06 いざ宿屋
転移した先は街道から外れた平原だった。街道に転移して旅人などに怪しまれないための配慮だ。
遠目にはブルーノの街の外壁が見え、それを認めたエミリアはただ純粋に驚いた。
「…すごい。本当に転移したんですね」
「エミリアのお陰さ。さて、ミーシャを背負うからちょっと手伝ってくれない?」
「あ、はい」
勇気はエミリアに手伝ってもらい、ミーシャを背負った。異世界召喚で得た力と魔力による身体強化により、重さは殆ど感じない。
エミリアが荷物を持つと申し出たが、女性に持たせるのも気が引けて断った。ミーシャの鞄と頭陀袋を首から提げ、まずは街道へと向かうのだった。
街道に着いた後は、ひたすら街へと目指して歩く。遠目に見た時は分からなかったが、近づくにつれて、それなりに大きな街であることが分かる。
歩みをひたすら続け、街の門に辿り着いた時には既に日は殆ど落ち掛かっており、空には早くも星が見え始めていた。
どうやら閉門前に間に合ったらしい。そこには、5名の冒険者のグループが一つと、そのグループに護衛されているらしい商人と馬車が1台あるのみだった。警備兵と話している所を見ると、街に入るための手続きを行っているのだろう。
それも手続きを終えたのか、冒険者達と商人は門の中へと入って行く。
警備兵は勇気達の姿を見つけると、手招きをしてきた。それに従い、警備兵の元に向かう。
「こんばんは。君達で最後のようだね」
「こんばんは。もしかして閉門ギリギリでしたか?」
「いや、まだもう少し余裕があるよ。あれ、そっちの彼に背負われてるのってミーシャさんかい? 気を失っているみたいだけど大丈夫なの?」
当然だが、警備兵の目に留まる。勇気に背負われてるミーシャは目立つし、街に入るにも手続きは必要だ。予め勇気と決めておいた言い訳をする。
「ええ。…実はここに来る途中で蹴躓いて転んだ際に頭を打ってしまったらしくて、それで」
「はぁ、あのミーシャさんがねぇ」
心底意外そうな顔をしている。彼女を知っている者からしてみれば、転んで受身もとらずに頭を打つような下手はまずしないと思っているようである。実際にそんなヘマをするような人物ではないのだが、無力化した盗賊団の説明をするのも億劫なため、ミーシャには泥を少しばかりかぶってもらう。
「人間ってのは誰しも完璧にはなれないものだよ、兵隊さん」
すかさずフォローを入れる勇気。
「そういうものかね。…まあいいか。じゃあ悪いけど、ミーシャさんのギルドカードを出してもらっていいかな?」
勇気の首から提げられている鞄の中からギルドカードを探し当てて、エミリアは警備兵へと提示した。
「…うん、ミーシャさんはオーケーだ。そっちの2人も冒険者かい?」
「いや、俺はただの旅人で、この2人の道連れ」
「私は魔法学校の生徒で、1年振りにこの街に帰ってきたんです」
この世界にも魔法に関する学校があるんだなと興味を持ったものの、これからいくらでも話を聞く機会はあるだろうと思い至る。もう元の世界に戻ることはないのだから。
「そっか、君はブルーノの生まれか。でもまあ、悪いんだけど税金は払ってもらわないといけないんだ。1人につき銀貨1枚になるよ」
エミリアは頷くと、ローブの内側の財布袋から銀貨を2枚取り出して、警備兵に支払った。勇気はミーシャを背負ってるため、お金を取り出すことができないから黙って見ていたが、後でちゃんと支払おうと内心で考えていた。
「はい、確かに。ではお通りください」
警備兵に促されて門をくぐり抜けると、そこには広場と街の中心部へと続く大通りがあった。街の出入り口であるこの広場は、時間によっては多くの屋台が出て賑わしているのだろうが、生憎と日も暮れている。今ある屋台も殆どが店じまいをしてしまっている。
「では、私の親がやっている宿屋までご案内しますね」
「ああ、よろしく」
大通りを暫く歩き、途中で道を折れる。そこからまた少し歩いた所に、目的の場所はあった。
「ここです」
「へえ、中々立派じゃないか」
宿屋にはそこそこの広さを有する前庭があり、木が2本植わっていた。庭を進むと右手に厩舎があり、正面には『春の草花亭』という文字と春の草花を描いた看板が掛かった建物があった。貧乏と言っていたから少し構えていたものの、建物は確かに大きくはないが良く手入れがされており、貧乏と卑下するほどではないものだった。
「えへへ、ありがとうございます。では入りましょう」
手が塞がっている勇気に代わって、宿屋のドアをエミリアが開く。
「ようこそ、『春の草花亭』へ」
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