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てきとうに短編集  作者: ケー太郎
3/5

五月雨、時雨 (真,コ)

 しとしとじとじと。誰が建てたかも分からない掘っ立て小屋は、止まぬそぶりの降雨を一心に耐えていた。全身を水に湿らせうずくまる姿は、鬱陶しくて仕方がないと言いたげである。内側を除けばノミのような灰色が目をちらつかせ、ぴちょんぴちょんと我慢の限界が音を漏らしている。


「・・・止まないな」

「ああ、止まないな」

「貴様がこんな日を選ぶからだぞ」

「なんだ、わしのせいか」

「当たり前だ! 私が何度封書を送りつけたと思っている!その度に貴様は日が悪いだの用事があるだの・・・」

「真のことぞ、仕方があるまい。だからこうして日の良い時期に・・・」

「どこが良い日だ! 夜明けより雲にまみれ、向かえば雨に降られる始末!! 挙句の果てに貴様とこんな所で・・・」

「なぁにこんな日もある、気にするな」

「貴様の言えた台詞ではなかろうぞ!?」


 今にも腐り落ちそうな木の上で、二人の男が軒を連ねる。見た目からして剛健さを漂わせる面持ちは、縒れた衣服より覗かせる足と共に何にも動じぬ力強さを醸し出している。対して隣では整った顔立ちの好青年が、隣の毛達磨と同じ様子で佇んでいる。人目すればまるで貧相だが、その実服に隠したしなる筋肉がただの優男でないことを物語る。


「してお主、最近色事に興味があるとは真か?」

「なっ、だ、誰に聞いたそんなこと!?」

「くくく阿呆が、ぼらに決まっとるじゃろが。お主は本当に馬鹿正直な性格よ」

「き、貴様ッ!」

「しかしその反応嘘では無いと見た。なんじゃ、どこぞの別嬪にでも目を留めたか」

「貴様なぞに話すことではないわ!!」

「そう憤るな。どうせ生真面目なお主の事じゃ、未だに女子と手を握ったことすらないであろう?」

「うっ」

「ほうれ見たことか!」


 からからと毛達磨が悪う。対する青年は憎憎しげに、しかし恥らうように顔を茹でらせ達磨を睨む。


「わ、わ、悪いかぁ!! 貴様と違うて漢を一心に技を磨き続けてきた! 不埒な貴様と同じにするな!!」

「おいおい憤るなと言うのに」

「貴様がさせているのだっ!!」

「わかった、わかった。此度のことは頭を垂れよう、ほれこの通り!」


 毛達磨は青年に向き直り頭を下げる。わざとらしい仕草に怒りは収まらないが、青年はふんと鼻を鳴らた。


「しかしお主はどうせ、思惑しておるだけで実行に移せていないのであろう?」

「ぐぅ・・・何が言いたい」

「わしが一つ教授してやろうではないか。なに経験人数だけならそこらの領主にも劣らんて」

「エッ・・・いや、貴様に請う事などない!」

「そう頑なになるな。どうせお主、相談できる相手などおらんであろう」

「よけーなお世話だ!!! 貴様とてそう変わらんであろうが!!」

「いやいやわしはこう見えて・・・おっと、また話が反れてしまうな」


 二人は他に誰も居ないおんぼろ小屋で、のんきに恋愛談義を始める。小屋はそんな二人を内に含みながらも、興味無さそうに空を仰いだ。誰か、己を直してくれる者はおらんだろうか。誰とも共有できぬ悲しみは、蛙たちは嘲て唄った。





 五月雨はいつしか時雨のごとく、しかし悠久を思わせるようであった。それはおそらく、掘っ立て小屋に居座る二人のせいであろう。小屋は打って変わった痛い雨粒を、負けるものかと一身に耐え忍ぶ。ぽたぽたと流れるような汗は、いつしか滝のような落水と成っていた。

 そんなことなぞどこ流るる雨やら、二人はぼけっと正面を見つめる。長く続いた恋愛談義だが、肝心の華がないので虚しくなってきた。毛達磨に至っては当初の目的を忘れたかのように、腑抜けてあくびを漏らしている。かといって青年も、先ほどの覇気はどこ吹く風ぞ、虚ろな瞳で白粒を眺めている。


「・・・暇だのう」

「暇だな・・・」

「腹減ったのう」

「そうだな・・・」

「なんじゃ、まるで死人のようだな。そんなに腹が空いたか」

「もういい、話しかけるな」


 まるで知己のごとく声をかける毛達磨だが、青年にとっては別段親しくない。それどころか、本来であれば席を共にすることすらありえぬ存在だった。だがこんな雨の前ではそんなことがどうでも良くなってくる。もはや青年は隣の男と天候と、そして自分に呆れていた。

 しばらく静かに止むのを待っていたのだが、隣より何やらごそごそと物音がする。どうせこの男が気晴らしに何かしているのだろう。いつもであれば目を向けることすらしないが、あまりの退屈さに青年はそちらへ顔を向ける。毛達磨もそれに気付きぎょとして目を見開くが、次第にごまかすようにへへへと目を細める。

 男が手にしていたのは、酒であった。


「き、き、き、貴様ぁ!! なぁーんでそんな物を携えているぅぅ!?」

「いや、そのだな、酒でも飲んで気を紛らわそうと・・・」

「答えになっていない!! 貴様はどこまで私を愚弄すれば・・・!!」

「まぁ待て待て。お主もどうだ、中々の美酒ぞ」

「・・・・・」

「なんじゃ、いらんのか。しからば、わし一人で楽しむとしようかの」


 男はまたしてもどこから取り出したか、枡に並々と酒を注ぐ。くっと口へ運ばれた酒は、ぷはぁと男に声を漏らさせる。酒の美味さに舌鼓を打ちつつ、つまみがほしいなぁと一人呟いた。二杯目が飲み干される姿に見入っていた青年は、ごくりと蛙のような声を響かせる。その声を聞いた毛達磨は、にぃと口の端を吊り上げちらりと青年を見やる。


「なんじゃ、どうした若人よ」

「・・・美味いか」

「おうとも! まるで天にも昇る美味さよ。この世にこれほど美味いものがあろうか!!」

「・・・・・一杯なら」

「む?」

「一杯ならば、付き合ってやっても良いぞ」

「嫌じゃ」

「な!? さっき私に進めてきたであろうが!」

「さっきはさっき、今は今じゃ。こんな美味いものを人にやるなど、全く馬鹿げておるわ!」


 そう告げると再び男は酒を注ぐ。三杯目を口へ運ばんとする中、横目に青年をちろりと見やる。そこにはまるで羨望の眼差しで、はたまた今にも泣きじゃくりそうな稚児のような面持ちでこちらを見ている。男はぶははと噴出し、枡を置くと後ろを向いた。何かをあさるしぐさの後、振り向き手に持っていたのは別の枡であった。


「そんな目をするでない馬鹿者。ほんの冗談に決まっておろう」


 枡を青年に渡し、酒を近づける。並々と注がれていく流体を見て、青年は百面相のような笑みを浮かべる。酒を置き再び枡を持ち、青年の杯へ並べる。乾杯と二人が呟き、同時に酒をあおる。外では未だに雨が止まぬが、小屋の中では通夜から宴会へと移行していた。





 外ではお天道様がてらてらと、水溜りがそれを精一杯に煌びやかせている。蛙たちは眩しい光を疎み、草葉の陰で嫌味たらしくげろげろ叫ぶ。小屋はそんな様子を見て、度重なる試練を再び耐えたと、己を褒めずにはいられなかった。

 中の二人もそんな晴れ間を見て、いよいよ持って上がったかと外へ出た。久しぶりに浴びる日光は爽やかで雨上がりのにおいが心地よい。二人は太陽の真下でうんと背を伸ばした。


「やっとあがったようだな」

「ああ、完全に晴れている」

「言ったであろう、やはり今日は日が良かったのだ」

「何を言うか、そんなの偶然ではないか。そもそもあれは通り雨だ」

「わしは天をも味方につけておるのじゃ」

「ふん、勝手に言っていろ」


 まるで可愛げのない態度であるが、青年は笑顔で答えていた。男もそれに気付いているのか、青年の態度には何も言わなかった。二人が目をやる方角には、黒い雲がそそくさと逃げ去っていくのが見える。


「さて、それでは行くとするかの」

「おい、二人で一緒に向かうっていうのか! 見物人がいると言うのに、これから仲良く二人で!」

「しかし行き先は同じであろうに。それならば、お主が後からくれば良いではないか」

「ふざけるな! それでは私が約束の時も待てぬうつけ者と思われるだろうが!」

「面倒くさいのう、どうしたいのだ」

「私が先に行く、貴様が後からこい。 そして威風堂々と構える私に対し、貴様のうつけ振りを見物に・・・」

「くだらん。先に行っておるぞ」

「あっ、待てというに! おい、こら貴様!!」



 雨上がりの小屋を背に、二人の男が歩いていく。小屋は二人を見送り、ようやく行ったかと息をついた。残された酒瓶と二つの枡を見て、誰か片付けてくれるものを祈りながら小屋は目を瞑った。

 小屋は夢を見る。後に伝説となる二人の武士が、掘っ立て小屋で酒を飲み交わす夢である。まるでこれから命のやり取りを行うように見えぬ二人は、楽しそうに知己のように、夢の中で肩を組んで語らっていた。

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