
頭部は狼、体は熊のようで、人間のように2つ足で立っている。
両手には鋭い牙がついており、近づいたらいろんなものが持っていかれそうだ。
これが、“モンスター”なのか。
目が一瞬だけ、健次合う。
――殺気。
普段感じることのない感覚だが、すぐに分かる。怪物は確実に殺意をこちらに向けている。あまりにもの迫力に、健次は体が動かなかった。
しかし、そんな怪物を目の前に、カエンと星影は冷静に対処していた。
「ナツキ!」
「ええ!」
カエンは後ろに下がり、星影の追撃を待つ。
星影は槍を構え、ものすごい速さで敵を突いた。
敵に、かわす余裕すら与えない。
「やったのか……?」
健次は物陰から様子を伺う。
カエンと星影の連続攻撃で、怪物は大きな呻き声。2人がつけた傷跡から、黒い血液のようなものが流れ始めている。
「いや、まだだ」
怪物は、鋭い牙がある腕で、2人めがけて反撃をする。
それをひょいと2人はかわし、怪物と距離を取る。
カエンは刀を持ち直し、真正面に構え、上から振り上げ、地面を踏み込む。
「火炎斬!」
カエンの刀のゲートが光り、刀に火がともる。その瞬間、振り上げた刀を一気に振り下ろす。縦の炎の線が出来上がり、怪物の正中線を狙う。
「オォオオォオオォオ……」
怪物の声が、次第に弱くなり始める。
どうやら、カエンの火炎斬が、かなり効いているようだ。
残り火が怪物の体に引火し、燃え始める。
カエンの火炎斬は、単に炎の刀で切り裂くだけでなく、炎が相手の体に徐々にダメージを与えていくようだ。
「ま、ざっとこんなもんだな」
カエンは、刀を納刀する。星影も槍を縦にし、杖のようにする。
怪物は、反応していない。死んでしまったのだろうか。
確認して、近づくことすら怖くて、2人の行動をただ見つめることしかできない健次だった。
「健次、もう大丈夫だぞ」
「う、うん。ありがとう」
「全く、腰抜けもほどほどにしてほしいわね」
それはちょっとひどくないですか星影さん。
「うるさいな! 初めて見たんだよあんなの!」
2人は物怖じせず、余裕で対処していたが……。
平和な日本社会に過ごす新山健次にとっては、恐怖そのものでしかなかった。
一人で戦っていたら始まる前から試合終了している。いや、人生終了だ。
「まあこんなザコ敵珍しくはないけどな」
ザコ敵ですと!?
「そのザコに怯えて隠れていたあなたはザコ以下と言うことになるわね」
「いやほんとひどくない!? 認めるけど!!」
煽りますねほんと。怪物だけじゃない敵を作りそう。
5人いなくなったって聞いたけど、道中ずっとこんな感じだったのだろうか。
(実際言われるとへこむなぁ)
人間わかっていることを改めて言われるとへこむもんである。
「ちょっと言い方考えろ星影。仲間だぞ」
カエンの声のトーンが変わる。星影の口の悪さは今に始まったことじゃないから別に気にしなくても良いのにと思う健次。
「は? 事実を言ったまでよカエン。見てわからなかったの? 今全く役に立たなかったじゃない」
「……」
「まぁそうかもしれねえが、もっと別の言い方あるだろ。こいつまだ戦闘経験ねえんだぜ?」
「その戦闘経験ないのを入れたのはあなたでしょう? 第一私は初めから……」
返す言葉もない。
自分に力がないことも、勇気がないことも、この一瞬で痛いほど感じた。
それが足手まといになるのならば。
でも、そのことで2人が言い合う必要はあるのだろうか。
「落ち着けナツキ。今は試験だ。文句は後でたっぷり聞いてやるから、今は我慢してくれ、な? これに落ちたら俺達また来年まで何もできないんだぜ。ついてきてくれた健次に感謝すべきだ。あと謝れ」
なんか、子供を叱る父親のような感じだなと、見ていて思った。
さっきまで高飛車な態度をとっていた星影が、カエンの一言で、「それもそうね」と言い、しゅんとしている。すこしばかり可愛いと思ってしまった。
「べ、別に謝らないけど? 悪いとは思ってないけど?」
星影、私は悪くありませんと白を切っている……。
まあ、事実を言われていることは確かなのでなんだか変だが。
「ナツキ」
「ご、ごめんなさい」
「よろしい」
「あ、うん……」
よくわからない力関係の2人だな、と度々思う健次であった。
しかし、ここで黙っていちゃ男が廃る。
「俺からも謝らせてくれ、すまねえな、こんな口が悪くてさ」
「い、いいよ、事実だしさ」
カエンが頭を下げる。下げるまでではないんじゃないかと思うが……。
「ほら、認めてるじゃない」と、開き直る星影
「お前は黙れ」
「……」
「ここで道草食ってる場合じゃねえな。先に進もうぜ」
3人は探索を再開した。
道中、さっきのようなモンスターが度々出現していたが、カエンと星影が次々と余裕で倒し、進んでいく。
その様子を見ながら、健次はこの後の自分の立ち位置をどうするべきか考えていた。
せめて、戦闘以外で2人の力になれることがあればいいのだが。
……そんなことを考えていると、広い所に出た。
中央には、大きな扉があり、その扉には古代文字のようなものが刻まれている。
扉の両端には騎士の像があり、剣を構えている。扉は頑丈に閉ざされており、カエンが触ってもびくともしなかった。
「行き止まりか?」
「そのようね。これで攻略したことになるのかしら……見たところその扉を開く仕掛けも見当たらないようだし」
星影は騎士の像の裏側に回ったり、扉近辺をくまなく調べたが、それらしきものはない。
「なんだか味気ねえな一次試験」
「そうね、にしても妙ね。こんなあっさりいくものかしら」
「だな。なあナツキ、このへレビス遺跡ってなんなんだ?」
「私も詳しくは知らないけれど、かつてベルフライム王国が建国する前の、3大戦士の関連する物が祀られているって、聞いたことがあるわ」
「3大戦士?」
ラボンスに伝わる、伝承か何かだろうか。
「ああ。ラボンスで昔活躍した英雄ってとこだな」
「今から2000年前、ラボンス各地で異様な天変地異が発生したらしいわ。その原因は、何処からか来た、悪魔が原因だったらしいけれど。これを見てみて」
星影が指さす壁画には、左下に3人の戦士が剣を中央に掲げ、右上の怪物の攻撃を防いでいるような絵が彫られていた。剣士と怪物の間には、落雷や洪水、台風、地震などいろんな天変地異が描かれている。
「その悪魔を退治したのが、3大戦士ってとこだな」
「なるほど」
どこの世界にも称えられるような歴史上の人物はいるんだな。
健次は壁画に触れ、彫られた後をなぞる。そして、壁画の中央に埋め込まれていた、水晶のようなものに手が触れた。
――その瞬間。
健次のペンダントが、急に光り始めた。
皐月と共にダンジョンの門を開いた時と、同じように。
「え?」
「どうした、健次」
「いや、その……」
扉の古代文字も、それに呼応するかのように光が広がっていく。
一体、このペンダントは何なのだろうか。
「反応している!?」
「何か、ヤベェ予感がするが」
「……」
そうして、扉が、ゆっくりと開き始めた。ものすごい轟音と、扉が開くことによる振動がとてつもない。軽い地震が起きているかのようだ。
奥に、見えるものは――。
「これが、“深層”?」
「おいおい嘘だろ」
扉の先には、3人の身長を遥かに凌駕する、巨大な石の人型人形が現れた。
一瞬、直立不動で仁王立ちしていたが、扉が開いた瞬間、目の部分が赤く光り、動き始める。右手には石で出来た巨大な剣、それを振りかざしてきた。
「逃げろ!」
カエンの一声で、後ろに下がる健次と星影。
巨大な剣は地面に突き刺さり、地面が割れる。
【――チカラヲ、示セ】
「しゃべった!?」
星影が驚く。口のようなものが見当たらないが、その巨大人形から、声が伝わってくる。
その言葉と共に、夢を思い出す。
「あの時の……」
夢で一度戦って負けた、あの言葉と同じ。
力を示せ?
ない力をどう示さなきゃいけないだよ。
「先手必勝!火炎斬ッ!」
カエンが大きくゲインし、巨大人形の頭部へ。刀のゲートが光り、炎の刀を振りかざす。
だが――。
「ぐはあっ……!」
巨大人形の左手が、カエンの腹部を強打する。
見た感じ、遅そうな巨大人形の動きとは思えない、ものすごい速さだ。
カエンの体は跳ね飛ばされ、地面に突き落とされてしまう。
「カエン!?」
健次はカエンの元にかけつけ、様子を見る。
まだ意識はあり、動けるようだ。
「平気だ。健次は隠れてろ」
カエンは、ゆっくりと立ち上がり、血を地面に吐き捨てる。
「どうやら、一筋縄ではいかないようね……」
【――チカラヲ、示セ】
「また!?」
巨大人形は再び、同じ言葉を繰り返す。
星影は自分の槍を置き、魔法を唱え始めた。
「月の重力!」
槍のゲートが光る。そして、巨大人形を、大きな黒い級が包んだ。足場を崩し、地面に跪く。攻撃は効いているようだ
「今よカエン!」
「ああ。火炎烈斬!!」
そのタイミングを狙って、カエンは縦と横の十字に刀を切り裂いた。
巨大人形が燃え始める。攻撃は効いているようだ。
「やった!」
「どうだろうな……」
カエンの攻撃を喰らった巨大人形は、そのまま地面に倒れ、ただ燃えている。
しかし、星影とカエンはまた構える。
巨大人形は、炎を振り払って、再び立ち始めた。
まるで、何事もなかったかのように……。
「嘘だろ!?」
「どうやら、簡単にはやられてくれねえらしいな」
「少しは効いていると思ったのだけれど、ちょっと強すぎないかしら」
2人の攻撃が、全くといっていいほど、効いていなかった。
【――チカラヲ、示セ】
3度目。また同じことを言っている。
「まあ、やるっきゃねえよな星影」
「ええ、ここまで来たら、やるしかないわね」
こんな時、何もできない。
健次は自分の無力さを、ただただ噛みしめるしかできることがなかった。