第2話 「ラボンス、2人との出会い」
新山健次・・・主人公
篠山皐月・・・主人公の幼馴染
「ここは……?」
目を開く。
果てのない、暗闇。
光すらも見えず、自分がどこにいることさえも分からない。ここは、何処だろうか。
とりあえず。歩く。
しかし、歩けど歩けど、一向に出口は見えてこない。
そこに広がっているのは――闇。
「皐月?」
反応がない。どうやらこの空間には、新山健次一人だけらしい。
光がなく、自分が自分であることが分からない。それが、とんでもなく怖い。
ガタン、と音が聞こえた。
……それに光だ。向こうから光がやってくる。
光は、どんどん近づいてくる。
「チカラヲ示セ。」
どこからともなく声が聞こえる。
「誰だ!?」
「アラヤマケンジ、チカラヲ、示セ。」
気付けば、健次の手には、刀が握られていた。
そして、目の前には人の形をした、お化けのようなものが浮いている。
そのお化けをめがけて、持っていた刀を振りかざすが……命中すらせず、お化けの体を刀が通り抜ける。
「オマエハ、ヨワイ。」
声の主は、健次を嘲笑っている。
「……」
「チカラハ、示サレタ。オマエノ“タイセツ”ヲウバウ」
「なんだと?」
タイセツ……大切を奪うって、どういうことだ!?
「再ビオマエノチカラガ示サレタ時、タイセツハトリモドサレル……」
声が、遠くなっていく……。
「健次君……」
皐月の、微かな声が、聞こえる。
それ以上は聞こえなかった。
☆☆☆
「待て、どういうことだよ!? 皐月はどこだ!?」
「あら、目が覚めたのね」
「……は?」
健次は目を覚ました。どうやらまた変な夢を見たらしい。疲れているのだろうか。
すごい汗をかいたようで、ベッドが少し湿っている。息がまだ荒い。
呼吸を落ち着かせ、ベッドから起き上がると、目の前には、眼鏡をかけた皐月がいる。
やけにお姉さん口調でどうしたのだろうか。頭でも打ったのだろうか。
それに髪まで染めて。金髪になっている。中学校の先生に怒られてもおかしくないレベル。
「皐月、なんだその恰好」
「あなた、私を誰かと勘違いしているようだけど、残念ながら私はその皐月じゃないわ」
「そりゃ冗談きついって皐月。ここ病院か? 悪かったよ」
「病院に行かなきゃいけないくらい頭がおかしくなっているのね。かわいそうに」
「お前そんな毒吐くやつだっけか!?」
「まあ、冗談が言えるくらい元気なのなら大丈夫そうね」
……ちょっとまって、こいつさっきなんていった?皐月じゃない?
顔が皐月なのに?何言っているのだろうか。
健次は状況が理解できなかった。
「あのさ、皐月、あの後どうなったんだ僕?」
「だから皐月じゃないと言っているでしょう。私は星影ナツキ(ほしかげ なつき)。全く、今時ラボンスゲートも持ってないなんて、どんな馬鹿かと思ったけれど。話が通じないわね」
「星影ナツキ……?」
「ええ。あなたの恋人かなにかと似ていたのか知らないけれど、私はあなたの言う、“皐月”じゃないわ」
意識がだんだんとはっきりしてきて、健次は次第に目の前の彼女が篠山皐月とは違うことが分かってきた。よく見たら似ているが、言動や体格が少し違っている気がする。
何より、皐月のアホっぽさが感じられない。この金髪眼鏡さんからは、皐月と全く正反対の、真面目というか、なんか冷たい感じがする。
でも、なんか皐月とよく似ているのに、違和感を覚える。
しかし、それにしても。
(と、とんでもない勘違いしてしまったのか)
恥ずい。
まったく知らない赤の他人に、皐月だと勘違いして、こんなこと……。
「ご、ごごごめん……」
「ようやく自覚したようね。さて、いくつか質問に答えてほしいのだけれど」
質問。聞きたい事がこっちにもある。
だが、健次から質問する前に、彼女が聞き始めた。
「あなたは、何処の国の人なの? 見たところ身分証明書がないけれど」
「日本人だよ。日本語が通じるし、君も日本人じゃないの?」
「……日本? このラボンスにそんな国ないはずよ」
え?日本をご存じでないと。
日本語をしゃべっていらっしゃるのにも関わらず。に。
「あの、ラボンスって何?」
その質問をした瞬間、星影は嘘でしょ……と小声を漏らしながら驚いた。
「貴方、ラボンスも知らないの?」
「知らないよ」
「この世界の名前そのものなのよ!?」
この世界の……名前?
「は、は? 意味が分からない。僕は確か門を伝って、皐月と来て、あれじゃあ皐月は!?」
「ちょっと待ちなさい。整理しましょう」
健次の質問を遮り、彼女がまた、質問を始めた。
「あなた、ここがどこだか分かる?」
「さあ、わかんね。僕が聞きたいぐらいだ」
「イルリス、アイン、ベルフライム、レリュールという名前に聞き覚えは?」
「知らない。なにそれ?」
「……なるほどね」
「ちょ、ちょっと何納得してるんだよ、なんなんだよ一体」
「せっかく助けてあげたのにうるさいわね」
「助けた?」
どういうことだろうか。
「あなた、倒れていたのよ、この町の郊外で」
「じゃ、じゃあ皐月は!? 篠山皐月は何処に!?」
「その、皐月って子があなたの連れかどうかは知らないけれど。少なくとも、私があなたを見つけた時は、貴方しかいなかったわ」
皐月が、いない?
郊外で倒れていた?
「質問の続きをしましょう。あなた、楽園の扉を通ってきたわね?」
「門……。ひょっとしてあれのことか?」
ペンダントが反応して、ダンジョンの奥深くで皐月と共に開いた門のことだろうか。
「心当たりがあるのね。なら恐らくだけれど、あなたダゼンスの民ね」
「ダゼンス?」
さっきから聞き覚えのない単語が連発している。
星影はどこか納得したようで、そう…そういうことね。と呟いている。
「ならラボンスのこともベルフライムのことを知らなくても、合点がいくことになるのかしら」
「おい、だからダゼンスって何なんだよ……」
「うるさいわね。質問してるのは私よ私」
なんて横暴な。
とりあえず、彼女の質問に答えるしかなさそうだ。
質問に答えて、そのついでに彼女に質問するうちに、健次は次第に今の状況が理解し始めることが出来た。
まず第一に、ここが、健次たちの元いた世界とは異なる、“ラボンス”という名前のついた世界らしい。つまり、健次は父親から届いたペンダントを使って、皐月と共に門を開き、異世界ラボンスに辿り着いたことになる。つまり、異世界転移というやつだ。何でペンダントが反応したのかという疑問はさておき。
第二に、この世界では、この世界からの異世界(つまり健次が元いた世界)のことをダゼンスと呼んでいるらしい。
第三に、健次が目覚めたここはそのラボンスという世界の中で、成り立つ4つの国のうちの一つである、「ベルフライム王国」というらしい。今いるのは、その中の小さな村、ケルタ村というところらしい。
最後に、このケルタ村の郊外で、健次は倒れていたらしい。星影はそれを見つけ、宿まで連れてきて、治療をしてくれたようだ。連れの皐月はいなかったということになる。ということは、何かの拍子ではぐれてしまったのだろうか……。
だとしたら、健次が今、すべきことは。
「とりあえず、貴方が私にとって無害だということはわかったわ。あなたはこれからどうするつもり?」
「皐月を探すよ。それに……」
確証はないが、ひょっとした健次の親父の手掛かりが、この世界にあるかもしれない。
健次の親父がくれたペンダントが反応したのだ。この世界に全く関係ないわけじゃないだろう。
それに、星影に聞くと、異世界転移そのものがかなり珍しいらしく、戻るための手掛かりを探さなきゃいけない。だからどっちにしろ、この世界を回らないと、これから意味がない。
……その前に、一番言わなくちゃいけない言葉、伝えるのを忘れていた。
「ありがとう星影さん。助けてくれて」
「スカイベル学園に入学する受験生として、当然のことをしたまでよ。にしても遅いわね。今頃お礼なんて」
「ごめん、気が動転しててさ」
「それに、呼び捨てで構わないわ」
それにしても、見ず知らずの人を助けて、ここまで相手してくれるなんて、口はともかく、根はいい人なのだろう。いや、本当にそれだけなのだろうか……親切にしては、ちょっと度が行き過ぎているというか。
「あの、星影」
「何?」
「僕に、何か見返りを求めてたりするのか?」
「見返り……。そうね。最初はそのつもりだったけれど、あなたダゼンス民だったわけだし、全く役に立たなそうだし、私の見当違いみたいから、特にないわ」
……まったくもって正論である。
この世界の知識もない、ましてや力もないので、新山健次は役に立たない。
それは健次自身も分かる。
「まァ、そんな冷テェこと言うなよ、ナツキ」
青年の声がする。突然現れた彼は、一言でいうと、イケメンだ。
長髪赤髪で髪を結び、軽そうな服装。腰には鞘に入れた日本刀のようなものを付けている。
「カエン。いたのならノックぐらいしてほしいわ」
その様子を見て、星影が息をつく。
「わりぃわりぃ。よ」
「ど、ども」
「初めまして、だな。こいつの連れのカエンだ。よろしく」
カエンと名乗る青年は、握手の手を差し伸べてきた。
自然と手をとり、そのまま握手する。
なんていうか、爽やかだな。
「新山健次です。よろしく」
「アラヤマケンジ……ケンジでいいか?」
「う、うん。お構いなく」
「貴方ケンジっていうのね」
そういえば健次は星影にまだ名乗っていなかった。
「今の今まで名前知らなかったのかよナツキ。かてえなお前」
「あなたみたいにフランクでいけないのよ。それに彼が言わなかっただけだし。悪かったわね。性格よ」
「おいおい、悪く思うなよ。ったくつれねーな。なんかこいつが悪いこといってたらごめんなケンジ」
「え、あ、はい」
なんだろう、この感じ。この2人はだいぶ仲良しなんだろうな。と感じた。
「あのね。もともと助けたのはあなたなのよ、それでめんどくせえって言って私に相手役までさせて」
「いやよ、同じくらいの年だし、俺達と同じかと思ったから」
元々助けたのは、このカエンという男だったのか。
「この子、ダゼンス出身みたいよ」
「マジか!?……ダゼンスってなに?」
「はぁ。よくそれでスカイベルに受験しようと思ったわね」
「うるせえよ。俺は決めたんだ。お前の夢を追うってな!」
「覚悟はありがたいけど、それに応じた勉強はしてほしいわね」
「へいへい……で、ダゼンスって何?」
「……あなたね」
どうやらアホの子なのか?
星影がカエンに対して色々説明した後、カエンが再び話を切り出した。
「でだ。ナツキよ。俺はこいつを、試験の最後の1人に加えていいんじゃねえかって思う」
「は? 何考えているのカエン。私は反対よ。こんな訳の分からず、力もないような奴に私たちと一緒の学園にいくですって?」
「いやよ、これも何かの縁ってやつだぜ。それに期限、明日だし」
2人の会話についていけず、ただただぽかんとする健次。
とりあえず、この2人の会話が収まるまで、立ち入る余地はなさそうだ。
「う……」
「それにー俺が招待してもお前がいじめるから抜けていったやつ5人いたじゃん」
なんか、さっきまで優位にたっていた星影が、カエンに言い負かれている……。面白い。
「それはふさわしくないと」
「いやだからよ。お前もそろそろ俺以外の人間と仲良くしなきゃ駄目だぜおい?この試験にはそういう意図もあるんだし、つべこべ言ってられねえと思うぜ」
「そ、それもそうね」
「あの……」
健次は、ようやく話を切り始めた。
このまま星影が言いまかれているのを見ているのを面白いが、ここで切り返さなければ、何か、よくわからない話が勝手に進もうとしている。
「ん?」
「さっきから、何の話を」
ようやく切り出す。
「ああ。マジで悪い。うちの星影が本当に」
「貴方が放っておいたのでしょう」
「……実は俺たちは、こいつも言ったかもしれないが、ベルフライムの士官学校である王立スカイベル学園に入学しようとしているんだ。それで、そこの第一次試験が、同じ意思をもつ受験生を3人集めて遺跡を攻略しろっていう試験でな。締め切りが明日までなんだよ」
王立スカイベル学園に入学?第一次試験に3人必要?
しかも締め切りが明日までって、どれだけ急なのだろうか。
「は?」
「まあ待て待て。皆までいう気持ちはわかる。勝手なことに巻き込もうとしているのはわかってるけどな、お前にとっても、悪くねえ案だと思うぜケンジ。士官学校はこの世界のことを知れるし、強くもなれる。何より、見て見ろ」
カエンは、宿屋の窓を開け、外を指さした。
その先に見えるモノ、それは……。
空飛ぶ。船だった。
飛行船のように風船みたいな機構があるわけでもなく、
飛行機のように翼やエンジンがあるわけでもなく、
見たまんまに言うなら、豪華客船がその形のまま空を飛んでいる。といったところだろうか。
……デカイ。
たとえるなら、空飛ぶマンション。
そんなものを見たくらい、あり得ない光景だ。
首が痛くなる。
こんな経験、旅行で東京に来て高すぎるスカイツリーを真下から眺めた時の感じよりもすごい。
何しろ驚くのは、その速さと風。「空飛ぶ船」が健次たちのいる宿の上空を通過した瞬間、ものすごい風が吹き荒れる。その風と共に窓枠がガタガタと揺れ始める。
「な、なんだあれ……」
「俺たちの目指すスカイベル学園ってのは、空に浮いてる学園なんだ。だろナツキ?」
「……正式には、ベルフライム王家が所有する王国専用艦、ウインドベル・ローレライ号ね。カエンの言いたい事、なんとなくわかったわ」
「どういうこと……?」
「あなたの探している、皐月って子を探すのに、一番最適な所ってことよ。あの艦は最新鋭で、世界各地の最新情報が集められるって聞いているわ。なにより飛んでいるもの」
「なるほど」
情報収集は何よりも大事だ。
自分がどこに向かうべきなのか、はっきりしない中、いい提案だと思う。
この提案に乗るしか、ないかもしれない。
「でも、いいの? 僕には何の力もないし、むしろ足手まといになるかもしれない」
「んー。別にいいんじゃね。士官学校は戦闘だけに特化してるわけじゃねぇし、ゲート持たせて魔法の一つや二つぶっぱなせれば」
「カエン……簡単に言うけれど、それがどれだけ大変かわかって言っているの?」
「でも、可能性はある。どうだケンジ。いきなりで悪いが、決めてくれ」
……他に、あてはないしな。
「決めた。行くよ。スカイベル学園に!」