第13話 「弱さを噛みしめて」
「ゾンゾ=ザス・ブラッド……」
健次は、目の前に現れた獣のような牙をし、赤い目をした人。カエンの言う、敵である、ゾンゾ=ザス・ブラッドという男の、強烈な殺気に恐怖した。
楽園の扉の時の恐怖とは違う種類の恐怖だ。
目の前にいるこいつが、カエンの両親を殺して、今泣いている盗賊女の仲間をすべてゾンビにした、恐るべき凶悪犯。
こんな状況下においても、何もできない健次は、自分の無力さを悔やむ。
それなのに、星影といい、カエンといい、何度も何度も命を助けてもらっている。
何かしなくちゃいけない。そんなことは分かっている。
だが、何もできない。ただ見ていることしかできない。
「くそ、こんな時に僕は何もできないのか」
「健次、離れてろ」
カエンは健次の前に立ち、ゾンゾ=ザス・ブラッドと対峙する。
刀を構え、抜刀。
「なんだお前は。そこをど……ケ」
「うるせえ、先に俺と相手をしてもらう。ゾンゾ=ザス・ブラッド!!」
刀をゾンゾ=ザス・ブラッドに向けるカエン。しかし当のゾンゾ=ザスは、カエンの事を気にせず、健次の近くで泣き倒れている盗賊女を狙っている。
奴は、ゆっくりと女の元へ近づいていく。その道を、カエンは防いだ。
「邪魔……ダ」
ゾンゾ=ザスは、その鋭い牙を振りかざし、カエンに攻撃をしようとする。
カエンは刀を横にし、受け身の体制をとる。そして、奴の攻撃を防いだかのように見えたが、
カエンはそのまま、刀の刃を掴まれ、ゾンゾ=ザスに投げ飛ばされてしまった。
「カエンッ!!」
「嘘だろ、俺……」
カエンは、自分の右手が震えていることに気付いた。カエンもまた恐怖しているのだ。
ゾンゾ=ザス・ブラッドの放つ、異様な殺気に。
健次の元へ、ゾンゾ=ザスが近づいていく。
彼女を連れて逃げなければ。と、とっさに思ったが、体が動かないのだ。
恐怖のあまり、腰が抜けている。彼女が正気に戻れば話は別なのだが、まだ周りの状況を理解しきれておらず、泣き続けている。なので、健次がなんとかして連れて行かなければ、彼女はゾンゾ=ザスによって殺されてしまう。
どうする……。
どうする新山健次。
あと数秒で健次の元に来て、下手すれば奴の牙が腹部を抉ってしまうだろう。
腰が抜けていて立てないのならば、なんとかして戦うしかない。
健次は、ペンダントを掲げ、静かに唱えた。
「属性変更。金!!」
健次のペンダントの水晶が黄色に変化する。そのまま健次は、先ほど盗賊女が使った、金属性の魔法を使った。
「雷鳴(ドンナ―)!!」
「無駄……ダ」
健次の雷の魔法は、盗賊女ほどの威力はない。だが少しでも効けばいい。健次はそう思った。
しかし、ゾンゾ=ザスには、かすり傷もつけられず、平気そうな顔をしていた。
「そんな……」
「月の重力!!」
星影が隙を狙って、月魔法でゾンゾ=ザスの動きを足止めした。
「小細工……ヲ」
「健次、今よ!!」
健次はなんとか立ち上がり、彼女の手を取りそのまま走る。
「貴方はその女を連れて、入り口まで逃げなさい」
「だけど……星影とカエンは!!」
「後で追いかけるわ。必ずね。頼んだわよ。カエン、いつまで寝ているの」
「……わりぃナツキ。全くどうかしてるぜ、敵を前にビビるなんて、俺らしくねえ。健次、行ってくれ。ここは俺に任せろ」
「……わかった!!」
そのまま健次は、女を連れて出口まで駆けていく。
当然、ゾンゾ=ザスの狙いは彼女なわけで、星影の月の重力の効果が切れた瞬間、ものすごい速さで追いかけようとする。
が、しかし。
「烈波照陣ッ!!」
「何ィ!?」
カエンの刀から、炎の衝撃波が繰り出された。
その衝撃波によって、ゾンゾ=ザスの足が止まる。
「相手は俺だぜ。怪物野郎」
カエンは深呼吸をする。
――自分の意識を、呼吸だけに集中しろ。
師匠から教わった、心を無にする力。
そうだ。こいつを倒すために。敵を打つ為に、あんなに苦しい修行に耐えてきたじゃないか。
敵を恐れてどうする。
「良いだろう。お前から先にこの爪の餌食になってもらおう……カ」
「ああ。喰らいやがれ、必殺ッ!! 大火炎斬ッ!!」
カエンの巨大な炎が、ゾンゾ=ザスに直撃し、燃え始める。
「怒りの業火に、焼かれて消えろ!!」
「やったの……!?」
勝利を確信した、瞬間、カエンの炎が消えていく。
だが、ゾンゾ=ザス・ブラッドは、そのまま立って、こちらを睨んでいた。
「なっ、大火炎斬が全く効いていないだと……!?」
「弱い。弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い……ゾ!!」
次の瞬間、カエンの背後に突如移動したゾンゾザスは、カエンの背中に思いっきり牙を突き刺した。
死角を捕らえられ、カエンは思わず口から血を吐き出す。
「くはっ」
「カエンッ!!」
星影は、このままではカエンが殺されてしまうと感じた。
それに、私がこのゾンゾ=ザスに勝てるだけの力はない……と。
完全に負けているのだ。実力が。このままではカエンも私も、殺されてしまう。
腹部に牙が突き刺さっているが、致命傷だけは避けられていることを祈りたい。
カエンには悪いが、ここは逃げるしかない。
星影はそう思って、二度目の月魔法をゾンゾ=ザスに放った。
「月の重力!!」
「また……カ」
星影はカエンを抱え、そのまま入り口まで走る。
ゾンゾ=ザスは追いかけようとした、その時。
「戻りますよ、ゾンゾ。時間です」
「ハム。分かっ……タ」
ゾンゾ=ザスに謎の声が響き、彼はそのままその場から消えた。
★
「ここまで来れば……」
健次は、洞窟の入り口までなんとか走り、抜け出すことが出来た。
中のカエンたちは、大丈夫なのだろうかと心配になる。
しかし、それよりも。
この泣いている盗賊女を、なんとかすべきだろうと健次は思う。
流れで連れてきてしまったが、健次は彼女になんて声をかければいいのか分からなくて、ただ黙っていた。
「なぜアタイを……連れてきた」
泣き止み、ため息をついた盗賊女から、話し始めた。健次はそのまま答える。
「放っておけなかったんだよ」
「……。なぁ、お前何がしてぇんだ。アタイたちが奪った鉄鉱石を取り返しにきたんだろ、ならアタイのことなんて、敵じゃねえか。なんでアタイを助けた?」
「分からない。けど、本当に放っておけなかった」
「変な奴……」
女はそっぽを向く。
「少しは落ち着いた? 大分泣いていたみたいだけど」
「うぜえ。黙れ。なんでテメェみてえなナヨナヨした男に慰められなきゃなんねえんだよ、チキショウ」
「悪かったね、ナヨナヨした男で」
本当に、そうだ。
健次は思う。ナヨナヨしてもいるし、僕自身は未だ弱い。と。
皐月を誘拐したブラット家。
そんな連中が、あんな恐ろしい連中ばかりならば、助けるために強くならなくちゃいけない。
強くなる、弱い以前に、健次自身は恐怖したのだ。
「礼は言わねえぞ……別にアタイは、助けられたとおもってねえし」
「うん。それでいいよ。今回は僕も動けなくて、カエンたちに助けてもらったわけだし、僕はただ君の手をとって、ここに来ただけだから」
「へっ……アタイはミンティ。ミンティ・フォグル」
「うん」
「おい、ここはてめぇも名乗るとこじゃねえのか」
「あ、そうだね。僕は新山健次。よろしく」
「アラヤマケンジ? へんな名前だな」
「ミンティもね」
「アタイのは普通だろ!! 爺ちゃんにもらった名前なんだよ!!」
少し話すうちに、盗賊女、ミンティ・フォグルは、健次に打ち解けてくれた。
そして、殺されてゾンビとなった盗賊たちとの関係性を、彼女自ら語ってくれた。
それを、健次はただ聞くことにした。
「アタイは、家出してきたんだ」
「家出?」
「ああ……爺ちゃんとケンカしてさ。きっかけは些細な事だったけど、3年前にとうとう嫌気がさして家出。さ迷い歩いてた時に拾ってくれたのが、あいつらのとこなのさ」
「そうなのか」
「おう。ボスのおやっさんには、けっこう可愛がってもらってよ、今回なんてケルタ鉱石なんてレアもんを高値で買ってくれる奴がいて、おやっさんたち大喜びでさ。盛り上がってたのに……気付いたらああなってた」
「うん」
鉄鉱石はケルタ鉱石という名前だったのか。と今更ながらに知る健次。ミンティは、反抗をして家出をして、盗賊とはいえ家族のように受け入れてくれる環境があったのだ。
その環境を一瞬にして失ったんだ。
「なあ、アタイはこれからどうしたらいいんだろ……」
「それは、君自身が決めることだ。君はブラッドに殺されず、生きている。それは間違いのないことだ」
助けたことには変わりのないが、健次は自分の人生は自分で決めなきゃいけないと、そう思っている。だからミンティは、これからどうするかを、自分自身で決めなくちゃいけない。
しかし、仲間をあれだけ殺されて、ミンティは泣いたが、前を向いている気がする。
これからどうしようか。とは考えながらも、瞳はまっすぐ何かを見つめている。
健次は、そんなミンティが、強いな。と感じた。
健次自身は、ブラッドに対してきちんと戦うことすらできない弱さを感じているというのに。
「それも、そうだな……。爺ちゃんと仲直りしなくちゃいけねえな……クソ。アタイが逃げてたから、こんなことになったのかもしれねえし……」
「よく、わかんないけどさ。多分ミンティのお爺さん、普通に心配していると思うよ」
「ヘッ、どうかな。あのジジイ、アタイのこと忘れてるかもしれねえぜ」
「子供の事を忘れる親なんていないよ、多分」
健次もまた、両親が行方不明になったことを思い出す。本当にあの時はどうしたらいいのか分からなかった。けれど、そんな状況を祖父母はやさしく迎え入れ、中学にも通わせてくれている。今は訳あって異世界にいるのだけれど。
でもそんな健次に、父から手紙が届いたのだ。誕生日祝いとして、ペンダントが。
形がどうであれ、父さんはおそらくまだ生きている。そして、新山健次が新山三郎の息子であることをきちんと覚えている。そんな気が、まだするのだ。
だからきっと、ミンティの爺さんもまた、彼女が自分の子であるように、待っててくれているはずだ。
あくまでも健次の主観で、本当はどうかは分からないけれど。
だけど多分、大丈夫なはずだ。
「健次ッ!!」
そんなことを話していると、星影が青ざめた顔でカエンを抱え洞窟から出てきた。
「星影!! 無事だったんだね。ゾンゾ=ザスは!?」
「倒せなかったわ……。それより見て、カエンの傷がひどいの」
星影はカエンを下し、地面に寝かせた。
カエンは意識を失っており、腹部から大量の血が流れ出ている。
「カエン!?」
「とりあえず安全を確保するために逃げてきたわ。今から回復するわよ」