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デルタトライナイト  作者: 水原翔
第三章 星影の巫女編
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第41話 「ユニバース・コア」


「ここは……?」


 星影は目を覚まして、辺りを見回す。

 薄暗い部屋。煉瓦のような壁面のせいか、少し寒さを感じる。辺り一面には所狭しと積められた魔道書の数々。床に何度も書き殴られた魔法陣や魔法数式。

 ゲートがまだない、魔法そのものの時代のころの、本当の魔術。

 星影はこの光景を、嫌でも覚えている。

 窓はなく、人も通れないほどの通気用穴からわずかながら風が通っているくらいだ。


「……ここから出ないと」


 そう思って動き始める星影。

 前回の戦闘のせいか、体のあちこちが痛む。

 あまり正常な状態ではない事に気づく。

 奥に大きな扉がある。開けようとするが鍵がかかっておりあかない。

 なら、思いっきりぶつかってみようかと突進を試みるが、それでもびくともしない。

 これ以上は体力が消耗するだけだと、星影はあきらめて床へ座り込んだ。

 深いため息をしながら、呟く。

 

「また、ここへ来てしまったのね。私は」


 音が、消えていく。

 呟くことすらきつい。

 恐らくあの連中が、私に何かしたんだろう。

 自分には力があると、思いこんでいた。

 17の自分は、3年前の自分と比べて、強くなっていると思っていた。

 だけれど、まだまだたどり着いていなかった。

 自分は、まだ弱かったのだ。

 圧倒的戦力差に、為すすべもなかった。

 おまけに、自分自身が誘拐されてしまう。


「何うつむいてるの」


 声がした。

 女の子の声だ。

 人の気配はしないし、自分はここにしかいない。

 けれど、その声は確かに聞こえた。


「誰?」

「ちゃんと忘れてくれてるって事は、成功してるって事なんだろうけど、それでも、来ちゃうんだ。やっぱり、逃れられないんだね」


 忘れてくれてる?

 成功している?

 星影は女の子が行っている意味がよくわからなかった。


「何、どういうことよ?」

「なんでもない。こっちの話」

「貴女は誰?」

「星影の巫女、かな。名前はまだ秘密」


 星影は目を大きく開いて驚いた。

 3年前。ステラ・ウンブラの連中は、星影の巫女は一人しかいないと言っていたはずなのに。

 自分が、儀式に必要な星影の巫女がいないから、気づいてさらいに来てたと思ったのに。


「どういうことよ、私が星影の巫女のはず……」

「そだね。それはあってる」

「意味が分からないわ。星影の巫女って一人の筈でしょう?」

「うん。世界に一人だけの存在だね」

「じゃあ何故貴女は」

「この世界の人じゃないからかな。たぶん」

「たぶんって、意味が分からないわ」

「確証がないもん。なんとなくそうだーって」

「何で声だけが聞こえるのかしら」

「ここにいるけど、いないからかな」 

「……ますます意味が分からないわ」

「そだね」

「……」


 星影は黙る。

 自分と同じ、星影の巫女と名乗る、声だけ聞こえる女の子。

 この世界の人じゃない。

 それに、ここに彼女が反応した意味。

 忘れてくれたという言葉。

 星影は一つの仮説をたてた。

 

「ねー黙らないでよー久しぶりにおしゃべり出来るんだからー」


 彼女の言葉に、星影が考えた仮説をすぐに聞くのは、恐らく答えてくれないだろうと思った。

 意図は分からないが、話を続けたい。


「貴女の目的は、何?」

「世界平和です」

「ふざけないで」

「えーふざけてないよ~~あなたもそうでしょ? 行き着くところは世界平和♪ 」

「けど、それをみんな思いすぎるあまり、変にねじ曲がる」

「だね。それが多分、ステラ・ウンブラが星影の巫女っていう歪んだ象徴を生んだ」

「歪んだ象徴ね。……ごめんなさい、聞いてばかりね。私は星影ナツキ」

「ようやく名前言ってくれたね。ナツキ。名前を聞く前にまず自分から名乗る事。学校で習わなかった?」

「はあ」

「ご、ごめん。そんなに怒らなくてもいいのに」

「で、貴女の名前は?」

「まだひみつぅー」

「ムカつくわね」


 名前、が、多分鍵になっている。

 星影はそう思った。

 しかし、彼女は自分の名前を口にしない。

 もう少し話してみようと思った瞬間。

 廊下から別の声が聞こえ始める。


 奥の扉の鍵が開く音がする。

 重々しい扉が開いた瞬間、星影はチャンスと思い、駆け抜けようとする。

 ……が。



「無駄ですよ」


 フード姿の色違いの男。

 自分を誘拐した犯人。

 彼の一声で、ものすごい重力が星影にのしかかる。

 完全に身動きはとれなくなった。

 星影の月の重力ルナ・グラビティよりも、かなり強烈な魔力。


「ぐっ……」

「星影の巫女よ。ここにいてくれなければ困ります。我々は貴女の到着を待ち望んでいたのですし」

「私は望んでいないわ」


 何か違和感がある。

 さっきの女の子、自分を星影の巫女だと名乗っていたが、ステラ・ウンブラ達はその女の子がいることを知らなかったのだろうか。


「全く、あのとき逃げ出したから心配しましたよ。ようやく3年ぶりにエデン・ゲートからおいでになったときは、とてつもない喜びに満たされたのです。恐らくラボンスの民も同様でしょう」

「エデン・ゲート?」


 何か引っかかる。

 星影が幽閉されたのは3年前。

 男の話は、つい最近星影の巫女を捕まえたような言い草だ。

 

「ザクセンの図書館で熱心に勉強されていたとは。もうして下されば我々が本をお持ちしたのに。それに麗しい髪を金色に染めるなど、とても……」


 私を勘違いしている。

 恐らく、さっきの声の主だ。

 それに、エデン・ゲートと彼は言った。


(……あの時に、何かあったわね)


 新山健次と会ったとき。

 少し違和感があったのだ。

 彼とどうやって出会ったのか。

 カエンと私は、正直はっきり覚えていない。

 それが事実だ。

 彼が混乱するだろうから、それは隠しておいたのだ。

 ただ、男の言葉から、さっき話した女の子の正体が、はっきりとわかり始めた。


「明日、儀式の準備が整います。その支度を始めましょう」

「何を始めるというの?」

「すでに知っておられるでしょう? 我々の目的は、宇宙最大のエネルギーコア、ユニバース・コアのエネルギーによる魔法供給。これにより我々は、ラボンスコアなぞ忌々しいエネルギーを破壊し、さらなる上位存在へ向かうのです」

「……ああ。そうね。忘れていたわ」

「ユニバース・コアを忘れるなど!? ラボンスの忌々しい民に知能を犯されましたな」

「忌々しいのはどっちよ」

 

 星影は小声で言った。

 ユニバース・コア。

 マギアス・ソサエティが信じている、宇宙にあるとされるこの世の最大のエネルギーコア。

 連中は、ラボンスコアよりも遙かに大きく巨大な力が、宇宙にあると本気でそう思っていた。

 それで、人類よりも遙か上の存在になろうとしていた。


 真偽は定かではない。

 けど彼らはそれを信じて。

 星影の巫女なる存在を作り出した。

 星影は思い出す。

 彼らが毎日繰り返し、3年前まで、自分と、自分の村の女子供を誘拐して、数々の人体実験を行っていたいたことを。


 彼らステラ・ウンブラ曰く。

 ユニバース・コア。存在すら定かではないそのコアは、そのエネルギーは直接使うことは出来ない。

 だから、ラボンスゲートと同じく、ゲートのようなバイパス装置を使って、魔力を供給する必要がある。

 

「貴女がいてくれないと我々は困るのです。バイパスたる貴女が」


 ――所詮、私は道具だと思われているのね。

 そう、ユニバース・コアのゲート的存在になるのが、星影の巫女。

 私自身を、ユニバース・コアのバイパスにしようとしているのだ。

 仮に、そのコアがあることが事実であれば、自分の命がいくつあっても足りない。


「……人を道具にしか思っていないくせに」

「心外ですね。星屑になってしまった彼女らは選ばれなかったが、貴女は選ばれたのですよ?」

「……星屑?」


 星影は、部屋の外にある牢獄に、沢山の女の子が幽閉され、衰弱しきっている様子を確認した。

 中には、たぶん、死んでしまっている子もいる。

 それを、彼らは星屑と呼んだ。

 人の、命にもかかわらず。だ。


「性懲りもなく、続けているようね」

「ユニバース・コアの力を得るためです」

「私が見つかったことで、目的は果たされたわけではないのね」

「星影の巫女が本来の力を発揮されるためにはマナが必要です。まだゲートに犯される前の彼女らであれば、純粋なマナを抽出でき、受け皿たるあなたの力を広めることが出来る」

「そう……」


 惨い。

 彼らは人の命を何だと思っているのかと。

 何が星影の巫女だ。

 聞こえは良いが、ただの人柱ではないか。

 

「怒りの感情? なんでそんな顔をする必要があるのですか?」

「何も思わないのね」

「ええ。われらは上位存在になるためなら何でもします。ユニバース・コアの魅力はとてもとてもとてもとてもすばらしいのです!! 貴女もいずれ分かりますよ」

「私の命もなんとも思っていないくせに」


 私が仮に、ユニバース・コアのバイパスになったとして。

 命を落とせば、次の星影の巫女を彼らは探し出す。

 ここで断ち切らないと、ステラ・ウンブラは愚行を繰り返す。

 それを許してたまるものか。

 こんなに許せないことをしているのに、自分の手は、自分の足は、抗うことが出来ない。それが非常に悔しい。

 抵抗の意思を示すことしか出来ない自分が不甲斐ない。

 悔しいけど、カエンたちの助けを待つしかない。


「まあ、いいでしょう。最後の晩餐をお楽しみくださいませ。星影の巫女よ」


 男は去っていった。

 重々しい扉が閉じられ、星影は深くため息をつく。


「……まだ、続いていたなんてね」


 拳を強く握り締める。

 自然と両目から涙がこぼれ始めていた。

 ……怖い。

 …………怖い。

 ………………とても、怖い。


 これから起きることが恐ろしくてたまらない。

 明日、私の身に何が起きるのか。

 ここから抜け出すことも出来ないのだ。

 自らの名を星影として、彼らを探し出すと決めていたはずなのに。

 身体が震え、恐怖心が強くなってくる。


「……酷いよね」

「まだ、いたのね」


 さっきの女の声。

 男が去った後すぐに話し始めた。

 答えた自分の声が震えていることに気づいた。

 強がって見せていたが、やはり怖かった。

 絶対的能力の差。

 普通の人間が考えることない、恐ろしい目的。


「ばれるわけにはいかないからね」

「じゃあ私に話しかけた理由は何?」

「暇つぶし。かな」

「嘘ね」

「うつむいてるんだもん、声をかけたくもなるよ」

「どこにいるか分からない存在に、声なんて掛けられてもね」

「うーん。まだ気づかない?」

「何よ」

「ま、それはそれでいっか。ナツキって頭良いけど、頭固いよね。このままじゃまずいよ」

「……分かってるわ」

「分かってないよ。一番危険なのって、私たち自身なんだから」

「私たちが危険って、私はあの変態男に手も足も出ないのよ」


 その瞬間だった。


 ――チカラガホシイカ。


 酷い頭痛とともに、低い声が星影ナツキに語りかけてくる。


「何、今の」

「聞いちゃだめ。飲み込まれるよ」


 ――オマエハ、ウランデイル。


「声が」

「無視して、本当に飲み込まれてしまうよ!!」


 ――アノ 男 ヲ コロシタイホドニクンデイル。


「あああぁあああああああああああ!!」


 星影の頭の痛みは、声とともに強さを増す。

 痛みが酷く、叫びだす。


 殺したいほど、憎んでいる。

 そうだ。

 私は、憎んでいる。

 恨んでいる。

 私の仲良かった友達を、仲間を、みんな、みんなみんなみんなみんな、みんな殺したんだ。


 黒い靄が、星影ナツキを包み込む。

 体中に多数の黒い直線が蠢き始める。


 ――ホシカゲノミコタル オマエハ ホンライノチカラヲ ダセズニイル


「ええ……あの男を……」

「あいつらが余計なことするからか……目を覚まして! お姉ちゃん!!」

「え……?」


 女の子の、その一声で、靄は消えた。

 意識が、遠くなっていく。

 お姉ちゃん?

 この声は、何を言っているのだろうか。

 私は、妹なんて、いないはず。

 星影は、そのまま倒れこんだ。


「よかった、抑えられた」


 女の子は、安堵する。


「こうなるのが嫌だから、近づかないように暗示をかけていたのに。やっぱり宇宙を相手にすると、勝てないよね。健次君を助けるためにこうしてたのに、やっぱ私はドジだな。声はこうして届くけどさ。遠すぎるよ。もうだめみたい。ゴメンね。健次君」


 呟くにつれて、声が遠くなっていく。

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