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04 内定いただきました

 エミリアはわけが分からずにいた。つい先ほど、元の世界に戻して欲しいと言っていた勇気が、今度は嬉しそうに定住先をゲットなどと叫びたしたからである。今にも踊り出しそうなほど喜んでいる。

 エミリアの困惑も最もであるが、これには勇気のとある不幸体質と言うべきかが影響していた。


「とうとうこの日が来た! 苦節十数年…。長かった…。本当に長かった!」


 遂には感極まって泣き出しそうだった。

 いつまでも理由を訊かないでいるのも何なので、わけを尋ねてみることにした。


「あ、あの…。元の世界に戻れないのに、何でそんなに嬉しそうなんですか?」

「ん? ああ、君か! 俺を異世界に喚んでくれて本当にありがとう!」


 余程嬉しかったのだろう、質問を華麗にスルーされてしまったエミリアは、改めて同じ質問を投げかけた。


「い、いえ…。で、何でそこまで嬉しそうなんですか? もう元の世界に戻れないんですよ?」

「そのことか。ちょっと話すと長くなるんだけど…」

「ぜひお話ください」

「わかった。まず何から話そうか」


 さっきまでの喜びようから一転、急に真面目な顔をして思案に耽る。それを見て、エミリアも気を引き締めて話に臨んだ。


「実は、俺は何故だか異世界に喚ばれやすいみたいでね」

「異世界、ですか?」

「そう、俺が生まれた世界や、こことはまた別の世界。色んな世界があるんだ」


 色々な世界。俄かには想像がつきにくいが、召喚魔法はこの世界や異世界から生物を召喚する術だ。この世界では見たことがない獣が喚び出されることが、割と起こるのである。召喚士見習いとしては、異世界の存在は信じるに足るものだ。何より、目の前にいる人物こそが、その証明でもある。

 見たこともない材質で、見事な縫製で仕立てられた独特なデザインの衣服を、エミリアは少なくともこの世界で見たことがなかったし、このような服があることを聞いたこともなかった。服自体はよくある吊り下げ物の、ただのスーツなのだが。


「異世界の人は、その世界の人では手に負えない出来事があった時、伝承に従って異世界から英雄を召喚することがあるんだ。国を挙げて喚ぶこともあれば、今回みたいに個人に喚ばれることもある」

「すみません…」

「あ、いやいや、気にしないで」


 勇気は嫌味や当て付けで言ったのではなく、単に一つの例として挙げただけであったが、エミリアはより強く責任を感じてしまったようだ。


「それでまあ、喚ばれるのが一回や二回だけだったらよかったんだけど、もうかれこれ何十回と喚ばれててね」


 70億を超える人口が地球にはいるが、ピンポイントで勇気がこれだけ召喚されるのは、はっきり言って異常であった。

 勇気は逆の発想をして、もしかしたらある意味でとんでもなく運が良いのではと宝クジを買ってみたりもしたが、一度として高額が当たることはなかった。無常である。

 因みに異世界に行く度に新たな能力が与えられたりするのだが、元の世界に戻った時点で無用の長物と化すものが大半である。しかし中には暮らしに役に立ちそうな有用な能力もあったりするのだが、あまり悪目立ちしたくない勇気の性格もあいまって、能力を積極的に使おうとは思わなかったのだ。


「例えばさ、それだけの回数喚ばれると言うことは、仕事中とかにも召喚されたりするよね。仕事中に雇った人間が消えたりすると、雇い主は当然困るわけだ。仕事を放棄して、何故だか突然消えるんだから。そんなことを繰り返していれば信用はなくなる」


 最後は解雇である。皆まで言わずとも、理解ができた。この世界でも、信用は大事なものだから。

 そんなことが幾度となく繰り返され、気付けば勇気の履歴書の経歴の欄はいつしか書ききれなくなっていた。そんな履歴書を見た人事担当者が、本人に何がしかの問題有りとして判断するのも致し方ないことであった。勇気が就職できない「ある理由」とは、召喚のことだったのだ。

 もちろん、勇気も手をこまねいて何もしていなかったわけではない。

 それは、召喚者の要望を迅速に叶えること。

 営業の客先の引き継ぎで、先輩社員に連れられて客先への挨拶に向かう途中に召喚された時には、異世界滞在時間の最短記録を樹立した。

 その時は暗雲が立ち込める闇に閉ざされた異世界で、国王から直々に魔王征伐の依頼があった。曰く、魔王が倒されれば暗雲は消え去って大地は蘇り、魔物も本来の大人しさを取り戻して、世に平和が訪れるだろうと。そして、その暁には勇気は元の世界に戻れると。

 そこまで聞いた勇気は、その異世界において最も強い魔力を瞬時に探知し、空間転移を行い、魔王に碌な口上を述べさせぬままこれを征伐。世界からは暗雲が消え去り、勇気は元の世界に戻ったのだった。国王は急に晴れた空を見て只々呆然としていた。

 しかし、客先との挨拶の時間には間に合わず、先輩社員の顔に泥を塗ることになり、更には怒った相手が取引を辞めるとまで言い出し、その責任は重いとして結局はクビになった。

 またある時は、就職の最終面接に急いで向かって途中、近くを歩いていたリアルが充実している高校生達と一緒に異世界に召喚されたこともあった。高校生達はもちろん巻き込まれた側で。

 異世界に召喚され、非常に強力な力を得たことを知った高校生達は、かつて幼少の頃に憧れたシチュエーションに、期待と希望に胸を膨らませていた。が、勇気はそんな場合ではない。これからの生活が面接にかかっているのだ。

 またもや一瞬で魔王を撃破し、速攻で元の世界に高校生達と共に送り戻されたのであった。

 その時、高校生達は何が起こったのかさっぱりわからないという顔をしていたが、そんなことは勇気の知る所ではない。

 そして結局遅刻したため、面接は受けられなかった。


「信用が欠片もない俺は、とうとう仕事に就けなくなった。仕事がなければ金は手に入らない。金がなければ住む場所を得ることも、食べ物や服も買うことができない」


 エミリアは改めて思い知ることになる。自分達の勝手が、他者の生活を壊していることを。次第に申し訳なさでいっぱいになり、沈鬱な面持ちに、目には涙が浮かび上がってきた。


「そんな顔をしないでくれ。俺は君のお陰で助かったんだから」

「どういうことですか?」


 目に浮かぶ涙を拭い、問いかける。それが、勇気が喜んでいたことの答えとなることは何となく理解していた。


「異世界に召喚されている間は、更に召喚されることはないんだ」

「…だけど、ユーキさんは元の世界に戻れない」

「そう。戻れないが、この世界に留まることはできる。仕事に就けるんだ!」


 これまで召喚された世界では、ある物事を達成する、もしくは、召喚者の意思により、元の世界に戻ることになっていた。

 それが勇気の常識になりつつあった。この世界でもそれが当然のことだと勘違いしていたので、「早く元の世界に戻して欲しい」発言からの「定住ゲット」だったため、エミリアを困惑させる原因となったのだ。因みに仕事に就けなかった以上、勇気には元の世界にあまり未練はない。


 召喚という邪魔はなくなり、安心して仕事に臨めるという喜び。何に対して喜んでいたのか、やっと理解したエミリアは「真面目な人なんだな」と、ひどく感心したのだった。

 だからこそ、勇気の役に立ちたいと思った。この人は召喚されたことを喜んでくれているが、自分が感じた強い責任を果たしたいとも。言えば、きっと「気にしないでいい」と言われるだろうが、言わずにはいられなかった。


「ユーキさん!」

「うん?」

「ユーキさんは喜んでいてくれていますが、やはりこの私には、あなたを召喚した責任があると思います」


 勇気が口を挟ませないよう、素早く息を吸って二の句を告げる。


「ですので、ユーキさんさえ良ければ、私の実家の宿屋でお仕事しませんか?…あまり大きくない宿屋で貧乏なので、あまりたくさんお給料は払えないのですが。それか、別のお仕事が決まるまでは、うちに居てくださっていいですし。貧乏な宿屋なので、ちょっとはお手伝いが必要になりますけど…」


 いい条件ではないのは確かだ。ただ、ここで勇気をこの世界に放り出すのはあまりにも無責任だと思った。そして勇気は、


「よ」

「よ?」

「喜んでお仕事させていただきます! よろしくお願いします!」


 こうして異世界召喚1日目にして、仕事を得ることができたのだった。

 ポケットに入れていた「お祈りレター」はビリビリに破いて捨てた。

閲覧、評価、ブックマーク登録ありがとうございます。

とても励みになります。


20141116

次の通り修正

正:そして、その暁には勇気は元の世界に戻れると。

誤:そして、その暁には勇気は異世界に戻れると。


一体どこに戻ると言うのかorz

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