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03 異世界に移民しました

 剣の落下の影響で、辺りに砂塵が舞い上がる。

 勇気が軽く腕を横に払うと、ごうと強い風が巻き起こり砂塵を吹き飛ばした。

 砂塵が晴れた先には無数の剣が鍔まで殆ど埋まっており、それはまるで墓標かのようで、みっしりと地面を埋め尽くしていた。

 そしてその先。剣の墓標が突き立っていない、ぽっかりとした空間に盗賊団がいた。

 恐怖のあまり失禁してる者がいたり、気絶している者がいたりと様々だ。首領についてもそれは例外ではなく、まだマシな方なのだが、腰を抜かしていた。その顔にはもう戦意を全く感じることができない。

 そんな彼に勇気は近づく。足下の剣は、彼の行く手を遮らないように霞のごとく消失していく。


「…何で殺さなかった」

「あんな目にあったのに、喋れるなんて大したもんだ」


 別に茶化すでもなく、真面目な顔でそう告げる。それには反応を示さず、首領は黙って自分の質問の回答を待った。


「人殺しなんてやったら目覚めが悪いじゃない。殺人に喜びを見出してるわけじゃないんだ、これでも」

「始めから殺すつもりはなかったのか?」

「いや、確か言ったよね。『動いたら死ぬけど』って。動いてたら死んでたし、動かずキチンと忠告を守ったから、あんたらは今生きてるんだよ」

「はっ。あんな状態でその言葉を判断しろってのは無理ってもんだ」

「そっか」


 この状況は、盗賊達は恐怖のあまり動けなくなったのが正しいのだが、勇気はそれには興味を示さなかった。


「なんだかんだ、おめえは俺らの事を殺さなかった気がするよ。…で、結局俺らは生きてるわけだが、解放してくれるのかい?」

「いや、俺には関係ないからな。あの女の子達に判断してもらう」

「ああ…おめえは異世界人だったな。すっかり忘れてたぜ」

「そう、そういうこと。つまり関係ないんだよね。まあ喚ばれたからには、あの子の憂いは断つけれど」

「憂い?」

「あんたらのことだよ。とりあえず、危なくないように寝てもらおうかな」

「おいおい、まさか永眠させるんじゃないだろうな」

「安心してくれ。本当に寝てもらうだけだから。その後の事は知らないけど」

「へっ、それなら安心だな」


 首領が皮肉で返すと、それを聞き終えた勇気は手の平を盗賊団にかざす。たちまちの内に盗賊達は眠りに落ち、身体の支えを失って地にくず折れた。

 ついでとばかり、ミーシャに斬り伏せられた2人の盗賊の傷を癒す。まだなんとか生きていたようだ。


「すごい…」


 そしてエミリアは、剣の雨が落下してからの一連の流れに舌を巻いていたのだった。

 どうやったのか剣を作り出し、更には宙に浮かべたのだ。それも無数に。

 剣の落下によって発生した砂塵は腕の一振りで取り払われ、盗賊団に放った睡眠の魔法、果ては致命傷を負った盗賊を一瞬で治癒した。

 魔法を行使したのは想像に難くない。しかし、剣を作り出す魔法なんていうのは、エミリアは聞いたことがなかった。その後に使われたであろう突風と睡眠と治癒の魔法については、まだ理解が及ぶところであった。無詠唱という離れ技ではあったが。

 そんな離れ技をいともたやすくやってのけた青年がエミリアの元へと戻ってくるのを見て、盗賊団に襲撃された危機からやっと逃れられたことを思い出した。

 エミリアは頭を深く下げ、勇気にお礼を言う。


「この度は助けていただき、本当にありがとうございました」

「気にしないでいいよ。大したことじゃないからね」

「そんな…」

「それより、そっちの女性も回復しておこうか」


 目立った外傷は殴られた痕くらいだったため、それもすぐに終わってしまった。だが傷は治したものの、ミーシャはまだ気絶してしまっている。


「やっぱりすごい…。今のって無詠唱魔法ですよね」

「うん、練習すれば、魔法が使える人なら誰でもできるんじゃないかな」


 事もなげに勇気は言ってのけるが、少なくともこの世界においては、相当な努力と研鑽を積まないとできない芸当であった。


「あの、私、エミリアと言います。ユーキさん、でしたよね?できればお礼をさせていただけませんか?」

「さっきも言ったけど本当に気にしないでいいよ」

「ですが…」

「それよりも」


 これ以上はキリがないと、無理矢理に話を区切る。勇気には急いで考えなければならないことがあるからだ。そう、日本に戻ってからの身の振り方を。


「あいつらは多分、3日くらいは目が覚めないから、処遇は好きにしてもらっていい。君と、そこの女性の怪我も治した。危機は去ったし後顧の憂いもない。これで全部解決したと思うんだけど、どうかな?」

「えと、そうですね」

「と言うわけで、ササッと元の世界に戻してくれると助かるんだけど」

「え…」


 若干の焦りがあるため、少し捲し立てるように話してしまった勇気。そのため、エミリアは責められているように感じてしまった。

 そして、勇気は元の世界に早く戻りたいのだと理解する。しかし、それは叶わない。

 この世界における召喚魔法とは、喚んだらそれっきり。喚ばれた方は元の世界に戻ることができないのだ。

 元の世界に戻りたがっている彼にこれを伝えると言うことは、彼の機嫌を大いに損ねる可能性があるということだと、エミリアは考える。だが、伝えないわけにはいかない。

 それは、勝手な都合で喚んだ者の責務であるから。

 とは思うが、なかなか言い出しにくい。勇気はエミリアとミーシャが敵わなかった盗賊団を、赤子の手を捻るかのように鎮圧してしまった。

 彼の機嫌を損ねることは、即、自分の死に繋がるのではないか。そんな、恐怖に塗れた考えが浮かんでしまう。

 しかし、エミリアは意を決して答えた。


「…も、戻せません」

「えっ? …今何て?」


 勇気はエミリアの言っていることが理解できない、信じられないといった表情を浮かべている。つい訊き返してしまうくらい、相当ショックを受けてしまったのだと思ってしまう。

「で、ですから、戻せない…あなたは帰れないんです、元の世界に! 申し訳ありません!」


 勇気にお礼を言った時以上に、深く、深くお辞儀して謝罪する。


「元の世界に…帰れない…」


 勇気は半ば呆然と、自分の言葉を反芻している。より消化することで、よりその言葉が意味することを理解できるように。

 そして、今までよく働かなかった頭が急速に働き始める。


「帰れない、ということはもう異世界に喚ばれない…。ということは召喚でいちいち就職の邪魔をされない…」

(うう〜…。そりゃショックだよね、怒るよね。こっちの都合で喚びだしておいて、帰れませんだもんね)


 何事かをブツブツと呟き始めた勇気をみて、諦念を抱き始めたエミリアであったが。


「よっしゃああああああ! 定住先ゲットおおおお!」

「えぅっ!?」


 突然の発言に、今度はエミリアの理解が及ばなくなった。

じわじわと増えるブックマーク件数を見てニヤニヤしてます。

お読みいただきありがとうございます。

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