第1話 「バースデー、運命の扉」
登場人物紹介
新山健次……主人公
篠山皐月……主人公の幼馴染
――夢はあるか?
と聞かれて、子供時代によく「ヒーローになりたい」という夢を答える。
こんなのは男にとってよくある事だと思う。テレビ番組に映るヒーローのようになりたい。かっこよく変身して、悪を倒したい。
だけど、誰しもヒーローみたく格好良くなれるわけではないと、次第に気づいていく。
そうして、当たり障りのない目標が生まれ、大人になっていくのだと悟る。
いや、目標すらも日常に埋もれ、消えていくのだろうか。
本当に面倒くさい。世の中って面倒くさい。
新山健次もまた、ヒーローになりたい。と願ったことのある少年だった。
だけれども、いつしかその夢を忘れ、公務員とか安定の職に就きたいと思うようになってしまった。
白昼夢をみた気がする。健次は眠い目をこすりながら、体を起こした。
「……にしても、変な夢だったな」
宇宙で、戦う夢を見た。自分以外に知らない人がいて、そいつらと一緒に戦っている夢。
巨大戦艦と人型兵器が戦う夢。
何故、SFな夢を見たのだろうと健次は疑問に思う。
――まるで、子供のころに憧れたヒーローのようじゃないか。
巨大な悪と戦う。
あんなのはテレビの世界で、本当のヒーローはいない。
だから、ヒーローになんて、なれやしない。
それはさておき、なんて気持ちのいい陽気だろう。こんな日は昼寝が捗る。本当によく寝むれた。
健次は欠伸をして、そんな気持ちのいい空を眺めていた。
「こんなところにいたの」
呆れたようにつぶやく、女の子の声。
彼女の名は篠山皐月、健次の幼馴染でもあり、クラスメイトだ。
長髪黒髪、まさに普通の日本人女子って雰囲気である。
普通といえども、顔立ちは整っているし、他の男子からの人気もあるとかないとか。
彼女のセーラー服が、風になびく。
「皐月か」
「健次君教室にいなかったら、探しに来たよ」
「何か用?」
今は昼休み。とくにサボって屋上で昼寝をしていたわけではないし、と思いながら健次は皐月に尋ねた。
「今日、ダンジョンいかない?」
――ダンジョン。
というのは健次と皐月がよく探検する近所の洞穴のことだろう。
皐月は好奇心旺盛だ。
今は2人とも中学2年生だが、小学生のころ、「冒険」といって健次は皐月の無茶に付き合わされたこともある。
「あそこか、なんで今になって」
「なんとなく! じゃ……ダメ?」
ダンジョンは、小さいころは普通に入れたのだが、学校から「危険だ」という理由で行くのを禁じられている。
「学校から禁止されているだろ、やめとこうよ。めんどくさいし」
「えー、そんなこと言わずに行こうよ、ルールは破るためにある!」
「お前いつか捕まるぞ」
ルールは守るものですからね。
「だっておかしいじゃん最近。川でも遊んではいけません、洞窟もだめ、公園で球技もほかの人の迷惑になるからダメ、強いて遊ぶとこなら学校の校庭だけど、夕方部活動生使っているし!」
皐月の言い分、理解できないことはない。中学生の自分たちからしても、“遊ぶ”にはいろいろと犠牲にしなければならないものがある。
最近の遊びというとスマホでゲーム、街でカラオケなどの遊戯施設(しかも7時以降ダメとか。)とにかく金銭がかかることに対しての遊びが増えてきたような気がする。
何か打ち込むような部活等があればよいが、この2人にはそれがない。
「なんでも禁止にするからダメなんだよ。子供は冒険してナンボ、可愛い子には旅をさせよっていうでしょ?」
「使い方おかしいけどな」
「いこーよ、みんなスマホばかりしていてつまんないし!夕方みんな塾行っているし」
「塾ねえ……」
ほんと、昼間学校行って夜塾いっていて大変だよね。学校の意味あるのかな。
皐月は頭が良い。健次も成績は悪くはないのだが学年五本の指には入っている。あえてトップは狙わない。理由は「目立つから。」らしいけど。
それでも塾行かずに普通にやれている皐月すごいよな。と思う健次であった。
「みんな行きたい高校目指してるんだよ」
何かを得るために何かを犠牲にする。当たり前のことだ。
みんな何者かになりたい。そして今よりも裕福な暮らしがしたい。
そのためには、いい高校いって、いい大学いって…。
だからみんな頑張っている。
頑張っているやつを揶揄する必要なんてない。
「だから暇そうな健次君呼んだんじゃん。」
「暇そうね」
まあ確かに暇ですけど何か?と思う健次だった。
健次には、塾いく余裕がない。それは金銭的な面が大きい。その理由として、健次には両親がいない。
父は、冒険家だった。安定なんて大嫌いな男で、常に変化を求め危ない地域にわたることもしばしば。命がいくつあっても足りないんじゃないかと思うことも多々あった。
そんな予感も的中、3年前に健次の父である新山三郎は、3年前に行方不明になった。どこで行方不明になったのかも聞かされず、手掛かりもない。
加えて母は、いつのまにかいなくなっていた。父に愛想つかしたのか、理由はよくわからない。つまり、両親は行方不明になっているということである。
そんな健次に生活環境を与え、加えて少ない年金収入から養ってもらっている祖父母には、金銭的な迷惑はかけまいと、健次は極力金のかかることは避けていた。
だから健次は、安定した職に就きたいと思っている。父のようなことは御免だ。勉強面においても中学校の授業の予習・復習を一生懸命やっている。
たまに皐月に勉強教えてもらったりする場面もあるのだが。
そんな健次であるから、面倒ごとは起こさず、静かに暮らしたいのだ。
……だが、篠山皐月の思い付きによって今、面倒ごとが起きようとしているが。
「行こうよ、健次君」
行く気満々な皐月に押される。
「めんどくさいな、皐月一人で行ってきなよ」
「え、か弱い女の子を一人でダンジョンに行かせるつもりなの?」
「か弱いってお前……僕が行かなくても行くのか」
「そうだよ。やると決まったことはやる主義なの」
「……分かったよ、ついてく」
「やった!」
どうせ断っても無理やり連れていかれるのだし、ここは快く承諾しとこう。暇だし。
それに皐月の言い分にも思う節がある。ほんと最近みんなどうやって遊んでんの?
遊ぶって何?
☆☆☆
放課後。皐月と洞窟前の神社に集合の約束をし、いったん家に帰る健次。
健次の祖父母は築年数も50年以上になるくらい古い。
玄関を開けると、いつもの祖母の声が聞こえた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「健次、あんたに郵便だよ」
祖母が、ほれと言いながら健次に渡したのは、かなり古くボロ便箋に包まれた封筒だった。差出人には、新山三郎と書いてある。
――なんで今更?
父からの手紙。今更感が否めず、何故今日になってきたのか。
父のことはべつに恨んでもいなかったはず。けれど、意味が分からない。
健次は、無理やり封を開けた。
[健次へ、14歳の誕生日おめでとう。]
そう、一言しかないメッセージカードが入っていた。
まだ封筒の中に何か入っている。
入っていたのは、クリスタルのようなものが埋め込まれた、かっこいいペンダントだった。銀色で、所々に細かな装飾が施してある。かなり、綺麗だ。
「これ、父さんが?」
「わからん。サブローの字ではないね」
ということは別の誰かが。
それより、今日僕の誕生日か。とメッセージを見て思い出した健次。今の今まで忘れていた。
特別な日なんて、あんまり思わない。
中身は何だったのかい?と祖母が聞いた瞬間、健次はとっさにペンダントをズボンのポッケにしまい、ばあちゃんには関係ないよ。と答えた。祖母はそれ以上は言及しなかった。
「ばあちゃん、きょう皐月と遊んでくる」
「あいよ。気を付けていきな」
健次は私服に着替え、家を出た。
……これが、最後の挨拶になるかもしれないとは知れずに。
☆
待ち合わせに場所につくと、わかりやすく怒っている皐月がいた。
恐らく、約束の時間より遅くなったことに対して怒っているのだろう。
ついた神社は、子供のころに来たころよりも雰囲気が変わっており、相変わらずかなり古い、そのうえ人の手入れがあまりされておらず、境内の草木は生い茂り、あまり人気がない。
「お待たせ」
「遅い。なにしてたの」
「ごめん」
ぷーと頬っぺたを膨らませながら皐月は怒っていた。
クラスのほかの男子なら、こんな顔もかわいいとか言っているはずだよな。どうでもいいけど。
「ま、ちゃんと来ただけよしとしましょう」
「親父から手紙が来たみたいでさ」
「嘘?」
「これ」
家にきたメッセージを皐月に見せた。
「簡潔だね……というか先越されたし。さすがお父さん」
皐月は少しがっかりしたような、拍子抜けたような顔をした。
「ん、何か言った?」
「いいや何も」
「そう。あとさ、これも入ってた」
健次は、ポッケに入っていたペンダントも見せた。
「なにこれすごい」
「あれ、光ってる」
ポッケから出した瞬間、ペンダント自体が発光していた。電池式で光るようなわけでもなく、まるで呼吸するように光っている。
場所に反応しているのか、もしかしたら、これからいくダンジョンと関係あるのか。
「さっきは光ってなかったのに」
「そうなんだ。健次君のお父さんからなのかな?」
「多分。よくわからないけど」
親父が、何でこんなもの送ってきたのかも分からない上に、ほんとに何処にいるかもわからない。
3年前の事故の時はたしかにショックだった。そのショックからなんとか回復してここまで来て、まさかこんな手紙が来るとは思ってなかったし、なんでこのペンダントなのだろうか。と健次は思った。
疑問は、尽きない。
「早くいこうよ。待ちくたびれていたんだから」
「はいはい」
2人は境内へ。ダンジョンへは、神社の境内から、裏道を通る必要がある。
皐月の後を追いながら、昔来たころの事をぼんやりと健次は思い出す。
小学生のころは、毎日のようにダンジョンにきて、毎日のように遊んだ。
皐月は無理をして、怪我して、よく怒られていた。ほんと、気になるととことん追求する。
昔から何も、変わっちゃいない。
(あの時は、ここが異世界みたいに感じたんだよな)
背丈の低く、まだ周りにあるものがすべて未知だった子供時代は、ほんとにこの場所で「冒険」するのが毎日の楽しみだったことを思い出す。
「久しぶりだね。昔こうしてよく遊んだっけ」
「そだね」
裏道をしばらく進むと、少し広い場所に出る。
ただ、子供のころに見た、大きな祠……ダンジョンのようなものはなく。
「あれ…。こんなに小さかったっけ」
目の前にはダンジョンと呼ぶようなでかいものではなく、大人が雨宿りできそうな小さな洞穴になっていた。
「嘘でしょ、あんなに大きかったのに……私達が小さくなった?」
そう、考えても仕方はないかもしれないが。
「小さくなったわけじゃない」
僕たちが、大きくなったのだ。子供の身長からしたら、この洞窟は大きく見えたのだろう。
ここ数年で皐月も僕もかなり身長がのびたから、きっとそのせいだ。
とても、小さなころ冒険した、深い祠とは言えなかった。
「えー。楽しみにしていたのに」
はあ。とため息をつく皐月。
「僕たちの身長が伸びて、小さく見えるようになったんだよ。残念だったね。帰ろ」
「ちょ、ちょっと! 帰らないでよ!」
服をひっぱり、健次が帰ろうとするのを止める皐月。
「なんかおかしくない?確かに私たちが大きくなったのもあったけど、こんなに小さくなかったじゃん!」
「言われてみれば」
たしかに、おかしいかも。
皐月の言葉で、昔のことを思い出してみる。
100メートルくらい先があったはずだ。
なのに、今は数歩歩くぐらいの長さしかない。場所違いなんじゃないかと思うくらい、記憶のころとは変わっていた。
いくら子供のころの記憶とはいえ、違いすぎる。健次は周囲を見渡す……。
すると、足元に何か反射して光るものを見つけた。
「立ち入り禁止…こんなのあったかな」
健次の足元には、黄色で「立ち入り禁止 警察」と書かれたテープが散乱していた。土に隠れていて気付かなかった。おそらく洞窟に貼られていたのだろう。
「やっぱ帰ろう皐月。なんかヤバい気がする。」
嫌な予感がする。
何かが、変わっている。
この近所でこの洞窟で事件があったなんて聞いたことないし。
関わってはいけない。
健次は直感でそう感じた。
「でも」
それでも、皐月は踏みとどまる。
「気になる気持ちもわかるけど、警察が関わっているかもしれないってことは、ちょっと昔にここは何かの事件現場だったんだよ」
さすがに、事件性のあるものに首を突っ込むのは御免だ。学校に怒られるどころじゃすまない。
しかし、どこか皐月は納得していないようだった。
そんなにダンジョンで遊びたかったのか。
何が彼女を、そうさせるのか。
健次には、理解が出来なかった。
「あのさ健次君。さっきから言おうと思ったんだけどさ、」
「なに?ここは危ないから早く帰るよ」
「う、うん。じゃなくて、健次君のペンダント、光強くなってない?」
「え……?」
言われて初めて気づいた。健次は、父から送られてきたペンダントの光る頻度がこの洞窟の前に来るときより増している。
「ここに、反応してる?」
「そんな馬鹿な」
磁石のNとSがひかれあうかの如く、ペンダントが洞窟に反応していた。
洞窟も、ペンダントに共鳴し、心臓の鼓動のように光っては消え、光っては消える。
「なんか気にならない?」
先程まで落ち込んでいたように見えた皐月だったが、ペンダントが光っていることを健次に言った時、目がキラキラしていた。
ほんと、表情豊かだよな、こいつ。
ペンダントを洞窟のほうに向けた瞬間、突如目の前の壁が光りだした。その光は電子回路のごとく、ペンダントの中心から広がってゆく。
「な、なんだこれ」
「おおっ、なんかすごい」
光が壁全体に広がった瞬間、中心部からゆっくりと割れるように壁が開いていく。
そうして開かれた扉の奥に、先が見えない道が広がった。
「健次君のペンダント、カギになっていたんだね」
「マジかよ」
どういう仕組みで動いているんだこれ。とただただ驚くばかりの健次だった。
皐月のほうはテンション上がりっぱなしだけど。
まるで、誘われているかのようだ。
「扉が開いたなら進むしかないね!」
この先に何がある?
事件性があるかもしれない。これからとんでもないものに飛び込もうとしている。
「はぁ…不安だ」
「危なかったら引き返すからさーいいじゃんなんかすっごい気になるし」
まあ、健次自身も気にならないといったら嘘になる。
それに誕生日に来たこのペンダントが反応したことも。
今、気になっていることを確かめたい事が、不安感よりも上回っていることも。
(父さん、僕に、何をさせたいんだよ……)
「まあ、気を付けろよ。なんか暗いみたいだし」
「大丈夫、大丈夫♪」
恐る恐る歩く。幸いペンダントが懐中電灯代わりになってくれているみたいで、それで照らして歩くことが出来た。
人が立ち入った形跡があまり見られず、足跡の類もない。
地面も固く、あまり歩きやすいとは言えない。
「なんかわくわくするね」
「僕はハラハラする」
「なにそれラップみたい」
「意味わかんねえし」
……音が、反響している。
先はかなり深いようだ。
どれくらい進んだのか、分からなくなった。
後ろを振り向くと、入ったはずの入り口が見えない。相当深く歩いたことは間違いないだろう。
覚悟を決め、しばらく歩くと、緑色の光が見えてきた。
「すご……」
思わず、声が漏れた。
洞窟の奥は、かなり広かった。
天井から光がこぼれ、その光が緑のステンドグラスのようなものに通され、綺麗な緑色の風景が広がっていた。
「すごいな」
「こんなの初めてかも。ね、さっきより光強くない、それ」
「ほんとだ。」
健次のペンダントの光が、さっきよりかなり強くなっている。車のハイビームくらいはあるんじゃないだろうか。あれほんと眩しいよね。自転車とか乗っていると。
ペンダントは、この奥にある大きな扉と反応しているようだった。近づくにつれて光が強くなるから、間違いない。
かなり、大きな扉だ。
重量感が半端ない。
人ひとりの力で開けられるのかってくらいでかい。厚さ5mくらいはあるかもしれない。
2人の目の前に広がる扉も、先ほど健次のペンダントに反応した扉のように、扉の模様が、電子回路のような光で、呼吸するように光っている。
「ここから先は、引き返せない気がする」
「私も思った。どうする健次君?」
「え?」
皐月が、どうするなんて聞くなんて珍しいな。と健次は思った。普通なら迷わず行くはずなのに。
「どうして聞くんだ?」
「ほんとに帰れない気がするから。でも、健次君の父さんの手掛かりがあるかもって思ってさ」
「父さんの…手掛かり」
3年前の事件。
父さんの消息が突然、3年前に絶った。
警察の捜査は難航。なんの手掛かりもなし。
そんな父さんの手掛かりが、今日突然健次のもとに。この大きな扉の先に。
これまで、忘れたくてしょうがなかったのに。
何故、今になって。
拳を握りしめる。
――覚悟はいいか?
どこからともなくそんな声が聞こえた気がした。
予感は所詮予感だ。あてになるかはわからない。
けどこの選択が、何か大きなことにかかわっている。そんな気がした。
「健次君こそ珍しいね。迷ってるの?」
迷っている。
皐月にそう言われて、初めて自身が迷っていることに気付いた。
「帰る気満々だったじゃん」
確かに、得体のしれないところに来た事の不安感はある。
けれど、これを逃したら、これから先親父のことは一生分からない。
根拠はないけれど、そんな気がした。
だから……
「皐月、これから僕が選ぶことに、異議はないよな」
「うん、だから聞いたんだし」
「わかった」
答えは、出た。
「進もう」
「いいの?」
皐月は、ほんとは帰るんじゃないだろうかと思ったかもしれない。
なぜ今になってなのかは今はわからない。
「もともとそうしたかったんだろ、皐月は」
「えへへ」
皐月は、笑顔で返事をした。
なんだかわいいなおい。
「それに、気になるんだ。父さんがなんでこんな、めんどくさいことしてまで、これを見せたのか」
この先に答えがあるならば。
「うん。いいよ。ならレッツゴー」
健次は、重そうな扉に向け、持っていたペンダントをかざした。その瞬間、激しい光に包まれる。
「健次君」
「ん?」
「誕生日、おめでと」
光に包まれながら、笑顔で彼女はそういった
……意識が、遠のいていく。