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07 最終面接を受けます

 開けられたドアをくぐり、宿の中へと足を踏み入れる。入ってすぐのカウンターには物憂げに帳簿を見つめる女性がおり、まだ勇気達に気付いていないようだ。


「ただいま、お母さん」


 エミリアが声をかけると、その女性は顔を上げてこちらを向いた。母親らしいその女性はエミリアと同じ金色の髪をしており、確かに面立ちが似ている。エミリアを産んだにしては、随分若く見える。また、彼女の瞳は蒼ではなく薄いブラウンとなっており、そこがエミリアと違ったが、エミリアが歳を重ねるとこのような女性になるのだろうなと、益体もないことを考える勇気であった。


「あら、エミリアじゃない! お帰りなさい」


 カウンターの中から母親が出てきて、こちらへ向かってくる。勇気達3人の前に来て、そこでようやく疑問を口にした。


「エミリア、こちらの方は?」

「ユーキさんだよ。盗賊に襲われた所を助けてもらったんだ」

「まあ! ユーキ様、この度は娘の危機を救ってくださり、本当にありがとうございます」

「あー、いえ。大したことはしていません。顔を上げてください」


 深々と頭を下げ勇気へ礼を言う母親に、珍しく丁寧な言葉で対応する。これから雇い主になる女性である。雇われるチャンスをみすみす棒にふるような真似は絶対にしない。


「大事な一人娘を助けて頂いたのですから。是非お礼をさせてください」

「こちらこそ、ありがとうございます。えっと…」

「申し遅れました、私、エミリアの母親のマリーと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。改めて、勇気灰村と言います」


 自己紹介とともに再度腰を曲げて頭を下げるマリーに対し、勇気も頭を下げた。


「そうだ、マリーさん。この人を休ませてあげたいんですけど、部屋に空きはありますか?」


 身体を少し捻り、負ぶっているミーシャをマリーへと示す。それを見たマリーはすぐに頷く。


「ミーシャさんも盗賊に襲われて…。お母さん、お部屋借りてもいいよね?」

「もちろんよ。ミーシャちゃんもエミリアを助けるために頑張ってくれたんでしょう?」

「うん! ありがとう、お母さん」


 マリーの許可を得たエミリアはカウンターの奥へと向かい、引き出しから鍵を取り出し戻ってきた。


「ユーキさん、こっちに着いて来てください」

「ああ」


 返事を返し、2階に上がる彼女の後を追う。階段を登って2階に着いてすぐの部屋に鍵を差し込み解錠する。そのままドアノブを捻って押し込み、ミーシャを背負う勇気のためにドアを開ける。

 部屋はやや小さいが、ベッドにタンス、カーテンのかかった窓辺には小さな机と椅子と、一通りの家具は揃っていた。

 勇気はエミリアに補助してもらいつつ、ミーシャをベッドへと降ろし寝かせた。衣服が汚れている中でベッドへと寝かせるのは少し憚られたが、今回は致し方ない。首に提げていたカバンは椅子の上に置いた。

 寝かせた後は階下へと戻り、マリーの元に向かった。

 マリーと合流し、3人で1階にある食堂兼酒場へと移動すると、そこでようやく腰を落ち着けたのだった。夕方のこの時間にしては客はいなかった。


「改めて、お礼を言わせてください。この度は本当にありがとうございます」


 そんな中、再度のお礼の言葉でもってマリーが会話の口火を切った。エミリアがそれに対し、おずおずと言葉を絞り出す。


「お母さん、さっき言ってたお礼の件なんだけど、ユーキさんをここの宿屋で雇ってあげられないかな?」


 雇用の話が始まった所で、勇気は背筋を正して気を引き締める。得体の知れない男を雇って欲しいと娘が言うのだ、怪しさ満点である。だから、勇気は自分の身上を話すことにした。ここは正直に出なければマリーの信を得ることはできないと、数々の面接で培ってきた経験と勘が勇気に告げる。もっとも、就職できた回数は面接の回数を大きく下回っていたので、頼りない経験と勘である。


「実は私、エミリアさんに召喚された異世界人なのです」


 エミリアにより召喚魔法で勇気が喚び出されたこと。盗賊をやっつけた後、元の世界に戻れないことを知らされたこと等、エミリア達と会ってから起こったことや話したことを包み隠さず述べて行く。マリーはじっとその話を聞いていた。やがて全て話終えると、少々の沈黙が場に降り立つ。ややあってからマリーが口を開いた。


「…どうやら私の娘が大変な迷惑を掛けてしまったようですね。申し訳ありません」


 元の世界に戻れないことについて言っているのだろうことがわかった。


「迷惑ではありませんよ。先程もお話ししましたが、私はエミリアさんに喚ばれたことに恩を感じているくらいです」

「ですが、だからと言って責任がなくなったわけでもないですし、お礼をしないわけにも参りません」


 流石、エミリアの母親と言ったところだろう。責任感があるところまで似通っている。この場合、似たのは娘の方であるが。


「ユーキさん。うちなんかの宿屋で良ければ、働いてみませんか?」


 その申し出に勇気はもちろん、


「はい! 是非よろしくお願い致しますっ!」


 そう返事をしてテーブルに打ち付けん勢いで頭を下げ、実際に頭を叩きつけてテーブルを割った。即座に魔法で修復して土下座した勇気を、苦笑を浮かべつつも暖かく迎え入れたエミリアとマリーであった。


 今後のことはまた明日にエミリアとマリーと話すことが決まり、今日のところはゆっくりすることになった。

 ひとまず夕食の前に、この宿屋の厨房を預かる従業員に紹介されることとなった。

 マリーが厨房の入り口へと向かい、中へと声をかけると、白いエプロンをした青年が出てきた。ブラウンのショートミディアムの髪を真ん中で分けた、イケメンな青年だった。


「初めまして、勇気といいます。女将さんに雇ってもらえることになりました。不慣れな部分が多々ありますが、ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


 数々の職場を経てきた勇気は挨拶にも慣れていた。青年はこんな丁寧な挨拶をされたことがなかったために、やや戸惑っていたが。


「あ、ああ、よろしく。僕はクロード。なんだかむず痒くなるから、僕には丁寧な言葉遣いはいらないよ」

「しかし職場の先輩にそのようなことは…」

「僕達は同僚だ。女将さんの下、対等な立場にあるんだ。だから、君も普段の口調で頼むよ。そんな口調を続けてたら疲れちゃうでしょ」


 苦笑しつつ、そう言うクロードの申し出は、勇気には実際ありがたかった。


「…わかった。それじゃ、今後ともよろしく」


 どちらからともなく手を差し出し、お互いに握手する。イケメンなだけでなく、爽やかな好青年であるクロードの心遣いに勇気は感謝するとともに、若干羨ましさを感じたのであった。

 そんな男2人のやり取りを見やり、仲良くやれそうな様子から、エミリアとマリーは密かに安堵した。


「では私にも丁寧な言葉遣いは辞めてもらいましょう」

「いえ、流石にそれはちょっと…」


 突然のマリーの発言に勇気は少し驚くが、そこは認められない。雇ってもらった恩もあるし、何より雇用主には敬意を払いたい勇気には、その一線はなかなか越えられない。


「さっきの雇用の件、なくしちゃおうかしら」

「んなっ!? わ、わかりまし…わかったよ」


 マリーもどうやら丁寧な言葉を辞める気でいるようだ。そのため、勇気も渋々折れることにした。

 敬意も大事だが、こういった言葉遣いでより親しくなれるのだとしたら、それも良いのかも知れないなと内心でごちる。職場の人間関係というのはとても大事なものだから。


 勇気は自分があてがわれた部屋のベッドに横になった。

 つい先ほどまで、ささやかな歓迎会を勇気は受けていた。お腹も満たされ、いい時間となったために先ほど解散したのだった。

 部屋に戻ってすぐに桶とタオルを創り出し、桶にお湯をはりタオルを浸して身体を拭いた。温かいお湯が心地よかった。

 身体を拭き終えたら、替えの下着とパジャマを創り、着替えてベッドへと潜り込んだ。

 勇気にとって、久し振りに満ち足りた1日であった。仕事探しに追われず、明日の暮らしに対する不安がなくなったためだ。

 明日に希望や期待すら感じ、ワクワクする。このような感情はいつ振りであったかと考えながら、次第に意識は眠りへと落ちていった。

20141114

サブタイトルに数字付け忘れた為、追加


20141116

あら、エミリアじゃない!

の後に全角スペース追加

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