第45話 「マスター」
「何ここ……」
エルザが星影の額に右手を当てた瞬間、星影の周りの景色が一瞬で変化した。
終りが見えない道に、左右を囲む蔵書の数々。
図書館というよりも本の道だ。
「マスター能力を手に入れるための試練だ。ここから1冊だけ、この世界から抜け出すための魔法が記された書物が隠れている。それを探し出せ」
「何か、ヒントは?」
「ない。ハンデといえばマスター能力を使えることだな。力はすでにお前に譲り渡した。あとは使い方を学ぶだけだ」
「……上等じゃない。分かったわ」
星影は、まっすぐの本の道を見渡した。
かなりの数の蔵書。
何かジャンルごとに並んでいると思いきや、そうではなく、名前も種類もばらばらだ。
規則性はなく、ただ並べられているだけのようだ。
1冊手に取るが、よくわからない言語で書かれていて読むことができない。
次の本もそうだ。
これでは、本物を見逃してしまいそうだ。
「なるほど。骨が折れるわね」
「ああ。この世界に抜け出すための書物について、正解を見逃す恐れもある。用心して探すことだな」
星影は考える。
早速マスターを使ってもいいが、それで本当に見つかるかどうか。
あっさりと見つかる可能性もあるが、あえてそれを試練にするだろうか。
物は試しだ。
星影は、早速マスターを使うことにした。
「トライスキル……マスター!!」
そう、言葉を唱えた瞬間。
ものすごい情報が頭の中に流れ込み、通り過ぎていく
眼の前に広がる無限の文字の羅列。
人間が読める限界の速度よりも何倍も、何十倍もの速さで流れていく。
自分の言語ではない。情報の供給過多。
それを処理しきれず、星影は頭痛がひどくなる。
吐き気がする。
立っていられなくなる。
両耳から叫び声が聞こえる気がする。
自分を保つことが、できなくなる。
「あぁああああああっ!ううあああああ!」
呻くことでなんとか自我を保つ事ができる。
声を出さなければ、自分が自分でいられなくなる気がした。
「……“マスター”は、手にしたものにラボンス全ての知識を与えることができる。しかしその力をうまく制御できない者には、今のように痛みが伴う」
「ひっどい能力ね」
「そういうものだぞ? 強大な能力は、強大な対価を必要とする。ラボンスコアから取り出すマナだって同じだろう?」
「……理屈はわかるけれど、この能力は」
痛みが引いた瞬間、星影は床に倒れ込んだ。
「制御できなければ使い手に命の危機を与える、危険なスキルだ」
倒れた星影にエルザが近づき、回復魔法を放つ。
「そんな危険なスキルを、私が持つのね」
「ああ。人間が一生かかっても取得できない知識の泉をお前は手にする。たとえ手にし、能力を完全に使いこなしたとしても、誰人たりともマスターのすべての情報を引き出すことはできない。それを理解しろ」
「ええ」
星影はもう一度、マスターを解き放つ。
「トライスキル、マスター」
★★ ★
「火炎斬ッ!!」
星影から切り離された影を何度も切り裂く火炎。
倒れた星影を健次は抱え、月属性に属性変更して回復魔法を放つ。
再び星影を取り込もうとする影を、火炎とクローバーは必死に追い払う。
「生きてくれ。星影」
そうつぶやいた健次は、星影のゲートが光り始めている事に気がついた。
「これは……」
★★ ★
聞き慣れない虫の音がする。
確か、“セミ”って言うんだっけ。
私は今までなんで忘れていたのだろうか。
眼の前に男の子が1人と、女の子が1人。
湖で遊んでいた。
……ひどく暑い夏。
男の子とは、用事があるとかで別れた。
別れないといけなかったのだ。
そして、女の子と二人きりになる。
彼女を私は知っている。
私も彼女を知っている。
いや、知っているどころではない。
私の、とても大切な、大切な……。
「ナツねえ。本当に行くの?」
「うん。私が行かなくちゃ、まずいから」
何を言っているのだろうか。
それに、この見慣れない風景はなんだろうか。
「ナツねえか私のどちらかが、いかないといけないんだよね」
「うん。貴女には健次がいる。だからここにいなさい」
「けど、ナツねえは、お姉ちゃんは?」
「私は、やることがあるから」
「だめ、行かないで!!」
「……ばいばい、多分私のこと、すぐ忘れるから。健次も、皐月も」
これは、記憶?
私の記憶なのだろうか。
星影は、自分の見覚えのない記憶に驚いた。
なんで、こんなものを見ているのだろうかと。
「思い出しちゃったんだね。ナツねえ」
突如、今まで星影に語りかけていた女の子が現れる。
星影は、彼女の正体を知っていた。
「皐月よね。私の記憶を消したのは」
「うん。久しぶり。思い出してほしくなかったけど」
「ナツねえなんて、記憶が無くなる前は違和感あったけどね」
自分と姿がよく似た女の子。
彼女は篠山皐月。私の、星影ナツキの、いや、篠山菜月の妹。
全ては、この2人から始まったんだ。
「私達は2人とも星影の巫女だから、こうして時々、つながることができる。今回もナツねえが倒れたから、助け舟なんだけどね」
「よく言うわ。小さい頃迷子になりまくって探したり、世話したの私じゃない」
「うん。感謝しているよ。今も。お姉ちゃんがあの選択をしなかったら、私は健次くんと中学校生活を過ごすことはできなかったから」
「けど、貴女はその生活を続けていくことが嫌になった」
「そう。やっぱり、ナツねえがいてこそだし。ラボンスで生きててくれればそれでよかったけどさ。世界の危機が迫ってるって思ったら、いても立ってもいられなくなってさ」
「だから貴女は私から、星影の巫女に関する記憶を消したのね」
「うん。健次くん、かなり巻き込んじゃったなあ。最初はそんなつもりなかったけど」
「彼はそんなこと思っていないはずよ。貴女を助けたくて、仕方がないんだと思う」
「うん……」
「皐月。貴女は今どこにいるの」
「遠い場所」
「ラボンスの何処かにいるのね?」
「ううん、もっと遠い場所。誰もたどり着けない、遠い遠い場所」
「まさか」
「うん。わかるでしょ? ここなら誰も、私達を一緒にすることはできないはず」
「……本当に貴女はそれを望んでいるの」
「しょうがないじゃん。世界を守るためだもん」
「私は望んでないわ。それに、一番望んでいないのは」
「健次くん、でしょ? ナツねえにバレたら、それだけにしてほしいけど、言うんだよね」
「当たり前じゃない」
「そっか」
「そっかじゃないわよ。健次は、貴女を探して旅に出ていたのよ。貴女がどこにいようが、探し出すわ。現に、私も同じ気持ちだし」
「無駄だよ。むしろきちゃ駄目。逆らえないんだよ」
「なんで、なんでそんな諦めたような顔をしているの。あのときと同じ」
「同じ顔、ナツねえもしてたじゃん!!!」
その時、皐月は叫んだ。
「こういう気持ちだったんだよ!? 私はあのとき。もう二度とナツねえに会えないと思ったの!! 私だけ覚えてて、みんなの記憶からなくなって!! 嫌で嫌で仕方がなかった、もう誰も、こんな思いしてほしくなかった!!」
「……そう。そうだったのね」
「だからもう、こんな思いをするの、星影の巫女になるの、これで最後にしたいの」
「待ちなさい、皐月!!」
「嫌!!」
星影は、思い出す。
自分はもともとラボンスの人間なんかじゃない。
皐月と、健次と一緒に、ダゼンスの人間だったのだ。
普通に生活していれば、普通にダゼンスで過ごして、学校を卒業して就職して、普通に結婚していたんだろう。
それが何故、自分の過去の記憶を消してまで、ラボンスに来たのか。
それは、今皐月がしようとしていることと、近い事。
ステラ・ウンブラが認識する星影の巫女とは、全く異なる、星影の巫女の真の姿。
その瞬間、再び星影は目を覚ます。
本の道の空間に。
「皐月ッ……もう、また変なところで」
2度目のマスターも、同じ結果になってしまった。
あまりにもの激痛で、今度は気絶してしまったらしい。
気絶している間、夢を見ていたようだ。
皐月と話していた。
夢だけど、あれは夢じゃない。
目が覚めると、治療をするエルザが目の前に立っていた。
「やはり無理か」
「……こんな力、どうやって制御していたの」
「それを自分で考え、使いこなすのがこの試練だ」
深呼吸する。
闇雲に力を使おうとしていたから、情報が取り出されすぎたのだ。
だから、力を制御するための認識を変える必要がある。
多分、そうしないとこの力を使いこなすことはできない。
やることは見えた。あとはやってみるだけだ。
「やるしかないみたいね」
一番最初、自分がやったことだったんだ。
皐月にこんな悲しい思いをさせて、こんな行動をさせて。
こんなことになるなんて思ってもいなかったのに。
みんなのため。と思っていても、結局皐月のことをちゃんと考えていなかった。
私は、間違えたんだ。
「間違えたなら。正すしかないじゃない」
カエンに、健次に、この事実を伝えるためにも。
私達がなすべき真の目的を伝えるためにも。
ここで諦める訳にはいかない。
星影は、歯を食いしばって、立ち上がる。
考えろ。
マスターの使い方を。制御方法を。
適切なマスターの力を制御するための、イメージを。
認識しろ。
認識しろ。
認識しろ。
知識に惑わされるな。
自分はちゃんとここにいることを認識しろ。
そして、自分が、進むべき道を洗い出せ。
私は、星影ナツキで、篠山菜月で、篠山皐月の姉。
私の、私達の、真の目的を。
「私の名は!! 星影ナツキ!! デルタトライナイトになる1人、運命なんて、星影の巫女なんて、知るもんか!! 私は、私の、私達の進むべき道を、突き進む!!」
「……トライスキル、マスタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
星影の叫び声と共に、光が強く輝き始める。
★★ ★
その叫び声は、影と戦闘するカエンたちにも響き渡った。
「な、ナツキが叫んだ!?」
カエンが驚く。
「……ははっ、吹っ切れたのかも」
「待たせたわね。いろいろと迷惑かけて」
自分の足で立ち上がり、影と対峙する星影。
「ナツキ、正気に戻ったのか!!」
「よかったです」
「ええ。なんとかね。トライスキルも手に入れたわ」
「いくよ星影」
「ええ。健次、協力してくれない? 私、この力をまだ制御しきれてないの」
「うん、OK。いつでも!!」
「ナニヲ、ホザイテイル?」
浮かび上がる影。
再び星影を取り込もうとする影。
それを右手で振りほどき、何事もなかったかのようのに星影は平然と立っていた。
「もう、取り込まれないわ」
カエンやクローバーの攻撃に当たりもしなかった影に、星影の振りほどいた手の攻撃だけでも、ダメージが与えられた。
「ゲート開放ッ! 月の重力!!」
「グアアアアッ!!」
「いつもの100倍増よ。効いたかしら?」
「私ニ何故攻撃ガデキル!?」
「マスターの力みたいよ。ひるんだ今がチャンスね、健次、さっさと決めるわ」
「うん!!」
「な、何するんだ?」
カエンは、事の展開についていけてなかった。
「合体技よ。カエン、わかんないの?」
「そうだよカエン、この場合ってそれしかなくない?」
「いやなんだよその当然みたいな顔、俺トライスキルまだねーからわかんねーよ!!」
星影は槍のゲートを構え、唱えた。
「トライスキル、マスター!!」
「トライスキル、コンデイション!!」
健次も自分のゲートを影に向け、唱えた。
「「ダブルスキル!! マスター・コンデイション!!!!!!!!」」
2人がそう唱えた瞬間、360度あらゆる方面から、全属性の強力魔法が、影に一斉砲撃を放った。
「すげえ」
「ええ、これがデルタトライナイトの力なんですね」
放たれた光に、影は欠片もなく一瞬で消え去った。




