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デルタトライナイト  作者: 水原翔
第二章 フォグル工房編
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第15話 「カエンの後悔、ミンティ・フォグルの謎」

 カエンは、目を開くと、荒天の空が目の前に広がっていた。

 あたり一面見回しても、山も木々も街も村も何もかも見えず、地平線だけが広がる草原だ。


「ここは……。俺は、負けたのか」


 一瞬だった。カエンはゾンゾ=ザス・ブラッドに後ろを取られ、背後から腹部を突き刺されたのだ。後ろを取られた未熟さと、奴にはカエンの攻撃、大火炎斬だいかえんざんですらも、傷一つ付けることが出来なかったことの、自分自身の無力さを、カエンは嘆いた。

 あの後、自分自身はどうなったのだろうか。とカエンは自分の腹部を見る。傷跡が全くなく、今いる場所が死後の世界か何かなのかと考える。だが考えても答えは出ない。

 本当に、死んでしまったのだろうか。

 父さんと母さんと、村のみんなの敵も取れずに。

 しかも、全く歯が立たなかった。あれだけ師匠に色々なことを教えてもらったのにもかかわらずに。


「師匠なら、師匠の火炎斬かえんざんなら……」


 師匠の火炎斬は、とてもカエンとは比べ物にもないぐらいの爆炎だ。

 あれに近づきたくて、カエンは必死に修行をしてきた。

 だが、まだそれには到底及んでいない。

 自分はまだ弱い。そして真の火炎斬を、自分自身の必殺技を、確立できずにいるのだ。

 だから自分はゾンゾ=ザスに負けた。

 カエンはそう振り返る。


「強く、ならなきゃいけねえ」

『良い心がけだ。しかし望むだけでは誰にでもできる』

「誰だ!?」


 突如、草原に謎の声が響く。誰の声なのだろうか。

 

『我の名は、ガルグ・ストロング。3大戦士デルタトライナイトの、トライスキルを生み出すが一人』

「ガルグ・ストロングだと!?」


 声だけが聞こえるが、姿は見えない。カエンは声の主を探すが、この草原にはどこにもいない。

 ガルグ・ストロング。2000年前にラボンスを救った、3大戦士デルタトライナイトだ。カエンはとっさに、へレビス遺跡で見た壁画を思い出した。

 伝承によれば、ガルグ・ストロングはその名のとおり、3大戦士デルタトライナイトの中でも、“力”を司る戦士だ。

 カエンが手に入れるべきトライスキルは、このガルグ・ストロングが持つ、ストロング

なのだと、カエンは気付く。

 力。となると、カエンが今、最も欲するものであり、最も遠い存在だ。


『坊主。時にお前は何のための力が欲しいか?』

「ゾンゾ=ザスを、ゾンゾ=ザス・ブラッドを倒すためだ!!」


 ガルグに問われ、カエンは当意即妙に理由を答える。

 カエンは、この考えを村の事件以来変えていないのだ。


『何故ゆえに?』

「復讐するためだ。村を襲ったあいつを、殺すために!!」

『喝ァァァァァァァァァァァァァァァァァァツ!!』


 突如、ガルグの叫び声と共に、ものすごい突風がカエンを襲い、体が吹き飛ばされた。気迫だけで人を吹き飛ばすなんて、恐ろしい力である。


「な、なにしやがる!!」

『坊主。復讐からは何も生まないッ!! それがお前の“弱さ”だ!! 深く考えろ、己が戦うべき、真の理由を!!』

「戦うべき、理由……?」

『左様。さすれば我の力、“Sストロング”を授ける試練の門が開く。しかし今の坊主ではその門すら開かぬ!!』

「……」


 ガルグは、カエンの弱さが復讐心であると指摘する。しかし、カエンは復讐心で強くなったのだ。全てはゾンゾ=ザス・ブラッドを倒し、復讐を果たすための所為だ。

それをすべて否定されるならば、どうしたらいいのかわからない。

 これがトライスキルの試練になる。だが、そう簡単にカエンは考え方を変えることなんてできない。


『……坊主。復讐心というのは、時に人を殺す。そのままお前自身が“復讐心”で動くならば、敵味方構わず殺してしまうぞ!!』


 これは、ガルグの経験則から言っているものではないか、とカエンはとっさに感じ取った。

まるで、そのことを経験しているかのようにガルグは言っているからだ。


「ああ……分かってる。それは俺が一番わかってるんだ……だけど、その他に何の理由がある? 俺は……」


 空を、目指してえんだ。

カエンが健次に向けていった、カエンのもう一つの目標。いや、夢を思い出す。

 カエンの心の中では、空を目指したいという探求心と、村を滅ぼした奴に対する復讐心が入り混じっていて、よくわからない状態になっている。

 

『カエン。私も昔、お前のように復讐心に燃えた時期があったのだ。それは間違いだった』

「なんだと……?」

『復讐心は、倒すため力を手に入れるがあまり、自分自身の本当の強さを求めなくなる。それは戦士として、非常に愚かなことだ。まるで天井があらかじめ見えていて、すぐにでも手を伸ばせるような、そんな力は、無意味だ』

「本当の、強さ……」

『そんな状態のお前では、ゾンゾ=ザス・ブラッドはおろか、それ以上の相手にお前は太刀打ちできない』

「俺は、それで」

『よくないのだ。それではお前はただ、ゾンゾ=ザス・ブラッドを倒すためだけに生まれてきたといっても過言ではなくなってしまう。それは非常に悲しい。愚の骨頂だ!!』

「……」

『まあ良い。よく考えるのだ、カエン。さすれば試練の門は開かれる』

「ガルグ!!」


 名を叫んだが、ガルグの声は遠くなっていく。

 次の瞬間だった


 ――セ。

「また声か……!?」


 そのおぞましい声に、無性に寒気がした。

 ガルグの声が突然しなくなったと思いきや、カエンにガルグとは違う、別の声が聞こえた。

 途切れ途切れで、何を言っているのかわからなかったが、次第に声が聞こえてくる。


 ――殺セ。

突如、奇妙な声が、カエンの脳内に響いた。


 ★


「思ってたより、風は受けないんだね」


 ミンティの操縦する船の甲板で、健次は空をものすごい速さで飛んでいるのに、風があまりこないことに不思議な健次。

 星影はカエンにずっと付いていて、カエンの看病をしている。

 操縦室の窓から、ミンティがその声を聴いたようで、解説をする。

 

「機構用ゲートの特徴って奴だな。アタイの船には、甲板で受ける風を軽減するゲートがついてんだ。大抵の船には標準装備だぜ」

「なるほど……にしても」


 風よりも、健次の目に残るのは、この盛大な景色だ。

 旅客機の小さな窓では計り知れない、“空”を体全体で感じ取ることができるのだ。

 健次自身、空を眺めることに感動を受けた時がある。

旅客機が地上から初めて離陸して、雲の上の景色を見た時だった。だが、その景色は一方向で空全体を感じることが出来なかったが、今は違う。

 体全体で空を感じることが出来るのだ。

 カエンが重傷で気が気でないので、この状況を素直に楽しむのは憚られる健次だが、こんな体験は貴重なのだ。感動しないわけがない。


「景色が、すごい……」

「ああ。アタイもそれは思う」


 健次は、甲板から船室に入り、カエンの様子を伺う星影の元に。


「カエンは?」と、健次は星影に様子を尋ねる。

「今は安静にしているわ」

「そっか……」

「ねえ健次、あなたこの後どうするつもりなの? あの女をそのまま仲間にするつもり?」

 

星影は、まだミンティを仲間にすることを躊躇しているのだろうか。ミンティに聞こえないよう、小声で健次に話しかけた。


「え、いいじゃん。こうやって船を出してくれているわけだし、そんなに嫌いなの? ミンティの事」


 ミンティの性格云々はともかく、こうやって船を出してくれているのだ。星影はただミンティのことを個人的に嫌っているだけではないのか。と健次は思う。


「そのことはもういいの。助けてくれたことはありがたいし、カエンも助かるかもしれない。それは非常にありがたいことだわ。だけど、私の性格なのかしら。疑ってしまうのよ、この出来すぎた状況を」


 出来すぎた状況?星影は何を言っているのだろうか。


「どゆこと?」

「……1から説明するのはめんどくさいけど、明らかにおかしいのよ。いろいろと。ミンティ・フォグルは」

「そのことは別にカエンを助けた後でも考えればいいじゃんか」

「それはそうだけど、一介の海賊がこんな船を所有しているのがまずおかしいの」

「そうなの?」


 星影は、ミンティを個人的に嫌っているわけではなく、疑っているのだ。彼女は彼女なりに、違和感を感じ取っている。

 健次にはラボンスの知識がないわけだから、その違和感がなぜ生じたのか理解することが出来ない。だから星影に説明をしてもらわないと分からない。

 ミンティを仲間にしたのは、愚策だったのだろうか。


「そもそも、この船を新型で購入した場合の市場価格がいくらぐらいか知ってる? 10億エデルするのよ」

「10億!?」


 そんなに高いのか……と健次は驚く。


「中古なら5千万エデルくらいまである安い奴もあるのだけれど、この船、最新型だし、その10億エデルを盗賊団の盗みだけで調達するとは到底考えられないわ。それに」

「それに?」

「この船が、便宜置籍船ってことなのよ」

「便宜置籍船? なにそれ」


 健次はなんか社会の授業の資料で見たことあるようなないような、そんな単語が星影から飛んできた。


「さっきミンティが言ってたでしょ、この船がレリュール国籍だって。ベルフライムはラボンスの4か国の中でも、船の生産が盛んで、その分飛んでいる船も多いの。だから、ベルフライム籍に登録している船に対しての税が高く設定されているわ」


 なんだか話がダゼンスでもあるような話になってきて、異世界でもいろいろな経済事情があるのかと思う健次だった。レリュールって何?って健次が尋ねると、星影はまた丁寧に説明してくれた。


「レリュール公国。ヘクセル・アルバート公爵が統治している国ね。税制優遇策が盛んで、ラボンス中から莫大のエデルが流れ込んでいるとされる国よ」

「なるほど」

「だから、ベルフライムを航行する一部の船は、レリュールなどの税金の安い、外国籍で船を登録し、ベルフライムの空を航行しているの。それで税を外国に収めることで、船に対するコストを抑えることが出来るのよ。そのメリットが便宜置籍船にはあるの。まあ他にもメリットはあるらしいけれど」


しかし、本当に星影は色々知っている。星影先生か星ペディアと今度呼ぶことにしようと、健次は頭の中で勝手に考えた。けれど、そんなことをベルフライムはよく思っているのだろうか。


「でも、レリュールに登録して、実質ベルフライムで航行してるなんて、それってズルいような」

「ええ。違法ではないけど結構グレーね。ベルフライムの経済問題の一つとなっている内容で、王国政府も手を焼いているらしいわ」

「なるほど。星影の言う違和感は分かった。でも、それだけじゃ分からない」

 

 そう、星影は盗賊団がこの船を持つ事に対しての違和感の理由を説明してくれたが、ミンティ・フォグルが怪しいという理由にはならない。


「そうなのよ。多分だけど、ミンティは何か隠しているわ。それか、盗賊団そのものに何か特殊な事情があって、あの単細胞は何も知らない。それだけかもしれないけれど」


 確かに、盗賊団そのものの実態はつかめぬまま、ゾンゾ=ザス・ブラッドによって彼らはゾンビ化され、盗賊団が何者なのかは分からない。

 10億エデルもの船を購入できる資金をもった盗賊団。

 その実態、目的をあまり知らないミンティ・フォグル。

 

「カエンを一瞬でひるませた実力のゾンゾ=ザス・ブラッドが、なぜミンティを見逃したのか、私には不思議でならないの」

「それは星影たちが足止めしてくれたおかげじゃないか。それに彼女が隠れてただけかもしれないし」

「それもそうだけれど」


 そう2人が話している中、ミンティの声がする。


「もうすぐタルメにつくぜー準備しな」

「まあ、今はカエンの事が先ね。健次。くれぐれもミンティの行動に気をつけなさい。それに越したことはないから。彼女が本当に無害なら、それでいいし」

「……わかったよ星影」


 タルメ工業地区の郊外に、ミンティの操縦する飛空艇が辿り着く。

 ミンティの謎はさておき、健次と星影は急いでタルメ工業地区の診療所へ、カエンを連れ、向かう。

診療所にカエンを連れていき、医師が部屋から出るのを待つ3人。


「命に別状ないようです。みなさんの緊急措置に助けられたのでしょう」

「良かった……」


 水のゲートを持つ、タルメ工業地区の診療所の医師が、カエンの無事を伝える。

 星影はほっと胸をなでおろす。


「ありがとうミンティ。君がいなければ間に合わなかった」


 健次は素直に礼を言う。本当に、ミンティの飛空艇でタルメに辿り着かなければ、今頃カエンはどうなっているか分からない。星影が言っていた違和感は確かに気になるが、それはそれとして、カエンを助けてくれたのだ。


「まあ、アタイが今できることをしたまでさ」

「それでもだ。本当にありがとう」


 ミンティ・フォグルの違和感は、星影の言うようにあるかもしれない。

けれど健次には、そんなことがあっても彼女が、ミンティ・フォグルが悪い人には見えないのだ。口調は星影とは違うベクトルで悪いが、盗賊かと思うくらい潔いし、何より優しい気がする。

 健次は、そんな自分の直感を信じることにした。



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